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第一章
出会い。或いは「出遭い」5
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それは最初、仔猫かなにかの鳴き声かに思われた。
だが、助けてぇ……と、か細くも言葉として聞こえてくると、ふたりは、え?と顔を見合わせ立ち上がった。
「ここ、不審者でも出るのかよ」
「いちばん不審なのは、あたしじゃあないかと思うんですけどねぇ~」
「……ま、そりゃそうか」
急いでスニーカーを突っかけて飛び出そうとする和泉の横を、酒寄はふんわり風のように、素足のまままま通り過ぎていく。スニーカーの紐は結んだまま脱いだり履いたりしているが、それでも踵に手を添えたり、爪先を地面にとんとんさせてみたりと、素足の素早さにはかなわない。
「酒寄ぃ、裸足で出歩いて、部屋にもそのまんまとか、ばっちくねぇ?」
ツッコミながらも急いで酒寄の後を追うが、狭い神社だ、すぐに鳥居まで辿り着いた。
おやおや、と手を口元に当てて鳥居の向こうを見ている酒寄。
「どうした? 外になにが……」
問いかけるがすぐにわかった。
年の頃は小学生、それも低学年のおかっぱ頭の女の子が、真っ青になってぶるぶると傍目に見てわかるほどに震えて脅えている。目には涙が溢れそうに溜まっていて、ゆっくりと後退っていた。その少女の見据えた先には。
「……なんだ、あれ……鬼……?」
下から生えた大きな牙、顔の真ん中にある大きな目、その上からにょっきり突き上げる角、髪はなく、ごつごつした赤黒い地肌が剥き出しになっている。なにも身につけておらず、背丈は和泉よりもずっと高い。そして、ごぉおお、と地鳴りのような呼吸音。
イメージしていた鬼という物の怪そのものであった。
その周りには、数匹の小鬼。横断歩道で和泉を突いていた小鬼に似ていた。
「そうですねぇ、それにしても、大きな鬼ですねぇ~、これは食べきれないかも知れないですぅ~」
「喰うのかよっ」
「だいじょうぶですよぅ、食べきれないようなのは、封印とかいうのでぐるぐるにしてちっちゃくして食べちゃいますから~」
「ほら、やっぱり喰うんだろっ」
気にせず大きな声をだしていたせいで、外の鬼たちもふたりに気付いた。
「た……助けてくださいいいいっ」
「ぅおまえるぁ~なんどぉあ~? じゃまぁするぬぉなら~おまえるぁ~まとめてくぅらうずぉ~」
鬼の声は濁って響いて聞き取りにくかった。邪魔するなら喰っちまうぞ、と言っているような気がした。
酒寄はちゃんと聞き取れていたようで、あはははは~と緩く笑っていた。
「とにかく、あの子を助けないとっ」
「助けるんですかぁ?」
和泉の呼びかけに、きょとんとして目を丸くする。
当たり前だろっと指差した先の少女は、助かるかも知れない安堵からか溜まっていた涙をぽろぽろと零して、懇願の表情でふたりを見つめていた。
白いブラウスにはフリルがついていて、サスペンダー付きの短めプリーツスカートが鬼の呼気に合わせて揺れる。鬼が腕を伸ばせば届きそうな距離にいた。
これはもうダメだ、助けないと。
和泉は拳をぐっと握り込んだ。
自分の膝も笑い出しそうになっている。それを、だんっと力を入れて地面を踏み、黙らせた。
「和泉くん?」
「今、助けられるのは、オレらしかいねぇじゃんっ」
あ、この台詞キマッた、とちょっと思った和泉は、勢いよく走り出した。
鳥居を越えて、外へ。
中から見ていたよりもたくさんの「なにか」が見えたが、気にしてはいられなかった。
「ぅおおおおおおおっ」
雄叫びを上げて、助走を付けてのドロップキックを鬼に繰り出す。
が、その両足は、がっつりと鬼に掴まれてしまったのだ。
それも、片手で。
よく見れば、鬼の身体はアンバランスで、身体に比べて、手足は先に向かってデフォルメされているかのように大きくなっていた。軽く和泉など握れてしまうし、握り潰せもできるだろう。
「う……そだろ?」
掴まれた両足は、鬼の頭上高く掲げられ、目線の位置が自分の背よりも高くなった。
このまま手を離されただけでも、打ち所次第では大怪我だ。
もがいてみるが、掴んでいる鬼の手は黒鉄の足輪でも嵌められているみたいにがっちりしていてびくともしない。
圧倒的な力の差。
ああオレ、そうだ、見えるだけだったんだ。
いきなり今まで以上にいろいろ見えるようになった。
普通ではない事態に慣れつつあった。
酒寄の万能さを目の当たりにして、自分もなんでもできるようになったような勘違いを生んでしまったのかもしれなかった。
ぐぉおおお、と轟音のごとき鬼の吐息が顔に吹き掛かる。
