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【5章】萩乃と正男に与えられる任務
37.購買部の兄妹と入会の儀式
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購買部にはたくさんの品が雑然と並べられている。文房具や書籍の他、情報端末・鍋・歯ブラシ・体操服・ハンマー・猫缶など色々ある。
ここへ萩乃と正男が並んで入ってきた。
とても小さい身体の店員が、明るい笑顔で迎えてくれる。
「らっしゃいませませ♪」
「えっ、幼稚園児!?」
ついうっかり、正男が声に出して言ってしまった。
店員がきっぱり否定する。
「違うの! うちは六十六歳なんだからね。女盛りよ。うっふんふん♪」
「は??」
この世界の人類は、大きく分けて三種類がある。
一つ目は萩乃たちホモサピエンス。二つ目は先天的に浮遊能力を持っているホモフローレシエンシス。三つ目はキレると狂暴になり、なにをしでかすかわからないオニサピエンス。
購買部店員のフローラナイチンゲールは二つ目の人類だ。本人の言う通り女盛り。肌の張りが違っている。
「あの大森くん」
「なんだ?」
「このお方は、ホモフローレシエンシスという人類種ですわ。成人式を迎える四十歳になっても、身長はホモサピエンスの幼児並みなの」
「四十歳で成人するのか?」
「はい。発育がホモサピエンスとくらべて遅く、平均寿命は二百歳を超える種なのですわ」
「へえ~、すげぇな」
「それともう一つ、オニサピエンスという人類種もありましてよ」
「そうか、世界が違えば人類種の数も違ってくるんだな」
この世界、まだまだ正男の知らないことは多い。
「おい、お客さんか? か?」
ホモフローレシエンシスがもう一人現れた。ふわりふんわりと浮かびながら、店の奥から流れるようにやってくる。
「うんうん。お兄ちゃんちゃん」
「ここでは店長と呼びなさい。何度も言っていることだろだろ?」
「は~い、店長店長店長店長。きゃはきゃは」
「みっともなく言葉を繰り返すんじゃない! 人前なんだぞ、まったくたく」
購買部の店長は働き盛りの七十歳。この二人の会話からわかるように、フローラの兄でもある。
「さてさて、いらっしゃいませませ。なにかご入り用かな? かな?」
「え、あ、オレら、工学部からきた文化委員なんです。ここで道具を買うように言われたもんで……」
「おお、そうかそうか。これは失礼失礼。おいらは文化委員会で雑務を任されているトーマスナイチンゲールだ。よろしくしく」
「あ、どうも。えっとオレは、理科一類一年の大森正男と言います」
「わたくしも同じくですわ。猪野萩乃と申します。どうぞよしなに」
ぶっきら棒な正男とは違い、萩乃は丁寧にお辞儀した。
「それではさっそくだけど、入会の儀式を執り行うことにしようよう」
「なんだそれ?」
「順番に、おいらの頬にチュッとしてくれくれ」
「断る!」
「わたくしもいやですわ。好きでもないお方にチュッだなんて……」
断固たる正男と同じく、萩乃も拒絶の意志表示をした。
「文化委員会に入りたくないのか。のかのか?」
「オレは別に入りたくてなったんじゃねえし」
「わたくしは立候補しましたわ……」
このような試練が待っているとは、思ってもみなかったのだ。
トーマスが空中に浮かんだままの姿勢で萩乃に近づき、左の頬を向けてくる。
「猪野萩乃さんは、自分から進んで文化委員になったのだなだな。それならさあ早くチュッとしてくれくれ」
「わ、わかりましたわ」
萩乃は意を決して、右手にある竹輪を持ち上げた。
「やりますわよ。はい、チュッ」
ラップに包まれた竹輪の先端が、トーマスの左頬に押しつけられた。
当然のことながら、それが偽物の唇だとすぐに気づかれる。
「こらこら、ズルっこはダメダメ! て、ああー、それはそれは!?」
「これは、チクワちゃんですわ。道端に落ちているところを見つけ、わたくしが拾いましたの」
「おいらが落としちゃったんだよ、それをそれを!」
「あらまあ、そうですの?」
《そうよ》
落とされた竹輪本人が言うのだから間違いはない。
「お返しいたしますわ」
「そうかそうか。ありがとうとう!」
竹輪が、萩乃の手からトーマスの手へ厳かに渡される。命のバトンを繋げようとするかのように。
浮かんでいたトーマスが着地して、萩乃と正男に向かって一礼する。
「ネコババせず正直に届けてくれようとは、おいら感激感激。だから今回だけは特別に、入会の儀を免除することにしようよう。はっははっは!」
「なんだ、文化委員やらずに済む口実ができたと思ったのによ」
「文化委員をやりたくないのか。のかのか?」
「おう、めんどっちぃしな」
「いい仕事だよだよ? 毎月1000万円の報酬がもらえるのにのに?」
「マジか!?」
「そうさ、マジマジ」
日本の帝国大学の委員会経費はすべて国費で賄われている。
