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第二章
鈍いのろい呪い。8
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その夜は、テントの中で三人は微妙な雰囲気になっていた。
なにをどう話せばいいのか。
三人三様に悩んで迷っていた。
ベッド代わりのソファの上、毛布にくるまって寝ようとしているのだが寝付けない。
小型ランタン風ライトの明かりが中央のテーブルの上でゆらゆら揺れて陰影を作る。
バーベキューで盛り上がっていた時は忘れていられたが、静まりかえったテントの中では、どんどんと思い出されてしまう。
ただ大きいだけの鴉はマシだ。
あの犬っぽいけどまったく犬とは言えない異様な獣……。
「「「あ……あのさっ」」」
毛布にくるまったまま、三人は同時に上半身を起こして口を開いた。
あまりのタイミングの良さに、ぷ、とこれまた同時に噴き出す。
「うむ、発言権をいずみんに譲ろう。知っていることを全て話すがいい」
「なにその偉そうな口の利き方は。ああでも、いずみん……なにか隠してない?」
「隠すってなにをだよ。オレだってわかんねぇことだらけだよ」
お互いに顔を見合わせて、にらめっこ状態だ。
ここはもう、和泉が折れるしかなかった。改めて毛布を巻き付けてソファの上に胡座をかく。
「オレが見えちまうってのと、最近困ってたってのは昼間話したとおりで、別に嘘も誇張もねぇんだけど……なにか原因がわかれば、と思ってた。でも、わかったのは、ここがヤバい場所なんだってことだけだったよ」
肩を落として、顔を手で覆う。
「その、出会ったヤツってのが、札をくれてさ。それでずいぶんと見えるのは減っているんだよ。でも、根本的な解決じゃあねぇ。だから、ここで何があったのか、思い出せたらって来ることにしたんだけど……」
あの時。
好奇心からついていった物の怪。あれは、さっき見た獣の小型版みたいなものではなかったか。
和泉は堅く目を閉じて記憶を辿る。
そう、あの頃はまだ見えていなくて、だからこそ、なんだこれは、という純粋な好奇心で後を追ってしまったのだ。でも、怖くなかったのは、小さかったから……今日見たのが犬ならば、あの時のは大きめのハムスター……小振りのモルモット……そんなイメージが頭をよぎった。
「ならば、さっきのは、いずみんが小さい頃に見たヤツが成長したモノなのでは?」
「だからその呼び方はやめろ……て、でも、ああいうのって育つもんなのか?」
「同じようなのでも、あれ、あの時にいずみんが見たのと、同じヤツなのかなあ?」
島井の言葉に、ふたりは顔を上げた。
「もしかして、だけどね。あの犬っぽいのの家族がいるとか」
「家族……」
さすがになんだかイメージではなくて、いやいやないない、と和泉は首を振った。しかし、違う個体というのはありえそうだ。
そう。今はちっこい酒寄しか呼べなくても、力があれば、オレの方が成長すれば、普通の酒寄を呼べるようになるんじゃ……いや、酒寄というか、式神を……。
ぼんやりとそこまで考えて、ふいに気分が悪くなってきた。
元々あれは式神? ならば誰かが仕掛けている?
