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【4章】ようやく第1話が進みだす
28.すべての真相2&ゲームが始まる
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兄と桜の話は佳境に入っている。
「最初、私はあの大森正男さんがソウルトランスファーしてきていると考えていたのですが、話をしているうちに、彼が『スカッシュの大森くんボーグ』なのではないかと思えてきたのです」
「そうか。やはり精巧にできていても、人間との違いはわかるものだね」
桜が言っているのは、萩乃の世界で製造販売されている愛玩用サイボーグのことである。大ヒット商品でとても生産が追いつかず、予約してから半年後に入手可能という状態だ。
すぐ手に入れられるとしたら、せいぜい壊れかけた中古品くらいなもの。すべては世界的アイドル「スカッシュの大森くん」あってのことだ。
「そこで私は、どこかの世界の誰かが大森くんボーグを用意して、彼の生命体魂が転移できるようにしているのではないかと推察しました。彼をサイボーグとして生還させ、そしてフルトランスファーで複素関数論の講義室に送り込むのだと。そう考えることで、unknownなシステムエラーの原因もわかってきました」
「正解だよ。では、そのどこかの世界の誰か、というのはわかるかい?」
「いいえ。今の私の頭では……まさか、大森正美さん?」
「あと一歩だな。大森正子さんという女性だよ。正美さんの双子の姉のね。つまり正男くんの姉でもある人だ。あははは」
「えっ、でもそういう人物は、あの世界の吉兆寺桜の記憶には……」
桜はデバッグをするために、あの世界の桜になり代わった。それによって彼女の記憶を得ている。正美のことは知っているのに、双子の正子を知らない。
「桜の記憶にある大森くんのお姉さんの情報は、そもそも大森くんから聞いたことなのだろう?」
「あ、そうか!」
桜は気づいたようだ。あの世界の正男があの世界の桜に、正子のことを一切話していないのだ。それは正男が話したくなかったのか、あるいは正子に関する記憶を失っているということになる。
「それで、猪野先輩」
「なんだい?」
兄は桜から、先程までは「獅子郎さん」と呼ばれていたが、また以前の呼び方に逆戻りしている。もう冷めてしまったのだろうか。
「一番知りたいことです。虚構の産物であるフィクションのゲーム世界が、どのようにして、現実のゲーム世界に干渉できたのかという点です」
「それはずばり、無理的世界だよ」
「ええっ、まさか!! もしかして無理的世界の実用化に!?」
「うん。ようやく成功したよ」
「ひやぁー、驚きでっす! さすがは猪野先輩!!」
実在する世界は大きく分けて二種類がある。
一つは有理的世界。もう一つは無理的世界。
数学で習う「実数」に例えると、前者が有理数、後者が無理数である。
可算無限世界帯域にある現実の世界はすべて前者だ。そして、その帯域には含まれていない、いわば「フィクションの産物」と呼べるような世界があって、それが後者なのである。
この世界の科学は、無理的世界の存在を、理論と実験の両方で検証を済ませている。無理的世界は0から作られる世界だ。しかし、一つの世界を創造するには莫大なエネルギーが必要であり、今まで誰も実用化に成功していなかった。
それを、あらゆる全世界で最初になしとげたのが、ペガサス級のハッカー猪野獅子郎なのである。
∞ ∞ ∞
萩乃は、毎週土曜の朝から午後三時半まで料理の修行に励んでいる。これはもう四年間ほとんど欠かすことなく続けている。半年前にやっと三等級のライセンスを取得できた。
二十歳になったら日本食の店を構えるつもりだった。その先も修行を続け、きっとペガサス級の料理人になるのだと決意していた。世界中の人たちに、美味しくて健康的な、伝統ある日本の食文化を伝えてゆきたいと思っていた。
だが、それが実現する確率は0となってしまった。この夢の潰えた現在でも、萩乃は修行をやめようとしない。
料理修行を終えたあとは自室の安楽椅子で休憩していた。
そして午後四時になり、萩乃が第二遊戯室にやってきた。
ゲーム専用カプセルに入って、桜から託された手紙をトランクに入れた。操作席に座り、システムエラーとなる直前の〔予定調和時空点2〕をロードする。
とてもドキドキしている。
(わたくし、今度はうまくやれるでしょうか?)
