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【第七幕】戦争勃発の危機と神薬の在り処
ムスクウリの種と妖精ピクルスの涙
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ヨツバは、どうにか気を取り直して、財閥の解体は時代の流れで仕方のないことだと自分自身にいい聞かせる。
(元々俺様には、キュウリ財閥を背負う確固たる意志もなかったし……)
柔術や空手の様な武術を極めるという夢の実現を、今改めて決意しながら、ヨツバは席に戻った。
教室内も落ち着き、ここでミンチオが口を開く。
「ポンズヒコ様」
「なんぞ?」
「キュウリ財閥の解体、学院長にお伝えしますのじゃ」
ポンズヒコは無言で頷いた。
「マカロンちゃん、後を頼むのじゃ」
「ラジャーでチュウ♪」
ミンチオはヨタヨタと歩んで教室から出て行った。
マカロンはザラメの机に跳び移った。彼女はザラメ経路に突入している。攻略達成のために積極的な恋愛活動をするつもりであろうか。
「ザラメさん、ちょっといい?」
「はい、どうぞ」
――カプリν!
なんと、ザラメの首がいきなり咬まれた。
「ワオン! うくうっ……」
「えっ!?」
「きゃあ!!」
「おいおい、マカロンちゃんなにしてんだ!」
――どたん!
ザラメの大きな身体が床に倒れた。ホワイトマムシの猛毒が回ったのだ。
「ザラメ軍曹!!」
「ザラメっ!」
「ザラメ君!」
ポンズヒコ以外の生徒たちが、慌ててザラメの周囲に集まる。
この時、異変が起きた。
「マカロンちゃん!?」
「わあっ、メロウリさん!!」
「サーっ、マロウリお坊ちゃま!」
咬みついたマカロンが、ザラメの机の上で石のように固まり、それがすぐに崩れて白い砂になったのだ。さらに、マロウリとメロウリが同時に縮み始めた。
双子兄妹は、妖精ピクルスよりも小さな虫に変態した。どちらもヤゴだ。
三秒後、ヤゴの背中が割れて出たのは雌雄一対の塩辛トンボ。二匹は、ザラメの身体の上をスイっと横切り、強化硝子の窓を素通りして飛び去った。トンボはいつだって黙って行く。
そして、ザラメの身体も縮み始める。
「ザラメ軍曹! ザラメぇ!!」
ピクルスが呼び続けているのだが、ザラメは、ドンどんドぉんドン小さくなって行き、とうとう種粒になってしまった。
「おやおや、これはジャコウウリの種ですね」
「ジャコウウリ?」
涙を流しながら首を傾げる妖精ピクルス。
ジッゲンバーグは解説することにした。
「はい。別名ムスクウリ、あるいはマスクメロンともいいます。芳しい香りが特徴で、それはもう見事な美味しさの果実の生る植物だそうにございます。けれども、その品種は既に絶滅しているはずなのです。一体どうしたことでしょう」
「不思議ですわね。ぐすん……あ、メロウリとマロウリは?」
ピクルスは、漸く二人の不在に気づいた。
「先ほど、トンボになって飛び去りました」
「トンボにε!?」
ザラメ一匹に注目していたため、ピクルスの目には二匹の塩辛トンボが映っていなかったのだ。
――こつんδこつんη
いつの間にか近づいてきていたポンズヒコが、緋色の小槌でジッゲンバーグとレゾッドの頭を打ちつけた。
ジッゲンバーグの姿が植木鉢に変形して、レゾッドは柄杓になった。
