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【第三幕】ソシュアル国へ旅行に行くピクルス
キュウカンバ伯爵家のガス器具が故障した件
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キュウカンバ伯爵家の食堂の出入り口近くにジッゲンバーグとクッペンが並んで立ち、なにやら話している。深刻な雰囲気を放つ二人だ。
ここへピクルスが颯爽と現れた。
「おはようジッゲン、クッペ婆や」
ピクルスは背筋をピンと伸ばし凛とした態度で、今朝もやはり派手なゴスロリ風衣装を身に纏っている。カラー・コーディネートは白地に赤紫だ。
「はっ、ピクルスお嬢様、おはようございます」
「おはようございます、ピクルスお嬢様」
ピクルスは頷き、食堂内を覗き込む。
「今朝のおかず、なにかしら?」
だが、その期待に満ちた視線の先、白いテーブルクロスの上には、既に並んでいるはずのおかずが一つとして見当たらず、怪訝な表情が浮き上がった。
背後でそれを察知したクッペンが一歩前へ歩み出る。
「ピクルスお嬢様、大変申し訳ございません。今朝は調理場のガス器具が、もうどうにも具合が悪くなってございまして、未だにお湯を沸かすことすらできておりません。本当に申し訳のない次第にございますことで……」
何度も頭を下げて謝罪を繰り返すクッペンは、今にも泣き出しそうだ。
「お顔を上げなさい、クッペ婆や。ガスが使えないのでしたら、それは仕方ありませんわ。決してあなたのせいでは、ありませんことよ」
「おお、なんとお優しいお言葉。このクッペン、思い残すことは、もうなに一つもございませんです。これで今すぐ神に召されても構いません。うおぉぉーん!」
ついに老婆は泣き出した。
「大袈裟ですわ、クッペ婆や。あなたが神に召されてしまっては、わたくしの食事を一体誰が作るというのですか。お気をしっかりとお持ちなさい!」
そういいながらピクルスは、クッペンの背中を優しくさすった。
二人の様子を横で黙って眺めていたジッゲンバーグも同じように申し訳なさそうな表情をして、重そうな口を開いた。
「つきましてはピクルスお嬢様、今朝ばかりは、そのような事情にございますので、誠にお気の毒ではございますけれど、非常時用に備えております缶詰と乾パンのみでご辛抱頂くことにて、どうかお願い致します」
これに対してピクルスは、思わず口元が緩みそうになるのを堪えながら、沈痛な面持ちを作って応える。
「状況が状況なだけに、それも止むを得ないことかもしれませんわね。けれど今日も一日、わたくしはアカデミーで熱心にお勉強しないとならないの。やはり、朝食が乾パンでは、わたくし本来の力を発揮できそうにありません。困りましたわ」
熱心に勉強したことなど、これまで一度もなかったはずのピクルスであるが、ここぞとばかりに、さも困っているような素振りをジッゲンバーグに見せつける。
「はあ、左様にはございますが……」
「あ、そうですわ、たった今わたくしは名案を思いつきました。今朝は、コンビニへ寄って、なにか食べるものを買って行くことにしましょう♪♪」
このピクルスの発案に対して、ジッゲンバーグは、あからさまに難色を示す。なぜなら彼は、コンビニエンス・ストアを、身分の低い者が利用する低俗な店だと思い込んでいるからだ。
「そ、それは、よろしくありません」
「よろしくありますわ。今朝こそ、鮭お握りに決めました!」
「しかしながらお嬢様……」
ピクルスは、ついに堪え切れずに口元を緩めてしまい、笑みを浮かべた。
「ならばジッゲンは、わたくしの学業が、どうでも良いとお考えなのかしら?」
「いえいえ、決して私は、そのようなことを……」
この結果、ピクルスは初めてとなるコンビニエンス・ストアでの買い物を体験できることに決まった。
ただし、アカデミーへ向かう途中で食料を買って、それをサラッド公爵家へ持ち込んで食べるのは以っての外、というジッゲンバーグ側の主張も通り、一度ここへ戻ってきて、ちゃんと食堂で食べるという条件をつけたうえでの話である。
店へはジッゲンバーグの運転するバギーに乗って行くこととして、もちろん店内での買い物中も、彼が終始つき添うことで合意した。
そしてピクルスが中庭に出ると、やはりザラメが怒っていた。
「ぐあぁ腹減ったわい。あの老いぼれクッペンめ、なにやっとるんだ!!」
三日連続で朝食を出して貰えなかったため、かなり立腹している様子。
「おはようザラメ軍曹、今朝はガス器具が故障していたわ!」
「わおっつ! ピクルス大佐、おはようございます!! いやあ、そういうことでしたか。それではガス給湯器修理専門業者を呼ばなければなりません。ここに近いところだと、『お助けガスマン』があります。早く巧みで、しかも安心料金という評判です。十時になり次第、連絡しましょう」
ザラメは犬用の通信教育で日々学習を続けていて、家庭内における非常事態の対応方法に関する知識も持ち合わせている。「お助けガスマン」の店が午前十時に営業を開始することすら、ちゃんと知っているのだ。
「そうね。それより、今からコンビニへお買い物に行きますのよ♪」
「それはそれは、漸くピクルス大佐の念願が叶いますか。良かったですね」
「そうよ。それで、ザラメはなにが欲しいか?」
「自分は新発売『ワンちゃんにボーン』のカルボナーラ味が食べたいです」
