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【2章】正男の繰り返す痛い非日常

14.桜の思惑&デバッグスタート

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 午後四時の少し前に萩乃が第二遊戯室で待っていると、猪野家の使用人に連れられて、桜がやってきた。
 萩乃はさっそく、昨日ゲームで起きた状況を説明した。
 すると桜が驚いた様子で尋ねてきた。

「疑うつもりはありませんが、本当にunknownと表示されたのですか?」
「はい。わたくし四度見ましたわ。すっかり覚えていましてよ」
「そうですか。今朝猪野先輩は、萩乃さんが昨日よくわからないシステムエラーを見たらしい、といったことをおっしゃいました。それで私はてっきり、アルファベットと数字が組み合わさったコードを見られたのかと思っていたのです」

 勘のよい萩乃はすぐに察した。

(お兄様は、unknownのことを伏せて話されたのだわ)
「萩乃さん、そのエラーを再現して頂くわけにはいきませんか?」

 桜は、萩乃にゲームをやってもらってシステムエラーのポップアップ表示をさせて欲しいと頼んでいるのだ。正男の痛いシーンは二度と見たくないのだが、彼を救うためには調査に協力すべきだと考え、引き受けることにした。
 ゲーム内でその瞬間になったとき、萩乃は耳をふさぎ目をつむって我慢した。
 自己世界で萩乃が意識を取り戻すと、やはり操作パネルに昨日見たのと同じポップアップ表示があった。

|システムエラーが発生しました。(unknown)
|この問題をアステロイドゲームスに報告しますか?
|    〔はい〕    〔いいえ〕

 隣の操作席にいる桜が目を大きくして眺めている。信じられない、というような表情をしている。

「あの桜さん。これは『はい』を選ぶほうがよろしかったのでしょうか?」
「え、あ、えっと、萩乃さんがお決めください」

 萩乃は迷わず〔いいえ〕をタッチする。
 ポップアップ表示は消えた。だが桜の驚きの表情は残ったままだ。

「桜さん?」
「あ、すみません。ちょっと考え事をしていまして……その張り倒された大森正男さんが怪しいかと思われます。それと一つお聞きしますが、萩乃さんはお兄さんにunknownのことは話されたのでしょうか?」
「はい」
「そうですか。先輩がunknownのことをお知りになったのなら、この件がアステロイドゲームス始まって以来の大事だと理解されたはず……なのに今朝は、システムエラーとおっしゃった。これは私へのメッセージなのかもしれない」

 優秀な技術者がアクシデントを報告する場合、一番重要な事柄を決して伝え漏らしたりはしない。萩乃の兄があえて言葉を濁したことになる。

「先輩は、私になにかを託されたとしか……いや、それは私の考えすぎか」
「桜さん?」
「あ、すみません。ちょっと考え事をしていまして」
「あの桜さん。大森正男さんが怪しい、とはどういうことですの?」
「これは私の推察なのですが、ゲーム内の大森正男さんは、私としては考えたくはありませんが、我が社のシステムのセキュリティーホールを衝いて、他者宇宙あるいは他者世界からソウルトランスファーしてきた違法侵入者なのだという可能性が、わずかながらあり得ます」

 桜の推察は、萩乃の兄の推察とは少し違っているようだ。
 ただ、萩乃にとって重要なのはそこではない。

「その場合、大森くんはどうなりますの?」
「排除が必要となります」
「あらまあ、本当に!?」
「はい。ですが、今回のケースは非常に貴重です。八十年先まで突破不可能と言われている我が社のセキュリティーの壁を破ったのであれば、会社の面目が潰されたというマイナス面は大きいものです。しかしこれを奇貨と考え、その高い技能を得ることができれば我が社の宝となります。この件は慎重に調査しなければなりません。猪野先輩は私にチャンスを与えてくださったのかも……」

 どの会社でも優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいもの。
 アステロイドゲームスでも、社員募集と称して『我が社のセキュリティーの防壁を破ることのできた者には、どこの誰であれ一時金一千億円を与えて、高待遇での入社を許そう。挑戦者かかってこい!』という挑発的な広告を大々的に打っているくらいだ。

「それで、大森くんは救えますの?」
「可能性はあります。優秀であれば我が社の人材として、打ってつけですから」
「そうですか。どうか大森くんを救ってください。よろしくお頼みします」
「できることはやってみましょう。さっそく調査を始めますので、萩乃さんはお待ち願います。ご自由に、くつろいでいてください」
「わかりましたわ。どうぞお気をつけて」
「はい。お気遣い、ありがとうございます」

 桜が調査に必要な道具をいくつかトランクに入れている。萩乃はゲーム専用カプセルから出た。
 準備を終えた桜が席につき、操作パネルをタッチする。設定をデバッグモードに切り替えて〔予定調和時空点2〕をロードする。
 萩乃は近くのソファーに座り、電子書籍を読んで待つことにした。選んだのは古典哲学の『存在者と時空点』という、すぐにも眠くなりそうなものだった。
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