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【第九幕】4thステージ「ビタミンC」

喫茶店「竜宮城の隣」のラッキー伝票

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 ピクルスは用心深く近づき、質問を投げかける。

「あなたは、先ほどわたくしに危機を知らせてくれた人ですね?」
「はい。ですが人ではなく、このような姿で正しいたいをくらます隠者です」

 年老いた海亀は、なにか特殊な事情を抱えているような、そんな意味ありげな釈明を神妙な面持ちで話した。

「体?」

 ピクルスは老亀の顔を見上げながら疑問を短縮して口にした。

「はい。ですが、紫外線を多分に含む直射日光の厳しい、このような場所での立ち話もなんですから、近くの喫茶店にでも腰を下ろしてから、落ち着いて続きをお話ししましょう」
「そうですわね。わたくしも少し喉が渇き始めてきたところですもの」

 ピクルスはブルーカルパッチョに鍵をかけて、出かける準備を整えた。

「おっと、すっかり忘れておりました。懐の方が、すっかり渇き切ってしまっているのでした」
「その点の問題はありませんわ。わたくしは、ヤポン神国で出会った、生まれも育ちもヤポン神国の氷土竜グモラッセ君から頂いた金貨三枚を、懐に所有していますので♪」
「ヤポン神国はウムラジアン大陸の東にある島国ですね。さすれば、ピクルス姫様のお持ちになっているのは、ウムラジアン金貨でしょうか?」
「シュアー!」
「そうですか。一枚でもたくさん注文できますよ。さっそく参りましょう」
「ラジャー!!」

 合意へ至った一人と一匹は、海岸から少し歩いたところで年中無休の営業をしていて、しかも良心的な料金設定、と評判の高い喫茶店「竜宮城の隣」に向かった。金銭的な不安がなくなったためか、海亀の足取りは極めて軽かった。

 喫茶店内は、客が十人にも満たない不盛況。今日は珍しく空いていたのだ。冷房も良い具合に効いている。もちろんピクルスにとっては初めての店だ。
 入り口近くの窓側に設置されている四人用テーブルのソファーに着くと、すぐに長襦袢姿のウェイトレスが注文を伺いにやってきた。

「お決まりでしょうか?」
「お決まりですわ。わたくしは、ここに掲載されているミックス・マックス・マンゴー飲料のラージにします!」

 ピクルスはメニュー表右上の写真を指差した。カラフルな果物が器に溢れそうになって盛られている黄色いジュースだ。
 次にウェイトレスは海亀に視線を移して口を開いた。

「おカメさんは?」
「私は、アイス梅昆布茶でお願いします」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 ウェイトレスは、そういいながら伝票にサラサラと品名を記載して、その紙一枚を千切ってクルクルと丸め、テーブルの端に固定されている透明な円筒に挿し込んだ。若いのだが、かなりの熟練さを感じさせる慣れた手捌きだった。
 この時、シュッという音を出して紙は青白い炎に包まれた。

「あっ、燃えてしまいましてよ!」
「おや、これはラッキー伝票ですね」

 海亀の両の目玉が潤いを増した。
 ウェイトレスは、すかさずポケットから赤いベルを取り出して鳴らす。

「おおおお、おめでとぅ~、ござあぁ~~~いぃ!」

 祝辞を長く引き伸ばして叫んだ後、彼女はいきなり「竜宮舞い」と呼ばれる有名な舞いを始めた。
 散らばって座っているうちの六人が集まってきて、横一列に並んだ。
 店に入った時には、注意深くは観察しなかったため、全く気づかなかったのだが、彼らは同じようなオッサン顔をしている。しかもどことなく新魔王ギョーザーズ兄弟にも似ているのだ。
 だが、匂いがジャスミンのような爽やかさだったので、ピクルスは他人の空似だと思った。それで、再び透明な円筒に注視して指差した。

「これは、一体どういうことですの?」
「このように伝票が燃えた場合には、その注文分が全額免除となるのです」
「それはラッキーですわね♪」
「はい。ですから、ラッキー伝票と呼ばれているのです」
「なるほど!」

 ピクルスは感心した。ウムラジアン大陸でも喫茶店へは何度か訪れたこともあったにはあったが、このようなサービスは一度も受けたことがない。
 この頃、テーブルの横では、長襦袢ウェイトレスの舞いが佳境に入っていて、観客六人も手拍子を打ちながら、見よう見真似で愉快に舞っている。
 こういうイベントのあることもあり、この喫茶店に人気があるのも十分うなずけることだと解釈できた。ピクルスにとっては想定外の学習になったのだ。
 少しして舞いが終わり、ウェイトレスは厨房へ向かった。
 さらに少しして、ミックス・マックス・マンゴー飲料のラージジョッキと、氷の浮かぶアイス梅昆布茶のグラスが運ばれてきた。
 なぜか同じものが二つずつテーブルに並べられた。

「一つでは?」
「あ、もう一つはあちらのお客様からです」

 先ほどとは別人の水着ウェイトレスは、店内の奥へ向けて手を伸ばした。もちろん腕が伸びたりはしないので、決してその客に触れることはなかった。

「あの人は?」
「このお店のVIP会員様でアラッしゃられヲ遊ばしになられケラルル、この島随一のお金持ちラシカラヌはずのないポセイドン様という殿方様でございます。キュウカンバ王家の第一皇女様でアラッしゃられヲ遊ばしになられケラルル、高名なピクルス姫様が、おカメさんと一緒にこられたらご注文と同じ品をもう一つずつ出すように、と仰せつかってハベリますデス!」

 ウェイトレスは、ビキニのお尻の部分のズレを片手で直す仕草をしながら、早口で長々と説明した。要するに別の客による奢りだったのだ。
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