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第四章:万世流転編
第二二話「回生の星船」 その三
しおりを挟む〈天照〉の機能に関して、八洲の人々はその全容さえ掴んでいなかった。
艦内には常に研究者が入り、少しずつその機能を解き明かしているというのが現実だ。この艦が八洲という国家の根幹を支える武力であり、迂闊にその力を削ぐような真似はできないのだから、仕方のないことかもしれない。
「次元間航行、ですか?」
自らの言葉に目を丸くする技師長に、正周は鷹揚に頷いた。
技術神官たちを束ねる彼は比較的正周に近しい存在とされているが、このような形で修復命令を受けたことはなかった。
「敢えて申し上げますが、かなり危険な賭けになるかと……」
「分かっている。この〈天照〉を手にして以来、慎重に慎重を重ねて機能を修復してきた。だが、ここで行動せねばこの艦は墜ちる」
「お、墜ちる……!?」
技師長の顔が一気に青ざめる。
正周は老境に差し掛かっている技師長にあまり負担を掛けたくないと思っていたが、彼にだけはしっかりと現実を教えておかなければならないと考えていた。
「爺よ、この艦は現在どの程度まで修復を終えている?」
「は、はい、航行機能としては惑星重力圏を脱する程度、武装面では主砲の五割出力での発射が可能になっております」
記録が残っているだけでも二八〇〇年。それだけの時間を掛けてようやくここまで修復したのだ。最初の千年は調査のみでほとんど機能を回復させられなかったとはいえ、技術神官たちは気が遠くなるほどの世代を重ねて〈天照〉を世界最強の艦の座に押し上げた。
それでもなお、この艦はまだ全盛期の半分も力を発揮することができない。
彼らは知らないが、〈天照〉はこの惑星に落下した際、敵に鹵獲されて使用されることがないよう基幹演算機構を破壊されていた。本来なら乗員の手で艦体そのものも破壊する予定だったのだが、落下の衝撃で乗員のほぼ総てが死亡し、残る者たちも過酷な環境に耐えられずに息絶えてしまった。
〈天照〉が惑星に落下した頃は、惑星はまだ今ほど環境が安定しておらず、四界の力が直接吹き荒れ、あらゆる物理的法則が乱れに乱れていた。
そのため艦そのものも地中へと埋没することになり、この地にやって来た八洲の神々によって発見、修復されることになった。
過酷な環境に耐えられたのは、この艦がもともと次元の壁を越え、その狭間の空間を航行する機能を持っていたからだと考えられている。だが、それを確かめる術はない。
「では、現在修復されている機能で我が義弟と戦い、勝利できるか?」
「――難しいかと思います。破壊力という点では決して劣るものではないでしょうが、相性があまりにも悪い。人と同じ大きさの〈天照〉と戦うようなものです」
破壊力が同じであれば、それを先に相手に叩き込める方が勝つ。
また、回復力という点では〈天照〉は〈皇剣〉に全く敵わない。自動修復機能も僅かずつ復旧しているが、艦体が大きく損壊した場合、これを修復するだけの機能はまだなかった。
同時に、今後それほどの機能が得られるかどうかも分からない。
今の八洲に、大規模な損傷を負った〈天照〉を直す技術は存在しないのである。
「その……帝弟陛下は本当に我々とことを構えるおつもりなのでしょうか? 他国との関係を考えれば、いたずらに周辺国との関係を悪化させるとは思えないのですが……」
「あれは頭が良い。損得勘定はしっかりとできる。だが、あれも王なのだ。王は自分の懐に手を入れてきた掏摸を許してはならない。それがどれほど取るに足らぬ小銭であろうとも、その掏摸を叩き伏せて腕か首を落とさなければならない」
「――――」
技師長がごくりと生唾を飲む。
彼は優れた技術者だ。蓄えた知識は膨大であり、それを用いる見識もある。また技師長という立場になるだけの政治的判断力も兼ね備えていた。
