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【4章】ようやく第1話が進みだす

32.死亡フラグを回避する方法1

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 再び四月二十四日午後三時の工学部第四講義室。
 今回は正男に手紙を渡す必要はない。彼は今それを読んでいるところだ。
 しかし萩乃は立ち上がり、正男のそばへ行った。

「あの、大森くん」
「おっ猪野、どうした?」
「先程はすみません。お席が違っていることをお教えできなくて……」
「お、そうだ! それ忘れてたぜ。ありがとな、猪野」
「はい。大森くん」

 正男が右の席に移動した。
 萩乃は不安そうな表情で正男を見つめている。

「それと、お身体はご無事なのですか?」
「ああオレの身体はサイ、あ、いやその、最近、調子いいんだよ。あはは」
「そうですか。安心いたしましたわ」

 少しして、ベージュ色のツーピースを着た大森先生が現れる。
 萩乃はあわてて自席へ戻る。正男は手紙をポケットにしまう。

「はあい、みなさんお待ちかねの複素関数論、第二回目講義始めるわよ~」

 もちろん正男は「姉ちゃん!」を叫ばなかったし、張り手も食らわされない。
 教壇に立つ大森先生が出欠を取り始める。出席ナンバー1から5までの確認と少しばかりの会話が順調に行われる。

「ナンバー6、雄猫田天狼さんは二週続けて欠席ね。なにか聞いてる人いる? 誰かお友だちはいないの?」
(きっとここですわ。わたくしが余計なお世話をしなければ、死亡フラグを回避できるはず。決めましたわ。今度は黙っています)

 萩乃はうつむいた。他の者も黙っている。
 正男はぼんやり窓の外を見ている。

「誰も知らないみたいね。それじゃ次、吉兆寺桜さん」
「はい!」
「お、今日も元気いいわね。その調子よ」
「あの、大森先生」

 いきなり正男が手を挙げた。

「どうしたの、お手洗い?」
「違うっての。ちょっとオレ質問があるんです。先生は、学生に親密ですね? 出欠取りながら一人一人になにか言葉をかけて、それは単に人柄がいいからという理由によるものですか?」
「なにが、言いたいの? なにが不満?」
(そうですわ。大森くん、なにをおっしゃりたいのかしら?)

 このとき、最後列の一人が机を両手で叩き、勢いよく席を立った。
 前回と同じ不穏な空気である。

「おいオマエら、ウゼぇぞ! 僕らは講義を聴くために大学きてんだ! チマチマくだらない話してるんじゃないぞぉ、女センコーと質問野郎!」
「ちょっと、言葉を慎んで頂戴。さあ、今すぐ着席なさい!」

 大森先生は動じることなく厳しく叱責した。それが火に油を注ぐ形となる。

「なぁあんだとぉーっ! キサマ、ぶち殺おぉ――――っす!!」

 悪い予感通り、大柄の男子が果物ナイフを手に取り、大森先生めがけてダッシュしてきて、すかさず正男が遮りに入る。そこへナイフ男が激しくタックル。まともに受けて刺された正男が仰向けに倒れる。床が大きな音を鳴らす。
 萩乃は立ち上がった。

「きゃあーっ、大森くーん!!」

【~バッドエンド~第1話.シーンA】

 ∞ ∞ ∞

 ゲーム専用カプセルの操作席で、萩乃がため息をついた。

(またですわ。わたくし、今度も死亡フラグを回避できませんでしたのね。大森くん、ごめんなさい……)

 正男を二度も死なせてしまった。涙が出そうになる。
 だが、ある考えが頭に浮かんできた。

(もしかして、大森くんが、ご自身でフラグを立てているのでは?)

 今では萩乃だけでなく正男もプレイヤーなのだ。
 あの世界に自由意志を持つ人間が二人存在して、ゲームは進行している。事件の起こるきっかけは、出欠確認の最中に正男が手を挙げて質問することにある、という可能性が考えられる。そのことに萩乃はようやく気づいたのだ。

(そうしますと、わたくしの意志だけではどうにも……)

 正男の行動は萩乃が決めるのではなく、正男の自由意志が決めること。これは少し厄介な状況である。
 萩乃の推察が正しいのなら、天狼の家庭事情について大森先生に伝えるか伝えないかには一切関係なく、正男の死亡フラグが立ってしまうのだから。
 そうであっても、萩乃がより強い意志で働きかければ、どうにかそれを防ぐことはできないものだろうか。
 先程は、天狼のことに関して黙るという選択をした。それではダメなのだ。もっと積極的な動きが必要なのだ。萩乃は自分を鼓舞する。

(そうですわ。より強力な行動を、起こさなければなりませんわ!)

 とりあえず、萩乃はゲーム機の電源をオフすることにした。一時中止しているままだと、正男の遺体があの暗くなった講義室に放置されたままだから。
 今日はゲームをやめて、じっくり対策を練ることに決めたのだ。
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