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第35話 天草椛
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これは記憶の物語。
ある女性が生きた証であり、その道程であり、そして、これから起こる未来の悲劇の物語。
その女性は、母と二人、山奥で育った。
「ママ、あのね。ママに、大事な話があるの」
女性の名は天草椛。
藍色のワンピースの上に白い服、腕にはアームレット、ひじから先にワンピースと同色の指ぬきアームカバー。
羽織るファーコートは純白で、切れ長の瞳には深い漆黒が輝いている。
「あらあら、椛ちゃん、どうしたの?」
「あのね、目、閉じてくれる?」
「うふふ、いいわよ」
年のころは18ほど。
程よく肉が付きながらも無駄のない、170センチほどの体躯。
日本人として恵体である彼女だが、彼女の母はそれより大きかった。
背伸びをして、その手を母の頭に伸ばす。
「も、もういいよ?」
「あら? 椛ちゃん。これってもしかして」
「うん……花冠……初めてだったし、ちょっとつたないところもあるけど」
椛は人差し指と人差し指をくっつけて、視線をそらしてまごついた。
口を開いたり、閉じたりして、言葉を選んでいる。
「あのね……いつも、ありがとう」
「椛ちゃん……」
椛の母は、椛の頭に手をポンと乗せ、優しく頭を撫でた。
「んっ」
椛が小さく声をこぼす。
「ママの方こそ、ありがとうね」
「……うんっ」
母は、椛に向かって微笑みかけた。
その優しい笑みを浮かべる彼女の頭部は。
――カモシカの頭蓋骨でできていた。
*
『ぱんどら☆ばーすと』において、ひときわ異彩を放つヒロインがいる。
姓は天草、名前は椛。
彼女は、『呪い』に育てられた女性だった。
通常、『呪い』は人の子を育てない。
『呪い』は害意であり、悪意であり、殺意である。
人と見れば女子供の区別なく、襲い掛かるのが常である。
だが、どういうわけか。
彼女は呪いに育てられることになる。
そうだな。
まず、彼女の生まれについて述べようか。
「クズ男とクズ女が堕胎し損ねて生まれた子」
これは、作中で彼女が自身を卑下するときに用いた言葉である。
男はDV、女はネグレクト。
彼女は物心がつく前に、愛を知る前に、熊野古道に捨てられた。
知らない山に、独りぼっち。
寂しさ、飢え、渇き。
散漫とする思考で歩く少女は、足を滑らせ、枯葉だらけの斜面を転がり落ちた。
痛み。
見れば腕に木の枝が突き刺さっている。
足首がおかしな方向を向いている。
「あ……あ……っ!」
声にならない声で、彼女は泣いていた。
幼いながらに、彼女は感情を理解する。
どす黒い気持ちの輪郭をとらえる。
そして、それは。
一つの呪いを生み出した。
「あらあら、どうしたの?」
その呪いは、おおよそ人の形をしていた。
だが、首から上がなかった。
理由は単純明快だ。
――両親に見捨てられたショックで、顔を思い出せなかったからだ。
呪いは人のイメージから生まれる。
だが、幼い彼女にあったのは、「こんなお母さんがいてくれたらよかったのにな」という漠然とした思いだけ。
そしてそこに、具体的な顔はなく、結果として、『顔の無い母親』という異形が産み落とされることになる。
『顔の無い母親』は、最初、椛を食べようとした。
飢えから生まれた彼女もまた飢えていたからだ。
「マ、マ」
だが、そんな気はすぐに消え失せた。
異形に宿った、人情。
「……椛、ちゃん」
それを人は、母性と呼ぶ。
「わたしの、かわいい愛娘」
『呪い』は少女から生まれ、
少女は『顔の無い母親』を生み落とした。
かくして。
一人の少女と一体の異形は、深い山奥で人知れず生きていくことになる。
ある女性が生きた証であり、その道程であり、そして、これから起こる未来の悲劇の物語。
その女性は、母と二人、山奥で育った。
「ママ、あのね。ママに、大事な話があるの」
女性の名は天草椛。
藍色のワンピースの上に白い服、腕にはアームレット、ひじから先にワンピースと同色の指ぬきアームカバー。
羽織るファーコートは純白で、切れ長の瞳には深い漆黒が輝いている。
「あらあら、椛ちゃん、どうしたの?」
「あのね、目、閉じてくれる?」
「うふふ、いいわよ」
年のころは18ほど。
程よく肉が付きながらも無駄のない、170センチほどの体躯。
日本人として恵体である彼女だが、彼女の母はそれより大きかった。
背伸びをして、その手を母の頭に伸ばす。
「も、もういいよ?」
「あら? 椛ちゃん。これってもしかして」
「うん……花冠……初めてだったし、ちょっとつたないところもあるけど」
椛は人差し指と人差し指をくっつけて、視線をそらしてまごついた。
口を開いたり、閉じたりして、言葉を選んでいる。
「あのね……いつも、ありがとう」
「椛ちゃん……」
椛の母は、椛の頭に手をポンと乗せ、優しく頭を撫でた。
「んっ」
椛が小さく声をこぼす。
「ママの方こそ、ありがとうね」
「……うんっ」
母は、椛に向かって微笑みかけた。
その優しい笑みを浮かべる彼女の頭部は。
――カモシカの頭蓋骨でできていた。
*
『ぱんどら☆ばーすと』において、ひときわ異彩を放つヒロインがいる。
姓は天草、名前は椛。
彼女は、『呪い』に育てられた女性だった。
通常、『呪い』は人の子を育てない。
『呪い』は害意であり、悪意であり、殺意である。
人と見れば女子供の区別なく、襲い掛かるのが常である。
だが、どういうわけか。
彼女は呪いに育てられることになる。
そうだな。
まず、彼女の生まれについて述べようか。
「クズ男とクズ女が堕胎し損ねて生まれた子」
これは、作中で彼女が自身を卑下するときに用いた言葉である。
男はDV、女はネグレクト。
彼女は物心がつく前に、愛を知る前に、熊野古道に捨てられた。
知らない山に、独りぼっち。
寂しさ、飢え、渇き。
散漫とする思考で歩く少女は、足を滑らせ、枯葉だらけの斜面を転がり落ちた。
痛み。
見れば腕に木の枝が突き刺さっている。
足首がおかしな方向を向いている。
「あ……あ……っ!」
声にならない声で、彼女は泣いていた。
幼いながらに、彼女は感情を理解する。
どす黒い気持ちの輪郭をとらえる。
そして、それは。
一つの呪いを生み出した。
「あらあら、どうしたの?」
その呪いは、おおよそ人の形をしていた。
だが、首から上がなかった。
理由は単純明快だ。
――両親に見捨てられたショックで、顔を思い出せなかったからだ。
呪いは人のイメージから生まれる。
だが、幼い彼女にあったのは、「こんなお母さんがいてくれたらよかったのにな」という漠然とした思いだけ。
そしてそこに、具体的な顔はなく、結果として、『顔の無い母親』という異形が産み落とされることになる。
『顔の無い母親』は、最初、椛を食べようとした。
飢えから生まれた彼女もまた飢えていたからだ。
「マ、マ」
だが、そんな気はすぐに消え失せた。
異形に宿った、人情。
「……椛、ちゃん」
それを人は、母性と呼ぶ。
「わたしの、かわいい愛娘」
『呪い』は少女から生まれ、
少女は『顔の無い母親』を生み落とした。
かくして。
一人の少女と一体の異形は、深い山奥で人知れず生きていくことになる。
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