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第二章
9 幼くともお腹は黒い兄妹
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アーストンの衝撃の発言に、ある意味感心というか、執念を感じたルディアとフィディス。
「うん、お爺様の寿命っていう意味がわかった、かな?」
「そうですわね」
レンティムと話すことがあると言って一度アーストンが部屋を出ていくと、メイドたちが帰り支度をしている中、着替えを終えた二人は少々情報量の多さに混乱してしまっていた。
公爵家の人間は変わり者が多いというのは知っているが、ウィンターク公爵家は特別に変人なのではないかと思えてしまい、将来不安を抱えてしまう。
そこでふとルディアは気が付く。
フィディスはすでに重度のシスコン。
それを踏まえると、やはりウィンターク公爵家の血筋は特別に変人なのだと、さらなる不安がルディアを襲ってしまう。
前世の記憶が蘇っていなかったらどうなるのだろうかと考えると、ぞっとしてしまった。
二人が不安になっていると客人が来たと言われ、誰かと聞けばなんとプーパとウィクトルが訪れてきたという。
先ぶれもなく無礼極まりないが、追い返すわけにもいかず、しぶしぶ入室を許可することとなった。
昨日のお茶会とは違い、豪華ではあるがどこか手を抜いた印象を受けるデイドレス。
目が痛くなるようなドレスよりはましだと思いつつ席に座るように勧めると、当たり前のように上座に座るプーパとウィクトル。
(おじ様の第一妃でしかないくせに、次期公爵家当主であるお兄様を差し置いて上座にすわるなんて、やはり常識がありませんのね)
正式に王位についていない限り、正妃以外は妾でしかない。
妾との間の子供は王子王女ではあるけれども、正式に王位についた後に生まれた子供と正式な妃から新しく生まれた子供の方が王位継承権が上になる。
そんな少々複雑な序列があるのだが、今までは特に問題はなかった。
なぜなら王太子はちゃんと正妃を迎えているから。
「もう帰ってしまうの?」
さも残念そうに言うプーパだが、その目は何かを狙う猛禽類のようにギラギラとしている。
「はい、準備が整い、お爺様が戻り次第帰宅いたします」
「そうなの。ところで、昨夜ウィンターク公爵には話したのだけれど、ウィクトルとルディア嬢の婚約を進めようと考えているわ。もちろんアナタたちも賛成よね」
その言葉に、フィディスがにっこりと笑みを浮かべた。
その表情を見てプーパは好感触だと思ったのか、満足げに頷く。
「では———」
「お断りします」
「は?」
きっぱりと言うフィディスにプーパはポカンと目を見開いた。
「なんですって?」
「お爺様から聞いています。何の許可も得ずに勝手に夜会で私のルディに求婚すると宣言したそうですね」
「それは」
「第一王子であるティルム殿下が手順を守っている状態なのに、第一妃様並びに第二王子であるウィクトル殿下は、随分と無作法のご様子」
「無礼な!」
フィディスの言葉にプーパの顔が赤くなり、ウィクトルも機嫌を損ねたように睨みつけてくるが、気にした様子もなく笑みを浮かべたままさらに言いつのる。
「陛下に却下されている。そのことに対し叛意するなど、第一妃様は豪胆だ」
「叛意などっ」
一瞬にして今度は青ざめるプーパだが、所詮は子供の戯言だと思ったのか、深呼吸をするとニヤリと笑った。
「本日、あたくしとウィクトルがここに招かれたことはたくさんの友人に話しているの。あーら、これで婚約しなかったら、ウィンターク公爵家の人間はとんだ無礼者になってしまうわね」
クスクス笑って言うプーパだが、それに屈するルディアではなかった。
「そういうことなのですね」
「ええ、だからおとなしくこの婚約に」
「お断りですわ」
「はぁ?」
そこでルディアはアヴィシアたちにドアを少し開けるように言うと思いっきり息を吸い込み————
「きゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
と、高位貴族の令嬢とは思えないほど大きな悲鳴を上げた。
