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【2章】正男の繰り返す痛い非日常

16.正男と桜の閑話

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 けれども正男だって、たった一つのフィクションすら語ってはいない。どう話したら少女は納得してくれるのか。
 恐らくここは、根気よく真摯に弁明を続けるしかないのだろう。

「どうしたの? なにか私に聞いて欲しい言葉があるのでは?」
「そ、そうだよ。聞いてくれ。オレにはハッキング能力なんてない。プログラミングは、少しくらい勉強してるんだけど、まだまだな段階だ」
「そうですか。ではあなたはハッキングの初心者なのだとしましょう。しかし別の玄人がセキュリティーホールを衝いて、素人のあなたでも容易にトランスファーできるような状態にしておき、その主謀者は危険を伴う任務をあなたに押しつけた、という可能性ならあり得ますね。でもねえ、たとえその場合であっても、あなたは実行犯として裁かれなければなりません。そうでしょ、法律に基づくな決まりごとよ。わからない?」

 少女は、あくまで正男が違法者だと決めつけてくる。

「あ、あのさあ、どうかまずこれだけは信じてくれ。断じてオレはトランスファーなんてできないんだ。気づいたら、そうついさっきここで目が醒めたらだよ、なんでかまでは知らないけど、オレはここにいたのさ。悪いことする人間じゃないんだ!」
「そんな言葉を信じろと言いたいの?」
「ああそうだ。今はそう言うしかない……けど信じてくれ。一つでもウソだと証明されたら、そのときは懲役八百万年でも、八百八万年八ヶ月でも構わないからさ」
「わかったわ。ではあなたのウソを科学的に証明してみせます」
「え? マジで?」
「はい。しかしマジというレベルではなく、決してそのような軽い意味などではなく、極めてな論証よ。ふふ」
「うう……」

 無念である。この少女は正男をまったく信じてくれない。

(ウソを科学的に証明するだと? いったいどうやるつもりなんだ。もしかして、どこか別の宇宙で作られたの超高性能ウソ発見器なんてのを出してくるのか? それもアニメでよくある未来世界の秘密道具とかじゃなく、極めてなサイエンスリアルのやつを?)

 色々な考えが正男の脳内をペガサスみたいに駆け巡る。
 ここで少女から意外な質問が飛んでくる。

「大森正男さんは、初等的な教育をお受けになったの? 数学の知識はどのくらいある?」
「初等的というか、高等学校までの課程は終えて、一浪はしたけどこの春やっと大学に入ったんだ。けど、それがなにか?」
「本当ですか?」
「あ、ちょっと待ってくれ。大学に合格できたかどうかの部分は、マジで記憶がないんだ。多分受かってるはずとは思う……けど高校を卒業して一浪して再受験したことに間違いはない!」
「それも信じがたいですね。高等学校を出ていながらですよ、それでもあなたは、権威のある最高学府の一講師に対して、先程のような失礼千万な態度を取るの?」

 ここが平行宇宙だというのなら、今マネキン状態になっているあの女性は正男の宇宙の大森正子とは別人ということになる。

(くそう、そうとは知らなかっただけなんだ。夢の中の冗談のつもりで、オレはあんなことをしちまったんだよ。姉ちゃんそっくりのあの先生に、というか、まずはこの子に、どう説明するかだな……う~ん)

 正男がなかなか返事をしないので、再び少女が問いかける。

「どうしましたか? 答えられませんか?」
「……あ、あの、さっきのことなんだけど、これはオレの夢なんだとばかりに思ってたもんで、ついあんなセリフ吐いてしまっただけなんだ。そこに立ってる人、オレの姉ちゃんにそっくりなんだよ。あそうそう、あとでちゃんと謝りますから、あはは、失敗失敗、ペガサス級の失敗!」

 あえて明るくお調子者のように答えてみた。
 だが、この少女にはまったく効果なし。険しい表情を崩そうとしない。

「あとで謝る必要などありませんよ。大森先生については、先程の記憶は都合のいいようになるわ。調にね。そしてあなたは自分の宇宙へリターンするか、さもなくば我が社の刑務所に入獄して八百万年過ごしてもらうことになるのですから」
「あはは、つらいなそれ……というかやっぱあの先生、大森正子さん?」
「いいえ、大森正美さんです。この宇宙のこの講義室に存在しているはずの、大森正男さんの実のお姉さんです。あ、それは余計な情報ね。話題がそれてしまったわ」
「うん、数学の知識がどうとかだったよな? それよりも、立ちっぱなしで疲れないのか? オレの右、この通りちょうど空いてるんだし、座らない?」
「いいえ、ご心配には及びません」
「そう……」

 それならそれで構わない。この場の進行は少女が先導する形になっている。だから、どうするかは彼女に任せておけばよい。
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