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第四章:万世流転編
第二六話「嫁奪り」 その二
しおりを挟むそのとき、〈天照〉の周囲に浮かぶ円盤――神域防衛艦『天翔戦船』の人工知性は、彼らの統括装置であるところの戦術統制機構にいくつもの疑問を投げかけた。
何故、あの艦はこの地を戦場にしようとしているのか。
何故、あの艦は我々の攻撃を悉く防ぐことができるのか。
何故、あの艦は敵前で変形しているのか。
何故、あの艦は我々と敵対しているのか。
端的に言えば、彼らは当初〈天照〉を味方だと判断していた。そう判断するだけの情報があり、〈天照〉が八洲とその神域に敵対する者たちに奪われたのではないかと推測した。
すでに神族のひとりが無力化され、〈天照〉の敵対行動は確定的だ。問題はそれを行っているのがいずれの勢力の者かということだったのだが、〈天照〉が強襲形態へと姿を変えたことで戦術統制機構は混乱をきたした。
あの形態は、直系の八洲皇族が直接許可を行わない限り実行できない。巨大な力を持つあの星船を八洲の神々が実質的に放置していたのは、自分たちの同胞がその力に枷を嵌めているという安心感があったからだ。
より彼らの心理を分かりやすく記すならば――彼らは〈天照〉を自分たちの力と同義に見ていた。
他の神族に較べて力に劣る彼らにとって、神族さえも滅ぼす力を持つ〈天照〉は恐ろしくもあり、同時に頼るべき存在だった。隣国アルトデステニアだけを例に取って見ても、相手が龍族だけならば八洲神群でも互角の戦いになるが、〈皇剣〉を相手にした場合、元々数の少ない第一世代の神族が複数で当たってようやく戦いになる、という程度なのだ。
それに対して〈天照〉は〈皇剣〉と真正面から戦うことができる――と少なくとも八洲の神々は認識していた。それが事実とは異なる認識だったとしても、彼らはそう信じていた。
惑星史上初となったこの『神域上空海戦』において口火を切ったのは、〈天照〉の主砲である超重粒子衝撃砲だ。
前部にある合計二〇基の砲塔がそれぞれの目標に向けて鎌首をもたげると、発射時の砲弾同士の干渉を避けるため、僅かに時間をずらして青白い激光が放たれる。
神域に満ちる源素と反応し、稲光を纏いながら突き進む光条に『天翔戦船』が回避行動を取る。彼らは自分たちに向けて放たれたものが、自分たちの艦体に損傷を与えるに十分な威力を持っていることを知っていた。
重粒子衝撃砲は本来ならば惑星上で発射するようなものではない。かつて〈皇剣〉と戦ったときでさえも、戦場にいる味方兵士を守るために使用されなかった。
そのときの〈天照〉の主砲といえば、惑星上で戦闘行動を行うために搭載されている電磁投射砲形態だった。なお、この複数種の砲弾を放つ機構が分析、再現され、現在の重戦艦に搭載される魔導・実体弾方式の基礎技術となっている。
しかし、神域であれば重粒子衝撃砲を放つことはできる。ここは僅かではあるが惑星上とは異なる物理法則を持っているからだ。何より源素の存在が危険物質の拡散を許さない。
そういった意味では、八洲神群は〈天照〉の本来の力を敵として目の当たりにする最初の存在なのかもしれない。
莫大な熱量が空気を焼き、光が森を照らし、衝撃波が木々を吹き飛ばしていく光景を、八洲の神々たちは千里眼と呼ばれる神の技で見詰めていた。
『どういうことだ!? カシマたちは一体何をしているのだ!?』
『血の同胞が何故我らに攻撃を仕掛けるのだ? 貴様ら、何を隠している!』
『総ての戦船を出せ! 建造中のものもだ! 浮いていられるなら盾ぐらいにはなる!』
八洲神群の混乱ぶりはいっそ滑稽なほどだった。
彼らは数が多い。それこそ数万、数十万と言われるほど存在している。それ故に世代を重ねるごとに力が弱まっていき、神域防衛のために『天翔戦船』などというカラクリを運用するまでになった。
そうした意味では、彼ら八洲神群はもっとも現界の民に近い感性を持つ神族と言える。だからこそ、滅びを座して待つことができなかったのかもしれない。
『瑠子姉様を龍国から拐かしただと!?』
今回の騒動の原因となったカシマたちの行動を知っているのは、八洲神群の中でもごく一部だった。
力があり、直接瑠子を知る第一世代や第二世代の神は神域の中にある自分の領域に籠もっていることが多く、カシマたちも積極的に志を同じくする者たちを集めなかったからだ。
そして瑠子を知る者たちはこの時点で真っ青になった。
彼らは父や母、或いは兄や姉から皇国が皇国と呼ばれる遥か以前のことを聞かされている。すなわち、自分たちの一族が大陸から追い遣られ、この八洲の地に根を下ろした理由だ。
『我らは融合世代のあとに作られた惑星環境を保全する管理人に過ぎないのだぞ! 龍国の連中のような融合世代の汎環境戦闘生体兵器群の末裔や、環境再構成機構管理体と同列でものを考えるな!!』
第一世代――瑠子の弟に当たるアキハが己の領域から飛び出し、動揺する神群を怒鳴りつける。彼は多くの信仰を集めている反面、それに答えるためにほとんど自分の領域に引き籠もっているとされる神だ。
だが実際は姉である瑠子が封じられた理由を知り、姉の無念を思って自ら謹慎していたのである。
『あの愚弟! どこだ!? 父に代わって俺が打っ潰してやるぁあああああああああああああっ!!』
神具である炎を纏った巨大な槌を揮い、神域の空に飛び出したアキハ。
ときを同じくして八洲神域の各地で似たような騒動が起き、〈天照〉突入に端を発した戦いは早くも混乱の様相を見せ始めていた。
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