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下拵えA③
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ランバルト公爵家の別邸の中庭のガゼボには目立たないようにしつつも念入りな日除けが用意され、使用人たちは朝から客人を迎える準備に慌ただしく動き回っている。
ララスティがカイル以外で招待したのは、妹のように可愛がっているマリーカ、そして姉のように慕っているシルフォーネだ。
東の国出身の母親をもつシルフォーネは独特な言葉遣いもあってか、令嬢たちのお茶会でも浮いており、一人で行動しているところにララスティが声をかけ、互いに刺繍が趣味ということから仲が深まっていった。
「マリーカ様はレーズンが苦手だからそのクッキーは避けてちょうだい」
「シルフォーネ様は生クリームがだめなのよね。カスタードは平気だと聞いたけど、念のため避けておく?」
「サンドイッチの具はこれで全部か? さっぱり系のアミューズももう少し足した方がいいか?」
「ソルトレモンアイスティーってこのレシピでいいのかしら。今日は暑いからアイスティーにしたけど、ホットの用意もしておくべき?」
「お嬢様は最近シナモンミルクティーがお気に召しているのよ。ホットを用意するならその準備もしなくちゃ」
「この気温だから使わないかもしれないけど、薄手のひざ掛けとストールは準備を忘れずに!」
軽食を兼ねたお茶会ということもあり、パティシエだけでなく料理人も慌ただしい。
ララスティが別邸に移ってから初めての本格的な客人を招いてのお茶会だ。
使用人たちにも気合が入る。
ララスティはいつにない使用人たちの雰囲気を感じつつも、夏用のワンピースドレスに着替え、客人を出迎える準備を終える。
「まあまあ、今日も可愛いわね」
「ありがとうございます、おばあ様」
婚約者同士のお茶会とはまた違うため、保護者としてアマリアスが同席することになり、使用人たちへの細かい指示と確認はアマリアスがしてくれている。
「うん、ネイビーのワンピースドレスがよく似合っているわ」
「夏だというのに、少し暗い印象になりませんか?」
「腰のリボンや襟が白だからバランスがいいのよ」
ララスティの服装の最終チェックをしたアマリアスは満足したのか頷き、ララスティを連れて玄関横の待合室に一緒に向かう。
まずはマリーカとシルフォーネが先に到着し、少しだけ時間をずらしてカイルが到着する予定になっている。
「今日の事は本邸の方々には伝えてあるのかしら」
「もちろんですわ、おばあ様。大切なお客様をお迎えするのですから、ちゃんと午前中に伝わるよう手配しております」
「それで知らない使用人が別邸の入り口にウロウロしていたのね」
楽しそうに笑うアマリアスにララスティも笑う。
本邸の使用人に本日訪問する客人の中にカイルがいると伝えたのは今朝の事で、取り急ぎ送り込まれた使用人は、準備が忙しく構う暇がないからと丁重にお断りして返した。
「お嬢様、ユーストリオ侯爵令嬢がお見えになりました」
「ありがとう」
マリーカ到着の知らせに、ララスティとアマリアスは座っていたソファーから立ち上がり玄関に向かう。
ちょうどホールの中に入ったところのようで、ララスティとアマリアスを確認したマリーカは丁寧なカーテシーを披露した。
「ルティお姉様、招待いただきありがとうございます。アマリアス様もごきげんよう」
「ようこそ、マリー」
「ごきげんよう、マリーカさん。……かわいらしいドレスね」
「ありがとうございます」
白地に赤のグラデーションレースを重ねたワンピースドレスだが、赤を僅かに暗めにしているからか派手さはなく、刺繍された花がよく引き立てられている。
実兄と婚約者候補のエルンストを亡くし、長かった髪を切って哀悼を示したマリーカが、このようなドレスを着たのを見るのは久しぶりで、心持が変わるようなことがあったのかとアマリアスが内心で首をかしげる。
「ルティお姉様の妹分として紹介していただくのに、暗いドレスはよくありませんから」
アマリアスの心情を察したのかマリーカが言うと、アマリアスも「なるほど」と頷いた。