「「「な!?」」」
これには流石のフィディスも驚いたのだが、咄嗟にルディアを庇うように抱きしめるあたり、真性のシスコンと言えるだろう。
「何事です!」
バタバタと足音を立てて廊下に立っていた警備の騎士が入ってくると、ルディアはフィディスにしがみついて震えているように見せる。
「プーパ様とウィクトルでんかが、こんやくしないとわたくしをころすとっ! おにい様たちにもようしゃしないとっ!」
震える声で言えば、騎士たちはプーパに視線を向ける。
「なっ! あたくしはなにもしていないわ!」
「うそですわ! だ、だって……先ぶれもなしにきゅうにきて、おどしたではありませんかっ」
笑いそうになるのがばれないようにフィディスに抱き着いて言えば、騎士がプーパとウィクトルを立たせる。
「申し訳ないですが、ご同行お願いいたします」
「なんですって!」
「俺にさわるな!」
典型的な悪役っぷりにルディアが耐え切れないと笑いそうになると、フィディスがギュッと抱きしめる力を強くした。
「早く連れて行ってくれ! 私のルディがこんなに怯えている!」
「はっ!」
数名の騎士に連れられて行くプーパ達がいなくなり、しっかり扉が閉じられ、部屋の中に静寂が戻ってからやっとフィディスはルディアを解放する。
「ふっうふっくふっ」
「ルディ、驚いてしまったよ」
「ごめっうふふっあはっ」
おかしくて思わず涙が浮かんでしまっているルディアが指で目元をこすろうとすれば、そっと止められて真新しいハンカチで拭われる。
「まったく、あんな大声を出してのどを痛めてしまったら大変だろう?」
「ふっふふっそっちですの?」
「当たり前だろう。でも、よく咄嗟にあのような大声を出せたね」
「やったものがちだと、まなびましたの」
前世で、とは言わずルディアは「あーおかしい」というと深呼吸をする。
何度か繰り返し気持ちを落ち着かせると、「きっと野次馬がたくさんいますわよね」と言った。
「ああ、そうだね。なんでもお友達に吹聴したそうだし」
「きしにれんこーされるところも、わたくしがその前にひめいを上げたのもしっかりともくげきされましたわ」
「そうだね、これで婚約する間柄だと思う貴族がいたら、その者は随分将来が不安だ。家や親族がきっと教育しなおすか対処しなくてはいけないね」
にっこりと天使の如き黒い笑みを浮かべ合う兄妹に、ウィンターク公爵家の将来は安泰だと執事やメイドは安堵しか浮かばないあたり、教育が行き届いているのだろう。
そして何事もなかったように新しくお茶を淹れなおしてもらうと、再びきちんとくっついて座る。
今の騒ぎを聞きつけて飛び込んでくる人物対策だ。
「ああ、待ってルディ。あんなに大声を出したのだからもっとミルクを淹れた方がいい。あと蜂蜜もね。ルディ用に温度を下げているとはいえ、まだ熱いからもう少し冷まそう」
「はい、おにい様」
メイドにさせるのではなく、自らの手でミルクと蜂蜜をルディアのカップに入れて調整したフィディスは、「そろそろかな」と言って、そのままカップをルディアの口元にもっていった。
その瞬間———
「ルディア姫君!」
「じかんピッタリですわ」
口元に持ってこられたカップの中身を一口飲みながら、ちらっと入ってきた人物を見る。
「ティム。私が一言いえば今頃君は無事ではないよ」
「うっ」
フィディスの一言に、「うっ」とティルムが周囲を見るが、誰もが優しい笑みを浮かべているのを見て、ただでさえ顔色が悪いのに、さらに顔色を悪くさせてしまう。
ウィンターク公爵家の子供を守る使用人だ。
護身術をたしなんでいたり暗器を仕込んでいたりするのは当然である。
「すまない、許可をしてくれて感謝する」
「許す」
そう言って笑うフィディスはルディアがカップの中のミルクティーを半分ほど飲んだのを確認してソーサーに戻した。
「まったく、君の愚弟は母親の道具になっているとはいえなんなんだ?」
「すまないな」
ティルムはルディアたちの向かいに座ると、深くため息を吐きだした。
「昨晩の愚行は僕も母上から聞いたよ。一緒にいらした父上もたいそうお怒りだったけど、今回の件はもう……救いようがないな」
