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【第二部開幕】フタバラ子爵家令嬢ニクコの憂鬱
恋愛学科の教室で芽生える早朝の恋
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大福学院で恋愛学科の授業が始まる今日、負けず嫌いのニクコは、その新しい教室に一番乗りしてやろうと考えて、かなり早くに女子寮を出た。
にもかかわらず、先を越して教室最奥の一番後ろの席に見慣れない少年が座っているではないか。
青紫の瞳と白銀の髪――どう見てもヤポン人ではない。間違いなくウムラジアン大陸の人種だ。
(怪しいくらいに妖しい男子だわ……)
するとこの時、ニクコの気配に気づいた少年が、すくっと立ち上がる。実に気品が溢れる優雅な所作だ。
(はっ、誘惑してる?)
どう対処すべきかしら、とニクコは躊躇する。
「やあおはよう。キミも恋愛学科の生徒?」
「……」
ニクコは迷わず黙秘を通すことに決めた。恋愛模擬体験において対応に困った場合、黙るに限る。雄弁は銀だが、沈黙なら金――これも定石だ。
少年の方は余裕の表情を崩さない。その肌は処女雪のように白く、形の良い鼻を中心にして、均整の取れた大きさの目玉と口唇と耳たぶが、まるで黄金分割に従って配置されているが如き精緻さ。要するに、見事なまでに綺麗な顔なのだ。
恋のかけひきに警戒が必要なことは十二分に承知之助だが、不覚にもニクコは少年に見惚れてしまう。
「ボクは、今日からこの大福学院恋愛学科で学ばせて貰うことになった、ゲノムゲノム、ゴボウノセンギリ、カイセンラーメン、スイギョウザ♪」
「??」
おかしなヤポン語が飛び出したことで、ニクコは思わず首を傾げる。その困惑気味な瞳をチラリと見て、謎の美少年の顔が曇った。
「いやそうではなく、このボクはフランセ国からきたシャンペンハウアーだよ。いやはや、失敗・塩辛・四万十川。ヤポン神国では、自己紹介でゲノムゲノムをやると、とても受けが良いのだと父から聞かされていたものでね、あはは」
(それ、いつの時代の話よ?)
人類のゲノムが全て解明されて既に数十年が経っている。先ほどの自己紹介ネタは、ヤポン神国では親爺的洒落と呼ばれる類の、特に少女たちが嫌う系統の古臭いお洒落だったのだ。
「おや、どうしたの?」
「いえ、別に……」
「もしかして気分が悪いとか?」
「ええ、少しばかり胸が。うっ」
これは模造動作だった。つまり、ニクコは相手の出方を探ろうとしている。
「それはいけないね。さあ医務室へ」
シャンペンハウアーが近寄る。
甘く芳しい微香がニクコの鼻孔をくすぐった。フランセ国で人気の最高級香水キャラメルNo.5の香りだ。
「あっは~ん」
「はっ!」
ニクコの吐息がシャンペンハウアーの耳たぶを優しくなぜた。これによりシャンペンハウアーに対する接近度数がいきなり15になる。
(ええっ、まさか一気に15! こ、これは間違いない、恋だわ!)
この勢いのまま20に達すれば、直ちに個別経路に入る。
それはまずい。急いで回避しなければならない。シャンペンハウアー経路へと突入すると、ポンズヒコの攻略が停滞してしまうのだから。
(どうしよう。うん、それ。あ、でも……うん。ええぇい、ままよ!)