だからこそ、正周の言葉の意味が良く理解できた。
「我らは今回、義弟の懐に手を入れてしまった。入れてしまっただけならまだしも、実際にそこから銭を抜き取ってしまった」
その銭がかつて誰のものであったかは問題ではない。
誰が誰の懐から抜き取ったかが問題なのである。
「龍の中には神域に入り込むだけの力を持つ者もいる。神域は我々の領土ではない故、もしも義弟たちが我々に無断でこちらの神域に侵入したとしても、何ら罪には問えないだろう。しかし、あれらは我に協力を求めてきた」
それはレクティファールなりの妥協であったかもしれない。
正周は義弟について、かなり正確にその本質を見抜いていた。
殴りかかられたら討ち滅ぼす。殴り返すなどという甘えたことはしない。同じだけの力で反撃するなどという愚かな真似もしない。
ただ、二度と同じ相手から殴られないよう徹底して攻撃するのだ。
「帝国を見ろ。皇国が仕掛けた工作で国が虫食い穴だらけだ。義弟たちは武力で殴り返すなどという優しい真似はしないのだ」
正周にはそれがひどく羨ましい。
おそらく国の興り、そしてそこで暮らす民たちの習慣がそうさせたのだろう。
皇国は本質的に攻撃的だ。そしてそれを周囲に悟らせず、また様々な攻撃方法を研究し続けている。
「我の先祖が散々に討ち減らされたのも、無理からぬこと。彼らにとって縄張りや群れは如何なる障害を乗り越えてでも守り抜くもの故な」
「神殺し、再びそのような事態になるとお考えですか?」
八洲の神々が少しずつ力を失っていったこととは反対に、神殺し――龍たちはその力を今も高め続けている。
実際に神群と戦い、生き残った龍族は未だ存命であり、その力はより強くなっていることはあっても衰えていることはありえない。さらに世代を重ねて龍族そのものの数も増えている。
確かに新たな世代の龍族はそれほど脅威ではないかもしれない。しかし、衰えた八洲の神々にとってはそんな若い龍族ですら脅威になる。
「再び彼らと、神と龍として戦うことだけは避けなければならない。それに較べれば、国同士の戦いの方がまだ救いがある」
国同士の戦争なら、少なくとも国土が海に沈んだり、次元の彼方に飛ばされることはないからだ。
「これは身内の不始末を糺すためでもある。〈座〉の神々を敬う気持ちに変わりはないが、それを諫めることもできないのはただの惰弱。責任の放棄だ」
正周は多くを望んでいる訳ではない。
ただ自分の手の届く範囲が栄え、それが続いていけばいいと思っている。
だからこそ、それを妨げるものは身内であればあるほど許すことはできないし、許してはならない。
「されど、この艦を失う可能性は否定できません」
「使えぬ道具は失われたも同じことだ。この艦が我らの剣であり盾であることを我ら自身が忘却するならば、それは戦いの中で沈むよりも惨いことだろう」
戦船は戦いのための船である。
しかしその戦いはその国とそれらを形作るものを守るためのものであり、ただ砲火を交えるだけが戦いではない。
様々な形で守り支えることも、戦いなのだ。
「この国に危機が迫っていることに変わりはない。ならば、〈天照〉は戦わなければならない。それがこの艦の役目なのだ」
〈天照〉はかつての世界でもこの世界でも、多くの人々の希望を集める存在だ。
ならば、それを裏切ることはできない。
「爺、最悪片道でも構わん。ことが終われば義弟に頭を下げてこの世界に送り返してもらうとしよう」
「は……」
〈皇剣〉ならば、一度それを学んでしまえば何度でも同じことができる。
巨大な艦を制御して次元の壁を越えることも可能だろう。
「それに、な」
正周は背もたれに身体を預け、大きく身を逸らしながら言った。
「男なら一度くらい、兄弟と組んで喧嘩するのも悪くはない」
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