上 下
25 / 121
【第三幕】ソシュアル国へ旅行に行くピクルス

チョリソールとザラメの精神は無事か?

しおりを挟む
 フランセ国の軍隊は空軍・陸軍・海軍の三つに分かれている。それら三軍を纏め合わせる長は総大将と呼ばれており、ヴェッポン国自衛軍でいうところの元帥に相当する。現在の総大将ランチャトス‐ハムボイラーは重く患っており、六十一歳の身体を病床に就けている。
 この今こそを好機と考え、陸軍少将ナマライス‐ティポットが昨夜遅くにクーデターを起こした。
 五十四歳のナマライスは、反ランチャトス派を率いるリーダーでもある。以前の彼は大将の階級にあったが、彼らの勢力を脅威に感じたランチャトスの策により、些細なミスが大袈裟に処罰され、二階級降格の憂き目に会わされたのだ。さぞ恨みを募らせてきたことであろう――というようなフランセ国軍の内部事情を、中央指令室のディラビスがお握りを食べつつピクルスに話しているところだ。

「次の総大将として、最有力視されている空軍の大将スッパイーゼ‐ウメイメシの留守中を狙い、ことを謀ったのでしょう」
「それで、その大将は、今どこにいるのか?」
「ソシュアル国の空軍本部です。フランセ国軍は、来月の頭にソシュアル国軍と空軍合同演習を計画しているのですが、その段取りについてスッパイーゼ大将が直々に話し合いの場へと出向いたのです」
「分かりましたわ」

 ディラビスがもたらした情報によって、ピクルスの方針が定まった。
 直後、扉が開く。王宮からフラッペが戻ったのだ。

「おはようございます、フラッペ少将♪」
「やあおはよう。やはりきておったか」
「シュアー♪ お一つ、いかが?」

 ピクルスは買い物袋の中からお握りを一つ取り出した。

「おや、それは?」
ですわ。鮭お握りの亜種なの。美味しいですわよ♪♪」
「うむ。では貰おうか」
「シュアー♪」

 ヴェッポン国自衛軍に所属する人間は、概してお握りが好きなのである。

「ところで、キュウカンバ大佐」
「はい」
「今日から休暇だとすると、なにを?」
「もちろん旅行ですわ、ソシュアル国に♪」
「うむ、行くのだな」
「シュアー!」

 ピクルスの思惑通りに動くことを悟ったフラッペは、まずソシュアル国の空軍本部に事前連絡を入れて、それから時間差でキュウカンバ伯爵家へ事後連絡することを決めた。
 そして、この三十分後には、ディラビスの手によって記入されたピクルスの欠席届が王立第一アカデミーの事務局に提出されることになる。全てにおいて、なんら抜かりはないのだ。

 Ω Ω Ω

 ヴェッポン国自衛軍における日頃の並々ならぬ活躍に対する褒美として、ピクルスは国王から特別休暇を賜わることとなり、軍事会議を見学する名目をも兼ねてソシュアル国への旅行に出かけた――これは、フラッペが電話を通して、ピクルスの父親ピスタッチオに伝えた話の内容である。
 それが単なる口実に過ぎず、今回もまたピクルスが危ない橋を渡ろうとしているのだとピスタッチオは気づいていた。
 フラッペも大層辛かった。ことの真相をピスタッチオが見破っていて、少なからず心を痛めているであろうことについては、同じ歳の娘を持つフラッペにも良く分かっていて、胸が潰れる思いだった。

 ピスタッチオが数滴の涙で濡らした受話器を置いた時、ピクルスは既にヴェッポン国の領空から抜け出て、ウムラジアン大陸で最大の国土を持つソシュアル国の上空にいた。
 ピクルスが自慢の操縦で飛ばしているのは、世界第二位の速度を誇るブルーカルパッチョだ。これはヴェッポン国の最新大型戦闘機で、チョリソールとザラメも同乗している。
 ブルーカルパッチョがソシュアル国の空軍本部へ向かうことは、既に連絡済みであるため、対外的にもなんら問題はない。
 むしろ問題があるのはブルーカルパッチョの飛ばせ方だ。久し振りとなった戦闘機の操縦ということも手伝って、ピクルスは目をギランギランと輝かせており、ついついオーバードライビングしてしまうのである。
 ブルーカルパッチョの飛行速度が秒速九百メートルに制限されているにもかかわらず、それを超えるマッハスリーまでは出せて、フランセ国の最新戦闘機コンコードにも負けないと信じて疑わないピクルスなので、決して速度を緩めはしない。

 ――ビィコン・ビィコン・ビィコン!

 飛行中は終始アラームが鳴り響き、そして機体が激しく揺れる。
 後部座席のチョリソールとザラメからも、それぞれアラームが鳴っている。

「ピクルス大佐、お願いします! 速度を抑えて、下さいませぇ~~」
「自分もまだまだ生きたいです。後生ですからぁ、ピクルス大佐ぁ~」

 だが、ピクルスの手にかかってしまうと、制限速度を完全に上回る音速の三倍での飛行をキープしても不思議と平気なブルーカルパッチョなのである。

「おっほっほほほぉー、これこそ快感ですわぁぁーっ!!」

 ――ビィコン♪ビィコン*ビィコン!

「ひぃぃー、もう勘弁して下さいませ、ピクルスお嬢様!」
「バウバウゥゥーッ、ナンマンダァ~、ピクルスお嬢様!」
「ノンノンノン、チョリソール! ザラメ! 大佐とお呼び♪♪」

 ――ビィコン★ビィコン♪♪ビィコン!!

 ブルーカルパッチョの機体が無事でも、チョリソールとザラメの精神は、このまま目的地まで耐え切れるかどうか――それには神も悪魔も一切関知しない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【短編】冤罪が判明した令嬢は

砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。 そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

出て行けと言って、本当に私が出ていくなんて思ってもいなかった??

新野乃花(大舟)
恋愛
ガランとセシリアは婚約関係にあったものの、ガランはセシリアに対して最初から冷遇的な態度をとり続けていた。ある日の事、ガランは自身の機嫌を損ねたからか、セシリアに対していなくなっても困らないといった言葉を発する。…それをきっかけにしてセシリアはガランの前から失踪してしまうこととなるのだが、ガランはその事をあまり気にしてはいなかった。しかし後に貴族会はセシリアの味方をすると表明、じわじわとガランの立場は苦しいものとなっていくこととなり…。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

未来人が未開惑星に行ったら無敵だった件

藤岡 フジオ
ファンタジー
四十一世紀の地球。殆どの地球人が遺伝子操作で超人的な能力を有する。 日本地区で科学者として生きるヒジリ(19)は転送装置の事故でアンドロイドのウメボシと共にとある未開惑星に飛ばされてしまった。 そこはファンタジー世界そのままの星で、魔法が存在していた。 魔法の存在を感知できず見ることも出来ないヒジリではあったが、パワードスーツやアンドロイドの力のお陰で圧倒的な力を惑星の住人に見せつける!

処理中です...