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下拵えD③
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昼食が終わり、各自自由時間となってから、部屋に戻ったララスティは、昼食時のカイルの様子を思い出す。
カトラリーを置いてからエミリアを呆れたように見た後、「君は迷惑をかけている自覚がないんだね」と、はっきりと告げた。
その言葉にエミリアはショックを受けたようだが、カイルは何事もなかったように再度カトラリーを手に取って食事を再開してしまい、その後、エミリアをいない者として扱っていたようだった。
(カイル殿下はエミリアさんにいい印象を抱いていないようですわね)
こんな状態で本当に真実の愛に辿り着けるのだろうか、と心配になってしまうほどだ。
そんなことを考えていると、扉がノックされ、メイドが確認するとルドルフが訪問してきたようなので招き入れた。
「どうなさいましたの?」
お茶の準備をさせながらララスティが尋ねると、ルドルフが視線だけをわずかにメイドに向けた。
「……お茶を淹れ終わったら少し席を外してもらえるかしら?」
「かしこまりました」
別邸から連れてきたメイドはララスティに頷き、ルドルフを見た後僅かにため息をついて部屋を出ていった。
とはいえ、扉の前に護衛と共に立っているだろう。
「それで?」
ルドルフに再度尋ねる。
「カイルとあの子のことだ。もしかしてとは思ったけど、本当にこの旅行についてくるとは思わなかったね。荷馬車で一夜を明かすとは、なかなか豪胆なことだ」
感心したとばかりに言うルドルフに、ララスティは内心で少しだけムッとしてしまう。
それがなぜなのかはわからないが、とにかくルドルフがエミリアを褒めるのが気に入らなかった。
「でも、今の状態はあまりよくないね」
「よくないとは、カイル殿下とのことでして?」
ララスティの言葉にルドルフは頷く。
想定以上にカイルの中にあるエミリアへの感情は悪い方に偏っている、とルドルフは言う。
「真実の愛は叶いそうにない、ということでしょうか?」
それはそれで困ってしまう、とララスティは頬に手を添えてため息をつく。
ルドルフはそんなララスティに「きっかけを作ってやろう」と提案をしてくる。
「きっかけでして?」
「そう。何事にも始まりがある。その始まりを演出してあげるんだよ」
ルドルフの言葉にララスティは不満気に眉を寄せる。
もう出会いは済んでいる。真実の愛であれば何の障害がなくとも結ばれるべきだと、そう考えているのだ。
「ララスティ、出会っただけで惹かれる真実の愛は確かにあるだろう。だが、前回のカイルとあの子の真実の愛はララスティという障害があったとはいえ、しばらく時間をかけて育んでいっただろう?」
「…………はい」
長い間をおいてからララスティは頷く。
確かに出会ってすぐの時のカイルはエミリアに興味はなさそうだった。
それがエミリアがララスティの悪行を訴えていくうちに、次第に惹かれるようになっていった。
(それなら、わたくしがいないと真実の愛は成立しない?)
ララスティはそんな不確かなものに前回は敗れたのかと内心で憤る。
「だから、一度きっかけを作ってあげようじゃないか」
「一度、ですか?」
「そうだよ。真実の愛が本物なら、それで十分なんじゃないかな」
言いながらルドルフは、カイルにはまっすぐな性格だが、お人好しの面もあるから、と心の中で笑う。
すぐほだされるわけではないが、きっかけがあれば興味を持つように仕向けることはできる。
そして興味さえ持てば、エミリアから向けられた好意を無視し続けることはできない。
「決行は明日。湖の近くに小屋あるんだけれど、そこでしばらく二人で過ごしてもらおう」
「え? どうやって?」
ララスティが驚いて尋ねると、ルドルフは考えがあるとにっこり笑った。
「明日、急に天気が悪くなる予定なんだ」
「ルドルフ様は明日の天気が分かりますの?」
「実は、前回も同じ日にここに来ていてね。変化がなければ同じことが起きるだろう」
「……なるほど」
さすがにララスティやルドルフが巻き戻っているとはいえ、天候にまで影響しているとは思えない。
だからこそルドルフはこのようなことを言っているのだろう。
