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【第七幕】戦争勃発の危機と神薬の在り処
恐るべきマカロンちゃんの武器
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ヤポン神国の世間一般では、白い蛇は「神に遣わされた者」というのが周知の事実である。そのため、ホワイトマムシが突発的に出現しても、ヤポン神ポンズヒコは当然として、生粋のヤポン神国人であるササミ・ヨツバ・ニクコも、決して驚いたり騒いだりしない。いわば日常茶飯事。しかもお目出たいことである。
だが今の状況では、それが単なる希望的観測に過ぎず、この蛇に限って見れば異常ではないか、と皆が懐疑することになった。
なぜなら、極めて臆病で自発的に攻撃を仕かけることの少ないホワイトマムシが、いきなり口をガバッと開けて、恐ろしい毒牙をチラつかせたからだ。
「きゃああああーっ!」
危機感を抱いたササミは逃げようとする。
だがホワイトマムシが素早く首を回し、彼女を見据えながら、自慢の細長い舌をチロチロと出し入れして威嚇した。
「ひτ!」
ササミは固まって身動きが取れない。
白い蛇が再び口を開く。
「マカロンちゃんでチュウ~。よろしくでチュウ!」
軽いノリの簡潔な自己紹介だった。
「こちらこそ、よろしくですわ♪」
ほとんど間を置かずにピクルスが返した。マカロンを恋愛学科の一員として温かく迎え入れようという心積もりなのだ。
だがこの時、ヨツバが立った。
「おいおい、マカロンちゃんよ」
「なんでチュウ★?」
マカロンが赤い目でウインクした。
それにより不覚にもヨツバは一瞬間ドキッとした。
「……あいやお前、蛇のくせに、どうしてネズミみたいなしゃべり方してんだ。それっておかしいぜ!」
少しばかり狼狽えそうになったヨツバなのだが、それでもマカロンの円らな瞳をチラ見しつつ、突っ込みを入れたのだ。
マカロンは笑顔で返答する。
「今時の蛇ギャルにとっては、これがファッションなのでチュウ!」
「ファッションだとお!?」
どちらかというとヨツバは世情に疎い方で、特に女の子たちの流行をほとんど把握できていない。
「それより、蛇のくせにとかいったでチュウ。基本的蛇権の侵害でチュウ!」
「いやいや、さすがにそんな権利はないだろがλ!」
ここで珍しくポンズヒコが立ち上がる。
「国民は、全ての基本的人権・基本的犬権・基本的蛇権の享有を妨げられない。ヤポン神国憲法第十一条じゃ。フッそそ」
ヨツバは耳を疑った。第十一条に記載されているのは、基本的人権と基本的犬権だけだと記憶している。
「蛇権ってのは、なかったはず……あ、まさか!」
自分の記憶力を信じつつも、直感的に「やられたぜ」と思った。憲法改正が行われたという可能性を完全に見落としていることに気づいたのだ。
ヨツバは、三日前の夜中に囚われの身となってからというもの、ずっと牢獄の中で過ごしていた。今朝ピザエルに連れられ直接この教室へやってきた。そのため、新聞もテレビやネットのニュースすらも見ていない。
完全に嵌められてしまったのだ。
「そのまさかの第九十六条じゃ。この憲法の改正は、ヤポン神の一存により、いついかなる時でも可能とする。フッそそ・フッそそ・フッそそ~」
涼しげに笑い続けるヤポン神――その姿が遠退く様な錯覚に見舞われて、ヨツバは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
「憲法違反の罰として、今日限りでキュウリ財閥は解体でチュウ!」
「お、おい待て!! ちゃんと裁判所を通してくれ」
「余が裁判所じゃ。第七十九条――最高裁判所は、ヤポン神のこととする。大福学院生、いやそれ以前にヤポン神国人でありながら、暗記しておらぬのか?」
「く……」
最早ヨツバには吐き出す文句が見つからず、とうとう膝をついて、床へパタリと崩れてしまった。完全敗北だ。
「勝訴でチュウ!」
喜ぶマカロンにピクルスが言葉をかける。
「マカロンちゃんの武器は憲法ですのね!」
「シュアーでチュウ♪」
ザラメも褒め言葉を送る。
「そうですね。巧みな頭脳プレイでしたよ」
「テヘヘでチュウ~」
マカロンのザラメに対する接近度数が20に達した。ザラメ経路に突入だ。
続いてシュガーとジッゲンバーグも感嘆の念を表明する。
「そうサー、恐るべき有能な爬虫類でサー」
「はい。私も、これまで拳法の達人と戦ったことは数多くありますし蛇拳というのがあることも知っていましたけれど、憲法の蛇権で相手を倒せる蛇と出会ったのは、七十年間生きてきて初めてのことにございます」
他の生徒たちも感心していて、頷いたり前後や左右の者同士で囁き合ったりしている。
しかしヨツバ一人だけは、まだ納得のいかない様子だ。
それで駄目元覚悟ながらも、一応は進言してみる。
「……けどよ、憲法変えるんなら、国会で審議するとか、国民投票で過半数の賛成を要するとか、なにか条件つけるべきじゃないのか」
「しょれは、いわゆる国民本位主義、という考え方かのお?」
偽博士のミンチオがポツリと呟いた。
彼のいった国民本位主義とは、政治学博士ソメイヨシノ‐サクラが提唱している民主主義の思想で、ウムラジアン大陸においては、ヴェッポン・デモングラ・フランセの三国が国政に採用している。そして、ミンチオと違って、もちろんサクラは正真正銘本物の博士で国立ヤポン大学の教授だ。