そのまま和気あいあいと話していると、すぐにシルフォーネの到着も知らされた。
待っていると、通常よりもフリルを少なめにしているすっきりした明るい水色のドレスを着たシルフォーネが姿を現し、ララスティたちを見ると輝かしい笑みを浮かべた。
「ハァイ! 今日はご招待いただきありがとうございますヨ。ルティもマリーも今日もとってもかわいいネ! アマリアスサマ、こんにちはヨ」
母親の影響で言葉遣いこそ風変わりだが、令嬢としてのマナーは完璧で美しいカーテシーを披露したシルフォーネは、肌の透ける黒のレースショールの位置をさりげなく直した。
「ごきげんよう、ルネ。もしかしてそのショールは手作りでして?」
「わかっタ? ワタシもルティの真似をしてレース編みの練習をしてるヨ」
「お二人は手先が器用ですね。わたしは刺繍だってそこまでうまくないのに……」
仲の良い三人ということもあり、話が盛り上がりかけるが玄関ホールにずっといるわけにもいかず、アマリアスが誘導して中庭に移動する。
準備を整えられたガゼボは大人が八人ほど入っても余裕の広さだ。
中庭の正面がよく見えるように北側が開けられ、南側の三人は余裕で座れるソファーにララスティが座り、東側の広めの二人掛けソファーにマリーカとシルフォーネが座る。
全体がよく見渡せるようにと、西側に用意された一人掛けソファーにアマリアスが座ってカイルの到着を待つ。
「マリーのジャムが恋しいヨ。また欲しいネ」
「ブルーベリーがたくさん収穫できましたから、今度作ってお裾分けいたしますね」
「ワオ! 楽しみヨ!」
領地の作物の活用方法の一環として、ユーストリオ侯爵家は当主夫妻であっても料理や加工技術の実体験をする。
特にマリーカはジャム作りがうまく、品種や状態によって絶妙な配分で作ることが出来るのだ。
他にも作物の皮や汁を使って染めた布や糸での刺繍も得意としている。
当人は食べることを苦手としているが、レーズンを活用した料理もたしなんでおり、自分で作ったものの味見は自分ですると、まっさきに口にする姿はいつもララスティたちを和ませている。
「いちじくもたくさん収穫していると聞きますので、そちらはドライフルーツにする予定です。こちらにも届けてよろしいでしょうか?」
「もちろん楽しみに待っていますわ。ジャムもね」
「ふふ」
甘いものが大好きなララスティは今から楽しみだと微笑み、孫の気を抜いた笑みを見たアマリアスはマリーカとシルフォーネに心の底から感謝した。
そうして楽しい時間を過ごしているとカイルの到着が告げられ、ララスティたちは席を立って息を殺す。
人の足音が聞こえてきた瞬間、アマリアスが頭を下げカーテシーを披露したのに合わせ、ララスティ達も同じようにしてカイルを待つ。
「待たせてすまない。楽にしてくれ」
すぐさま頭を上げる許可が出たが、失礼にならない程度にゆっくりと頭を上げると、カイルがララスティを見て少し視線をさまよわせた。
どうしたのかとララスティが目をぱちぱちと瞬かせていると、カイルが連れてきた侍従から横長の少し大きめの箱を受け取り、照れたような顔でララスティに近づいてくる。
「この間、髪飾りを贈ると話しただろう」
「ええ、そういえば……」
今日のお茶会の話題でうやむやにしたが、と内心でララスティが考えていると、カイルはリボンをほどいてふたを開ける。
中身を確認して思わず「まあ!」と声を上げたララスティが珍しく、つられるように視線を箱に向けたアマリアスたちも思わず声を出してしまった。
「まあ!」
「ワオ!(あらっ!)」
箱の中には髪飾りだけではなく、ネックレスとイヤリングも入っており、話してからの期間を考えるとオーダーメイドではないだろうが、特注品もしくは限定品なのだとわかる。
カイルの瞳の色を連想させるような、金色の宝石を引き立てるような白金の台座。
髪飾りは花形に加工されてこちらも白いレースで飾られている。
「どう……かな?」
少しだけ自信がなさそうなカイルの顔に、ララスティは「ふふ」と笑って箱を受け取る。
「とっても嬉しいですわ。ありがとうございます」
「気に入ってくれただろうか!」
「ええ。カイル殿下の目の色のようですわね。本当にきれいな……ヘリオドールですわね?」
「正解」
さすがだね、と言いながらカイルはララスティの右手側に座る。
ララスティはメイドに「大切にね」と言いながら箱を渡し、空気を切り替えるように「パチン」と手を叩いてお茶会の開催を告げた。
ララスティがカイル以外で招待したのは、妹のように可愛がっているマリーカ、そして姉のように慕っているシルフォーネだ。
東の国出身の母親をもつシルフォーネは独特な言葉遣いもあってか、令嬢たちのお茶会でも浮いており、一人で行動しているところにララスティが声をかけ、互いに刺繍が趣味ということから仲が深まっていった。
「マリーカ様はレーズンが苦手だからそのクッキーは避けてちょうだい」
「シルフォーネ様は生クリームがだめなのよね。カスタードは平気だと聞いたけど、念のため避けておく?」
「サンドイッチの具はこれで全部か? さっぱり系のアミューズももう少し足した方がいいか?」
「ソルトレモンアイスティーってこのレシピでいいのかしら。今日は暑いからアイスティーにしたけど、ホットの用意もしておくべき?」
「お嬢様は最近シナモンミルクティーがお気に召しているのよ。ホットを用意するならその準備もしなくちゃ」
「この気温だから使わないかもしれないけど、薄手のひざ掛けとストールは準備を忘れずに!」
軽食を兼ねたお茶会ということもあり、パティシエだけでなく料理人も慌ただしい。
ララスティが別邸に移ってから初めての本格的な客人を招いてのお茶会だ。
使用人たちにも気合が入る。
ララスティはいつにない使用人たちの雰囲気を感じつつも、夏用のワンピースドレスに着替え、客人を出迎える準備を終える。
「まあまあ、今日も可愛いわね」
「ありがとうございます、おばあ様」
婚約者同士のお茶会とはまた違うため、保護者としてアマリアスが同席することになり、使用人たちへの細かい指示と確認はアマリアスがしてくれている。
「うん、ネイビーのワンピースドレスがよく似合っているわ」
「夏だというのに、少し暗い印象になりませんか?」
「腰のリボンや襟が白だからバランスがいいのよ」
ララスティの服装の最終チェックをしたアマリアスは満足したのか頷き、ララスティを連れて玄関横の待合室に一緒に向かう。
まずはマリーカとシルフォーネが先に到着し、少しだけ時間をずらしてカイルが到着する予定になっている。
「今日の事は本邸の方々には伝えてあるのかしら」
「もちろんですわ、おばあ様。大切なお客様をお迎えするのですから、ちゃんと午前中に伝わるよう手配しております」
「それで知らない使用人が別邸の入り口にウロウロしていたのね」
楽しそうに笑うアマリアスにララスティも笑う。
本邸の使用人に本日訪問する客人の中にカイルがいると伝えたのは今朝の事で、取り急ぎ送り込まれた使用人は、準備が忙しく構う暇がないからと丁重にお断りして返した。
「お嬢様、ユーストリオ侯爵令嬢がお見えになりました」
「ありがとう」
マリーカ到着の知らせに、ララスティとアマリアスは座っていたソファーから立ち上がり玄関に向かう。
ちょうどホールの中に入ったところのようで、ララスティとアマリアスを確認したマリーカは丁寧なカーテシーを披露した。
「ルティお姉様、招待いただきありがとうございます。アマリアス様もごきげんよう」
「ようこそ、マリー」
「ごきげんよう、マリーカさん。……かわいらしいドレスね」
「ありがとうございます」
白地に赤のグラデーションレースを重ねたワンピースドレスだが、赤を僅かに暗めにしているからか派手さはなく、刺繍された花がよく引き立てられている。
実兄と婚約者候補のエルンストを亡くし、長かった髪を切って哀悼を示したマリーカが、このようなドレスを着たのを見るのは久しぶりで、心持が変わるようなことがあったのかとアマリアスが内心で首をかしげる。
「ルティお姉様の妹分として紹介していただくのに、暗いドレスはよくありませんから」
アマリアスの心情を察したのかマリーカが言うと、アマリアスも「なるほど」と頷いた。
そのまま和気あいあいと話していると、すぐにシルフォーネの到着も知らされた。
待っていると、通常よりもフリルを少なめにしているすっきりした明るい水色のドレスを着たシルフォーネが姿を現し、ララスティたちを見ると輝かしい笑みを浮かべた。
「ハァイ! 今日はご招待いただきありがとうございますヨ。ルティもマリーも今日もとってもかわいいネ! アマリアスサマ、こんにちはヨ」
母親の影響で言葉遣いこそ風変わりだが、令嬢としてのマナーは完璧で美しいカーテシーを披露したシルフォーネは、肌の透ける黒のレースショールの位置をさりげなく直した。
「ごきげんよう、ルネ。もしかしてそのショールは手作りでして?」
「わかっタ? ワタシもルティの真似をしてレース編みの練習をしてるヨ」
「お二人は手先が器用ですね。わたしは刺繍だってそこまでうまくないのに……」
仲の良い三人ということもあり、話が盛り上がりかけるが玄関ホールにずっといるわけにもいかず、アマリアスが誘導して中庭に移動する。
準備を整えられたガゼボは大人が八人ほど入っても余裕の広さだ。
中庭の正面がよく見えるように北側が開けられ、南側の三人は余裕で座れるソファーにララスティが座り、東側の広めの二人掛けソファーにマリーカとシルフォーネが座る。
全体がよく見渡せるようにと、西側に用意された一人掛けソファーにアマリアスが座ってカイルの到着を待つ。
「マリーのジャムが恋しいヨ。また欲しいネ」
「ブルーベリーがたくさん収穫できましたから、今度作ってお裾分けいたしますね」
「ワオ! 楽しみヨ!」
領地の作物の活用方法の一環として、ユーストリオ侯爵家は当主夫妻であっても料理や加工技術の実体験をする。
特にマリーカはジャム作りがうまく、品種や状態によって絶妙な配分で作ることが出来るのだ。
他にも作物の皮や汁を使って染めた布や糸での刺繍も得意としている。
当人は食べることを苦手としているが、レーズンを活用した料理もたしなんでおり、自分で作ったものの味見は自分ですると、まっさきに口にする姿はいつもララスティたちを和ませている。
「いちじくもたくさん収穫していると聞きますので、そちらはドライフルーツにする予定です。こちらにも届けてよろしいでしょうか?」
「もちろん楽しみに待っていますわ。ジャムもね」
「ふふ」
甘いものが大好きなララスティは今から楽しみだと微笑み、孫の気を抜いた笑みを見たアマリアスはマリーカとシルフォーネに心の底から感謝した。
そうして楽しい時間を過ごしているとカイルの到着が告げられ、ララスティたちは席を立って息を殺す。
人の足音が聞こえてきた瞬間、アマリアスが頭を下げカーテシーを披露したのに合わせ、ララスティ達も同じようにしてカイルを待つ。
「待たせてすまない。楽にしてくれ」
すぐさま頭を上げる許可が出たが、失礼にならない程度にゆっくりと頭を上げると、カイルがララスティを見て少し視線をさまよわせた。
どうしたのかとララスティが目をぱちぱちと瞬かせていると、カイルが連れてきた侍従から横長の少し大きめの箱を受け取り、照れたような顔でララスティに近づいてくる。
「この間、髪飾りを贈ると話しただろう」
「ええ、そういえば……」
今日のお茶会の話題でうやむやにしたが、と内心でララスティが考えていると、カイルはリボンをほどいてふたを開ける。
中身を確認して思わず「まあ!」と声を上げたララスティが珍しく、つられるように視線を箱に向けたアマリアスたちも思わず声を出してしまった。
「まあ!」
「ワオ!(あらっ!)」
箱の中には髪飾りだけではなく、ネックレスとイヤリングも入っており、話してからの期間を考えるとオーダーメイドではないだろうが、特注品もしくは限定品なのだとわかる。
カイルの瞳の色を連想させるような、金色の宝石を引き立てるような白金の台座。
髪飾りは花形に加工されてこちらも白いレースで飾られている。
「どう……かな?」
少しだけ自信がなさそうなカイルの顔に、ララスティは「ふふ」と笑って箱を受け取る。
「とっても嬉しいですわ。ありがとうございます」
「気に入ってくれただろうか!」
「ええ。カイル殿下の目の色のようですわね。本当にきれいな……ヘリオドールですわね?」
「正解」
さすがだね、と言いながらカイルはララスティの右手側に座る。
ララスティはメイドに「大切にね」と言いながら箱を渡し、空気を切り替えるように「パチン」と手を叩いてお茶会の開催を告げた。
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