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第29話 八足の髑髏痕

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「んん? 待ってくれ。『凱旋門』が何かはわかるよな?」
「はい。シャンゼリゼ通りにある建造物ですよね。軍事的勝利を祝うために用意された大きな門です」
「んんん!?」

 それはただの凱旋門だ。
 柩使いの組織『凱旋門』じゃない。

「……まさか、この時点ではまだ『凱旋門』に所属していないのか?」
「この時点? 楪灰さん、先ほどからいったい何の話をしていらっしゃるのですか?」
「あかるいみらいの話」

 原作開始時には、メアリは『凱旋門』のトップに君臨していた。いくら原作開始まで時間があるといっても、とっくに組織に所属しているものかと思ったんだが。

「いや待て。だとしたらオレを訪ねてどうするつもりだったんだ。柩のことはどこで知った」

 筋が通らないじゃないか。
 『凱旋門』に所属している。
 その前提がなければ矛盾が生じる。

「先に柩について答えましょう。理由は、私の祖父が、舶来品の超常の柩パンドラを持っていたからです」
「舶来品って……それ『岩戸』からは疎まれたんじゃ」
「なるほど。数年前我が家に強盗に入った組織は『岩戸』と申すのですね」
「……マジで何も知らなかったのか」

 そして『岩戸』はしれっと強盗してるのな。
 まあ、取られたものを取り返しただけだし、超常の柩パンドラの危険度を考えれば妥当な行動ではあるんだけど。

「そして、楪灰さんを訪ねてどうするつもりだったのかについてですが……ここでは場所が悪いですね」

 メアリが周囲をきょろきょろと見まわして呟いた。

「人がいるとまずいのか?」
「そうなります」

 まあ、呪い関係なら秘密にしたいこともあるだろうな。

「なら、どこか場所を移して――」
「わたくしの家に、いらっしゃいませんか?」
「――は?」

 メアリが人差し指を口に当て、微笑む。

「誰にも、秘密ですよ?」



 どうしてオレは、年頃の女の子の家に上がり込んでいるんだ?
 牌羽メアリが人目のつかない場所を選んだからだ。

 オーケー。
 論理的思考回路はしっかり稼働しているな。
 よし、次の問題だ。

(なんで牌羽は脱ぎ始めたんだ!?)

 わからん!
 まったくわからん!!
 いったい何がどうなってるんだ!!

「……ぁ?」

 ふわり。
 メアリが首から上を右左と振ると、彼女の銀色の髪が慣性に従って横になびいた。長い髪が隠していた首から腰に掛けての背骨のライン。
 そこに、うごめく影があった。

「……これが、わたくしが楪灰さんを訪ねた理由ですわ」
「なんだ、これ……呪いか? いや、呪いの気配は」
「……やはり、楪灰さんにもわかりませんか」

 それは、一言でいえばドクロだった。
 中心に大きな頭蓋骨のような黒い影があり、そこから左右に四対の骨が伸びていて、それが足のように気味悪く動いている。

「鑑定スキル持ちや、祓魔師エクソシストにも診ていただいたんです。しかし、だれも、何もわからなかった」

 メアリが再び衣服を身にまとった。
 ……こんなおぞましいものを背負っているなんて、ゲームでは一言も言及されなかったじゃないか。

「ただ、原因はおそらく、祖父が買ってきた黒い柩なんですよ。幼かった私は、訳も分からずふたを開けてしまい、そこから飛び出した厄災に身をむしばまれたのです」

 ……そこで、柩がかかわってくるのか。
 おい『岩戸』。
 奪還するころには手遅れになってんじゃねえか。

「それで、日本に帰った菓子職人さんから、黒い柩を使う少年を見たという話を聞きつけ、楪灰さんのことを調べていただいて、同じ学校に転入したのです」
「オレの名前を知ってたのはそういうことか」
「いえ。それは今朝、登校中にすれ違った際に覚えました」
「……あ」

 思い出した。
 そういえば朝、メアリっぽい子とすれ違った。
 そのときちなつがオレのこと想矢って呼んでた。

「なんだ! そういうことか! あっはっは、あー、おかし」
「ゆ、楪灰さん?」

 『凱旋門』とかモルモットとか、全部オレの深読みだったわけか。

「うし、わかった。メアリのその背中、オレが必ずもとに戻してみせるよ」
「……そのようなことが、可能なのですか?」
「ああ」

 断言できるだけの手札なんてない。
 だけど、弱音なんて絶対にはかない。

「だってオレ、世界最強のモブキャラだから」

 原作をぶち壊す。
 ただその一点のために、オレはここにいる。

「行くぜ、【アドミニストレータ】。もっかい洗い直しだ」

 モノクロに染まる世界で、オレは決意を改めた。
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