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呪われたその場所…
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「お疲れ!」
中里晶子に声をかけてきたのは、同期の林涼平だった。
「林君もお疲れ!今日の研修難しかったわぁ(・・;)」
晶子と涼平は、今年、法務省に入省した新米の官僚である。涼平が大卒ストレートで中級公務員試験に合格したのに対して、晶子は大学卒業後、公務員試験の為の専門学校で学んでいたので、晶子の方が年上だった。
厳しい研修を経て、晶子は大阪N管理局へ、涼平は神戸N管理局へそれぞれ配属が決まった。
それから半年後、晶子に神戸N管理局への転勤辞令が出て、二人は同じ職場で働くことになった。
「初めまして!中里です。まだまだ不慣れですが、一生懸命頑張りますので宜しくお願いします!」
晶子は明るく元気に挨拶した。
昼休みに御手洗いで化粧直しをしていると、先輩の佐々木京子が入ってきた。
「ねえ、貴女はまだ知らないでしょうから教えてあげる。」
ルージュを引き終わると、京子は声を潜めて耳打ちをした。
「ここは呪われてるのよ」
「呪われてるって…?」
京子の話によると、毎年職員が一人ずつ謎の死をとげているというのだ。
ある者は理由もなく当然の自殺。
またある者は、突然おかしくなり心不全で亡くなったり。その死にかたが理屈では説明出来ないそうだ。
まさか、ただの偶然よと晶子は自分に言い聞かせた。
忙しさに忙殺されながら、そんな都市伝説のような話は彼女の記憶からどんどん薄れていき、あっと言う間に一年が過ぎようとしていたある日の事だった。
いつものように残業をして、外はすっかり日が暮れていた。つい、さっきまで、高崎部長は部下と残業しながら雑談を交わし笑っていたのだが、いつの間にか部長の姿が消えている。誰も部長が事務所を出ていったのに気づかなかったようで、少し騒ぎになっていた。
高崎部長は人柄もよく愛妻家で、家庭も仕事も経済的にも何不自由していない人だった。金銭問題も女性問題ももちろん起こしたこともない。いわゆる人生において何も失敗をしていない典型的な勝ち組だった。
高崎は、その日もいつものように残業をし、家に帰る予定だった。仕事をしながら、ふと、入り口を見ると、見たこともない女がこちらをじっと見ている。何か用事かと思い、扉のそばまで来てみたが、いつの間にか女はいない。不思議に思って辺りを見渡したら、渡り廊下の向こうで手招きをしている。何かに引き寄せられるように、女を追いかけてふらふらと出ていった。気がつけば、階段を登りなぜか屋上まできていた。夜の帳はすっかり降りていて、暗闇の中に女はいた。辺りは暗いのになぜか女の顔だけはしっかりと見える。見たこともないような美しい女だった。高崎は吸い寄せられるように、女に近づいて行った。彼は自分が靴を脱いで揃えていることにも気づかなかったのだ。そして、屋上のフェンスを越え、さらに女に近づこうとした。
一歩踏み出したその時だった。自分の足元には何も足場がなかったのだ。
彼がハッと我に帰ったときには既に遅すぎた。彼の肉体は地上をめがけて空を飛んでいたのだ。
その瞬間。彼は全てを理解した。
(今年は俺だったのか?嫌だ!死にたくない!妻も子供もいるんだ。誰か助けてくれ!)
声にならない絶叫と絶望の中で走馬灯のように自分の人生がフラッシュバックしていた。
グチャっという鈍い破壊音とともに、彼の肉体と思考回路は砕け散った。
今年の犠牲者 高崎部長
死因 飛び降り自殺
屋上に靴が揃えて置いてあったことから、自分の意思で飛び降りたと断定された…もちろん、遺書はなかった…
人望の厚い高崎部長の死で、部下たちは騒然となっていた。
「私、もう嫌!」と泣き出す女子職員
パニック状態だった中で導き出された答えは、一度、I神社でお祓いをしてもらおうというものだった。
年が明けてから、I神社による祈祷があり、その年は犠牲者が出なかった。
呪いは終わったのだと安心した職員たちは、その翌年にI神社に祈祷を頼むことをしなかった。
そして秋になり、二年目も何事もなく過ぎ去るかのように思えたある朝の事だった。
「行ってくるよ。母さん」
入省から三年目を迎えた林涼平はいつものように出勤しようと外に出た。
ストレートで官僚になった息子は母親の自慢だったという。実際親孝行な息子で彼女はこの幸せがいつまでも続くと信じて疑わなかった。
涼平がいつも通り高級なスーツをパリッと着こなして外に出てしばらくした時だった。
パラパラと大勢の警察官に取り囲まれた。
「林涼平さんですね?贈収賄の疑いで貴方を逮捕します」
抑揚のない声で礼状をもった刑事はそう言った。
その知らせを聞いたとき、晶子は絶句したという。特別親しい間柄ではなかったが、同期で一緒に仕事をした同僚だった。
一体、いつから汚職に手を染めていたのか…
彼もまた、Y社から接待を受け、巨額の賄賂を受け取った時、女の声が聞こえたと言う。
「誰でもやってることよ。別に特別な事じゃないわ。」
それは、この世のものとは思われぬ、魅惑的な声だったという。
同僚の逮捕の知らせを受けて、なんとも陰鬱な気持ちで仕事を続けていた晶子に、その年の暮れ近く、追い討ちをかけられる凶報が届くことになる。
神戸N管理局職員 林涼平
収監されていた拘置所内で首吊り自殺…!
その知らせを聞いたとき、神戸N管理局の職員の誰かが呟いた。
「今年もまた、犠牲者が出たね…何も終わってなかったんだ…」
fin.