普段から新商品のチェックを欠かすことのないザラメは、こういった情報をも漏らさずキャッチしている。
「分かったわ。それを買ってきますから、それまで静かにしていなさい!」
「ラジャー!!!」
ザラメは自ら「待て!」の姿勢で待機することにした。
ここへピクルスが颯爽と現れた。
「おはようジッゲン、クッペ婆や」
ピクルスは背筋をピンと伸ばし凛とした態度で、今朝もやはり派手なゴスロリ風衣装を身に纏っている。カラー・コーディネートは白地に赤紫だ。
「はっ、ピクルスお嬢様、おはようございます」
「おはようございます、ピクルスお嬢様」
ピクルスは頷き、食堂内を覗き込む。
「今朝のおかず、なにかしら?」
だが、その期待に満ちた視線の先、白いテーブルクロスの上には、既に並んでいるはずのおかずが一つとして見当たらず、怪訝な表情が浮き上がった。
背後でそれを察知したクッペンが一歩前へ歩み出る。
「ピクルスお嬢様、大変申し訳ございません。今朝は調理場のガス器具が、もうどうにも具合が悪くなってございまして、未だにお湯を沸かすことすらできておりません。本当に申し訳のない次第にございますことで……」
何度も頭を下げて謝罪を繰り返すクッペンは、今にも泣き出しそうだ。
「お顔を上げなさい、クッペ婆や。ガスが使えないのでしたら、それは仕方ありませんわ。決してあなたのせいでは、ありませんことよ」
「おお、なんとお優しいお言葉。このクッペン、思い残すことは、もうなに一つもございませんです。これで今すぐ神に召されても構いません。うおぉぉーん!」
ついに老婆は泣き出した。
「大袈裟ですわ、クッペ婆や。あなたが神に召されてしまっては、わたくしの食事を一体誰が作るというのですか。お気をしっかりとお持ちなさい!」
そういいながらピクルスは、クッペンの背中を優しくさすった。
二人の様子を横で黙って眺めていたジッゲンバーグも同じように申し訳なさそうな表情をして、重そうな口を開いた。
「つきましてはピクルスお嬢様、今朝ばかりは、そのような事情にございますので、誠にお気の毒ではございますけれど、非常時用に備えております缶詰と乾パンのみでご辛抱頂くことにて、どうかお願い致します」
これに対してピクルスは、思わず口元が緩みそうになるのを堪えながら、沈痛な面持ちを作って応える。
「状況が状況なだけに、それも止むを得ないことかもしれませんわね。けれど今日も一日、わたくしはアカデミーで熱心にお勉強しないとならないの。やはり、朝食が乾パンでは、わたくし本来の力を発揮できそうにありません。困りましたわ」
熱心に勉強したことなど、これまで一度もなかったはずのピクルスであるが、ここぞとばかりに、さも困っているような素振りをジッゲンバーグに見せつける。
「はあ、左様にはございますが……」
「あ、そうですわ、たった今わたくしは名案を思いつきました。今朝は、コンビニへ寄って、なにか食べるものを買って行くことにしましょう♪♪」
このピクルスの発案に対して、ジッゲンバーグは、あからさまに難色を示す。なぜなら彼は、コンビニエンス・ストアを、身分の低い者が利用する低俗な店だと思い込んでいるからだ。
「そ、それは、よろしくありません」
「よろしくありますわ。今朝こそ、鮭お握りに決めました!」
「しかしながらお嬢様……」
ピクルスは、ついに堪え切れずに口元を緩めてしまい、笑みを浮かべた。
「ならばジッゲンは、わたくしの学業が、どうでも良いとお考えなのかしら?」
「いえいえ、決して私は、そのようなことを……」
この結果、ピクルスは初めてとなるコンビニエンス・ストアでの買い物を体験できることに決まった。
ただし、アカデミーへ向かう途中で食料を買って、それをサラッド公爵家へ持ち込んで食べるのは以っての外、というジッゲンバーグ側の主張も通り、一度ここへ戻ってきて、ちゃんと食堂で食べるという条件をつけたうえでの話である。
店へはジッゲンバーグの運転するバギーに乗って行くこととして、もちろん店内での買い物中も、彼が終始つき添うことで合意した。
そしてピクルスが中庭に出ると、やはりザラメが怒っていた。
「ぐあぁ腹減ったわい。あの老いぼれクッペンめ、なにやっとるんだ!!」
三日連続で朝食を出して貰えなかったため、かなり立腹している様子。
「おはようザラメ軍曹、今朝はガス器具が故障していたわ!」
「わおっつ! ピクルス大佐、おはようございます!! いやあ、そういうことでしたか。それではガス給湯器修理専門業者を呼ばなければなりません。ここに近いところだと、『お助けガスマン』があります。早く巧みで、しかも安心料金という評判です。十時になり次第、連絡しましょう」
ザラメは犬用の通信教育で日々学習を続けていて、家庭内における非常事態の対応方法に関する知識も持ち合わせている。「お助けガスマン」の店が午前十時に営業を開始することすら、ちゃんと知っているのだ。
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「それはそれは、漸くピクルス大佐の念願が叶いますか。良かったですね」
「そうよ。それで、ザラメはなにが欲しいか?」
「自分は新発売『ワンちゃんにボーン』のカルボナーラ味が食べたいです」
普段から新商品のチェックを欠かすことのないザラメは、こういった情報をも漏らさずキャッチしている。
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