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第1話 もし生まれ変わったら――
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『皆様! これこそがこの悪女の本性です!! この罪人に罰を下すことに異議がある方はいらっしゃいませんね!?』
私の住むキンペ村に役人さんがやってきたのが今朝の出来事。何が何だかわからぬまま馬車に詰められ、王都に連れ出された私に言い渡されたのは、身に覚えのない罪に対する処刑宣告でした。
*
「死ね! お前が日照りを招いたせいで俺たちの生活はめちゃくちゃだ!!」
「返してよ! 私たちの実りの秋を返してよ!」
裸足にぼろの貫頭衣で石畳を歩く私に掛けられる、身に覚えのない罪に対する罵声の嵐。鎖で鉄球に括りつけられた両足がやけに重い。
「穢れた血め! どうせ生きる価値なんて無いんだ! せめて死んで償え!!」
……穢れた血。
父親のわからない、娼婦の子供につけられる蔑称。
ねえ、教えてよ。
私が生まれてきたのは、そんなに悪いことなの?
「……ぁ、ぁ……」
口を開き、声を出そうとしました。
しかし喉を通って形になるのはかすれた声。
王都に連れてこられるときに飲まされた液体に、喉を焼く効果でもあったのでしょう。
逃げることも、無実を主張することもできない。
断頭台に頭と手首をくくられる。
顔を上げると、私を蔑む視線が降り注いでいる。
どうして私が、こんな目に。
歯を食いしばった時、民衆の一部が海を割るように開けて、そこから、純白のドレスを身にまとった、亜麻色の髪の女性が現れた。
誰かが言った。「……聖女カトレア様だ」と。
キンペ村で過ごしていた私は、聖女様の顔を知らない。だけど、人々の反応からして、彼女が聖女であるのは確信できた。
「聖女様! このような罪人に近づくのはおやめください!!」
「彼女もまた、生きとし生ける一人の命。言葉に耳を傾けない理由にはなりません」
「しかし――!」
一縷の希望を見出した気がした。
聖女と呼ばれる彼女なら、曇りなき眼で私を見てくれるかもしれない。
私の無実に気づいてくれるかもしれない。
「ぁぁ……っ、ぁ……!」
声にならない声で、無実を訴える。
聖女は処刑執行人を押しのけて、たった一人で私に歩み寄ると、慈悲ざす眼で私に微笑みかけた。
「ええ、苦しいですよね。知っていますわ。
――だって、これは私が作り出した演目ですもの」
「…………ぁ?」
モノクロの喧騒が支配する広場で、そんな声がやけに耳に残った。
今、彼女はなんと言った?
「飢饉が起こってしまった以上、私が本物の聖女じゃないとバレてしまうのは時間の問題でしょう?」
彼女は変わらず、優しい瞳を向けている。
優しいまなざしを向けたまま、淡々と恐ろしい事実を打ち明けている。
「だったら、裏で暗躍していた人物を作り上げてしまえばいい。民の怒りの矛先を挿げ替えてしまえばいい。とってもいい考えでしょ?」
とたん、その目がとても恐ろしく映る。
私の目に映っているのは、本当に人間なの?
口角を上げて笑みを浮かべる彼女の表情は、腐った花弁のような印象を受けた。
「どうせ死んでも悲しむ者がいない天涯孤独の身でしょう? 生きる価値の無いあなたに死ぬ理由を与えてあげるんだから、喜んで死んでくださるわよね?」
その一言で、私の中で何かがこと切れた。
「……ぁ、あああぁぁあぁぁあぁぁぁっ!!」
「きゃあぁぁぁっ!?」
「聖女様!! くっ、暴れるな! 穢れた血め!!」
「押さえろ! この罪人に自由を与えるな!!」
喉を張り裂いてでも声を張り上げた。
この女を呪えるなら、声を失ってもいい。
だけどすでに断頭台にくくりつけられた私が彼女に何か影響を及ぼせるはずもなく、聖女は猫を被り、まるで小動物かのようにふるまった。
「聖女様、ご無事ですか?」
「は、はい」
「どうしてこのようなことを!」
「私はただ、話し合えば分かり合えると、そう信じて――」
「そんなものは絵空事に過ぎません! 罪には罰を、それこそが秩序をもたらす唯一の手段なのです!!」
「……あなたの、言う通りなのかもしれませんね」
ふざけるな。
何が「話し合えば分かり合える」だ。
言葉の自由さえ奪っておいて、何が対話だ!
「皆様! これこそがこの悪女の本性です!! この罪人に罰を下すことに異議がある方はいらっしゃいませんね!?」
大仰な身振りと手振りで演説をする彼女に、観衆のボルテージが上がっていく。狂うように熱を帯びた歓声は、もはやなんと言っているか聞き分けられない。
女がその場を離れていく。
はるか高みから見下ろす口元はほくそ笑んでいた。
待って、まだ、死ねない。
死ぬわけには、いかないの。
そう願った次の瞬間、世界が縦に輪転した。
鮮血をばらまきながら揺れる視界。
この目に映ったのは、振り下ろされたギロチンと、首と手の無い、私だった人体の成れの果て。
……ああ。
何の意味もない、無価値な人生だったなぁ。
ねえ、こんな「もしも」を考えたことはある?
