35 / 55
【4章】ようやく第1話が進みだす
33.死亡フラグを回避する方法2
しおりを挟む
いつものように今夜も、猪野家の食卓を兄妹二人だけで占有している。
当然のこととして、兄はゲームの進行状況について尋ねてきた。
萩乃は、複素関数論の大森先生が出欠を取っている最中に、正男が不自然な質問を投げかけてくることを話した。それによって死亡フラグが立つのではないかと考えて、今とても悩んでいるのだと打ち明けた。
「そうだなあ、彼がする質問を、萩乃が不自然に感じるのも無理はない。心根の優しい子だからな、萩乃は。だがねえ、大学の専門科目の講師が、毎回出欠確認の際に大切な講義の時間を潰してまで、学生の一人一人に親密な言葉をかけるというのは、彼にとっては恐らく不自然な行為なのだよ。世界が違えば、なにが自然で、なにが不自然なのかも違ってくる。たとえ同じ世界にいる者同士であっても、人はみな違う存在なのだから、感じ方も違っていて当然のことだ。わかるかい?」
「わかりますわ」
ゲームの舞台になっているのは、萩乃が自由意志で選択した、人に優しい世界なのである。現在、カゴの中の小鳥になっている萩乃は、自己世界のことですら、まだまだ知らない部分が多いのだ。
一方、正男がこれまで生きてきた世界は、それほど人には優しくなかったのかもしれない。萩乃が理想とする世界に違和感を抱くことも当然あり得る。
「萩乃は大森くんと出会って間もない。つき合い始めてもいないのだから、まだ心は通い合っていない。そのため、ゲームの世界が調和の取れていない不安定な状態にあるのだと、兄さんは思うよ。しばらくはそれが続くのだろう」
「はい」
「少女は青年と出会った。まだまだ春だ。少しずつ恋も芽生えてくるだろう」
「そうでしょうか?」
「そうだとも。まあ恋愛経験が豊富だなどとは、とても言えないのだが、しかしこれでも兄さんは、一人の女性の心をストレートで射抜いた実績の持ち主なのだよ。大船に乗ったつもりでいるといい。あははは」
「はい。お兄様」
昨日の、兄から桜への求婚を直球とみなすか変化球とみなすかは、人間の考え方の相違にすぎない。ただ、兄が初プロポーズに成功したことは事実である。
「それで大森くんの死亡フラグのことだがなあ、この先はやはり戦闘も避けられなくなってくるだろう」
「戦闘?」
「そうだとも。二人で力を合わせてね」
「わたくしが大森くんと協力して、戦う必要があるのですか?」
「うん。桜くんから聞いたことだけど、彼は厨二能力者の可能性があるらしい」
「あ、そう言えば、大森くんは、ご自分を魔導士とおっしゃっていましたわ。わたくしのことを勇者だとも……」
それは兄の考えた脚本である。
だが、萩乃はそのことを聞かされていない。
「大森くんは、空想小説がお好きなのかしら?」
「まあそうだろうなあ。厨二能力者かどうかに関係なく、少なからず男の子というのは、そういう類いのファンタジーが好きなのだよ。お姫様や可愛いらしい少女やらを守るために、命懸けで戦うといったことがね。あははは」
「そうなのですか?」
「うん。萩乃と桜くんが好きな水戸の御老公様も、よく戦って悪い連中から町娘を守ってくださっているだろう?」
「はい。けれども御老公様は、男の子ではありませんわ」
「いいや、男の子はいくつになっても男の子なのだよ。わからないかなあ?」
「今まで考えもしませんでしたわ。御老公様が、少女を救うために諸国を巡遊なさっているだなんて。ずいぶん変わった読みですこと」
兄の解釈によると、水戸黄門という時代劇もまた、可愛いらしい町娘や、か弱い女性やらを守るために命懸けで戦う男の子の冒険物語ということになる。
「ともかくなあ、講義室の席にじっと座って勉強をしているだけでは、芽生えるはずの恋も、なかなか育ちにくいというもの。厨二能力者の疑いがある大森くんのような男の子を攻略するには、萩乃も魅力のあるヒロインを演じなければならないのだよ。わかるかい?」
「なんとなくは、わかりますわ」
「うん。それでだ、二人は今なにか攻撃アイテムを手にしているのか?」
「え?」
「つまり武器のことだよ。例えば、剣だとか魔法の杖といった道具を、萩乃たちは持っていないのかい?」
「ありませんわ、そのようなもの」
「そうか。それなら最初のうちは戦闘を回避しなければなあ。戦わずして勝つにはどうすればよいか。時代物が好きな萩乃なら、わかるだろう?」
「はい。調略ですわね。お兄様」
「その通りだよ。軍師萩乃、抜かりなきよう。はっはっはっ!」
「ふふふ。承知つかまつるですわ。お屋形お兄様」
兄の助言によって、萩乃は死亡フラグを回避する策を思いついた。