「ティルムでんか」
「ああ、大丈夫だったかい? ルディア姫君」
「だいじょうぶですわ。そんなことより外のようすはいかがでして?」
「外?」
ルディアの言葉にティルムが首を傾げると、フィディスが「野次馬の事だ」と補足した。
その言葉にティルムが「人だかりがすごかったぞ」と答えると、ルディアとフィディスは楽しそうに甘く微笑む。
その笑みに何とも言えない恐怖心を抱いてしまったティルムは、公爵家の人間の底知れなさの片りんを見た気分になる。
「それじゃあ、ちょっとサロンに行こうか」
「そうですわね、おにい様」
「え!?」
「ほら、行くぞ」
ルディと手を繋ぐ、のをやめて自分の腕に絡みつくようにさせたフィディスはそのまま使用人に囲まれ、ティルムを連れて部屋を出ていく。
ティルムが言ったように廊下には数人の人が、そしてドアからそっとこちらを伺う人々が見え、フィディスとルディアは内心でニヤリと笑った。
「よしよし、怖かったなルディ。部屋が片付くまでサロンで休憩しよう。気分転換が必要だしね」
「ぐすっ」
フィディスの言葉に周囲にしっかりと聞こえるように鼻をすすり、高位貴族の令嬢らしからぬ姿を見せつけてルディアは頷いた。
幼く病弱とはいえ、公爵令嬢らしく凛とした令嬢と言われているルディアがフィディスに甘える姿は、そんなにも恐ろしい事があったのかと人々の想像を掻き立てる。
それこそがウィンターク公爵家の兄妹の企てだ。
「騎士がちゃんと連れて行ってくれたから、ルディを怖がらせるものはなにもないよ」
「でも、おにい様。また来たら、わたくしはどうしたらっ」
「大丈夫。私がいつだってルディを守るから」
抱き着かれていない方の手でルディアの頭を撫でたフィディスは、半歩遅れてついてくるティルムを見る。
その視線はあからさまに「ルディの隣を今だけ許す」と言っていた。
もちろんルディアの隣に並べる機会を逃すティルムではなく、すぐさま半歩進んでルディアの隣に並ぶ。
「僕もルディア姫君を守るよ」
「はい、ありがとうございます。ティルムでんか」
スン、と鼻をすすって言うルディアに、演技が堂に入っているのは前世の記憶が影響しているのだろうか、とティルムは考えてしまうのだった。
「うん、お爺様の寿命っていう意味がわかった、かな?」
「そうですわね」
レンティムと話すことがあると言って一度アーストンが部屋を出ていくと、メイドたちが帰り支度をしている中、着替えを終えた二人は少々情報量の多さに混乱してしまっていた。
公爵家の人間は変わり者が多いというのは知っているが、ウィンターク公爵家は特別に変人なのではないかと思えてしまい、将来不安を抱えてしまう。
そこでふとルディアは気が付く。
フィディスはすでに重度のシスコン。
それを踏まえると、やはりウィンターク公爵家の血筋は特別に変人なのだと、さらなる不安がルディアを襲ってしまう。
前世の記憶が蘇っていなかったらどうなるのだろうかと考えると、ぞっとしてしまった。
二人が不安になっていると客人が来たと言われ、誰かと聞けばなんとプーパとウィクトルが訪れてきたという。
先ぶれもなく無礼極まりないが、追い返すわけにもいかず、しぶしぶ入室を許可することとなった。
昨日のお茶会とは違い、豪華ではあるがどこか手を抜いた印象を受けるデイドレス。
目が痛くなるようなドレスよりはましだと思いつつ席に座るように勧めると、当たり前のように上座に座るプーパとウィクトル。
(おじ様の第一妃でしかないくせに、次期公爵家当主であるお兄様を差し置いて上座にすわるなんて、やはり常識がありませんのね)
正式に王位についていない限り、正妃以外は妾でしかない。
妾との間の子供は王子王女ではあるけれども、正式に王位についた後に生まれた子供と正式な妃から新しく生まれた子供の方が王位継承権が上になる。
そんな少々複雑な序列があるのだが、今までは特に問題はなかった。
なぜなら王太子はちゃんと正妃を迎えているから。
「もう帰ってしまうの?」
さも残念そうに言うプーパだが、その目は何かを狙う猛禽類のようにギラギラとしている。
「はい、準備が整い、お爺様が戻り次第帰宅いたします」