シャンペンハウアーの真正面に仁王立ちになるニクコ。彼の端麗な顔を、ギョロリンと正視して固まる。
ちょうど三秒後、ニクコは右手の人差し指と中指の指先腹を自身の鼻頭に上側から押し当てて、左右の鼻壁をグイと上に引っ張って見せつけた。
シャンペンハウアーの両の目には今、ニクコの鼻孔が映っている。下品な女だと思われたはず。
「えっ!!」
驚いて声を発する王子。このような行為をされたのは生まれて初めてだ。
(ふぅ、やった。これで接近度数が大きく下がったわね)
だがそれは誤算だった。接近度数は21に跳ね上がっているのだ。
それもそのはず、シャンペンハウアーは、なんと、鼻孔異常愛着という珍しい属性を持つ隠れ攻略対象者なのだから。
これによりニクコのシャンペンハウアー経路突入が確定した。
(あちゃあ~、もっと慎重に回避すべきだったわ)
悔やんだところで、もう後の雛祭り大売出し開催中といった状況。
Ω Ω Ω
恋愛学科での初日の授業も終わり、今は放課後を迎えている。ニクコは、今日転入してきたシャンペンハウアーに学院内を案内することになった。
今朝、恥ずかしさに耐えて鼻の中を見せたニクコ。にもかかわらず、それが裏目に出てシャンペンハウアー経路に突入してしまったのだ。
「でもシャンさん、あなたはフランセ国の第一王子なのだから、婚約者の五人や十人くらい、いらしても、おかしくないのでは?」
「実は、お見合いをする予定になっていた隣国の公爵家の娘がいたのだけれど、それを放っておいて、この大福学院へ駆けつけたのだよ。もちろんキミと出会うためだけにね、セニョリータ。ふっふふ」
まるで砂糖を入れ過ぎて甘ったるくなった玉子焼きパンのような言葉である。
それにもかかわらず、国際条約違反的なまでの王子様お面を見せつけられたニクコの胸の内は、カルビぃ~~ン、と響いてしまったのだ。
(一体どうしたのかしら? アタイはポンズヒコ様一途なのに……)
自分自身の心だというのに理解不能である。計りしれない倦怠的な感情がニクコの胸を焦がすのである。ノンシュガー・プリーズとでも叫びたいほどだ。
憂いに満ちた少女の表情は、シャンペンハウアーの心に溶け込む甘味料ステビアパウダーになった。そして接近度数が30に到達。
(どうにか友人の関係を維持したいわね。最悪は破局でも……)
個別経路に突入してからは接近度数が100以上で婚姻可能であり、逆に20を下回れば破局となる。その中間を保ったまま一定の日数が経過したら、友人の関係のまま経路は終了する。神攻略戦には、そういうまどろっこしいシステムが採用されている。
にもかかわらず、先を越して教室最奥の一番後ろの席に見慣れない少年が座っているではないか。
青紫の瞳と白銀の髪――どう見てもヤポン人ではない。間違いなくウムラジアン大陸の人種だ。
(怪しいくらいに妖しい男子だわ……)
するとこの時、ニクコの気配に気づいた少年が、すくっと立ち上がる。実に気品が溢れる優雅な所作だ。
(はっ、誘惑してる?)
どう対処すべきかしら、とニクコは躊躇する。
「やあおはよう。キミも恋愛学科の生徒?」
「……」
ニクコは迷わず黙秘を通すことに決めた。恋愛模擬体験において対応に困った場合、黙るに限る。雄弁は銀だが、沈黙なら金――これも定石だ。
少年の方は余裕の表情を崩さない。その肌は処女雪のように白く、形の良い鼻を中心にして、均整の取れた大きさの目玉と口唇と耳たぶが、まるで黄金分割に従って配置されているが如き精緻さ。要するに、見事なまでに綺麗な顔なのだ。
恋のかけひきに警戒が必要なことは十二分に承知之助だが、不覚にもニクコは少年に見惚れてしまう。
「ボクは、今日からこの大福学院恋愛学科で学ばせて貰うことになった、ゲノムゲノム、ゴボウノセンギリ、カイセンラーメン、スイギョウザ♪」
「??」
おかしなヤポン語が飛び出したことで、ニクコは思わず首を傾げる。その困惑気味な瞳をチラリと見て、謎の美少年の顔が曇った。
「いやそうではなく、このボクはフランセ国からきたシャンペンハウアーだよ。いやはや、失敗・塩辛・四万十川。ヤポン神国では、自己紹介でゲノムゲノムをやると、とても受けが良いのだと父から聞かされていたものでね、あはは」
(それ、いつの時代の話よ?)
