上 下
39 / 55
【5章】萩乃と正男に与えられる任務

37.購買部の兄妹と入会の儀式

しおりを挟む
 購買部にはたくさんの品が雑然と並べられている。文房具や書籍の他、情報端末・鍋・歯ブラシ・体操服・ハンマー・猫缶など色々ある。
 ここへ萩乃と正男が並んで入ってきた。
 とても小さい身体の店員が、明るい笑顔で迎えてくれる。

「らっしゃいませませ♪」
「えっ、幼稚園児!?」

 ついうっかり、正男が声に出して言ってしまった。
 店員がきっぱり否定する。

「違うの! うちは六十六歳なんだからね。女盛りよ。うっふんふん♪」
「は??」

 この世界の人類は、大きく分けて三種類がある。
 一つ目は萩乃たちホモサピエンス。二つ目は先天的に浮遊能力を持っているホモフローレシエンシス。三つ目はキレると狂暴になり、なにをしでかすかわからないオニサピエンス。

 購買部店員のフローラナイチンゲールは二つ目の人類だ。本人の言う通り女盛り。肌のが違っている。

「あの大森くん」
「なんだ?」
「このお方は、ホモフローレシエンシスという人類種ですわ。成人式を迎える四十歳になっても、身長はホモサピエンスの幼児並みなの」
「四十歳で成人するのか?」
「はい。発育がホモサピエンスとくらべて遅く、平均寿命は二百歳を超えるしゅなのですわ」
「へえ~、すげぇな」
「それともう一つ、オニサピエンスという人類種もありましてよ」
「そうか、世界が違えば人類種の数も違ってくるんだな」

 この世界、まだまだ正男の知らないことは多い。

「おい、お客さんか? か?」

 ホモフローレシエンシスがもう一人現れた。ふわりふんわりと浮かびながら、店の奥から流れるようにやってくる。

「うんうん。お兄ちゃんちゃん」
「ここでは店長と呼びなさい。何度も言っていることだろだろ?」
「は~い、店長店長店長店長。きゃはきゃは」
「みっともなく言葉を繰り返すんじゃない! 人前なんだぞ、まったくたく」

 購買部の店長は働き盛りの七十歳。この二人の会話からわかるように、フローラの兄でもある。

「さてさて、いらっしゃいませませ。なにかご入り用かな? かな?」
「え、あ、オレら、工学部からきた文化委員なんです。ここで道具を買うように言われたもんで……」
「おお、そうかそうか。これは失礼失礼。おいらは文化委員会で雑務を任されているトーマスナイチンゲールだ。よろしくしく」
「あ、どうも。えっとオレは、理科一類一年の大森正男と言います」
「わたくしも同じくですわ。猪野萩乃と申します。どうぞよしなに」

 ぶっきら棒な正男とは違い、萩乃は丁寧にお辞儀した。

「それではさっそくだけど、入会の儀式を執り行うことにしようよう」
「なんだそれ?」
「順番に、おいらの頬にチュッとしてくれくれ」
「断る!」
「わたくしもいやですわ。好きでもないお方にチュッだなんて……」

 断固たる正男と同じく、萩乃も拒絶の意志表示をした。

「文化委員会に入りたくないのか。のかのか?」
「オレは別に入りたくてなったんじゃねえし」
「わたくしは立候補しましたわ……」

 このような試練が待っているとは、思ってもみなかったのだ。
 トーマスが空中に浮かんだままの姿勢で萩乃に近づき、左の頬を向けてくる。

「猪野萩乃さんは、自分から進んで文化委員になったのだなだな。それならさあ早くチュッとしてくれくれ」
「わ、わかりましたわ」

 萩乃は意を決して、右手にある竹輪を持ち上げた。

「やりますわよ。はい、チュッ」

 ラップに包まれた竹輪の先端が、トーマスの左頬に押しつけられた。
 当然のことながら、それが偽物の唇だとすぐに気づかれる。

「こらこら、ズルっこはダメダメ! て、ああー、それはそれは!?」
「これは、チクワちゃんですわ。道端に落ちているところを見つけ、わたくしが拾いましたの」
「おいらが落としちゃったんだよ、それをそれを!」
「あらまあ、そうですの?」
《そうよ》

