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8.事実。
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いきなり知らされた衝撃の事実に混乱したまま、将は美鶴の書斎へと腕を引かれてやってきた。
子どもの頃から「ここはお父様の大事なお部屋だから、絶対に入っちゃダメよ」と厳しく言われていて、漠然と、立ち入り禁止が当然だと思い込んでいた部屋だった。
ちょうど、将の部屋と隣り合わせになっている。
はじめて入った父親の部屋は、ごくありふれたいわゆる書斎そのものだった。
木製の机、椅子はキャスター付きではなく、昔ながらの四本足タイプだ。ところどころについた傷で年季が入った代物だとわかる。
机の横には木製のサイドキャビネット、これはキャスターも付いた新しめのモノのようだ。
壁はほとんどが作り付けの本棚だが、実際に本が収められているのは半分もなく、空いている棚には酒のミニチュアボトルが和洋を問わず並べられている。
そして、ちょうど本棚ひとつ分だけ、壁が剥き出しになっていて、観葉植物の鉢が置かれていた。
つんつん尖った葉っぱが上を向いているが、ちょっぴり元気がない。窓にかかった遮光性カーテンのせいか、その辺りから隙間風が微かに入って来るせいか。
その辺りは、ほんのわずかに空気がひんやりしている。
将は、眉を寄せて美鶴を見遣った。
この位置は……。
緊張しているのか、口の中がひりりとした。
小さく鼻をひくつかせると、微妙だが、黴臭いような気がしなくもない。
しばらくそこと美鶴を交互に見て、そうかぁ、と呟いた。
「……親父……ここ、オレの部屋の本棚があるとこ……?」
記憶が蘇り、いろいろと繋がっていく。
その将の様子に、美鶴も悟ったようだった。
「気がついていたのに、そこを下りては行かなかったのか?」
「行くわけないっしょ、コワいじゃん、見つかったら親父にど叱られるって思ったしっ」
「割と思い切ったコトをしそうな子だと注意してはいたが、なんのコトはない、小心者だったんだな」
意外そうに肩を竦めてやれやれと美鶴は煽った。
「なななななにを……っ」
気の利いた返しを思いつかずに口をぱくぱくさせていると、更に追い打ちをかける。
「おまけに、発育不良だし、誰に似たのやら……」
地雷ワードだった。
おろおろしていた視線が、ちょっぴり力を持った。
「ちょ、なんだよそれっ、発育不良って失礼すぎないっ?」
前のめりの気をつけ姿勢だが、下で拳が握られている。
「いや俺、おまえくらいの時には、もう今と同じ背格好だったからな。まぁ、将はまだ吸血鬼として自覚がないようだから、無理もないか」
「自覚って……いや、自覚とかないしっ、しないしっ、息子をからかうにしてもネタは選ぼうよ、傷つくんだからなっ」
ああはいはい、と手をひらひらと振って将の前を通り過ぎると、美鶴は屈んで鉢を手前にずらした。
そして将の部屋と同じように、本棚の脇にある彫りでカモフラージュされているスイッチらしき部分に手を触れた。
するりとスライドする本棚。
その奥に見える階段。
向かいの壁にも四角く筋がついている。
将の部屋の本棚の裏だ。
あの日の再現。
「あ……」
間抜けた声を上げた将は、すっかり怒るのを忘れたかのように口をぽかんと開けてそれを見ていた。
「さて。これでいくらお間抜けなお前でも、わかるだろう?」
美鶴は腕組みをして将を窺っている。
「下には、香奈ちゃんがいる……んだね?」
子どもの頃から「ここはお父様の大事なお部屋だから、絶対に入っちゃダメよ」と厳しく言われていて、漠然と、立ち入り禁止が当然だと思い込んでいた部屋だった。
ちょうど、将の部屋と隣り合わせになっている。
はじめて入った父親の部屋は、ごくありふれたいわゆる書斎そのものだった。
木製の机、椅子はキャスター付きではなく、昔ながらの四本足タイプだ。ところどころについた傷で年季が入った代物だとわかる。
机の横には木製のサイドキャビネット、これはキャスターも付いた新しめのモノのようだ。
壁はほとんどが作り付けの本棚だが、実際に本が収められているのは半分もなく、空いている棚には酒のミニチュアボトルが和洋を問わず並べられている。
そして、ちょうど本棚ひとつ分だけ、壁が剥き出しになっていて、観葉植物の鉢が置かれていた。
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その辺りは、ほんのわずかに空気がひんやりしている。
将は、眉を寄せて美鶴を見遣った。
この位置は……。
緊張しているのか、口の中がひりりとした。
小さく鼻をひくつかせると、微妙だが、黴臭いような気がしなくもない。
しばらくそこと美鶴を交互に見て、そうかぁ、と呟いた。
「……親父……ここ、オレの部屋の本棚があるとこ……?」
記憶が蘇り、いろいろと繋がっていく。
その将の様子に、美鶴も悟ったようだった。
「気がついていたのに、そこを下りては行かなかったのか?」
「行くわけないっしょ、コワいじゃん、見つかったら親父にど叱られるって思ったしっ」
「割と思い切ったコトをしそうな子だと注意してはいたが、なんのコトはない、小心者だったんだな」
意外そうに肩を竦めてやれやれと美鶴は煽った。
「なななななにを……っ」
気の利いた返しを思いつかずに口をぱくぱくさせていると、更に追い打ちをかける。
「おまけに、発育不良だし、誰に似たのやら……」
地雷ワードだった。
おろおろしていた視線が、ちょっぴり力を持った。
「ちょ、なんだよそれっ、発育不良って失礼すぎないっ?」
前のめりの気をつけ姿勢だが、下で拳が握られている。
「いや俺、おまえくらいの時には、もう今と同じ背格好だったからな。まぁ、将はまだ吸血鬼として自覚がないようだから、無理もないか」
「自覚って……いや、自覚とかないしっ、しないしっ、息子をからかうにしてもネタは選ぼうよ、傷つくんだからなっ」
ああはいはい、と手をひらひらと振って将の前を通り過ぎると、美鶴は屈んで鉢を手前にずらした。
そして将の部屋と同じように、本棚の脇にある彫りでカモフラージュされているスイッチらしき部分に手を触れた。
するりとスライドする本棚。
その奥に見える階段。
向かいの壁にも四角く筋がついている。
将の部屋の本棚の裏だ。
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「あ……」
間抜けた声を上げた将は、すっかり怒るのを忘れたかのように口をぽかんと開けてそれを見ていた。
「さて。これでいくらお間抜けなお前でも、わかるだろう?」
美鶴は腕組みをして将を窺っている。
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