「そうなの。ところで、昨夜ウィンターク公爵には話したのだけれど、ウィクトルとルディア嬢の婚約を進めようと考えているわ。もちろんアナタたちも賛成よね」
その言葉に、フィディスがにっこりと笑みを浮かべた。
その表情を見てプーパは好感触だと思ったのか、満足げに頷く。
「では———」
「お断りします」
「は?」
きっぱりと言うフィディスにプーパはポカンと目を見開いた。
「なんですって?」
「お爺様から聞いています。何の許可も得ずに勝手に夜会で私のルディに求婚すると宣言したそうですね」
「それは」
「第一王子であるティルム殿下が手順を守っている状態なのに、第一妃様並びに第二王子であるウィクトル殿下は、随分と無作法のご様子」
「無礼な!」
フィディスの言葉にプーパの顔が赤くなり、ウィクトルも機嫌を損ねたように睨みつけてくるが、気にした様子もなく笑みを浮かべたままさらに言いつのる。
「陛下に却下されている。そのことに対し叛意するなど、第一妃様は豪胆だ」
「叛意などっ」
一瞬にして今度は青ざめるプーパだが、所詮は子供の戯言だと思ったのか、深呼吸をするとニヤリと笑った。
「本日、あたくしとウィクトルがここに招かれたことはたくさんの友人に話しているの。あーら、これで婚約しなかったら、ウィンターク公爵家の人間はとんだ無礼者になってしまうわね」
クスクス笑って言うプーパだが、それに屈するルディアではなかった。
「そういうことなのですね」
「ええ、だからおとなしくこの婚約に」
「お断りですわ」
「はぁ?」
そこでルディアはアヴィシアたちにドアを少し開けるように言うと思いっきり息を吸い込み————
「きゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
と、高位貴族の令嬢とは思えないほど大きな悲鳴を上げた。
「「「な!?」」」
これには流石のフィディスも驚いたのだが、咄嗟にルディアを庇うように抱きしめるあたり、真性のシスコンと言えるだろう。
「何事です!」
バタバタと足音を立てて廊下に立っていた警備の騎士が入ってくると、ルディアはフィディスにしがみついて震えているように見せる。
「プーパ様とウィクトルでんかが、こんやくしないとわたくしをころすとっ! おにい様たちにもようしゃしないとっ!」
震える声で言えば、騎士たちはプーパに視線を向ける。
「なっ! あたくしはなにもしていないわ!」
「うそですわ! だ、だって……先ぶれもなしにきゅうにきて、おどしたではありませんかっ」
笑いそうになるのがばれないようにフィディスに抱き着いて言えば、騎士がプーパとウィクトルを立たせる。
「申し訳ないですが、ご同行お願いいたします」
「なんですって!」
「俺にさわるな!」
典型的な悪役っぷりにルディアが耐え切れないと笑いそうになると、フィディスがギュッと抱きしめる力を強くした。
「早く連れて行ってくれ! 私のルディがこんなに怯えている!」
「はっ!」
数名の騎士に連れられて行くプーパ達がいなくなり、しっかり扉が閉じられ、部屋の中に静寂が戻ってからやっとフィディスはルディアを解放する。
「ふっうふっくふっ」
「ルディ、驚いてしまったよ」
「ごめっうふふっあはっ」
おかしくて思わず涙が浮かんでしまっているルディアが指で目元をこすろうとすれば、そっと止められて真新しいハンカチで拭われる。
「まったく、あんな大声を出してのどを痛めてしまったら大変だろう?」
「ふっふふっそっちですの?」
「当たり前だろう。でも、よく咄嗟にあのような大声を出せたね」
「やったものがちだと、まなびましたの」
前世で、とは言わずルディアは「あーおかしい」というと深呼吸をする。
何度か繰り返し気持ちを落ち着かせると、「きっと野次馬がたくさんいますわよね」と言った。
「ああ、そうだね。なんでもお友達に吹聴したそうだし」
「きしにれんこーされるところも、わたくしがその前にひめいを上げたのもしっかりともくげきされましたわ」
「そうだね、これで婚約する間柄だと思う貴族がいたら、その者は随分将来が不安だ。家や親族がきっと教育しなおすか対処しなくてはいけないね」
