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第19話 紅映イベント
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長い夜が、明けていく。
朝焼けの香りで神宮の樹海が満たされていく。
(オレにできる精いっぱいは尽くせたかな)
紅映が悲しむ過去もなく、ちなつに訪れる悲劇も、無かったんだ。
考えうる最高の結果だ。
また、胸を張って彼女たちに顔を出せる。
「そうだ、想矢くん。連絡先を教えてもらってもいいかな?」
「あー。オレ、スマホ持ってないんですよ」
「そうか……。ふむ、だったら、次の土曜日に時間は作れるかい?」
土曜日?
特に用事はないけれど。
「呪いですか?」
碧羽さんなら大体の呪いは単騎で打ち滅ぼせそうだけれど、そんな彼がオレに頼まないと危ないと考えるほどの脅威なんだろうか。
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただまぁ、大事な話って言えば大事な話だし、土曜が無理なら別の日でもいいから会えないかな?」
「オレは大丈夫です」
「よかった。それじゃあ、9時に駅に」
呪いじゃないけど、大事な話。
いったい何だろう?
*
そうして、土曜日を迎えた。
5分前行動の5分前行動に5分の予備を加えた15分前行動。8時45分に駅に着くと、碧羽さんはすでについていた。
「やあ想矢くん」
「碧羽さん! 早いですね」
「はは、道に迷っていると思ったかい?」
そういえば碧羽さんは方向音痴だったっけか。
いま言われるまで忘れてたよ。
「さあ、紅映。想矢くんだよ」
「紅映さんもいらっしゃったんですね。二度目まして」
「ふんっ」
「あ、あれ?」
紅映さんに挨拶をすると、そっぽを向かれてしまった。
嫌われた? どうして?
「すまないね、想矢くん。紅映は恥ずかしがり屋さんなんだ」
「ちょっと! 変なこと吹き込まないでよ! あんたも勘違いしないでよね。ちょっとお兄ちゃんに認められたからって調子に乗らないでよね!」
「あー」
なるほど。だいたいわかった。
(ジェラシーか)
原作の世界線において、兄の遺品を手放すことと巨大組織と敵対することを秤にかけて、遺品を守り抜くと決めて貫き通した彼女だ。いわゆるブラザーコンプレックスなんだろう。
(碧羽さんがオレの話題を口にするのがつまらないってところかな)
これで碧羽さんがオレのことをまったく話題にあげていなかったら自意識過剰もいいところだけど、会ってない数日でこうも態度が変わるのはそういうことだと思いたい。
じゃないと悲しい。
いや、知らないところで好感度が下がってるだけで悲しくなるんだけどさ。
「えと、そうだ。碧羽さん、駅に集合したってことはこれからどこかに移動するってことですか?」
「うん。もっとも、公共交通機関を使うわけじゃないけれどね」
「はい? ってそれ!」
碧羽さんは物陰に移動すると、懐から黒色の筐体を取り出した。超常の柩だ。
「ふふっ、みんなにはナイショだよ?」
碧羽さんは箱を開くと呪いをまとった。
この翼は……ハヤブサか?
「ちょ」
猛禽類のあしゆびのような形をした手甲でオレと紅映さんをそれぞれ抱きかかえ、碧羽さんは空へと飛び立った。
「公衆の面前で何してるんですかぁ⁉」
「大丈夫。鳥人間コンテストってあるだろう?」
「その番組ちゃんと見てきてください!!」
別に鳥人(超人)になるわけじゃねーから。
翼の生えた人間を見て「鳥人間だー」ってなる人なんていないから!
まだ「イカロスだー」って人のほうがいるから!
*
「さ、ついたよ」
結局最後まで飛び続けやがった。
色々とぶっ飛んでるな。
もうどうにでもなーれ。
「ここは……ゲームセンター?」
「うん、紅映と約束したんだ。この前の戦いから帰ってきたらゲームセンターに連れて行ってあげるって」
「私はお兄ちゃんと二人で来たかったのに……」
「うぐっ」
言葉のナイフがオレの心を切り裂く。
だ、大丈夫だ。
オレの心はスポンジだ。
いくら叩かれたって元の形に戻る……ナイフで切られたら豆腐と同じじゃね?
やばいじゃん、悟っちゃったよ。
「おっと、すまない。電話だ」
碧羽さんは懐からスマホを取り出すと、数歩離れて着信に応答したようだった。「うん」だの「どうしてもかい」だの、時折相槌を打っている。
少しして、碧羽さんは戻ってきた。
「すまない。急に本部から呼び出しがかかってまた戻らなくちゃいけなくなった」
「お兄ちゃん⁉ ゲームセンターは⁉」
「大丈夫。想矢くんがいるだろう?」
「こいつと一緒に回れって言うの⁉」
碧羽さんはにっこりとほほ笑んだ。
そして黒い箱を開いて鳥人間になると、また羽ばたいていった。
「夕方までには終わらせて戻ってくるよ!」
「お兄ちゃん!!」
「二人で楽しむんだよー?」
「……」
「……」
……行ってしまった。
二人の間に静寂だけが訪れる。
「冗談じゃないわ! ここから先は別行動よ! いいわね⁉」
「え」
「何よ! 何か文句があるの⁉」
「いや、そんなことしたら、碧羽さんは悲しむんじゃないですか?」
「あんたが黙っていたらバレないでしょう!」
「今日の思い出を聞かれたらどうするんです? ありもしない出来事を矛盾なくでっちあげられますか?」
「う……それは……」
紅映が口をきゅっと結んだ。
それから腕を組んで唸っていた。
「ああー! もう! じゃあ私の後をついてきなさい! でも近寄りすぎないこと! いいわね!」
ああ、前途多難だ。
こういうのって、エロゲの主人公に訪れるべきイベントじゃないのかな?