「ポンズヒコ様、なんのつもりですの?」
「植木鉢に、マカロンちゃんの白砂を入れて、その種を蒔くのじゃ。さすればザラメが蘇るやも知れぬ。さあピクルス、急ぐのじゃ」
「ぐすん。ラ、ラジャ」
ムスクウリの種を大切そうに抱える妖精ピクルス。小さな両の目からは、止めどなく涙が溢れている。
「その涙は、柄杓に溜めるのじゃ。フッそ」
「ぐっすん。ラジャ」
「オイラが手伝うサー」
シュガーが柄杓を持ち上げてピクルスの顎の下へ動かした。
「俺様は砂を入れてやるぜ」
ヨツバが、机の上に広がっている白砂を手で掻き集め、植木鉢に入れ始めた。
この小さな園芸作業を、ニクコとショコレットとササミが、無言で泣きながら見つめている。
「さあニクちゃん、その涙はボクの胸に」
「シャンさぁあん。ぐっす、ずずぅ~!」
ニクコは、涙と鼻水でシャンペンハウアーの王子服を派手に汚した。
「ショコレットさん、その涙は自分が」
「ブタノピロシキ様ぁ、わぁーん!!」
シャンペンハウアーに揺れかけていたことも全部忘れ、ショコレットはブタノピロシキの胸に飛び込んで嗚咽する。
「それじゃあ、ササミさんには僕が」
センベイが両手をガバッと広げた。
「嫌」
「えっ」
センベイは本日二度目の失恋。苦過ぎる濃い緑茶の様な味だ。
「ポンズヒコ様ーっ!」
ササミは迷わず、恋しい人の胸に突進。
照れ顔を見せるポンズヒコだが、ササミの華奢な身体を優しく包み込む。
「おいセンベイ。手が空いてんなら、砂入れんの手伝え!」
「断る。手が汚れるのは、まっぴらごめんだよ」
「なんだそれ、お前そんなだから女に振られるんだぜ」
「余計なお世話だ、砂まみれ男が」
「なんだとお!」
「コイツは傷心者だわサー。大目に見るサー」
「だな。ふっ、勘弁しといてやるぜ、失恋二連発男」
「うう……」
そうこうしているうちに、植木鉢が白い砂で埋まった。浅い穴も作ってある。そこへピクルスが種を入れて、ヨツバが砂をかける。
穴が塞がり、続いてシュガーが、満杯になっている柄杓を持ち上げて、妖精ピクルスの流した煌めく涙を一滴残らず砂の上に撒く。
「お前、小さい身体で結構腕力あるなあ」
「オイラ毎日鍛えてるサー」
「おお、そうか。俺様もだぜ。まあ頑張れよな」
「オマイこそ、せいぜい頑張るサー」
「お、おうよ!」
この一人と一匹は案外気が合うのかもしれない、とピクルスは思った。
(元々俺様には、キュウリ財閥を背負う確固たる意志もなかったし……)
柔術や空手の様な武術を極めるという夢の実現を、今改めて決意しながら、ヨツバは席に戻った。
教室内も落ち着き、ここでミンチオが口を開く。
「ポンズヒコ様」
「なんぞ?」
「キュウリ財閥の解体、学院長にお伝えしますのじゃ」
ポンズヒコは無言で頷いた。
「マカロンちゃん、後を頼むのじゃ」
「ラジャーでチュウ♪」
ミンチオはヨタヨタと歩んで教室から出て行った。
マカロンはザラメの机に跳び移った。彼女はザラメ経路に突入している。攻略達成のために積極的な恋愛活動をするつもりであろうか。
「ザラメさん、ちょっといい?」
「はい、どうぞ」
――カプリν!
なんと、ザラメの首がいきなり咬まれた。
「ワオン! うくうっ……」
「えっ!?」
「きゃあ!!」
「おいおい、マカロンちゃんなにしてんだ!」
――どたん!
