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下拵えB②
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カイルは一通りハルトとルドルフにアドバイスをもらい、早速ララスティとお揃いにするアクセサリーを考えると言って応接室を出ていった。
楽しそうな後ろ姿を見送ってから、ルドルフはハルトに笑みを向けた。
「カイルはいい子に育ちましたね」
「ああ、自慢の息子だ」
自慢という言葉に反してハルトの自嘲気味な返事に、ルドルフは困ったように笑う。
先ほどまでカイルが座っていた場所を見ているハルトの目はどこか冷徹で、朗らかな気配は消え、執政者としての厳粛さを帯びている。
ハルトは部屋に残っている侍従も下がらせ、部屋の中にルドルフと二人きりになると自分でカップに紅茶を注ぐ。
「まったく、妙に律儀なところは父親似か?」
「それでいくといずれとんでもない過ちを犯しますよ」
「フン、それならどちらの親に似ても過ちを犯すさ」
ハルトはマナーなど気にせずに一気に紅茶を飲み干すと少々乱暴にソーサーに戻す。
「氏より育ちとも言います。カイルを信じては? ララスティに話を聞きましたがまだ子供同士だからお互いに恋愛相手に見ていないだけでしょう。そのうち変わりますよ」
「そのうちと言ってやれるほどいつまでも待つことはできないがな。お前がすぐにでも結婚して子供を作るなら話はまた変わるが、どうなんだ?」
急に話を向けられたルドルフは「時期の調整も兼ねて、それに関してはシングウッド公爵が考えています」と答える。
実際問題、伝染病のせいで様々な家が後継問題に悩まされることになっており、結婚したばかりの家や結婚間近だった家は新しい相手探しに躍起になっている。
ランバルト公爵家のようにすでに後継者がいて、新たに庶子を迎えるのとは話が変わってくるのだ。
長子には正統な血筋の子供をと望むのはどこの家も同じで、子供のいない家では男女ともに様々な話し合いが重ねられている。
「まったく、貴族の中には重婚はしないから貴族同士の愛人関係を公にし、その間にできた子供を養子にすればいいなどという過激な発言もある」
「それは托卵が増えそうで大変ですね」
「いやみか?」
「まさか」
ルドルフの言葉にハルトは機嫌悪く言うが、その気はなかったとばかりに肩をすくめるルドルフにハルトは大きく息を吐きだした。
「私がこのような体にならなければ、それこそコーネリアを不慮の事故か病気にでも遭わせられたら、意味がない事をするつもりはないからな」
「不穏ですね。相手は処分したのでしょう? 義姉上だってそこまで愚かじゃない。同じ過ちは繰り返さないと思いますよ」
「どうだか。夫が伝染病で苦しんでいる間に浮気をする女だぞ?」
忌々しそうに「大した女だ。何を考えているか分かったものではない」と言いながらハルトはこぶしを握り締めた。
伝染病に罹患したハルトではあったが、特効薬の試作品では後遺症が残ると聞き、完成品ができ上るまで飲むのを遅らせていた。
その結果、病状は快癒したが飲むのが遅れたせいで後遺症が出てしまった。
一見すればわからない後遺症で、本来なら問題ないはずのものだが、大問題となった。
「長年子供が出来ないプレッシャーというのは、女性にとっては苦しみなのでしょう」
「私が悪いと?」
「別に兄上のせいではありませんよ。どちらかといえば父上からのプレッシャーでしょう。自分は二人の妃にそれぞれ子供を作ると決めてすぐに子供を作れましたから」
今年退位し今は離宮にセレンティアと一緒に隠居しているグレンジャーは、国王になるべき自分、国王であるべき自分を大切にしていた。
前妃との間に生まれたハルトのことも、後添えとなったセレンティアとの間に生まれたルドルフにも父親としてよりも王太子もしくは国王として接していた。
グレンジャーにとっては子供を妃に産ませることも、仕事だったのだろう。
後添えのセレンティアが愛情深い人であり、婚約者時代からハルトに愛情深く接し、自分が生んだルドルフにも分け隔てなく愛情をかけていなければ、二人の結婚や家族への価値観は変わっていたと思えるほどだ。
