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【4章】ようやく第1話が進みだす

33.死亡フラグを回避する方法2

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 いつものように今夜も、猪野家の食卓を兄妹二人だけで占有している。
 当然のこととして、兄はゲームの進行状況について尋ねてきた。
 萩乃は、複素関数論の大森先生が出欠を取っている最中に、正男が不自然な質問を投げかけてくることを話した。それによって死亡フラグが立つのではないかと考えて、今とても悩んでいるのだと打ち明けた。

「そうだなあ、彼がする質問を、萩乃が不自然に感じるのも無理はない。心根の優しい子だからな、萩乃は。だがねえ、大学の専門科目の講師が、毎回出欠確認の際に大切な講義の時間を潰してまで、学生の一人一人に親密な言葉をかけるというのは、彼にとっては恐らく不自然な行為なのだよ。世界が違えば、なにが自然で、なにが不自然なのかも違ってくる。たとえ同じ世界にいる者同士であっても、人はみな違う存在なのだから、感じ方も違っていて当然のことだ。わかるかい?」
「わかりますわ」

 ゲームの舞台になっているのは、萩乃が自由意志で選択した、人に優しい世界なのである。現在、カゴの中の小鳥になっている萩乃は、自己世界のことですら、まだまだ知らない部分が多いのだ。
 一方、正男がこれまで生きてきた世界は、それほど人には優しくなかったのかもしれない。萩乃が理想とする世界に違和感を抱くことも当然あり得る。

「萩乃は大森くんと出会って間もない。つき合い始めてもいないのだから、まだ心は通い合っていない。そのため、ゲームの世界が調和の取れていない不安定な状態にあるのだと、兄さんは思うよ。しばらくはそれが続くのだろう」
「はい」
「少女は青年と出会った。まだまだ春だ。少しずつ恋も芽生えてくるだろう」
「そうでしょうか?」
「そうだとも。まあ恋愛経験が豊富だなどとは、とても言えないのだが、しかしこれでも兄さんは、一人の女性の心をストレートで射抜いた実績の持ち主なのだよ。大船に乗ったつもりでいるといい。あははは」
「はい。お兄様」

 昨日の、兄から桜への求婚を直球とみなすか変化球とみなすかは、人間の考え方の相違にすぎない。ただ、兄が初プロポーズに成功したことは事実である。

「それで大森くんの死亡フラグのことだがなあ、この先はやはり戦闘も避けられなくなってくるだろう」
「戦闘?」
「そうだとも。二人で力を合わせてね」
「わたくしが大森くんと協力して、戦う必要があるのですか?」
「うん。桜くんから聞いたことだけど、彼は厨二能力者の可能性があるらしい」
「あ、そう言えば、大森くんは、ご自分を魔導士とおっしゃっていましたわ。わたくしのことを勇者だとも……」

 それは兄の考えた脚本である。
 だが、萩乃はそのことを聞かされていない。

「大森くんは、空想小説がお好きなのかしら?」
「まあそうだろうなあ。厨二能力者かどうかに関係なく、少なからず男の子というのは、そういう類いのファンタジーが好きなのだよ。お姫様や可愛いらしい少女やらを守るために、命懸けで戦うといったことがね。あははは」
「そうなのですか?」
「うん。萩乃と桜くんが好きな水戸の御老公様も、よく戦って悪い連中から町娘を守ってくださっているだろう?」
「はい。けれども御老公様は、男の子ではありませんわ」
「いいや、男の子はいくつになっても男の子なのだよ。わからないかなあ?」
「今まで考えもしませんでしたわ。御老公様が、少女を救うために諸国を巡遊なさっているだなんて。ずいぶん変わったですこと」

 兄の解釈によると、水戸黄門という時代劇もまた、可愛いらしい町娘や、か弱い女性やらを守るために命懸けで戦う男の子の冒険物語ということになる。

「ともかくなあ、講義室の席にじっと座って勉強をしているだけでは、芽生えるはずの恋も、なかなか育ちにくいというもの。厨二能力者の疑いがある大森くんのような男の子を攻略するには、萩乃も魅力のあるヒロインを演じなければならないのだよ。わかるかい?」
「なんとなくは、わかりますわ」
「うん。それでだ、二人は今なにか攻撃アイテムを手にしているのか?」
「え?」
「つまり武器のことだよ。例えば、剣だとか魔法の杖といった道具を、萩乃たちは持っていないのかい?」
「ありませんわ、そのようなもの」
「そうか。それなら最初のうちは戦闘を回避しなければなあ。戦わずして勝つにはどうすればよいか。時代物が好きな萩乃なら、わかるだろう?」
「はい。調略ですわね。お兄様」
「その通りだよ。軍師萩乃、抜かりなきよう。はっはっはっ!」
「ふふふ。承知つかまつるですわ。お屋形お兄様」

 兄の助言によって、萩乃は死亡フラグを回避する策を思いついた。
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