急に黙り込んで深刻な表情になった和泉を、島井は心配そうに見つめていたが、寝不足は敵だ、もう寝よう、と木山が音頭を取ったので、ふたりも同意して横になった。
だが、和泉の胸騒ぎが静まることはなかった。
翌朝。
目の下に隈を作っている和泉と、なんだかんだでしっかり寝ていたふたりは、共有の流し台に顔を洗いに行った。大騒ぎしているこどもたち、虫に刺されたと彼氏に理不尽な怒りをぶつける若い女の子、朝から一杯やっていたおにいさんたち。
そんな中に、同じ高校生くらいの女の子たちがいた。向こうも三人連れだ。
いつもだったら、これは天の采配っなどと喜ぶのは島井だったが、今はそんな気分じゃないらしい。目が合って、ども、と会釈する程度だ。
ところが、急に女子に声を掛けた強者がいた。木山だ。
じっと女の子のひとりが手にしているスマホを見つめて、言った。
「ふふ、お主やるな。そのスマホケース、ほのぼの裏動画で話題になっていた例のアイテムではないのか?」
どうやらマニアックなアイテムを目にして、こやつは仲間っと確信したようだ。
声を掛けられた子は、三人の中ではいちばん地味めで、おそらく他のふたりの数合わせで連れられてきたのだろうと思わせた。
「えっ、やだ、そそそそうだけど……私は違いますっ」
慌てて焦った彼女は、他のふたりのところへ走り寄ってなにやら伝えている。違うのか、と木山は興味をなくして顔を洗い出したが、三人の中のリーダー格と見られるひとりが顔を洗い終わっていた和泉に話しかけてきた。
「あんたらも、鬼さまの占い目当てで来たの? そうは見えないけれど」
「……鬼……さま?」
「そ、鬼さま。その呼び名以外は誰も知らないけど、占ってもらうと願いを叶えてくれたりするって言うじゃん?」
「へぇ? 詳しく教えてくれない?」
実は案外、和泉はモテる方だ。ただし、本人は見たくないあれやこれやでいつもぴりぴりしていて取っつきにくく思われていた。遠巻きに見ている女の子が少なくないのは島井が知っている。
おかげで、こんな時に効力を発揮した。
途中から島井も聞き手に合流し、聞き出した話はこうだ。
この山のどこかに、すごく当たる占い師がいる。
あまりよくない結果が出た時には、思うようにいく呪いもしてくれる。
ただし、いつでも会えるわけではないし、気紛れだ。
このスマホケースに書かれた文様は、その人から恋が叶うように呪いをかけてもらった人が、見せびらかしにネットにアップしたものを元に作られてた。
恋愛の呪いで、願えば叶ったと言う人もいる。
今日も、本人に会いたくてきたのだと言う。
話の終わる頃に混じった木山は、そんなところだ、と頷いていた。
女子チームは、じゃあね~、と呑気そうに手を振って自分のテントへと戻っていく。
和泉は、サコッシュの上から札を押さえ、ひどくなる胸騒ぎに顔を曇らせ、呟いた。
「……鬼……さま……?」
なにをどう話せばいいのか。
三人三様に悩んで迷っていた。
ベッド代わりのソファの上、毛布にくるまって寝ようとしているのだが寝付けない。
小型ランタン風ライトの明かりが中央のテーブルの上でゆらゆら揺れて陰影を作る。
バーベキューで盛り上がっていた時は忘れていられたが、静まりかえったテントの中では、どんどんと思い出されてしまう。
ただ大きいだけの鴉はマシだ。
あの犬っぽいけどまったく犬とは言えない異様な獣……。
「「「あ……あのさっ」」」
毛布にくるまったまま、三人は同時に上半身を起こして口を開いた。
あまりのタイミングの良さに、ぷ、とこれまた同時に噴き出す。
「うむ、発言権をいずみんに譲ろう。知っていることを全て話すがいい」
「なにその偉そうな口の利き方は。ああでも、いずみん……なにか隠してない?」
「隠すってなにをだよ。オレだってわかんねぇことだらけだよ」
お互いに顔を見合わせて、にらめっこ状態だ。
ここはもう、和泉が折れるしかなかった。改めて毛布を巻き付けてソファの上に胡座をかく。
「オレが見えちまうってのと、最近困ってたってのは昼間話したとおりで、別に嘘も誇張もねぇんだけど……なにか原因がわかれば、と思ってた。でも、わかったのは、ここがヤバい場所なんだってことだけだったよ」
肩を落として、顔を手で覆う。
「その、出会ったヤツってのが、札をくれてさ。それでずいぶんと見えるのは減っているんだよ。でも、根本的な解決じゃあねぇ。だから、ここで何があったのか、思い出せたらって来ることにしたんだけど……」
あの時。
好奇心からついていった物の怪。あれは、さっき見た獣の小型版みたいなものではなかったか。
和泉は堅く目を閉じて記憶を辿る。
そう、あの頃はまだ見えていなくて、だからこそ、なんだこれは、という純粋な好奇心で後を追ってしまったのだ。でも、怖くなかったのは、小さかったから……今日見たのが犬ならば、あの時のは大きめのハムスター……小振りのモルモット……そんなイメージが頭をよぎった。
「ならば、さっきのは、いずみんが小さい頃に見たヤツが成長したモノなのでは?」
「だからその呼び方はやめろ……て、でも、ああいうのって育つもんなのか?」
「同じようなのでも、あれ、あの時にいずみんが見たのと、同じヤツなのかなあ?」
島井の言葉に、ふたりは顔を上げた。
「もしかして、だけどね。あの犬っぽいのの家族がいるとか」
「家族……」
さすがになんだかイメージではなくて、いやいやないない、と和泉は首を振った。しかし、違う個体というのはありえそうだ。
そう。今はちっこい酒寄しか呼べなくても、力があれば、オレの方が成長すれば、普通の酒寄を呼べるようになるんじゃ……いや、酒寄というか、式神を……。
ぼんやりとそこまで考えて、ふいに気分が悪くなってきた。
元々あれは式神? ならば誰かが仕掛けている?