だからなのか、コーネリアになかなか子供が出来なかった間、グレンジャーはハルトかコーネリアに問題があるのではないかと、表立っては言わなかったが、無言で責めたてていた。
表立って非難されなかった分、不妊の検査を自主的に受けたこともあった。
異常がないと言われ、結局相性が悪いのではと噂され、挙句の果てには夜の生活を噂する貴族まで出ていた。
あの時期はハルトにとってもつらい時期だっただけに、コーネリアが懐妊したと知った時は喜んだ。
「まったく、父上のプレッシャーに苦しんだのは私も同じだったのだがな」
最終的にコーネリアがプレッシャーに負け、逃げたために生まれたのがカイルだ。
だが生まれて昨年まではカイルはずっとハルトの子供だと信じて育てられてきた。
髪の色は違くとも、自分と同じ金色の目なのだと思って、それこそが血がつながっている証なのだと思っていた。
昨年、ルドルフからハルトが病床に居る間のコーネリアの動きが不審だったと報告を受けるまで、伝染病も落ち着いたのだしゆっくり二人目を考えようとも思っていた。
そんな中で発覚したコーネリアのありえない懐妊。
すぐさま箝口令が敷かれ、一部のメイドと護衛や医師、そしてハルト以外は知らない懐妊は、不幸なことに父王であるグレンジャーの耳に入ってしまった。
ずっと病床にあったハルトとの間に出来るはずのない子供。
発覚したコーネリアの不貞相手は、長年仕えていた護衛騎士だった。
「血が繋がらなければ意味がないとは、まったく父上らしい言葉だったな」
グレンジャーは当たり前のようにカイルにも疑惑の目が向け、コーネリアはカイルの父親が護衛騎士であることを暴露した。
そこでグレンジャーは王家の血を持っていないカイルの立太子は当然無理だと言い出し、それに伴い新しい子供が出来るまでハルトの国王戴冠も白紙にすると言い出した。
そんな混乱する王族に一石を投じたのがルドルフだ。
『ララスティをカイルの婚約者にすればいい。あの子は叔父上の孫なのだから』
それはある意味意外な提案だった。
同時期に発覚したハルトの男性不妊を理由にすれば、ルドルフ自身の即位を提案することも可能だった。
実際、グレンジャーはルドルフの提案があるまでその方向で動こうとしていた。
シングウッド公爵は一度王家預かりとするか、自分が退位した後にセレンティアの籍を王族から抜いて実家に戻し、中継ぎの当主とした後、ルドルフの子供を正式な後継者にすればいいと計画していた。
だが、他ならないルドルフから待ったがかかったのだ。
シングウッド公爵はそもそも、セレンティアが王妃になることをよく思っていなかったのに、王家の都合でこれ以上振り回すと印象が悪くなってしまう。
ルドルフ自身も帝王学をハルトほど学んでいないし、国王になるには性格上向いていないと理由を並べた。
『父上の血は薄くなりますが、長期的に考えましょう。カイルの母親は間違いなく義姉上。侯爵令嬢です。ならばカイルは侯爵家の血は確実に持っている。兄上はララスティを養女にしたとでも思えばいい。その養女の夫が侯爵子息なのだと』
強引ではあったが、納得のできる理由であり、自分の血よりも国王であることを優先しているグレンジャーは反対しなかった。
『それからこれは希望的観測ですが、私の子供とララスティの子供が結婚して、その間に子供が生まれれば、最終的に血は戻りますよ』
何も知らない人が見れば血が近くなるように見えるかもしれないが、事実を知っている者からすれば血の継承という面ではこれ以上ない提案。
グレンジャーはララスティとカイルを婚約させることを前提に、ハルトの戴冠白紙案を撤回した。
「ルドルフの提案がなければ今もここに居たのは父上だっただろうな。そして、私は不慮の事故にでも遭って、無事にルドルフ陛下誕生への道ができていたわけだ」
「冗談でもやめてください。前に言ったように私は国王に向いてません。頂点に立つよりも仕えている方が性に合っている」
心の底からそう考えているように感じるルドルフの言葉に、ハルトは少しだけ肩の力を抜いた。
「お前に野心がなくて助かったよ」
「あると思いますよ、野心」
「ほう? 例えばどんな野心だ?」
「そうですね、愛する人の願いを叶えたい……とか?」
「なんだそれは」
