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【1章】萩乃の日常と初めてのゲーム

0.科学的に確定している余命

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 人間の存在は、大きく分けて二種類がある。
 一つは自由意志を持つ存在。もう一つは運命に支配される存在。

 猪野いの萩乃はぎのという存在は、前者だ。
 ただし、自由意志は「全能」を意味するものではない。あくまで、100%自分で意志決定をして行動できる能力にすぎない。
 だから、たとえ「まだまだ生きて素敵な恋をしたい!」という意志を持って行動しても、科学的に確定した死は避けられない。

 およそ十三ヶ月前、萩乃は余命二年であることを科学的に伝達された。本人の自由意志が尊重されたため、なにもかも包み隠さず告知されたのだ。
 症状名は、突発性夢遊テレポーテーション能力――睡眠中に自由意志が働き、他の宇宙へ瞬間移動できるという特殊能力で、会得すると余命が劇的に少なくなる。これを、神様の悪戯とみなすか、自由意志によって手にした力とみなすかは、人間の考え方の相違にすぎない。

 運命に支配される存在だったなら、病気になったと嘆き、「もしかすると、もうすぐ新しい治療法とか、特効薬とかが見つかるのでは?」という淡い期待を抱くかもしれない。
 だが、その願いの叶う可能性はない。余命の延びる確率が0の事象なのだ。

 萩乃の生きるこの世界は、他のどんな世界よりも科学が進んだ。そのこと自体を、この世界の科学が証明したくらいに。
 そして、死に至る異能――今よりさらに医療技術が進歩しても、決して覆すことができない症状のメカニズムを、この世界の科学が解明した。
 医療を進化させることを一つの目的として発展してきたはずの、最先端科学の一分野である医学自らの手によって、医療の限界が証明されてしまったという、なんとも皮肉な話だ。

 ともかく突発性夢遊テレポーテーション能力、略して「夢遊テレポ能力」は、そういう死に至る異能の一つなのである。
 当時十五歳だった萩乃は、聡明で健気な態度を崩さなかった。ただ静かに、余命二年を受け入れることに決めた。そういう意志決定をしたのだ。

 そして現在、余命一年未満。
 萩乃(十六歳八ヶ月)の限られた眠りには、たまに見ることのできる、お気に入りの夢の一シリーズがある。
 どこか遠い世界の高校にいて、そこの同じクラスに在籍している大森正男くんと、わずかばかりの会話を交わすという短いもの。

『大森くん、同じ委員になったね』
『おう、文化な。めんどっちぃこった、まったく』
『そんなこと言わないで、一緒にがんばろ、ね?』
『あオレさ、もしサボったらスマン。先に謝っとくな。あはは』
『もうダメですよう、そんなの!』

 これだけのシーンを初めて見たのが中学三年の初冬。
 カゼを少しこじらせ学校を休み、寝ていて三日目を迎える明け方だった。今でも肌が忘れない寒い日だったけれど、心はすごく温かかった。
 夢は、萩乃が本当に体験したような鮮明な記憶として、死ぬまで胸に抱き続ける大切な宝物になった。

 また、日中の生活にも、まったく別の大森正男が存在している。
 萩乃がまだ幼かった頃にデビューしたアイドルユニットがあって、それが十年で世界一の人気を得るまでに成長した。
 そのリーダーをしているのが、この世界で最も有名な「世界的アイドル」としての大森正男だ。ユニット名は「スカッシュ」で総員五人。
 最近の人気投票では、票の半分を大森正男が取り、残りの半分を他の四人がほぼ均等に分け合った。その結果からも、男性アイドルユニットとしては珍しい「リーダー断トツ人気」の状態にあることがわかる。

 世間の少女たちの多くが、学校でも家庭でも、あるいは犬の散歩中でも、大森正男の話題を欠かさない。みんな熱烈なファンなのだ。
 運命に支配される存在だったなら、大森正男の夢を見た場合、「ああ、神様がわたしの夢の中に、彼を呼んでくださったのだわ。、明日の夜も会えるかもしれない」と思うことだろう。そう考えること自体、運命に支配された結果だ。

 一方、萩乃は違う。大森正男に対してもスカッシュに対しても、好感を持っている点は事実である。だが、そういう手の届きにくい存在よりも、近づいて言葉を交わせるような「友だち」が望ましいのである。
 だから中学三年のときに、夢で出会った男子に大森正男という固有名詞を自らの意志で与えたのである。世界一有名な大森正男ではなく、萩乃の世界で最も近い「普通の高校生」としての大森正男くんなのだ。
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