朝焼けの香りで神宮の樹海が満たされていく。
(オレにできる精いっぱいは尽くせたかな)
紅映が悲しむ過去もなく、ちなつに訪れる悲劇も、無かったんだ。
考えうる最高の結果だ。
また、胸を張って彼女たちに顔を出せる。
「そうだ、想矢くん。連絡先を教えてもらってもいいかな?」
「あー。オレ、スマホ持ってないんですよ」
「そうか……。ふむ、だったら、次の土曜日に時間は作れるかい?」
土曜日?
特に用事はないけれど。
「呪いですか?」
碧羽さんなら大体の呪いは単騎で打ち滅ぼせそうだけれど、そんな彼がオレに頼まないと危ないと考えるほどの脅威なんだろうか。
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただまぁ、大事な話って言えば大事な話だし、土曜が無理なら別の日でもいいから会えないかな?」
「オレは大丈夫です」
「よかった。それじゃあ、9時に駅に」
呪いじゃないけど、大事な話。
いったい何だろう?
*
そうして、土曜日を迎えた。
5分前行動の5分前行動に5分の予備を加えた15分前行動。8時45分に駅に着くと、碧羽さんはすでについていた。
「やあ想矢くん」
「碧羽さん! 早いですね」
「はは、道に迷っていると思ったかい?」
そういえば碧羽さんは方向音痴だったっけか。
いま言われるまで忘れてたよ。
「さあ、紅映。想矢くんだよ」
「紅映さんもいらっしゃったんですね。二度目まして」
「ふんっ」
「あ、あれ?」
紅映さんに挨拶をすると、そっぽを向かれてしまった。
嫌われた? どうして?
「すまないね、想矢くん。紅映は恥ずかしがり屋さんなんだ」
「ちょっと! 変なこと吹き込まないでよ! あんたも勘違いしないでよね。ちょっとお兄ちゃんに認められたからって調子に乗らないでよね!」
「あー」
なるほど。だいたいわかった。
(ジェラシーか)
原作の世界線において、兄の遺品を手放すことと巨大組織と敵対することを秤にかけて、遺品を守り抜くと決めて貫き通した彼女だ。いわゆるブラザーコンプレックスなんだろう。
(碧羽さんがオレの話題を口にするのがつまらないってところかな)
これで碧羽さんがオレのことをまったく話題にあげていなかったら自意識過剰もいいところだけど、会ってない数日でこうも態度が変わるのはそういうことだと思いたい。
じゃないと悲しい。
いや、知らないところで好感度が下がってるだけで悲しくなるんだけどさ。
「えと、そうだ。碧羽さん、駅に集合したってことはこれからどこかに移動するってことですか?」
「うん。もっとも、公共交通機関を使うわけじゃないけれどね」
「はい? ってそれ!」
碧羽さんは物陰に移動すると、懐から黒色の筐体を取り出した。超常の柩だ。
「ふふっ、みんなにはナイショだよ?」
碧羽さんは箱を開くと呪いをまとった。
この翼は……ハヤブサか?
「ちょ」
猛禽類のあしゆびのような形をした手甲でオレと紅映さんをそれぞれ抱きかかえ、碧羽さんは空へと飛び立った。
「公衆の面前で何してるんですかぁ⁉」
「大丈夫。鳥人間コンテストってあるだろう?」
「その番組ちゃんと見てきてください!!」
別に鳥人(超人)になるわけじゃねーから。
翼の生えた人間を見て「鳥人間だー」ってなる人なんていないから!
まだ「イカロスだー」って人のほうがいるから!
*
「さ、ついたよ」
結局最後まで飛び続けやがった。
色々とぶっ飛んでるな。
もうどうにでもなーれ。
「ここは……ゲームセンター?」
「うん、紅映と約束したんだ。この前の戦いから帰ってきたらゲームセンターに連れて行ってあげるって」
「私はお兄ちゃんと二人で来たかったのに……」
「うぐっ」
言葉のナイフがオレの心を切り裂く。
だ、大丈夫だ。
オレの心はスポンジだ。
いくら叩かれたって元の形に戻る……ナイフで切られたら豆腐と同じじゃね?
やばいじゃん、悟っちゃったよ。
「おっと、すまない。電話だ」
碧羽さんは懐からスマホを取り出すと、数歩離れて着信に応答したようだった。「うん」だの「どうしてもかい」だの、時折相槌を打っている。
少しして、碧羽さんは戻ってきた。
「すまない。急に本部から呼び出しがかかってまた戻らなくちゃいけなくなった」
「お兄ちゃん⁉ ゲームセンターは⁉」
「大丈夫。想矢くんがいるだろう?」
「こいつと一緒に回れって言うの⁉」
碧羽さんはにっこりとほほ笑んだ。
そして黒い箱を開いて鳥人間になると、また羽ばたいていった。
「夕方までには終わらせて戻ってくるよ!」
「お兄ちゃん!!」
「二人で楽しむんだよー?」
「……」
「……」
……行ってしまった。
二人の間に静寂だけが訪れる。
「冗談じゃないわ! ここから先は別行動よ! いいわね⁉」
「え」
「何よ! 何か文句があるの⁉」
「いや、そんなことしたら、碧羽さんは悲しむんじゃないですか?」
「あんたが黙っていたらバレないでしょう!」
「今日の思い出を聞かれたらどうするんです? ありもしない出来事を矛盾なくでっちあげられますか?」
「う……それは……」
紅映が口をきゅっと結んだ。
それから腕を組んで唸っていた。
「ああー! もう! じゃあ私の後をついてきなさい! でも近寄りすぎないこと! いいわね!」
ああ、前途多難だ。
こういうのって、エロゲの主人公に訪れるべきイベントじゃないのかな?
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