 落とされた竹輪本人が言うのだから間違いはない。

「お返しいたしますわ」
「そうかそうか。ありがとうとう!」

 竹輪が、萩乃の手からトーマスの手へ厳かに渡される。命のバトンを繋げようとするかのように。
 浮かんでいたトーマスが着地して、萩乃と正男に向かって一礼する。

「ネコババせず正直に届けてくれようとは、おいら感激感激。だから今回だけは特別に、入会の儀を免除することにしようよう。はっははっは!」
「なんだ、文化委員やらずに済む口実ができたと思ったのによ」
「文化委員をやりたくないのか。のかのか?」
「おう、めんどっちぃしな」
「いい仕事だよだよ? 毎月1000万円の報酬がもらえるのにのに?」
「マジか!?」
「そうさ、マジマジ」

 日本の帝国大学の委員会経費はすべて国費で賄われている。
 中にはまともな活動をしていないのに、報酬だけはちゃっかり受け取るような委員会もあるとか。古い時代からの言葉「親方日の丸」とは、まさにそのことを指して言うのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

【完結】お前なんていらない。と言われましたので

高瀬船
恋愛
子爵令嬢であるアイーシャは、義母と義父、そして義妹によって子爵家で肩身の狭い毎日を送っていた。 辛い日々も、学園に入学するまで、婚約者のベルトルトと結婚するまで、と自分に言い聞かせていたある日。 義妹であるエリシャの部屋から楽しげに笑う自分の婚約者、ベルトルトの声が聞こえてきた。 【誤字報告を頂きありがとうございます!💦この場を借りてお礼申し上げます】

心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった

あーもんど
恋愛
“稀代の天才”と持て囃される魔術師さまの窮地を救ったことで、気に入られてしまった主人公グレイス。 本人は大して気にしていないものの、魔術師さまの言動は常軌を逸していて……? 例えば、子供のようにベッタリ後を付いてきたり…… 異性との距離感やボディタッチについて、制限してきたり…… 名前で呼んでほしい、と懇願してきたり…… とにかく、グレイスを独り占めしたくて堪らない様子。 さすがのグレイスも、仕事や生活に支障をきたすような要求は断ろうとするが…… 「僕のこと、嫌い……?」 「そいつらの方がいいの……?」 「僕は君が居ないと、もう生きていけないのに……」 と、泣き縋られて結局承諾してしまう。 まだ魔術師さまを窮地に追いやったあの事件から日も浅く、かなり情緒不安定だったため。 「────私が魔術師さまをお支えしなければ」 と、グレイスはかなり気負っていた。 ────これはメンタルよわよわなエリート魔術師さまを、主人公がひたすらヨシヨシするお話である。 *小説家になろう様にて、先行公開中*

悪役令嬢のススメ

みおな
恋愛
 乙女ゲームのラノベ版には、必要不可欠な存在、悪役令嬢。  もし、貴女が悪役令嬢の役割を与えられた時、悪役令嬢を全うしますか?  それとも、それに抗いますか?

好きだと言ってくれたのに私は可愛くないんだそうです【完結】

須木 水夏
恋愛
 大好きな幼なじみ兼婚約者の伯爵令息、ロミオは、メアリーナではない人と恋をする。 メアリーナの初恋は、叶うこと無く終わってしまった。傷ついたメアリーナはロメオとの婚約を解消し距離を置くが、彼の事で心に傷を負い忘れられずにいた。どうにかして彼を忘れる為にメアが頼ったのは、友人達に誘われた夜会。最初は遊びでも良いのじゃないの、と焚き付けられて。 (そうね、新しい恋を見つけましょう。その方が手っ取り早いわ。) ※ご都合主義です。変な法律出てきます。ふわっとしてます。 ※ヒーローは変わってます。 ※主人公は無意識でざまぁする系です。 ※誤字脱字すみません。

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

旦那様は私に隠れて他の人と子供を育てていました

榎夜
恋愛
旦那様が怪しいんです。 私と旦那様は結婚して4年目になります。 可愛い2人の子供にも恵まれて、幸せな日々送っていました。 でも旦那様は.........

処理中です...