「でも、二人きりと言うのは難しいのではありませんか?」
「湖には馬車ではいけないから、乗馬になるんだがララスティはまだ乗馬は習いたてだろう?」
「はい」
「カイルもなんだ。だからそれぞれの護衛に乗せてもらう形になる。そこで急な雨で帰ることになった際、勝手について来たあの子だけど、たぶん明日も同行すると言い出すだろう?」
ルドルフの言葉にララスティはエミリアなら言いそうだと頷く。
「普通なら雨が降った時点で全員が小屋に行くはずなんだけど、運悪く伝達ミスで避難する小屋を間違えてしまうんだ」
「小屋はそんなにたくさんありますの?」
「一つは湖の近くに。もう一つは少し離れたところにあるよ。僕たちは湖の近くの小屋に避難し、カイルたちにはもう一つの小屋に避難してもらおう」
ルドルフは簡単そうに言うが、護衛もいるしタイミング的にララスティと離れることも少なそうなので難しいのでは、と思えてしまう。
そんなララスティの考えを読み取ったのか、ルドルフは笑う。
「成功しなくてもいいんだよ。今日失敗したらまた別の時に最初のきっかけを作ればいいんだからね」
そう言われるとそうなのかもしれないと思い、ララスティは頷いた。
「ところで、ここの印象はどうかな?」
「とてもすばらしいところですわね」
話題を変えたルドルフにララスティは素直に頷く。
前回は来たことがない保養地だが、想像以上に自然が残っており、かといって放置されているわけではないという部分が気に入った。
「それはよかった。前回も君の事故の後に何度か連れてきていたんだけど、その時にいつもに比べて機嫌がよさそうだったからね、気に入ると思ったんだ」
「前回……」
「ん? どうかしたのかい?」
ルドルフの言葉にララスティは思わず考え込んでしまう。
「わたくしの前回の記憶は馬車の事故で終わっておりますので、その後のことを言われてしまうと違和感がありますの」
「なるほど、それはすまないね。ただ、私にとっては事故の前よりも後の方が一緒に過ごした時間が長いから、思い出はどうしてもそちらが多くなってしまうんだ」
その言葉にララスティは「確かに」と頷いた。
前回、事故に遭うまでルドルフと接点があったかと言われると、ほとんどなかったと言ってよかったのだ。
公爵家同士、もしくは王族の繋がりで接点はあったが、あくまでも義務的なものであり、個人的な接触はなかった。
なによりも、カイルからの愛を求めるのに必死だったララスティが、ルドルフを気にかけていなかった。
「前回のわたくしは、本当になにもかも間違っておりましたのね」
「というと?」
「初めから親や家族の愛、そして婚約者の愛を期待すべきではなかったのですわ」
ララスティは続けて、カイルに愛情を要求しすぎていたとため息をつく。
「もっと大人ならまだしも、同い年の子供が親に向けられるような期待をされては、さぞかし苦労したでしょうね」
「まあ、否定はしないかな」
前回のララスティは、ルドルフの目から見てもカイルに依存しようとしていたため、その部分は否定できない。
だが、ルドルフからしてみれば一人でララスティをなんとかしようとし、周囲に助けを求めなかったカイルも悪かった。
だがララスティが多少の罪悪感を持つように、ルドルフはあえてカイルも悪かったとは言わない。
「けれど、今のララスティにはカイルじゃなくても愛情を求める事ができる存在がいるだろう?」
私とか、と言うルドルフにララスティは思わず顔を赤くしてしまう。
コールストたちアインバッハ公爵家のものからの愛情は疑っていないし、それを受け取るのは苦にならないのだが、ルドルフから向けられる愛情は種類が違う気がして、どうしてもまだ慣れない。
今も改めてルドルフと二人きりなことを意識してしまい始め、得も言えぬ緊張が襲ってきてしまっている。
「ララスティ」
「はいっ」
何と言う事はない。名前を呼ばれただけなのに心臓がドクンと高鳴った。
妙にドキドキしてルドルフに視線を返せば、ルドルフは優しいまなざしをララスティに向けている。
「私はね、本当にララスティを愛しているよ」
「そ、そうですの……」
「うん。それだけは忘れないで。確かに前回で君が生んでくれた子供も愛しているけれど、それは君に向ける愛情とはまた別。私にとって何よりも大切なのは君なんだ、ララスティ」