ルドルフの語った野心を冗談だととらえたハルトは楽しげに笑う。
その様子にルドルフは内心で「本気だがね」と思いつつ、表面上はハルトに合わせて笑った。
楽しそうな後ろ姿を見送ってから、ルドルフはハルトに笑みを向けた。
「カイルはいい子に育ちましたね」
「ああ、自慢の息子だ」
自慢という言葉に反してハルトの自嘲気味な返事に、ルドルフは困ったように笑う。
先ほどまでカイルが座っていた場所を見ているハルトの目はどこか冷徹で、朗らかな気配は消え、執政者としての厳粛さを帯びている。
ハルトは部屋に残っている侍従も下がらせ、部屋の中にルドルフと二人きりになると自分でカップに紅茶を注ぐ。
「まったく、妙に律儀なところは父親似か?」
「それでいくといずれとんでもない過ちを犯しますよ」
「フン、それならどちらの親に似ても過ちを犯すさ」
ハルトはマナーなど気にせずに一気に紅茶を飲み干すと少々乱暴にソーサーに戻す。
「氏より育ちとも言います。カイルを信じては? ララスティに話を聞きましたがまだ子供同士だからお互いに恋愛相手に見ていないだけでしょう。そのうち変わりますよ」
「そのうちと言ってやれるほどいつまでも待つことはできないがな。お前がすぐにでも結婚して子供を作るなら話はまた変わるが、どうなんだ?」
急に話を向けられたルドルフは「時期の調整も兼ねて、それに関してはシングウッド公爵が考えています」と答える。
実際問題、伝染病のせいで様々な家が後継問題に悩まされることになっており、結婚したばかりの家や結婚間近だった家は新しい相手探しに躍起になっている。
ランバルト公爵家のようにすでに後継者がいて、新たに庶子を迎えるのとは話が変わってくるのだ。
長子には正統な血筋の子供をと望むのはどこの家も同じで、子供のいない家では男女ともに様々な話し合いが重ねられている。
「まったく、貴族の中には重婚はしないから貴族同士の愛人関係を公にし、その間にできた子供を養子にすればいいなどという過激な発言もある」
「それは托卵が増えそうで大変ですね」
「いやみか?」
「まさか」
ルドルフの言葉にハルトは機嫌悪く言うが、その気はなかったとばかりに肩をすくめるルドルフにハルトは大きく息を吐きだした。
「私がこのような体にならなければ、それこそコーネリアを不慮の事故か病気にでも遭わせられたら、意味がない事をするつもりはないからな」
「不穏ですね。相手は処分したのでしょう? 義姉上だってそこまで愚かじゃない。同じ過ちは繰り返さないと思いますよ」
「どうだか。夫が伝染病で苦しんでいる間に浮気をする女だぞ?」
忌々しそうに「大した女だ。何を考えているか分かったものではない」と言いながらハルトはこぶしを握り締めた。
伝染病に罹患したハルトではあったが、特効薬の試作品では後遺症が残ると聞き、完成品ができ上るまで飲むのを遅らせていた。
その結果、病状は快癒したが飲むのが遅れたせいで後遺症が出てしまった。
一見すればわからない後遺症で、本来なら問題ないはずのものだが、大問題となった。
「長年子供が出来ないプレッシャーというのは、女性にとっては苦しみなのでしょう」
「私が悪いと?」
「別に兄上のせいではありませんよ。どちらかといえば父上からのプレッシャーでしょう。自分は二人の妃にそれぞれ子供を作ると決めてすぐに子供を作れましたから」
今年退位し今は離宮にセレンティアと一緒に隠居しているグレンジャーは、国王になるべき自分、国王であるべき自分を大切にしていた。
前妃との間に生まれたハルトのことも、後添えとなったセレンティアとの間に生まれたルドルフにも父親としてよりも王太子もしくは国王として接していた。
グレンジャーにとっては子供を妃に産ませることも、仕事だったのだろう。
後添えのセレンティアが愛情深い人であり、婚約者時代からハルトに愛情深く接し、自分が生んだルドルフにも分け隔てなく愛情をかけていなければ、二人の結婚や家族への価値観は変わっていたと思えるほどだ。
だからなのか、コーネリアになかなか子供が出来なかった間、グレンジャーはハルトかコーネリアに問題があるのではないかと、表立っては言わなかったが、無言で責めたてていた。
表立って非難されなかった分、不妊の検査を自主的に受けたこともあった。
