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4話 再会
しおりを挟むザブンと川に飛び込むと、水の冷たさに鳥肌が立つ。季節は秋なので、当然だ。
(っ……結構深い……それに、流れも早い……)
玲奈の身長は日本の平均より少し高めの162cm位。水面は玲奈の胸元辺りだ。
「っ……後少し頑張って!!!絶対に助けるからね!!!!」
女の子は流されながら、声を上げずに静かに沈んでは、浮かび上がりを繰り返して、時折バシャバシャと藻掻いている。
(………っ、大丈夫。追いつける!!!)
ザバザバと水をかき分けるようにして、川の中を走る。流れに押される形になって、思ったよりも早く女の子に手が届きそうだ。
「しっかりして!!!!ほら!!!手を掴んで!!!!」
声をかけて、手を伸ばすと女の子も必死に玲奈に手を伸ばしている。
「届いた!!!!そのまま、手を離さないで!!!!っ……あ!!!駄目っ!!!暴れちゃっ……、きゃあぁっ!!!落ち着いて………!!!くっ……」
女の子の体を引き寄せて、ホッとしたのも束の間。女の子は凄い力で玲奈の体にしがみついて、上へよじ登ろうとしている。溺れる恐怖で、頭の中がパニック状態なのだろう。
「駄目っ!!!大丈夫だから、落ち着いて!!!あっ……がぼっ!!!げほっ!!ま、まって………ぁ………」
落ち着かせようと、必死に声をかけるが、全く聞こえていない様子で、女の子は玲奈の頭にしがみつく。上から抑えられる形で玲奈の顔は水面へと沈んだ。その拍子に水が肺に流れ込み、衝撃で玲奈は流れに足を取られた。一度体勢を崩すと、上手く立ち上がれない。ごぼりと口から、空気が抜けていく。
(うぅっ!!!苦しっ!!!……息が………。駄目っ……、水面に、出られない!!!!っ……このままじゃ、二人共、…………ううん)
『そなたが飛び込めば、あの娘の代わりに死ぬ事になるやも、知れんぞ』
一寸の言葉が脳裏に過ぎる。
(一寸さんは、こうなるって分かってて、私を止めたんだね。それなら……あと数分頑張れば、この子は助かる……)
数分後には助けが来ると、一寸は言っていた。二人で流されながらも、幸いな事に女の子は玲奈の体によじ登り、なんとか溺れる事は免れている。後少し、玲奈が意識を保って、女の子の体を下から支え続けていれば、きっと女の子は助かる。
『人の為に、自らの命を捨てるのか。………大馬鹿者が』
(……………ごめんなさい。一寸さん。でも、違うんです。人の為なんかじゃなくて、私は………)
ごぼごぼと最後の酸素も玲奈の肺から、溢れていく。意識を保つのも、もう限界に近い。視界が白くなる中、見えたのは――――
冷たい瞳でこちらを見る、家族の姿だった。
『…………アンタは死んだものだと思うからね。……家に娘は最初から居なかった』
『………………バイバイ。姉貴』
(引っ越しの日だ。これって走馬灯?…………あはは、本当に私、これで死ねるよ。お母さん……。隼人。……………さよなら)
「………玲奈」
(……………一寸さん?まさかね。だって名前なんて呼ばれた事、無いもん……え?)
耳元でクリアに一寸の声が聞こえたと思った瞬間。体が勢い良く水上へと引き上げられた。
「?!っ……はあっ!!!げほっ!!!げぇぇ……!!!はっ!!!げほっ!!!」
大きく息を吸い込むが、器官や肺に水が入って、苦しくてゲホゲホと咳き込む。吐き気すら催して、目の前がチカチカと白く点滅して、今、何が起きたのか、周囲の状況を把握する余裕は今の玲奈には無かった。
「はぁっはあっ!!!はあっ!!!!ゲホっ!!!かはっ……は………」
必死に空気を取り込み、吐き気を堪えて、咳をする。涙と鼻水で顔は、ぐちゃぐちゃだ。
「おー!!!!凄い!!!!一人で、二人も助けたぞ、あの人!!!」
「良かったわぁ!!!」
突如、わあっと言う歓声と、パチパチと言う拍手の音が玲奈の鼓膜を震わせた。いつの間にか、人が集まっている。野次馬だろう。
(なに……、私も、助かった?……助けが、来たの?女の子は?!)
瞬間ハッとした。玲奈の体からは、人、一人分の重さが消えていた。そして、今、玲奈の体は何者かの肩に担がれて、ゆらゆらと揺れている。
(あ……良かった。女の子も無事……)
顔をあげると、すぐ横に女の子の顔が有った。玲奈とは反対の肩に担がれているみたいだ。女の子の顔も涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。スンスンと鼻を鳴らして泣いている。
(良かった………無事で、……)
それを見て、玲奈は漸く落ち着きを取り戻して、今自身が、置かれた状況を考える余裕が出て来た。
(…………一寸さんが言ってた、助けが間に合ったって、事だよね。………はあ……。それにしても、大きい人だなぁ……。とりあえず今は、大人しくしておかないと、迷惑だよね。……でも、…この体勢、結構お腹苦しいなぁ………)
ザブザブと揺れる水面が、結構下に見える。玲奈は助けてくれた人の肩に逆向けに担がれているので、どんな人なのか、はっきりとは分からないが背が高くてガッチリしている男性だと言う事だけは分かる。190cmくらいは有りそうだ。
(…………一寸さんは、私に呆れてるかなぁ)
川岸に着き、玲奈を背負っている男が、ゆっくりとその場にしゃがむ。玲奈の足は、やっと地面に触れた。
(………戻って来ちゃった)
「あ、あの……え……」
振り向きお礼を言おうとして、玲奈はフリーズした。そこには見慣れた黒いもふもふした毛束が有った。
「この、…………大馬鹿者が」
そして苦々しい顔の一寸が、玲奈を横目で見ていた。その背丈は、到底『一寸』とは言えなかったが。
◇◇◇◇◇◇
玲奈がポカンとして居ると、大きな一寸は、女の子を地面に優しく下ろして立ち上がり、玲奈を無言で見下ろしている。
「い、一寸さん?」
「……………他に誰に見える」
(え?嘘……?凄く大っきくなってる……。え?打ち出の小槌とか使ったの?……て言うか、…………………うわ、うわぁ、……一寸さんの癖にイケメンだぁ。って、今は、そんな場合じゃ無いし!!!!)
混乱の余り、そんな場違いな事を考えてしまってから、玲奈はハッとした。
「あ、………大丈夫?」
傍らで座り込む女の子に声を掛けると、女の子は俯いて震えている。
「後は、放っておけ。時期に来る」
頭上から一寸の声がする。
「来るって、何がですか?」
見上げて、尋ねると、一寸からの返事が返ってくる前に、大声が響いた。
「姫子!!!!!姫っ!!!」
声の方へ視線を向けると、一人の青年が野次馬をかき分けて、こちらに走って来る所だった。
「あ……。保護者の人かな?……………え、嘘。………あの人って……」
良かった。後は任せよう。そう思って、胸を撫で下ろしたが、近付いて来た男の顔を見て、玲奈の心臓は、嫌な音を立てた。
「………聡太くん」
ポツリと呟く玲奈を、一寸は、ただ静かに見下ろしていた。
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