いよいよ大森くんとのゲームが始まるのだ。
∞ ∞ ∞
四月二十四日の午後三時。ここは工学部の第四講義室である。
着席していた桜がすっくと立ち上がり、正男のそばにやってくる。
「あの、大森くん」
「おっ猪野、どうした?」
「こ、これをお読みになって。今すぐ最初の一枚だけでも、大森正美先生がこられるまでに、できる限りたくさん」
「おお、わかった」
萩乃の手から正男の手へ、ファンシーな封筒が渡った。
周囲の学生たちが、興味深そうに眺めている。
(わ、恥ずかしい! どうしましょう。わたくし、恋文を差しあげたわけでもないのに、こんなに顔が熱くなっちゃって……)
そそくさと自席に戻る萩乃。両の頬は真っ赤、頭の中は真っ白。
正男はさっそく封筒の中身を読み始めている。
「最初、私はあの大森正男さんがソウルトランスファーしてきていると考えていたのですが、話をしているうちに、彼が『スカッシュの大森くんボーグ』なのではないかと思えてきたのです」
「そうか。やはり精巧にできていても、人間との違いはわかるものだね」
桜が言っているのは、萩乃の世界で製造販売されている愛玩用サイボーグのことである。大ヒット商品でとても生産が追いつかず、予約してから半年後に入手可能という状態だ。
すぐ手に入れられるとしたら、せいぜい壊れかけた中古品くらいなもの。すべては世界的アイドル「スカッシュの大森くん」あってのことだ。
「そこで私は、どこかの世界の誰かが大森くんボーグを用意して、彼の生命体魂が転移できるようにしているのではないかと推察しました。彼をサイボーグとして生還させ、そしてフルトランスファーで複素関数論の講義室に送り込むのだと。そう考えることで、unknownなシステムエラーの原因もわかってきました」
「正解だよ。では、そのどこかの世界の誰か、というのはわかるかい?」
「いいえ。今の私の頭では……まさか、大森正美さん?」
「あと一歩だな。大森正子さんという女性だよ。正美さんの双子の姉のね。つまり正男くんの姉でもある人だ。あははは」
「えっ、でもそういう人物は、あの世界の吉兆寺桜の記憶には……」
桜はデバッグをするために、あの世界の桜になり代わった。それによって彼女の記憶を得ている。正美のことは知っているのに、双子の正子を知らない。
「桜の記憶にある大森くんのお姉さんの情報は、そもそも大森くんから聞いたことなのだろう?」
「あ、そうか!」
桜は気づいたようだ。あの世界の正男があの世界の桜に、正子のことを一切話していないのだ。それは正男が話したくなかったのか、あるいは正子に関する記憶を失っているということになる。
「それで、猪野先輩」
「なんだい?」
兄は桜から、先程までは「獅子郎さん」と呼ばれていたが、また以前の呼び方に逆戻りしている。もう冷めてしまったのだろうか。
「一番知りたいことです。虚構の産物であるフィクションのゲーム世界が、どのようにして、現実のゲーム世界に干渉できたのかという点です」
「それはずばり、無理的世界だよ」
「ええっ、まさか!! もしかして無理的世界の実用化に!?」
「うん。ようやく成功したよ」
「ひやぁー、驚きでっす! さすがは猪野先輩!!」
実在する世界は大きく分けて二種類がある。
一つは有理的世界。もう一つは無理的世界。
数学で習う「実数」に例えると、前者が有理数、後者が無理数である。
可算無限世界帯域にある現実の世界はすべて前者だ。そして、その帯域には含まれていない、いわば「フィクションの産物」と呼べるような世界があって、それが後者なのである。
この世界の科学は、無理的世界の存在を、理論と実験の両方で検証を済ませている。無理的世界は0から作られる世界だ。しかし、一つの世界を創造するには莫大なエネルギーが必要であり、今まで誰も実用化に成功していなかった。
それを、あらゆる全世界で最初になしとげたのが、ペガサス級のハッカー猪野獅子郎なのである。
∞ ∞ ∞
萩乃は、毎週土曜の朝から午後三時半まで料理の修行に励んでいる。これはもう四年間ほとんど欠かすことなく続けている。半年前にやっと三等級のライセンスを取得できた。
二十歳になったら日本食の店を構えるつもりだった。その先も修行を続け、きっとペガサス級の料理人になるのだと決意していた。世界中の人たちに、美味しくて健康的な、伝統ある日本の食文化を伝えてゆきたいと思っていた。
だが、それが実現する確率は0となってしまった。この夢の潰えた現在でも、萩乃は修行をやめようとしない。
料理修行を終えたあとは自室の安楽椅子で休憩していた。
そして午後四時になり、萩乃が第二遊戯室にやってきた。
ゲーム専用カプセルに入って、桜から託された手紙をトランクに入れた。操作席に座り、システムエラーとなる直前の〔予定調和時空点2〕をロードする。
とてもドキドキしている。
(わたくし、今度はうまくやれるでしょうか?)
いよいよ大森くんとのゲームが始まるのだ。
∞ ∞ ∞
四月二十四日の午後三時。ここは工学部の第四講義室である。
着席していた桜がすっくと立ち上がり、正男のそばにやってくる。
「あの、大森くん」
「おっ猪野、どうした?」
「こ、これをお読みになって。今すぐ最初の一枚だけでも、大森正美先生がこられるまでに、できる限りたくさん」
「おお、わかった」
萩乃の手から正男の手へ、ファンシーな封筒が渡った。
周囲の学生たちが、興味深そうに眺めている。
(わ、恥ずかしい! どうしましょう。わたくし、恋文を差しあげたわけでもないのに、こんなに顔が熱くなっちゃって……)
そそくさと自席に戻る萩乃。両の頬は真っ赤、頭の中は真っ白。
正男はさっそく封筒の中身を読み始めている。
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