異常がないと言われ、結局相性が悪いのではと噂され、挙句の果てには夜の生活を噂する貴族まで出ていた。
あの時期はハルトにとってもつらい時期だっただけに、コーネリアが懐妊したと知った時は喜んだ。
「まったく、父上のプレッシャーに苦しんだのは私も同じだったのだがな」
最終的にコーネリアがプレッシャーに負け、逃げたために生まれたのがカイルだ。
だが生まれて昨年まではカイルはずっとハルトの子供だと信じて育てられてきた。
髪の色は違くとも、自分と同じ金色の目なのだと思って、それこそが血がつながっている証なのだと思っていた。
昨年、ルドルフからハルトが病床に居る間のコーネリアの動きが不審だったと報告を受けるまで、伝染病も落ち着いたのだしゆっくり二人目を考えようとも思っていた。
そんな中で発覚したコーネリアのありえない懐妊。
すぐさま箝口令が敷かれ、一部のメイドと護衛や医師、そしてハルト以外は知らない懐妊は、不幸なことに父王であるグレンジャーの耳に入ってしまった。
ずっと病床にあったハルトとの間に出来るはずのない子供。
発覚したコーネリアの不貞相手は、長年仕えていた護衛騎士だった。
「血が繋がらなければ意味がないとは、まったく父上らしい言葉だったな」
グレンジャーは当たり前のようにカイルにも疑惑の目が向け、コーネリアはカイルの父親が護衛騎士であることを暴露した。
そこでグレンジャーは王家の血を持っていないカイルの立太子は当然無理だと言い出し、それに伴い新しい子供が出来るまでハルトの国王戴冠も白紙にすると言い出した。
そんな混乱する王族に一石を投じたのがルドルフだ。
『ララスティをカイルの婚約者にすればいい。あの子は叔父上の孫なのだから』
それはある意味意外な提案だった。
同時期に発覚したハルトの男性不妊を理由にすれば、ルドルフ自身の即位を提案することも可能だった。
実際、グレンジャーはルドルフの提案があるまでその方向で動こうとしていた。
シングウッド公爵は一度王家預かりとするか、自分が退位した後にセレンティアの籍を王族から抜いて実家に戻し、中継ぎの当主とした後、ルドルフの子供を正式な後継者にすればいいと計画していた。
だが、他ならないルドルフから待ったがかかったのだ。
シングウッド公爵はそもそも、セレンティアが王妃になることをよく思っていなかったのに、王家の都合でこれ以上振り回すと印象が悪くなってしまう。
ルドルフ自身も帝王学をハルトほど学んでいないし、国王になるには性格上向いていないと理由を並べた。
『父上の血は薄くなりますが、長期的に考えましょう。カイルの母親は間違いなく義姉上。侯爵令嬢です。ならばカイルは侯爵家の血は確実に持っている。兄上はララスティを養女にしたとでも思えばいい。その養女の夫が侯爵子息なのだと』
強引ではあったが、納得のできる理由であり、自分の血よりも国王であることを優先しているグレンジャーは反対しなかった。
『それからこれは希望的観測ですが、私の子供とララスティの子供が結婚して、その間に子供が生まれれば、最終的に血は戻りますよ』
何も知らない人が見れば血が近くなるように見えるかもしれないが、事実を知っている者からすれば血の継承という面ではこれ以上ない提案。
グレンジャーはララスティとカイルを婚約させることを前提に、ハルトの戴冠白紙案を撤回した。
「ルドルフの提案がなければ今もここに居たのは父上だっただろうな。そして、私は不慮の事故にでも遭って、無事にルドルフ陛下誕生への道ができていたわけだ」
「冗談でもやめてください。前に言ったように私は国王に向いてません。頂点に立つよりも仕えている方が性に合っている」
心の底からそう考えているように感じるルドルフの言葉に、ハルトは少しだけ肩の力を抜いた。
「お前に野心がなくて助かったよ」
「あると思いますよ、野心」
「ほう? 例えばどんな野心だ?」
「そうですね、愛する人の願いを叶えたい……とか?」
「なんだそれは」
ルドルフの語った野心を冗談だととらえたハルトは楽しげに笑う。
その様子にルドルフは内心で「本気だがね」と思いつつ、表面上はハルトに合わせて笑った。
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