当然のこととして、兄はゲームの進行状況について尋ねてきた。
萩乃は、複素関数論の大森先生が出欠を取っている最中に、正男が不自然な質問を投げかけてくることを話した。それによって死亡フラグが立つのではないかと考えて、今とても悩んでいるのだと打ち明けた。
「そうだなあ、彼がする質問を、萩乃が不自然に感じるのも無理はない。心根の優しい子だからな、萩乃は。だがねえ、大学の専門科目の講師が、毎回出欠確認の際に大切な講義の時間を潰してまで、学生の一人一人に親密な言葉をかけるというのは、彼にとっては恐らく不自然な行為なのだよ。世界が違えば、なにが自然で、なにが不自然なのかも違ってくる。たとえ同じ世界にいる者同士であっても、人はみな違う存在なのだから、感じ方も違っていて当然のことだ。わかるかい?」
「わかりますわ」
ゲームの舞台になっているのは、萩乃が自由意志で選択した、人に優しい世界なのである。現在、カゴの中の小鳥になっている萩乃は、自己世界のことですら、まだまだ知らない部分が多いのだ。
一方、正男がこれまで生きてきた世界は、それほど人には優しくなかったのかもしれない。萩乃が理想とする世界に違和感を抱くことも当然あり得る。
「萩乃は大森くんと出会って間もない。つき合い始めてもいないのだから、まだ心は通い合っていない。そのため、ゲームの世界が調和の取れていない不安定な状態にあるのだと、兄さんは思うよ。しばらくはそれが続くのだろう」
「はい」
「少女は青年と出会った。まだまだ春だ。少しずつ恋も芽生えてくるだろう」
「そうでしょうか?」
「そうだとも。まあ恋愛経験が豊富だなどとは、とても言えないのだが、しかしこれでも兄さんは、一人の女性の心をストレートで射抜いた実績の持ち主なのだよ。大船に乗ったつもりでいるといい。あははは」
「はい。お兄様」
昨日の、兄から桜への求婚を直球とみなすか変化球とみなすかは、人間の考え方の相違にすぎない。ただ、兄が初プロポーズに成功したことは事実である。
「それで大森くんの死亡フラグのことだがなあ、この先はやはり戦闘も避けられなくなってくるだろう」
「戦闘?」
「そうだとも。二人で力を合わせてね」
「わたくしが大森くんと協力して、戦う必要があるのですか?」
「うん。桜くんから聞いたことだけど、彼は厨二能力者の可能性があるらしい」
「あ、そう言えば、大森くんは、ご自分を魔導士とおっしゃっていましたわ。わたくしのことを勇者だとも……」
それは兄の考えた脚本である。
だが、萩乃はそのことを聞かされていない。
「大森くんは、空想小説がお好きなのかしら?」
「まあそうだろうなあ。厨二能力者かどうかに関係なく、少なからず男の子というのは、そういう類いのファンタジーが好きなのだよ。お姫様や可愛いらしい少女やらを守るために、命懸けで戦うといったことがね。あははは」
「そうなのですか?」
「うん。萩乃と桜くんが好きな水戸の御老公様も、よく戦って悪い連中から町娘を守ってくださっているだろう?」
「はい。けれども御老公様は、男の子ではありませんわ」
「いいや、男の子はいくつになっても男の子なのだよ。わからないかなあ?」
「今まで考えもしませんでしたわ。御老公様が、少女を救うために諸国を巡遊なさっているだなんて。ずいぶん変わった読みですこと」
兄の解釈によると、水戸黄門という時代劇もまた、可愛いらしい町娘や、か弱い女性やらを守るために命懸けで戦う男の子の冒険物語ということになる。
「ともかくなあ、講義室の席にじっと座って勉強をしているだけでは、芽生えるはずの恋も、なかなか育ちにくいというもの。厨二能力者の疑いがある大森くんのような男の子を攻略するには、萩乃も魅力のあるヒロインを演じなければならないのだよ。わかるかい?」
「なんとなくは、わかりますわ」
「うん。それでだ、二人は今なにか攻撃アイテムを手にしているのか?」
「え?」
「つまり武器のことだよ。例えば、剣だとか魔法の杖といった道具を、萩乃たちは持っていないのかい?」
「ありませんわ、そのようなもの」
「そうか。それなら最初のうちは戦闘を回避しなければなあ。戦わずして勝つにはどうすればよいか。時代物が好きな萩乃なら、わかるだろう?」
「はい。調略ですわね。お兄様」
「その通りだよ。軍師萩乃、抜かりなきよう。はっはっはっ!」
「ふふふ。承知つかまつるですわ。お屋形お兄様」
兄の助言によって、萩乃は死亡フラグを回避する策を思いついた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる