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下準備A⑩

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『拝啓 親愛なるララスティ姉君

 はじめまして、とご挨拶すべきでしょうか?
 貴女の又従姉弟はとこのクルルシュです。
 遅くなりましたが、ミリアリスおば君へ哀悼の意を伝えさせていただきます。
 特効薬がもっと早く完成できていればもしかしてと思ってしまいますが、後遺症に苦しむ方々もいるとも聞いており、何が正解なのかと自問自答してしまいます。

 帝国の研究機関から別途アンソニアン王国宛に調査報告書を送ったそうですが、姉君にはボクからお伝えしますね。
 後遺症の一つに男女ともに不妊になるというものがあるそうです。
 帝国では貴族が多く、また実力により爵位を与えることもあるのでそこまで気になりませんが、アンソニアン王国は厳密な血統での貴族制ですよね。
 過去に伝染病などで血統が絶え、他家から親類を迎えることもできず没落した家もあると習いました。
 特効薬で生きながらえた命ですが、貴族として子を残すことができない苦しみが発生する可能性があると思うと、ある意味苦しみを引き延ばしてしまったのではないかと、子供心に考えてしまいます。
 姉君は罹患せず特効薬を飲んでいないと聞きましたが、今後もできれば飲まないようにしてほしいです。
 こちらでさらなる研究を行い、後遺症が発生しない特効薬の開発を目指します。

 話は変わりますが、お父君が再婚し新しい家族ができたそうですね。
 ですがこちらに入ってくる情報では、あまり家族仲はよろしくないとか……。
 ミリアリスおば君に対する裏切り行為と合わせ、許せない事です。
 ボクの耳に入るぐらいですから、父様やおじい様の耳にももちろん入っています。
 姉君のお力になれるよう、ボクもお願いしておきますね。

                     貴女の幼き騎士 クルルシュより』

 帝国の皇族である又従姉弟のクルルシュからの手紙は、ランバルト公爵家ではなくアインバッハ公爵家に届いた。
 この時点でララスティの背後についているのが、母方の実家のアインバッハ公爵家であり、元皇女のアマリアスが後見人として動いていると知られているということなのだろう。
 どうして帝国皇族が知っているのかという疑問はあるが、友好国とはいえ情報を集める行為は欠かしていないのかもしれない。

 問題は手紙の中にあった後遺症の中にある不妊症についてだ。
 前回では帝国から不妊症について情報がもたらされた記憶はない。
 ララスティが幼かったから知らなかっただけかもしれないが、王太子妃教育を受けた際に本当に帝国が知らせていたのなら、そのことを教えられたはずだ。
 いや、そもそもどうして前回の時に不妊について判明したのだろうか。
 やはり帝国からの情報?

(わかりませんわね)

 だが少なくとも、クルルシュとの個人的な交流はなかった。
 王太子の婚約者として、皇太子であるクルルシュと国賓としてもてなしたことはあるが、個人的な手紙は交わした覚えはない。
 これもララスティの行動の変化によるものなのだろうかと考えつつ、返事を書くために最も上質な紙を用意させる。

『拝啓 親愛なるククルシュ様

 はじめまして。お手紙を頂き驚きましたが、同時に嬉しく思います。
 お母様の事については本当に残念でしたけれど、帝国が開発してくださった特効薬のおかげで多くの命が助かったのは事実です。
 不妊症にしても全員がそうなるわけではないのでしょう?
 でしたらやはり生き残ることこそが重要なのではないでしょうか。
 クルルシュ様にとっての又従兄、わたくしにとっての従兄のエルンスト兄様はお亡くなりになりました。
 いなくなってしまった喪失感はどうしようもありません。
 後遺症で苦しむ人々を気になさっていらっしゃいますが、わたくしはやはり生きていてこそだと思っております。

 また、わたくしの家庭環境についても心配をかけているようで申し訳ありません。
 お母様とお父様の夫婦仲の結果ですから、娘の私ではどうしようもないところもありますが、新しい家族が増え何かが変わるのではないかと思っております。
 帝国の皆様にも心配をかけてしまい申し訳ないのですが、今は見守っていただければ幸いです。
 よろしければまたお手紙を頂けますか?
 今まで交流がなかった分、なんだかとても嬉しく感じてしまい、欲が出てしまいました。
 もちろん、クルルシュ様に無理のない範囲で構いません。

                     貴方の又従姉弟 ララスティより』

 手紙を書き終わり誤字などがないかを確認して封筒にしまうと、わずかに甘い香りのする蝋で封をする。
 手紙をメイドに託すとこの変化は何を意味するのだろうと考える。
 前回にはない出来事が起きているのは確かだ。
 自分の行動だけが影響しているのかと思っていたが、ルドルフの行動、クルルシュの行動はそれだけでは説明が付かない。
 ララスティ以外にも時間を巻き戻っている人がいるのかとも考えたが、それにしては動きがなさすぎる気もする。
 目的があってあえて控えめに動いているララスティと違い、本当に時間を巻き戻ったのならもっと大胆に動いてもいいはずなのだ。

(わたくしと同じように、何か目的があって静かな動きにとどめている?)

 仮説としてはありえるが、その場合その人物の目的が分からず、ララスティの目的とぶつかってしまう可能性もある。

(時間を巻き戻った人が他にもいるのでしたら、少なくとも1度は接触したいですわね)

 ララスティは考えながら甘いミルクティーに口をつけ、コクンと一口飲むと、最近帝国から輸入されるようになったシナモンが使われていることに気づいた。
 これも前回とは違う部分で、交易に関して前回よりも活発になっている。
 もしかしたら王国側ではなく帝国側に時間を巻き戻った人がいるのかもしれない。
 そこまで考えて、アインバッハ公爵家が用意した使用人だからとあまり気にしていなかったが、自分の周囲に用意されているものがララスティの好みのもので統一されていると気づく。
 家具だけでなく食事関係もすべてララスティの好みが反映されており、使用している部屋も子供っぽいものはなく、全体的に落ち着いた雰囲気の物が優先されている。
 そこでララスティの視界に、大きな黒いウサギのぬいぐるみが映り込む。
 九歳になった今でも両手で抱えるほど大きなぬいぐるみは、五歳の誕生日にミリアリスから贈られたものだ。
 純粋に驚き、一生大切にすると約束したが、そういえば前回はこれもエミリアに奪われてボロボロにされたと思い出した。
 今回残っているのは、一度アインバッハ公爵家に預け、エミリアがもう来なくなったタイミングでこちらに戻したからだ。

(お母様との思い出……)

 繰り返しの人生において、ミリアリスとの思い出はほとんどない。
 好きでもない男との子供だからか、ララスティが挨拶をすれば返してくる程度の関係。
 一生懸命話しかけても「忙しい」とあしらわれ、ララスティの記憶の中のミリアリスはそのほとんどが背中を向けている姿だ。
 ララスティは立ち上がってぬいぐるみのところまで行くと、ぎゅぅっと力いっぱい抱き着く。

この人生・・・・でもお母様との思い出はこのぬいぐるみだけですわね)

「でも」とララスティはぬいぐるみを離す。

(エミリアを追い落とすために思い出に浸るよりも有用に使わなくては)

 そう考えてぬいぐるみの目に使われているルビー、服に飾られてるパールを順に撫でていく。

(次のお茶会ではこのぬいぐるみのことを話しましょうか。お母様からもらった大事な、だーいじなぬいぐるみ。きらきらした赤い瞳がきれいだと言えば、エミリアは確実に奪いに来る・・・・・

 クスリと笑ったララスティは、メイドに指示を出して自室の分かりやすい場所にぬいぐるみを移動させた。

 その三週間後、狙い通りにお茶会でぬいぐるみの話を聞いたエミリアが別邸に訪れ、許可もなくぬいぐるみを持ち去ろうとし、別邸の使用人に止められひと悶着起きた。
 その際、本邸からついて来た使用人がアーノルトを呼びに行き、ララスティのぬいぐるみはアーノルトの・・・・・・命令で・・・エミリアの手に渡された。

「お母様との思い出の品物でしたのに……」

 親しい人間だけを集めたお茶会で話題にしたララスティに、友人たちの同情が集まる。
 本当に大切なものでアインバッハ公爵家に行くときも持っていき、アインバッハ公爵家にそのまま置いていたが、別邸で夜に一人で過ごすのが寂しく手元に戻したのに、その話を聞いた途端にエミリアに奪われたと聞かされ、エミリアとアーノルトの非人道さが貴族の間に広まった。
 幼い子供の亡くした母親との思い出の品物を奪う行いは、たとえ片方の娘にしか愛情がなくてもしていい行為ではないと、常識ある貴族は考える。

 せっかく公爵位を継ぎ、アインバッハ公爵家からの支援金も増えて領地立て直し事業に手を付けたのに、ランバルト公爵家の評判が上がることは、ついになかった。
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