人類のゲノムが全て解明されて既に数十年が経っている。先ほどの自己紹介ネタは、ヤポン神国では親爺的洒落と呼ばれる類の、特に少女たちが嫌う系統の古臭いお洒落だったのだ。
「おや、どうしたの?」
「いえ、別に……」
「もしかして気分が悪いとか?」
「ええ、少しばかり胸が。うっ」
これは模造動作だった。つまり、ニクコは相手の出方を探ろうとしている。
「それはいけないね。さあ医務室へ」
シャンペンハウアーが近寄る。
甘く芳しい微香がニクコの鼻孔をくすぐった。フランセ国で人気の最高級香水キャラメルNo.5の香りだ。
「あっは~ん」
「はっ!」
ニクコの吐息がシャンペンハウアーの耳たぶを優しくなぜた。これによりシャンペンハウアーに対する接近度数がいきなり15になる。
(ええっ、まさか一気に15! こ、これは間違いない、恋だわ!)
この勢いのまま20に達すれば、直ちに個別経路に入る。
それはまずい。急いで回避しなければならない。シャンペンハウアー経路へと突入すると、ポンズヒコの攻略が停滞してしまうのだから。
(どうしよう。うん、それ。あ、でも……うん。ええぇい、ままよ!)
シャンペンハウアーの真正面に仁王立ちになるニクコ。彼の端麗な顔を、ギョロリンと正視して固まる。
ちょうど三秒後、ニクコは右手の人差し指と中指の指先腹を自身の鼻頭に上側から押し当てて、左右の鼻壁をグイと上に引っ張って見せつけた。
シャンペンハウアーの両の目には今、ニクコの鼻孔が映っている。下品な女だと思われたはず。
「えっ!!」
驚いて声を発する王子。このような行為をされたのは生まれて初めてだ。
(ふぅ、やった。これで接近度数が大きく下がったわね)
だがそれは誤算だった。接近度数は21に跳ね上がっているのだ。
それもそのはず、シャンペンハウアーは、なんと、鼻孔異常愛着という珍しい属性を持つ隠れ攻略対象者なのだから。
これによりニクコのシャンペンハウアー経路突入が確定した。
(あちゃあ~、もっと慎重に回避すべきだったわ)
悔やんだところで、もう後の雛祭り大売出し開催中といった状況。
Ω Ω Ω
恋愛学科での初日の授業も終わり、今は放課後を迎えている。ニクコは、今日転入してきたシャンペンハウアーに学院内を案内することになった。
今朝、恥ずかしさに耐えて鼻の中を見せたニクコ。にもかかわらず、それが裏目に出てシャンペンハウアー経路に突入してしまったのだ。
「でもシャンさん、あなたはフランセ国の第一王子なのだから、婚約者の五人や十人くらい、いらしても、おかしくないのでは?」
「実は、お見合いをする予定になっていた隣国の公爵家の娘がいたのだけれど、それを放っておいて、この大福学院へ駆けつけたのだよ。もちろんキミと出会うためだけにね、セニョリータ。ふっふふ」
まるで砂糖を入れ過ぎて甘ったるくなった玉子焼きパンのような言葉である。
それにもかかわらず、国際条約違反的なまでの王子様お面を見せつけられたニクコの胸の内は、カルビぃ~~ン、と響いてしまったのだ。
(一体どうしたのかしら? アタイはポンズヒコ様一途なのに……)
自分自身の心だというのに理解不能である。計りしれない倦怠的な感情がニクコの胸を焦がすのである。ノンシュガー・プリーズとでも叫びたいほどだ。
憂いに満ちた少女の表情は、シャンペンハウアーの心に溶け込む甘味料ステビアパウダーになった。そして接近度数が30に到達。
(どうにか友人の関係を維持したいわね。最悪は破局でも……)
個別経路に突入してからは接近度数が100以上で婚姻可能であり、逆に20を下回れば破局となる。その中間を保ったまま一定の日数が経過したら、友人の関係のまま経路は終了する。神攻略戦には、そういうまどろっこしいシステムが採用されている。
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