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第四章
らいぶ・らいふ。5
しおりを挟む和泉の思考が停止した。
「……どう……いう……」
「言ったまんまの意味だぜぇ? なぁんも知んねぇんだなぁ?」
鬼さまは肩を竦めて客席を見た。
不安そうに、スマホが、通信が断たれた状態ではステージの上に集中するしかない客たち。
待っていろ、今からが祭りだ。俺のための。
鬼さまはマイクのスイッチを入れ直した。
「みんなぁ~、あっちもこっちも調子悪ぃし、ライブはこれでお開きにするぜぇ~。お疲れ様だったなぁ。ネットに繋がらんのじゃ、しょうがねぇしな。てことで、本日のラストイベントだぁっ」
イベントという言葉に、きゃああっと黄色い声が上がる。
和泉は異様な空気を感じて、視線で酒寄を探した。さっきまでいたところに、酒寄の姿がない。
断崖絶壁の綱渡りで命綱が消えてしまったような恐怖を覚えた。
そして、酒寄なしではやはりなにも出来ないのだと、自分は無力なのだと、楔を穿たれたように胸が痛んだ。
「みんなぁ、目を閉じろよぅ~?」
鬼さまの言葉に、客席のほとんどが頬を紅潮させて素直に目を閉じる。
和泉は鬼さまと客席を交互に凝視していた。鬼さまは和泉に話しかける時にはマイクをマメに切っている。
「元々考えちゃいた企画だったんだけどよぉ。お前さんが見つかって、急いで準備したんだぜぇ、コレ。結構ビビりみてぇだから、楽しませてやるぜぇ」
鬼さまは、逃げられないように和泉の右の二の腕を強く掴んだ。
びくりと身を竦ませると、そういう反応がおいしいんだぜと笑った。
「見てな。わかっちゃいるだろうが、スタッフもみんな、俺の式だ。こいつらを含めて手持ちの連中をバージョンアップするためのライブってわけだ」
「……バージョン……アップ?」
鬼さまは人差し指を立てて、横に一気に引いた。
そして、重低音にして大音量で呪を地に響かせた。
「悪鬼邪鬼ここに召喚、俺に仕えよ。急急如律令っ」
ぐわん。
地面が鳴動するのを感じた。
客席のどよめきは、何が起きているのかわからないが、なにかが起きているという、不安によるものがほとんどだったろう。
「地震?」
「なにか近くに落ちたの?」
「やだなにこわい」
どよめきの中、和泉は横から鬼さまのサングラスに隠された視線の先を見た。
向かうのは客席を越えたところ。
駐車場があり、そのまた先にあるのは……。
「……墓地……?」
「くくっ、さすがにそれは知っていたかよ。墓地の瘴気を染みこませた式がそろそろ鬼化する頃なのさぁ。わかるか? こぉんなにたくさんの、若い精気が満ちて、興奮で更に熱くなって、それをうちの式鬼の糧にするのさぁ」
「……おまえ、いったい……」
「ほぉら、きたきた」
言われて墓地の方を見る。
ひどくどす黒いなにかが立ち上っていた。
あれは……。
言われて見れば、確かに鬼のようにも見えた。しかしまだ形になりきっていない。核の部分に式がいるのが感じられる。
そう、下見で確認していたのは、式だった。
ちゃんと埋められたかの確認だった。
それが、ぼこりぼこりと地面から起き上がり、こちらへと向かっていた。
距離があるから実際に見えているのではない。
だが、横に鬼さまがいるせいか、今の和泉にはその様子が「わかって」いた。
「さぁ来い、式鬼ちゃんたち。こっちの水は甘くて美味いぞぅっ」
大音量のスピーカーが震えた。
客たちは振り返って見たところで何が起きているのかわからないが、異常な状況になってきたとは気付き始めていた。続いて黄色い歓声が悲鳴に変わっていく。
後方の墓地に近い方から、じわじわとどす黒い影に覆われ出して、ようやく和泉は我に返った。
逃げ惑う客を見て、マズいと、なんとかしないと、と気持ちが焦る。
パニックを起こしている客たちは、とにかく公園から逃げようと走り出すが、出入り口は駐車場の方、その式鬼たちが来る方角だ。逃げ出すには周囲を囲む雑木林に入らなくてはならないが、そこまでにも距離はあった。
「……や、やめろ、こんなことして、死亡者が出たらどうすんだよっ」
やや震える手で鬼さまの胸ぐらに掴みかかろうとする、が、あっさり弾き返される。
「俺はさぁ。ずっとずっと恨み言だけ聞かされてきたんだよ。お前の先祖のなぁ」
「……先祖……?」
和泉の脳裏に、酒寄から聞かされた昔の話が蘇る。
───『いいか、お前はこれからずっと、人間として生き続けるがいい。生き続けて、こいつの子孫を探すがいい。そいつにしか、お前の呪いは解けぬわ。お前の仇はわしじゃあのうて、こいつじゃぞ。それまで、死ぬことも戻ることも叶わぬぞ』───
「……あんたが酒寄に呪いを掛けたヤツか……っ?」
「おいおい待てよ、俺、そんなジジイに見えるかよ。呪いをかけたのは俺の先祖さぁ。山でお前を見かけて、式使ってるの見た時になぁ。その式、呪われてた式神のだろぉ? なぁんか、ぴんっときちまってよ。ちぃと調べさせてもらったのさぁ」
パニックを起こしている客席から聞こえていた悲鳴が、遠いものに感じられた。
こんな時にそんなこと言われても、どう反応していいのかわからなくなっていた。
そして、墓地から蘇った死霊のような式鬼たちが、後ろの方の客から精気を吸い取り始めると、その鬼の姿が鮮明になる。客が次々と倒れだし、まるで客が鬼に入れ替わっていくかのように思えた。
鬼の姿は、両手ほどだろうか。それが精気を吸って少しずつ大きくなっていく。
「だからって、なんでこんなことするんだよっ。この人たち、関係ないじゃんっ」
「関係ねぇよ? だからいいじゃねぇの。どうなったってさぁ。証拠もなんもねぇんだしよぅ」
堪えきれなくなったように吹きだし大笑いしだした鬼さまを遮るように、ステージの裏から声がした。
「証拠なら、あるんだなぁ、これが」
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