「そうよのう、それも考えてみることにするのじゃ。フッそそ」
ポンズヒコが、善処するつもりの様な発言をした。
だが、実際に政治改革が行われて、ヤポン神国が真の民主主義を実現する日を迎えるまでには、まだ数十年を要するのである。
だが今の状況では、それが単なる希望的観測に過ぎず、この蛇に限って見れば異常ではないか、と皆が懐疑することになった。
なぜなら、極めて臆病で自発的に攻撃を仕かけることの少ないホワイトマムシが、いきなり口をガバッと開けて、恐ろしい毒牙をチラつかせたからだ。
「きゃああああーっ!」
危機感を抱いたササミは逃げようとする。
だがホワイトマムシが素早く首を回し、彼女を見据えながら、自慢の細長い舌をチロチロと出し入れして威嚇した。
「ひτ!」
ササミは固まって身動きが取れない。
白い蛇が再び口を開く。
「マカロンちゃんでチュウ~。よろしくでチュウ!」
軽いノリの簡潔な自己紹介だった。
「こちらこそ、よろしくですわ♪」
ほとんど間を置かずにピクルスが返した。マカロンを恋愛学科の一員として温かく迎え入れようという心積もりなのだ。
だがこの時、ヨツバが立った。
「おいおい、マカロンちゃんよ」
「なんでチュウ★?」
マカロンが赤い目でウインクした。
それにより不覚にもヨツバは一瞬間ドキッとした。
「……あいやお前、蛇のくせに、どうしてネズミみたいなしゃべり方してんだ。それっておかしいぜ!」
少しばかり狼狽えそうになったヨツバなのだが、それでもマカロンの円らな瞳をチラ見しつつ、突っ込みを入れたのだ。
マカロンは笑顔で返答する。
「今時の蛇ギャルにとっては、これがファッションなのでチュウ!」
「ファッションだとお!?」
どちらかというとヨツバは世情に疎い方で、特に女の子たちの流行をほとんど把握できていない。
「それより、蛇のくせにとかいったでチュウ。基本的蛇権の侵害でチュウ!」
「いやいや、さすがにそんな権利はないだろがλ!」
ここで珍しくポンズヒコが立ち上がる。
「国民は、全ての基本的人権・基本的犬権・基本的蛇権の享有を妨げられない。ヤポン神国憲法第十一条じゃ。フッそそ」
ヨツバは耳を疑った。第十一条に記載されているのは、基本的人権と基本的犬権だけだと記憶している。
「蛇権ってのは、なかったはず……あ、まさか!」
自分の記憶力を信じつつも、直感的に「やられたぜ」と思った。憲法改正が行われたという可能性を完全に見落としていることに気づいたのだ。
ヨツバは、三日前の夜中に囚われの身となってからというもの、ずっと牢獄の中で過ごしていた。今朝ピザエルに連れられ直接この教室へやってきた。そのため、新聞もテレビやネットのニュースすらも見ていない。
完全に嵌められてしまったのだ。
「そのまさかの第九十六条じゃ。この憲法の改正は、ヤポン神の一存により、いついかなる時でも可能とする。フッそそ・フッそそ・フッそそ~」
涼しげに笑い続けるヤポン神――その姿が遠退く様な錯覚に見舞われて、ヨツバは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
「憲法違反の罰として、今日限りでキュウリ財閥は解体でチュウ!」
「お、おい待て!! ちゃんと裁判所を通してくれ」
「余が裁判所じゃ。第七十九条――最高裁判所は、ヤポン神のこととする。大福学院生、いやそれ以前にヤポン神国人でありながら、暗記しておらぬのか?」
「く……」
最早ヨツバには吐き出す文句が見つからず、とうとう膝をついて、床へパタリと崩れてしまった。完全敗北だ。
「勝訴でチュウ!」
喜ぶマカロンにピクルスが言葉をかける。
「マカロンちゃんの武器は憲法ですのね!」
「シュアーでチュウ♪」
ザラメも褒め言葉を送る。
「そうですね。巧みな頭脳プレイでしたよ」
「テヘヘでチュウ~」
マカロンのザラメに対する接近度数が20に達した。ザラメ経路に突入だ。
続いてシュガーとジッゲンバーグも感嘆の念を表明する。
「そうサー、恐るべき有能な爬虫類でサー」
「はい。私も、これまで拳法の達人と戦ったことは数多くありますし蛇拳というのがあることも知っていましたけれど、憲法の蛇権で相手を倒せる蛇と出会ったのは、七十年間生きてきて初めてのことにございます」
他の生徒たちも感心していて、頷いたり前後や左右の者同士で囁き合ったりしている。
しかしヨツバ一人だけは、まだ納得のいかない様子だ。
それで駄目元覚悟ながらも、一応は進言してみる。
「……けどよ、憲法変えるんなら、国会で審議するとか、国民投票で過半数の賛成を要するとか、なにか条件つけるべきじゃないのか」
「しょれは、いわゆる国民本位主義、という考え方かのお?」
偽博士のミンチオがポツリと呟いた。
彼のいった国民本位主義とは、政治学博士ソメイヨシノ‐サクラが提唱している民主主義の思想で、ウムラジアン大陸においては、ヴェッポン・デモングラ・フランセの三国が国政に採用している。そして、ミンチオと違って、もちろんサクラは正真正銘本物の博士で国立ヤポン大学の教授だ。
「そうよのう、それも考えてみることにするのじゃ。フッそそ」
ポンズヒコが、善処するつもりの様な発言をした。
だが、実際に政治改革が行われて、ヤポン神国が真の民主主義を実現する日を迎えるまでには、まだ数十年を要するのである。
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