中里晶子に声をかけてきたのは、同期の林涼平だった。
「林君もお疲れ!今日の研修難しかったわぁ(・・;)」
晶子と涼平は、今年、法務省に入省した新米の官僚である。涼平が大卒ストレートで中級公務員試験に合格したのに対して、晶子は大学卒業後、公務員試験の為の専門学校で学んでいたので、晶子の方が年上だった。
厳しい研修を経て、晶子は大阪N管理局へ、涼平は神戸N管理局へそれぞれ配属が決まった。
それから半年後、晶子に神戸N管理局への転勤辞令が出て、二人は同じ職場で働くことになった。
「初めまして!中里です。まだまだ不慣れですが、一生懸命頑張りますので宜しくお願いします!」
晶子は明るく元気に挨拶した。
昼休みに御手洗いで化粧直しをしていると、先輩の佐々木京子が入ってきた。
「ねえ、貴女はまだ知らないでしょうから教えてあげる。」
ルージュを引き終わると、京子は声を潜めて耳打ちをした。
「ここは呪われてるのよ」
「呪われてるって…?」
京子の話によると、毎年職員が一人ずつ謎の死をとげているというのだ。
ある者は理由もなく当然の自殺。
またある者は、突然おかしくなり心不全で亡くなったり。その死にかたが理屈では説明出来ないそうだ。
まさか、ただの偶然よと晶子は自分に言い聞かせた。
忙しさに忙殺されながら、そんな都市伝説のような話は彼女の記憶からどんどん薄れていき、あっと言う間に一年が過ぎようとしていたある日の事だった。
いつものように残業をして、外はすっかり日が暮れていた。つい、さっきまで、高崎部長は部下と残業しながら雑談を交わし笑っていたのだが、いつの間にか部長の姿が消えている。誰も部長が事務所を出ていったのに気づかなかったようで、少し騒ぎになっていた。
高崎部長は人柄もよく愛妻家で、家庭も仕事も経済的にも何不自由していない人だった。金銭問題も女性問題ももちろん起こしたこともない。いわゆる人生において何も失敗をしていない典型的な勝ち組だった。
高崎は、その日もいつものように残業をし、家に帰る予定だった。仕事をしながら、ふと、入り口を見ると、見たこともない女がこちらをじっと見ている。何か用事かと思い、扉のそばまで来てみたが、いつの間にか女はいない。不思議に思って辺りを見渡したら、渡り廊下の向こうで手招きをしている。何かに引き寄せられるように、女を追いかけてふらふらと出ていった。気がつけば、階段を登りなぜか屋上まできていた。夜の帳はすっかり降りていて、暗闇の中に女はいた。辺りは暗いのになぜか女の顔だけはしっかりと見える。見たこともないような美しい女だった。高崎は吸い寄せられるように、女に近づいて行った。彼は自分が靴を脱いで揃えていることにも気づかなかったのだ。そして、屋上のフェンスを越え、さらに女に近づこうとした。
一歩踏み出したその時だった。自分の足元には何も足場がなかったのだ。
彼がハッと我に帰ったときには既に遅すぎた。彼の肉体は地上をめがけて空を飛んでいたのだ。
その瞬間。彼は全てを理解した。
(今年は俺だったのか?嫌だ!死にたくない!妻も子供もいるんだ。誰か助けてくれ!)
声にならない絶叫と絶望の中で走馬灯のように自分の人生がフラッシュバックしていた。
グチャっという鈍い破壊音とともに、彼の肉体と思考回路は砕け散った。
今年の犠牲者 高崎部長
死因 飛び降り自殺
屋上に靴が揃えて置いてあったことから、自分の意思で飛び降りたと断定された…もちろん、遺書はなかった…
人望の厚い高崎部長の死で、部下たちは騒然となっていた。
「私、もう嫌!」と泣き出す女子職員
パニック状態だった中で導き出された答えは、一度、I神社でお祓いをしてもらおうというものだった。
年が明けてから、I神社による祈祷があり、その年は犠牲者が出なかった。
呪いは終わったのだと安心した職員たちは、その翌年にI神社に祈祷を頼むことをしなかった。
そして秋になり、二年目も何事もなく過ぎ去るかのように思えたある朝の事だった。
「行ってくるよ。母さん」
入省から三年目を迎えた林涼平はいつものように出勤しようと外に出た。
ストレートで官僚になった息子は母親の自慢だったという。実際親孝行な息子で彼女はこの幸せがいつまでも続くと信じて疑わなかった。
涼平がいつも通り高級なスーツをパリッと着こなして外に出てしばらくした時だった。
パラパラと大勢の警察官に取り囲まれた。
「林涼平さんですね?贈収賄の疑いで貴方を逮捕します」
抑揚のない声で礼状をもった刑事はそう言った。
その知らせを聞いたとき、晶子は絶句したという。特別親しい間柄ではなかったが、同期で一緒に仕事をした同僚だった。
一体、いつから汚職に手を染めていたのか…
彼もまた、Y社から接待を受け、巨額の賄賂を受け取った時、女の声が聞こえたと言う。
「誰でもやってることよ。別に特別な事じゃないわ。」
それは、この世のものとは思われぬ、魅惑的な声だったという。
同僚の逮捕の知らせを受けて、なんとも陰鬱な気持ちで仕事を続けていた晶子に、その年の暮れ近く、追い討ちをかけられる凶報が届くことになる。
神戸N管理局職員 林涼平
収監されていた拘置所内で首吊り自殺…!
その知らせを聞いたとき、神戸N管理局の職員の誰かが呟いた。
「今年もまた、犠牲者が出たね…何も終わってなかったんだ…」
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