中にはまともな活動をしていないのに、報酬だけはちゃっかり受け取るような委員会もあるとか。古い時代からの言葉「親方日の丸」とは、まさにそのことを指して言うのだ。
ここへ萩乃と正男が並んで入ってきた。
とても小さい身体の店員が、明るい笑顔で迎えてくれる。
「らっしゃいませませ♪」
「えっ、幼稚園児!?」
ついうっかり、正男が声に出して言ってしまった。
店員がきっぱり否定する。
「違うの! うちは六十六歳なんだからね。女盛りよ。うっふんふん♪」
「は??」
この世界の人類は、大きく分けて三種類がある。
一つ目は萩乃たちホモサピエンス。二つ目は先天的に浮遊能力を持っているホモフローレシエンシス。三つ目はキレると狂暴になり、なにをしでかすかわからないオニサピエンス。
購買部店員のフローラナイチンゲールは二つ目の人類だ。本人の言う通り女盛り。肌の張りが違っている。
「あの大森くん」
「なんだ?」
「このお方は、ホモフローレシエンシスという人類種ですわ。成人式を迎える四十歳になっても、身長はホモサピエンスの幼児並みなの」
「四十歳で成人するのか?」
「はい。発育がホモサピエンスとくらべて遅く、平均寿命は二百歳を超える種なのですわ」
「へえ~、すげぇな」
「それともう一つ、オニサピエンスという人類種もありましてよ」
「そうか、世界が違えば人類種の数も違ってくるんだな」
この世界、まだまだ正男の知らないことは多い。
「おい、お客さんか? か?」
ホモフローレシエンシスがもう一人現れた。ふわりふんわりと浮かびながら、店の奥から流れるようにやってくる。
「うんうん。お兄ちゃんちゃん」
「ここでは店長と呼びなさい。何度も言っていることだろだろ?」
「は~い、店長店長店長店長。きゃはきゃは」
「みっともなく言葉を繰り返すんじゃない! 人前なんだぞ、まったくたく」
購買部の店長は働き盛りの七十歳。この二人の会話からわかるように、フローラの兄でもある。
「さてさて、いらっしゃいませませ。なにかご入り用かな? かな?」
「え、あ、オレら、工学部からきた文化委員なんです。ここで道具を買うように言われたもんで……」
「おお、そうかそうか。これは失礼失礼。おいらは文化委員会で雑務を任されているトーマスナイチンゲールだ。よろしくしく」
「あ、どうも。えっとオレは、理科一類一年の大森正男と言います」
「わたくしも同じくですわ。猪野萩乃と申します。どうぞよしなに」
ぶっきら棒な正男とは違い、萩乃は丁寧にお辞儀した。
「それではさっそくだけど、入会の儀式を執り行うことにしようよう」
「なんだそれ?」
「順番に、おいらの頬にチュッとしてくれくれ」
「断る!」
「わたくしもいやですわ。好きでもないお方にチュッだなんて……」
断固たる正男と同じく、萩乃も拒絶の意志表示をした。
「文化委員会に入りたくないのか。のかのか?」
「オレは別に入りたくてなったんじゃねえし」
「わたくしは立候補しましたわ……」
このような試練が待っているとは、思ってもみなかったのだ。
トーマスが空中に浮かんだままの姿勢で萩乃に近づき、左の頬を向けてくる。
「猪野萩乃さんは、自分から進んで文化委員になったのだなだな。それならさあ早くチュッとしてくれくれ」
「わ、わかりましたわ」
萩乃は意を決して、右手にある竹輪を持ち上げた。
「やりますわよ。はい、チュッ」
ラップに包まれた竹輪の先端が、トーマスの左頬に押しつけられた。
当然のことながら、それが偽物の唇だとすぐに気づかれる。
「こらこら、ズルっこはダメダメ! て、ああー、それはそれは!?」
「これは、チクワちゃんですわ。道端に落ちているところを見つけ、わたくしが拾いましたの」
「おいらが落としちゃったんだよ、それをそれを!」
「あらまあ、そうですの?」
《そうよ》
落とされた竹輪本人が言うのだから間違いはない。
「お返しいたしますわ」
「そうかそうか。ありがとうとう!」
竹輪が、萩乃の手からトーマスの手へ厳かに渡される。命のバトンを繋げようとするかのように。
浮かんでいたトーマスが着地して、萩乃と正男に向かって一礼する。
「ネコババせず正直に届けてくれようとは、おいら感激感激。だから今回だけは特別に、入会の儀を免除することにしようよう。はっははっは!」
「なんだ、文化委員やらずに済む口実ができたと思ったのによ」
「文化委員をやりたくないのか。のかのか?」
「おう、めんどっちぃしな」
「いい仕事だよだよ? 毎月1000万円の報酬がもらえるのにのに?」
「マジか!?」
「そうさ、マジマジ」
日本の帝国大学の委員会経費はすべて国費で賄われている。
中にはまともな活動をしていないのに、報酬だけはちゃっかり受け取るような委員会もあるとか。古い時代からの言葉「親方日の丸」とは、まさにそのことを指して言うのだ。
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