真摯に言われるその言葉に、ララスティは顔を赤くしてコクコクと頷くことしか出来なかった。
カトラリーを置いてからエミリアを呆れたように見た後、「君は迷惑をかけている自覚がないんだね」と、はっきりと告げた。
その言葉にエミリアはショックを受けたようだが、カイルは何事もなかったように再度カトラリーを手に取って食事を再開してしまい、その後、エミリアをいない者として扱っていたようだった。
(カイル殿下はエミリアさんにいい印象を抱いていないようですわね)
こんな状態で本当に真実の愛に辿り着けるのだろうか、と心配になってしまうほどだ。
そんなことを考えていると、扉がノックされ、メイドが確認するとルドルフが訪問してきたようなので招き入れた。
「どうなさいましたの?」
お茶の準備をさせながらララスティが尋ねると、ルドルフが視線だけをわずかにメイドに向けた。
「……お茶を淹れ終わったら少し席を外してもらえるかしら?」
「かしこまりました」
別邸から連れてきたメイドはララスティに頷き、ルドルフを見た後僅かにため息をついて部屋を出ていった。
とはいえ、扉の前に護衛と共に立っているだろう。
「それで?」
ルドルフに再度尋ねる。
「カイルとあの子のことだ。もしかしてとは思ったけど、本当にこの旅行についてくるとは思わなかったね。荷馬車で一夜を明かすとは、なかなか豪胆なことだ」
感心したとばかりに言うルドルフに、ララスティは内心で少しだけムッとしてしまう。
それがなぜなのかはわからないが、とにかくルドルフがエミリアを褒めるのが気に入らなかった。
「でも、今の状態はあまりよくないね」
「よくないとは、カイル殿下とのことでして?」
ララスティの言葉にルドルフは頷く。
想定以上にカイルの中にあるエミリアへの感情は悪い方に偏っている、とルドルフは言う。
「真実の愛は叶いそうにない、ということでしょうか?」
それはそれで困ってしまう、とララスティは頬に手を添えてため息をつく。
ルドルフはそんなララスティに「きっかけを作ってやろう」と提案をしてくる。
「きっかけでして?」
「そう。何事にも始まりがある。その始まりを演出してあげるんだよ」
ルドルフの言葉にララスティは不満気に眉を寄せる。
もう出会いは済んでいる。真実の愛であれば何の障害がなくとも結ばれるべきだと、そう考えているのだ。
「ララスティ、出会っただけで惹かれる真実の愛は確かにあるだろう。だが、前回のカイルとあの子の真実の愛はララスティという障害があったとはいえ、しばらく時間をかけて育んでいっただろう?」
「…………はい」
長い間をおいてからララスティは頷く。
確かに出会ってすぐの時のカイルはエミリアに興味はなさそうだった。
それがエミリアがララスティの悪行を訴えていくうちに、次第に惹かれるようになっていった。
(それなら、わたくしがいないと真実の愛は成立しない?)
ララスティはそんな不確かなものに前回は敗れたのかと内心で憤る。
「だから、一度きっかけを作ってあげようじゃないか」
「一度、ですか?」
「そうだよ。真実の愛が本物なら、それで十分なんじゃないかな」
言いながらルドルフは、カイルにはまっすぐな性格だが、お人好しの面もあるから、と心の中で笑う。
すぐほだされるわけではないが、きっかけがあれば興味を持つように仕向けることはできる。
そして興味さえ持てば、エミリアから向けられた好意を無視し続けることはできない。
「決行は明日。湖の近くに小屋あるんだけれど、そこでしばらく二人で過ごしてもらおう」
「え? どうやって?」
ララスティが驚いて尋ねると、ルドルフは考えがあるとにっこり笑った。
「明日、急に天気が悪くなる予定なんだ」
「ルドルフ様は明日の天気が分かりますの?」
「実は、前回も同じ日にここに来ていてね。変化がなければ同じことが起きるだろう」
「……なるほど」
さすがにララスティやルドルフが巻き戻っているとはいえ、天候にまで影響しているとは思えない。
だからこそルドルフはこのようなことを言っているのだろう。
「でも、二人きりと言うのは難しいのではありませんか?」
「湖には馬車ではいけないから、乗馬になるんだがララスティはまだ乗馬は習いたてだろう?」
「はい」