急に黙り込んで深刻な表情になった和泉を、島井は心配そうに見つめていたが、寝不足は敵だ、もう寝よう、と木山が音頭を取ったので、ふたりも同意して横になった。
だが、和泉の胸騒ぎが静まることはなかった。
翌朝。
目の下に隈を作っている和泉と、なんだかんだでしっかり寝ていたふたりは、共有の流し台に顔を洗いに行った。大騒ぎしているこどもたち、虫に刺されたと彼氏に理不尽な怒りをぶつける若い女の子、朝から一杯やっていたおにいさんたち。
そんな中に、同じ高校生くらいの女の子たちがいた。向こうも三人連れだ。
いつもだったら、これは天の采配っなどと喜ぶのは島井だったが、今はそんな気分じゃないらしい。目が合って、ども、と会釈する程度だ。
ところが、急に女子に声を掛けた強者がいた。木山だ。
じっと女の子のひとりが手にしているスマホを見つめて、言った。
「ふふ、お主やるな。そのスマホケース、ほのぼの裏動画で話題になっていた例のアイテムではないのか?」
どうやらマニアックなアイテムを目にして、こやつは仲間っと確信したようだ。
声を掛けられた子は、三人の中ではいちばん地味めで、おそらく他のふたりの数合わせで連れられてきたのだろうと思わせた。
「えっ、やだ、そそそそうだけど……私は違いますっ」
慌てて焦った彼女は、他のふたりのところへ走り寄ってなにやら伝えている。違うのか、と木山は興味をなくして顔を洗い出したが、三人の中のリーダー格と見られるひとりが顔を洗い終わっていた和泉に話しかけてきた。
「あんたらも、鬼さまの占い目当てで来たの? そうは見えないけれど」
「……鬼……さま?」
「そ、鬼さま。その呼び名以外は誰も知らないけど、占ってもらうと願いを叶えてくれたりするって言うじゃん?」
「へぇ? 詳しく教えてくれない?」
実は案外、和泉はモテる方だ。ただし、本人は見たくないあれやこれやでいつもぴりぴりしていて取っつきにくく思われていた。遠巻きに見ている女の子が少なくないのは島井が知っている。
おかげで、こんな時に効力を発揮した。
途中から島井も聞き手に合流し、聞き出した話はこうだ。
この山のどこかに、すごく当たる占い師がいる。
あまりよくない結果が出た時には、思うようにいく呪いもしてくれる。
ただし、いつでも会えるわけではないし、気紛れだ。
このスマホケースに書かれた文様は、その人から恋が叶うように呪いをかけてもらった人が、見せびらかしにネットにアップしたものを元に作られてた。
恋愛の呪いで、願えば叶ったと言う人もいる。
今日も、本人に会いたくてきたのだと言う。
話の終わる頃に混じった木山は、そんなところだ、と頷いていた。
女子チームは、じゃあね~、と呑気そうに手を振って自分のテントへと戻っていく。
和泉は、サコッシュの上から札を押さえ、ひどくなる胸騒ぎに顔を曇らせ、呟いた。
「……鬼……さま……?」
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