にっこりと天使の如き黒い笑みを浮かべ合う兄妹に、ウィンターク公爵家の将来は安泰だと執事やメイドは安堵しか浮かばないあたり、教育が行き届いているのだろう。
そして何事もなかったように新しくお茶を淹れなおしてもらうと、再びきちんとくっついて座る。
今の騒ぎを聞きつけて飛び込んでくる人物対策だ。
「ああ、待ってルディ。あんなに大声を出したのだからもっとミルクを淹れた方がいい。あと蜂蜜もね。ルディ用に温度を下げているとはいえ、まだ熱いからもう少し冷まそう」
「はい、おにい様」
メイドにさせるのではなく、自らの手でミルクと蜂蜜をルディアのカップに入れて調整したフィディスは、「そろそろかな」と言って、そのままカップをルディアの口元にもっていった。
その瞬間———
「ルディア姫君!」
「じかんピッタリですわ」
口元に持ってこられたカップの中身を一口飲みながら、ちらっと入ってきた人物を見る。
「ティム。私が一言いえば今頃君は無事ではないよ」
「うっ」
フィディスの一言に、「うっ」とティルムが周囲を見るが、誰もが優しい笑みを浮かべているのを見て、ただでさえ顔色が悪いのに、さらに顔色を悪くさせてしまう。
ウィンターク公爵家の子供を守る使用人だ。
護身術をたしなんでいたり暗器を仕込んでいたりするのは当然である。
「すまない、許可をしてくれて感謝する」
「許す」
そう言って笑うフィディスはルディアがカップの中のミルクティーを半分ほど飲んだのを確認してソーサーに戻した。
「まったく、君の愚弟は母親の道具になっているとはいえなんなんだ?」
「すまないな」
ティルムはルディアたちの向かいに座ると、深くため息を吐きだした。
「昨晩の愚行は僕も母上から聞いたよ。一緒にいらした父上もたいそうお怒りだったけど、今回の件はもう……救いようがないな」
「ティルムでんか」
「ああ、大丈夫だったかい? ルディア姫君」
「だいじょうぶですわ。そんなことより外のようすはいかがでして?」
「外?」
ルディアの言葉にティルムが首を傾げると、フィディスが「野次馬の事だ」と補足した。
その言葉にティルムが「人だかりがすごかったぞ」と答えると、ルディアとフィディスは楽しそうに甘く微笑む。
その笑みに何とも言えない恐怖心を抱いてしまったティルムは、公爵家の人間の底知れなさの片りんを見た気分になる。
「それじゃあ、ちょっとサロンに行こうか」
「そうですわね、おにい様」
「え!?」
「ほら、行くぞ」
ルディと手を繋ぐ、のをやめて自分の腕に絡みつくようにさせたフィディスはそのまま使用人に囲まれ、ティルムを連れて部屋を出ていく。
ティルムが言ったように廊下には数人の人が、そしてドアからそっとこちらを伺う人々が見え、フィディスとルディアは内心でニヤリと笑った。
「よしよし、怖かったなルディ。部屋が片付くまでサロンで休憩しよう。気分転換が必要だしね」
「ぐすっ」
フィディスの言葉に周囲にしっかりと聞こえるように鼻をすすり、高位貴族の令嬢らしからぬ姿を見せつけてルディアは頷いた。
幼く病弱とはいえ、公爵令嬢らしく凛とした令嬢と言われているルディアがフィディスに甘える姿は、そんなにも恐ろしい事があったのかと人々の想像を掻き立てる。
それこそがウィンターク公爵家の兄妹の企てだ。
「騎士がちゃんと連れて行ってくれたから、ルディを怖がらせるものはなにもないよ」
「でも、おにい様。また来たら、わたくしはどうしたらっ」
「大丈夫。私がいつだってルディを守るから」
抱き着かれていない方の手でルディアの頭を撫でたフィディスは、半歩遅れてついてくるティルムを見る。
その視線はあからさまに「ルディの隣を今だけ許す」と言っていた。
もちろんルディアの隣に並べる機会を逃すティルムではなく、すぐさま半歩進んでルディアの隣に並ぶ。
「僕もルディア姫君を守るよ」
「はい、ありがとうございます。ティルムでんか」
スン、と鼻をすすって言うルディアに、演技が堂に入っているのは前世の記憶が影響しているのだろうか、とティルムは考えてしまうのだった。
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