「カイルもなんだ。だからそれぞれの護衛に乗せてもらう形になる。そこで急な雨で帰ることになった際、勝手について来たあの子だけど、たぶん明日も同行すると言い出すだろう?」
ルドルフの言葉にララスティはエミリアなら言いそうだと頷く。
「普通なら雨が降った時点で全員が小屋に行くはずなんだけど、運悪く伝達ミスで避難する小屋を間違えてしまうんだ」
「小屋はそんなにたくさんありますの?」
「一つは湖の近くに。もう一つは少し離れたところにあるよ。僕たちは湖の近くの小屋に避難し、カイルたちにはもう一つの小屋に避難してもらおう」
ルドルフは簡単そうに言うが、護衛もいるしタイミング的にララスティと離れることも少なそうなので難しいのでは、と思えてしまう。
そんなララスティの考えを読み取ったのか、ルドルフは笑う。
「成功しなくてもいいんだよ。今日失敗したらまた別の時に最初のきっかけを作ればいいんだからね」
そう言われるとそうなのかもしれないと思い、ララスティは頷いた。
「ところで、ここの印象はどうかな?」
「とてもすばらしいところですわね」
話題を変えたルドルフにララスティは素直に頷く。
前回は来たことがない保養地だが、想像以上に自然が残っており、かといって放置されているわけではないという部分が気に入った。
「それはよかった。前回も君の事故の後に何度か連れてきていたんだけど、その時にいつもに比べて機嫌がよさそうだったからね、気に入ると思ったんだ」
「前回……」
「ん? どうかしたのかい?」
ルドルフの言葉にララスティは思わず考え込んでしまう。
「わたくしの前回の記憶は馬車の事故で終わっておりますので、その後のことを言われてしまうと違和感がありますの」
「なるほど、それはすまないね。ただ、私にとっては事故の前よりも後の方が一緒に過ごした時間が長いから、思い出はどうしてもそちらが多くなってしまうんだ」
その言葉にララスティは「確かに」と頷いた。
前回、事故に遭うまでルドルフと接点があったかと言われると、ほとんどなかったと言ってよかったのだ。
公爵家同士、もしくは王族の繋がりで接点はあったが、あくまでも義務的なものであり、個人的な接触はなかった。
なによりも、カイルからの愛を求めるのに必死だったララスティが、ルドルフを気にかけていなかった。
「前回のわたくしは、本当になにもかも間違っておりましたのね」
「というと?」
「初めから親や家族の愛、そして婚約者の愛を期待すべきではなかったのですわ」
ララスティは続けて、カイルに愛情を要求しすぎていたとため息をつく。
「もっと大人ならまだしも、同い年の子供が親に向けられるような期待をされては、さぞかし苦労したでしょうね」
「まあ、否定はしないかな」
前回のララスティは、ルドルフの目から見てもカイルに依存しようとしていたため、その部分は否定できない。
だが、ルドルフからしてみれば一人でララスティをなんとかしようとし、周囲に助けを求めなかったカイルも悪かった。
だがララスティが多少の罪悪感を持つように、ルドルフはあえてカイルも悪かったとは言わない。
「けれど、今のララスティにはカイルじゃなくても愛情を求める事ができる存在がいるだろう?」
私とか、と言うルドルフにララスティは思わず顔を赤くしてしまう。
コールストたちアインバッハ公爵家のものからの愛情は疑っていないし、それを受け取るのは苦にならないのだが、ルドルフから向けられる愛情は種類が違う気がして、どうしてもまだ慣れない。
今も改めてルドルフと二人きりなことを意識してしまい始め、得も言えぬ緊張が襲ってきてしまっている。
「ララスティ」
「はいっ」
何と言う事はない。名前を呼ばれただけなのに心臓がドクンと高鳴った。
妙にドキドキしてルドルフに視線を返せば、ルドルフは優しいまなざしをララスティに向けている。
「私はね、本当にララスティを愛しているよ」
「そ、そうですの……」
「うん。それだけは忘れないで。確かに前回で君が生んでくれた子供も愛しているけれど、それは君に向ける愛情とはまた別。私にとって何よりも大切なのは君なんだ、ララスティ」
真摯に言われるその言葉に、ララスティは顔を赤くしてコクコクと頷くことしか出来なかった。
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