ザラメの大きな身体が床に倒れた。ホワイトマムシの猛毒が回ったのだ。
「ザラメ軍曹!!」
「ザラメっ!」
「ザラメ君!」
ポンズヒコ以外の生徒たちが、慌ててザラメの周囲に集まる。
この時、異変が起きた。
「マカロンちゃん!?」
「わあっ、メロウリさん!!」
「サーっ、マロウリお坊ちゃま!」
咬みついたマカロンが、ザラメの机の上で石のように固まり、それがすぐに崩れて白い砂になったのだ。さらに、マロウリとメロウリが同時に縮み始めた。
双子兄妹は、妖精ピクルスよりも小さな虫に変態した。どちらもヤゴだ。
三秒後、ヤゴの背中が割れて出たのは雌雄一対の塩辛トンボ。二匹は、ザラメの身体の上をスイっと横切り、強化硝子の窓を素通りして飛び去った。トンボはいつだって黙って行く。
そして、ザラメの身体も縮み始める。
「ザラメ軍曹! ザラメぇ!!」
ピクルスが呼び続けているのだが、ザラメは、ドンどんドぉんドン小さくなって行き、とうとう種粒になってしまった。
「おやおや、これはジャコウウリの種ですね」
「ジャコウウリ?」
涙を流しながら首を傾げる妖精ピクルス。
ジッゲンバーグは解説することにした。
「はい。別名ムスクウリ、あるいはマスクメロンともいいます。芳しい香りが特徴で、それはもう見事な美味しさの果実の生る植物だそうにございます。けれども、その品種は既に絶滅しているはずなのです。一体どうしたことでしょう」
「不思議ですわね。ぐすん……あ、メロウリとマロウリは?」
ピクルスは、漸く二人の不在に気づいた。
「先ほど、トンボになって飛び去りました」
「トンボにε!?」
ザラメ一匹に注目していたため、ピクルスの目には二匹の塩辛トンボが映っていなかったのだ。
――こつんδこつんη
いつの間にか近づいてきていたポンズヒコが、緋色の小槌でジッゲンバーグとレゾッドの頭を打ちつけた。
ジッゲンバーグの姿が植木鉢に変形して、レゾッドは柄杓になった。
「ポンズヒコ様、なんのつもりですの?」
「植木鉢に、マカロンちゃんの白砂を入れて、その種を蒔くのじゃ。さすればザラメが蘇るやも知れぬ。さあピクルス、急ぐのじゃ」
「ぐすん。ラ、ラジャ」
ムスクウリの種を大切そうに抱える妖精ピクルス。小さな両の目からは、止めどなく涙が溢れている。
「その涙は、柄杓に溜めるのじゃ。フッそ」
「ぐっすん。ラジャ」
「オイラが手伝うサー」
シュガーが柄杓を持ち上げてピクルスの顎の下へ動かした。
「俺様は砂を入れてやるぜ」
ヨツバが、机の上に広がっている白砂を手で掻き集め、植木鉢に入れ始めた。
この小さな園芸作業を、ニクコとショコレットとササミが、無言で泣きながら見つめている。
「さあニクちゃん、その涙はボクの胸に」
「シャンさぁあん。ぐっす、ずずぅ~!」
ニクコは、涙と鼻水でシャンペンハウアーの王子服を派手に汚した。
「ショコレットさん、その涙は自分が」
「ブタノピロシキ様ぁ、わぁーん!!」
シャンペンハウアーに揺れかけていたことも全部忘れ、ショコレットはブタノピロシキの胸に飛び込んで嗚咽する。
「それじゃあ、ササミさんには僕が」
センベイが両手をガバッと広げた。
「嫌」
「えっ」
センベイは本日二度目の失恋。苦過ぎる濃い緑茶の様な味だ。
「ポンズヒコ様ーっ!」
ササミは迷わず、恋しい人の胸に突進。
照れ顔を見せるポンズヒコだが、ササミの華奢な身体を優しく包み込む。
「おいセンベイ。手が空いてんなら、砂入れんの手伝え!」
「断る。手が汚れるのは、まっぴらごめんだよ」
「なんだそれ、お前そんなだから女に振られるんだぜ」
「余計なお世話だ、砂まみれ男が」
「なんだとお!」
「コイツは傷心者だわサー。大目に見るサー」
「だな。ふっ、勘弁しといてやるぜ、失恋二連発男」
「うう……」
そうこうしているうちに、植木鉢が白い砂で埋まった。浅い穴も作ってある。そこへピクルスが種を入れて、ヨツバが砂をかける。
穴が塞がり、続いてシュガーが、満杯になっている柄杓を持ち上げて、妖精ピクルスの流した煌めく涙を一滴残らず砂の上に撒く。
「お前、小さい身体で結構腕力あるなあ」
「オイラ毎日鍛えてるサー」
「おお、そうか。俺様もだぜ。まあ頑張れよな」
「オマイこそ、せいぜい頑張るサー」
「お、おうよ!」
この一人と一匹は案外気が合うのかもしれない、とピクルスは思った。
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