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とあるゲームショップで。
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その日もいつものように営業時間が過ぎた。
「お疲れ様でしたぁ」
ふたりいるアルバイトの学生が順番にタイムカードを押して帰って行く。
その背中を見送りながら、わたしは残りのレジ精算をしていた。
店は子どもや学生の客が多いゲームショップである。
昔ほどの賑わいも売り上げもないが、細々となんとか食いつないでいた。
妻が資産家だったおかけで、趣味の自営業をやらせてもらっているというのが正しいか。
最初はイイ顔をしていなかった妻も、子どもが出来ないかもしれないと医師に言われてからは、子どもが大勢来るゲームショップも悪くはないと思うようになったらしい。
レジ精算が終わると、店内の商品チェック。
子どもたちがあちこち触っていじってそのままの商品を揃え、それから床にモップを掛ける。泥だらけの靴で走り回る子もいるからだ。
「さて。これで今日もおしまい、と」
区切りを付けるように声に出すと、掛けていたエプロンをはずし、バックヤードの椅子に置く。
壁掛けのフックから店舗の鍵を取り、夜間警備のセットボタンを押す。
これを押して二分経つと警備システムが動き出すので、それまでに店から出ないとならない。逆に入ったときは、二分以内に解除しないと通報される仕組みだ。
その時だった。
急に警報が鳴ったのだ。
まだ二分経っていないし、室内にはなにもない。
確認に警備会社から電話があった。
「はい、異常はないんですけどねぇ。はい、はい、どうもお騒がせしました」
たまにネズミだの害虫だのが出て、それでシステムが誤解してしまうコトもたまにあるらしいが、わたしの店でそんなコトは今までになかった。
「珍しいコトもあるのだな」
深く考えるコトもなく、わたしは退店した。
翌日。
店に入り、警備システムを解除してレジカウンターの上を見ると、なにやら紙切れが置いてある。
報告書だった。
「なんだ……?……警備会社さん……?」
見れば、あの後も二回、システムが反応したようだ。
だが、わたしも帰ってしまっていたので、あらかじめの契約に則って合鍵で中に入って確認してくれたそうだ。
その書面には、異常なし、とある。
「どこか、配線とかなにか壊れちまったのかねぇ」
ため息混じりに呟いたその時。
くくくっとイタズラを押し隠すような控えめな笑い声が聞こえたような気がした。
もちろん店内にはまだ誰もいない。
店内のあちこちにある展示用のゲーム機の電源が落ちていなかったのかも知れないな。
一度そう思ってしまったせいで、もうすっかりそれは忘れてしまった。
その日は、なにごともなく店を閉めて家に帰った。
いつも通りの日常が数日は続いた。
ただ、ときどき警備会社からなにか動くモノがあった時のようなアラームが鳴ったので確認をした、という通知が増えた。
警備会社も困っていたが、どうするコトもできない。
あまり考えたくない、悪寒にも似た予感がした。
アルバイトを迎えて、仕事をして、アルバイトを帰して、掃除をして帰る。
毎日が繰り返されていく。
今日は珍しく、警備会社からの報告書がカウンターに置かれていなかった。
「やれやれ……ああそういえば、あのカード、店頭に出すの、忘れていたな」
先日追加注文しておいた商品が届いていたが、アルバイトが休んでいて手が回らなかったのだ。
店内の隅にあるそのシリーズのコーナーへ向かったわたしの足がすくんだ。
「……なんだ、これは……」
いくら忙しくても、店内の掃除をせずに帰ったコトはない。
店の隅、そこの床にあったのは、無数の、泥だらけの足跡だった。
小さな、小学生低学年くらいの子どもの足跡……。
「……なんで、どうして、こんな……」
また、笑い声が聞こえた気がした。
おとうさん───
そう、呼ばれた気もした。
くらり。
床が酷く揺れた、と思ったが、揺れているのはわたしか?
そこで意識が途絶えた。
目が覚めたのは、病室だった。
アルバイトに来たら店長が倒れてて、救急車呼びました、と見舞いに来てくれた時に聞いた。
店は、張り紙しておきましたから、鍵は店長がいつも掛けているところわかっているから、戸締まりは完璧っす、と笑っていた。
床の足跡について、おそるおそる尋ねてみたのだが、そんなモノはなかったと言う。
気のせいか?
錯覚か?