生臭い。
鬼の顔が、目の前にあった。
鬼が、にやりと笑ったように見えた。
だが、助けてぇ……と、か細くも言葉として聞こえてくると、ふたりは、え?と顔を見合わせ立ち上がった。
「ここ、不審者でも出るのかよ」
「いちばん不審なのは、あたしじゃあないかと思うんですけどねぇ~」
「……ま、そりゃそうか」
急いでスニーカーを突っかけて飛び出そうとする和泉の横を、酒寄はふんわり風のように、素足のまままま通り過ぎていく。スニーカーの紐は結んだまま脱いだり履いたりしているが、それでも踵に手を添えたり、爪先を地面にとんとんさせてみたりと、素足の素早さにはかなわない。
「酒寄ぃ、裸足で出歩いて、部屋にもそのまんまとか、ばっちくねぇ?」
ツッコミながらも急いで酒寄の後を追うが、狭い神社だ、すぐに鳥居まで辿り着いた。
おやおや、と手を口元に当てて鳥居の向こうを見ている酒寄。
「どうした? 外になにが……」
問いかけるがすぐにわかった。
年の頃は小学生、それも低学年のおかっぱ頭の女の子が、真っ青になってぶるぶると傍目に見てわかるほどに震えて脅えている。目には涙が溢れそうに溜まっていて、ゆっくりと後退っていた。その少女の見据えた先には。
「……なんだ、あれ……鬼……?」
下から生えた大きな牙、顔の真ん中にある大きな目、その上からにょっきり突き上げる角、髪はなく、ごつごつした赤黒い地肌が剥き出しになっている。なにも身につけておらず、背丈は和泉よりもずっと高い。そして、ごぉおお、と地鳴りのような呼吸音。
イメージしていた鬼という物の怪そのものであった。
その周りには、数匹の小鬼。横断歩道で和泉を突いていた小鬼に似ていた。
「そうですねぇ、それにしても、大きな鬼ですねぇ~、これは食べきれないかも知れないですぅ~」
「喰うのかよっ」
「だいじょうぶですよぅ、食べきれないようなのは、封印とかいうのでぐるぐるにしてちっちゃくして食べちゃいますから~」
「ほら、やっぱり喰うんだろっ」
気にせず大きな声をだしていたせいで、外の鬼たちもふたりに気付いた。
「た……助けてくださいいいいっ」
「ぅおまえるぁ~なんどぉあ~? じゃまぁするぬぉなら~おまえるぁ~まとめてくぅらうずぉ~」
鬼の声は濁って響いて聞き取りにくかった。邪魔するなら喰っちまうぞ、と言っているような気がした。
酒寄はちゃんと聞き取れていたようで、あはははは~と緩く笑っていた。
「とにかく、あの子を助けないとっ」
「助けるんですかぁ?」
和泉の呼びかけに、きょとんとして目を丸くする。
当たり前だろっと指差した先の少女は、助かるかも知れない安堵からか溜まっていた涙をぽろぽろと零して、懇願の表情でふたりを見つめていた。
白いブラウスにはフリルがついていて、サスペンダー付きの短めプリーツスカートが鬼の呼気に合わせて揺れる。鬼が腕を伸ばせば届きそうな距離にいた。
これはもうダメだ、助けないと。
和泉は拳をぐっと握り込んだ。
自分の膝も笑い出しそうになっている。それを、だんっと力を入れて地面を踏み、黙らせた。
「和泉くん?」
「今、助けられるのは、オレらしかいねぇじゃんっ」
あ、この台詞キマッた、とちょっと思った和泉は、勢いよく走り出した。
鳥居を越えて、外へ。
中から見ていたよりもたくさんの「なにか」が見えたが、気にしてはいられなかった。
「ぅおおおおおおおっ」
雄叫びを上げて、助走を付けてのドロップキックを鬼に繰り出す。
が、その両足は、がっつりと鬼に掴まれてしまったのだ。
それも、片手で。
よく見れば、鬼の身体はアンバランスで、身体に比べて、手足は先に向かってデフォルメされているかのように大きくなっていた。軽く和泉など握れてしまうし、握り潰せもできるだろう。
「う……そだろ?」
掴まれた両足は、鬼の頭上高く掲げられ、目線の位置が自分の背よりも高くなった。
このまま手を離されただけでも、打ち所次第では大怪我だ。
もがいてみるが、掴んでいる鬼の手は黒鉄の足輪でも嵌められているみたいにがっちりしていてびくともしない。
圧倒的な力の差。
ああオレ、そうだ、見えるだけだったんだ。
いきなり今まで以上にいろいろ見えるようになった。
普通ではない事態に慣れつつあった。
酒寄の万能さを目の当たりにして、自分もなんでもできるようになったような勘違いを生んでしまったのかもしれなかった。
ぐぉおおお、と轟音のごとき鬼の吐息が顔に吹き掛かる。
生臭い。
鬼の顔が、目の前にあった。
鬼が、にやりと笑ったように見えた。
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