しかしあの声は……。
思考がぐるぐるとし始めたところで、妻が見舞いにやってきた。
「特にどこにも異常はないそうよ。あなた、今まで病気とかしなかったから、あたしも焦っちゃったわ」
「わたし本人の方がびっくりだよ……ん?」
妻が鞄を漁っている。
「どうした?」
尋ねるわたしに、妻はにこにことして取り出したモノを見せた。
「ほら見て。諦めなくてホント良かった……っ」
母子手帳、だった。
ああ。
だから、おとうさんと……。
焦りと恐怖にも似た気持ちが、融けていった。
「お疲れ様でしたぁ」
ふたりいるアルバイトの学生が順番にタイムカードを押して帰って行く。
その背中を見送りながら、わたしは残りのレジ精算をしていた。
店は子どもや学生の客が多いゲームショップである。
昔ほどの賑わいも売り上げもないが、細々となんとか食いつないでいた。
妻が資産家だったおかけで、趣味の自営業をやらせてもらっているというのが正しいか。
最初はイイ顔をしていなかった妻も、子どもが出来ないかもしれないと医師に言われてからは、子どもが大勢来るゲームショップも悪くはないと思うようになったらしい。
レジ精算が終わると、店内の商品チェック。
子どもたちがあちこち触っていじってそのままの商品を揃え、それから床にモップを掛ける。泥だらけの靴で走り回る子もいるからだ。
「さて。これで今日もおしまい、と」
区切りを付けるように声に出すと、掛けていたエプロンをはずし、バックヤードの椅子に置く。
壁掛けのフックから店舗の鍵を取り、夜間警備のセットボタンを押す。
これを押して二分経つと警備システムが動き出すので、それまでに店から出ないとならない。逆に入ったときは、二分以内に解除しないと通報される仕組みだ。
その時だった。
急に警報が鳴ったのだ。
まだ二分経っていないし、室内にはなにもない。
確認に警備会社から電話があった。
「はい、異常はないんですけどねぇ。はい、はい、どうもお騒がせしました」
たまにネズミだの害虫だのが出て、それでシステムが誤解してしまうコトもたまにあるらしいが、わたしの店でそんなコトは今までになかった。
「珍しいコトもあるのだな」
深く考えるコトもなく、わたしは退店した。
翌日。
店に入り、警備システムを解除してレジカウンターの上を見ると、なにやら紙切れが置いてある。
報告書だった。
「なんだ……?……警備会社さん……?」
見れば、あの後も二回、システムが反応したようだ。
だが、わたしも帰ってしまっていたので、あらかじめの契約に則って合鍵で中に入って確認してくれたそうだ。
その書面には、異常なし、とある。
「どこか、配線とかなにか壊れちまったのかねぇ」
ため息混じりに呟いたその時。
くくくっとイタズラを押し隠すような控えめな笑い声が聞こえたような気がした。
もちろん店内にはまだ誰もいない。
店内のあちこちにある展示用のゲーム機の電源が落ちていなかったのかも知れないな。
一度そう思ってしまったせいで、もうすっかりそれは忘れてしまった。
その日は、なにごともなく店を閉めて家に帰った。
いつも通りの日常が数日は続いた。
ただ、ときどき警備会社からなにか動くモノがあった時のようなアラームが鳴ったので確認をした、という通知が増えた。
警備会社も困っていたが、どうするコトもできない。
あまり考えたくない、悪寒にも似た予感がした。
アルバイトを迎えて、仕事をして、アルバイトを帰して、掃除をして帰る。
毎日が繰り返されていく。
今日は珍しく、警備会社からの報告書がカウンターに置かれていなかった。
「やれやれ……ああそういえば、あのカード、店頭に出すの、忘れていたな」
先日追加注文しておいた商品が届いていたが、アルバイトが休んでいて手が回らなかったのだ。
店内の隅にあるそのシリーズのコーナーへ向かったわたしの足がすくんだ。
「……なんだ、これは……」
いくら忙しくても、店内の掃除をせずに帰ったコトはない。
店の隅、そこの床にあったのは、無数の、泥だらけの足跡だった。
小さな、小学生低学年くらいの子どもの足跡……。
「……なんで、どうして、こんな……」
また、笑い声が聞こえた気がした。
おとうさん───
そう、呼ばれた気もした。
くらり。
床が酷く揺れた、と思ったが、揺れているのはわたしか?
そこで意識が途絶えた。
目が覚めたのは、病室だった。
アルバイトに来たら店長が倒れてて、救急車呼びました、と見舞いに来てくれた時に聞いた。
店は、張り紙しておきましたから、鍵は店長がいつも掛けているところわかっているから、戸締まりは完璧っす、と笑っていた。
床の足跡について、おそるおそる尋ねてみたのだが、そんなモノはなかったと言う。
気のせいか?
錯覚か?
しかしあの声は……。
思考がぐるぐるとし始めたところで、妻が見舞いにやってきた。
「特にどこにも異常はないそうよ。あなた、今まで病気とかしなかったから、あたしも焦っちゃったわ」
「わたし本人の方がびっくりだよ……ん?」
妻が鞄を漁っている。
「どうした?」
尋ねるわたしに、妻はにこにことして取り出したモノを見せた。
「ほら見て。諦めなくてホント良かった……っ」
母子手帳、だった。
ああ。
だから、おとうさんと……。
焦りと恐怖にも似た気持ちが、融けていった。
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