もし1周分の知識をもって人生をやり直せたら。
今度こそ、うまく生きていけるのに、と。
私は、考えたことが無かった。
何故って――
「おお、生まれたか! 性別は……女か。ならばアイーシャと名づけよう。アイーシャ・ロウ・モノグラム。モノグラム家として恥じないように育つのじゃぞ」
――それが、自分自身に起こる未来だなんて、想像もしていなかったのだから。
私の住むキンペ村に役人さんがやってきたのが今朝の出来事。何が何だかわからぬまま馬車に詰められ、王都に連れ出された私に言い渡されたのは、身に覚えのない罪に対する処刑宣告でした。
*
「死ね! お前が日照りを招いたせいで俺たちの生活はめちゃくちゃだ!!」
「返してよ! 私たちの実りの秋を返してよ!」
裸足にぼろの貫頭衣で石畳を歩く私に掛けられる、身に覚えのない罪に対する罵声の嵐。鎖で鉄球に括りつけられた両足がやけに重い。
「穢れた血め! どうせ生きる価値なんて無いんだ! せめて死んで償え!!」
……穢れた血。
父親のわからない、娼婦の子供につけられる蔑称。
ねえ、教えてよ。
私が生まれてきたのは、そんなに悪いことなの?
「……ぁ、ぁ……」
口を開き、声を出そうとしました。
しかし喉を通って形になるのはかすれた声。
王都に連れてこられるときに飲まされた液体に、喉を焼く効果でもあったのでしょう。
逃げることも、無実を主張することもできない。
断頭台に頭と手首をくくられる。
顔を上げると、私を蔑む視線が降り注いでいる。
どうして私が、こんな目に。
歯を食いしばった時、民衆の一部が海を割るように開けて、そこから、純白のドレスを身にまとった、亜麻色の髪の女性が現れた。
誰かが言った。「……聖女カトレア様だ」と。
キンペ村で過ごしていた私は、聖女様の顔を知らない。だけど、人々の反応からして、彼女が聖女であるのは確信できた。
「聖女様! このような罪人に近づくのはおやめください!!」
「彼女もまた、生きとし生ける一人の命。言葉に耳を傾けない理由にはなりません」
「しかし――!」
一縷の希望を見出した気がした。
聖女と呼ばれる彼女なら、曇りなき眼で私を見てくれるかもしれない。
私の無実に気づいてくれるかもしれない。
「ぁぁ……っ、ぁ……!」
声にならない声で、無実を訴える。
聖女は処刑執行人を押しのけて、たった一人で私に歩み寄ると、慈悲ざす眼で私に微笑みかけた。
「ええ、苦しいですよね。知っていますわ。
――だって、これは私が作り出した演目ですもの」
「…………ぁ?」
モノクロの喧騒が支配する広場で、そんな声がやけに耳に残った。
今、彼女はなんと言った?
「飢饉が起こってしまった以上、私が本物の聖女じゃないとバレてしまうのは時間の問題でしょう?」
彼女は変わらず、優しい瞳を向けている。
優しいまなざしを向けたまま、淡々と恐ろしい事実を打ち明けている。
「だったら、裏で暗躍していた人物を作り上げてしまえばいい。民の怒りの矛先を挿げ替えてしまえばいい。とってもいい考えでしょ?」
とたん、その目がとても恐ろしく映る。
私の目に映っているのは、本当に人間なの?
口角を上げて笑みを浮かべる彼女の表情は、腐った花弁のような印象を受けた。
「どうせ死んでも悲しむ者がいない天涯孤独の身でしょう? 生きる価値の無いあなたに死ぬ理由を与えてあげるんだから、喜んで死んでくださるわよね?」
その一言で、私の中で何かがこと切れた。
「……ぁ、あああぁぁあぁぁあぁぁぁっ!!」
「きゃあぁぁぁっ!?」
「聖女様!! くっ、暴れるな! 穢れた血め!!」
「押さえろ! この罪人に自由を与えるな!!」
喉を張り裂いてでも声を張り上げた。
この女を呪えるなら、声を失ってもいい。
だけどすでに断頭台にくくりつけられた私が彼女に何か影響を及ぼせるはずもなく、聖女は猫を被り、まるで小動物かのようにふるまった。
「聖女様、ご無事ですか?」
「は、はい」
「どうしてこのようなことを!」
「私はただ、話し合えば分かり合えると、そう信じて――」
「そんなものは絵空事に過ぎません! 罪には罰を、それこそが秩序をもたらす唯一の手段なのです!!」
「……あなたの、言う通りなのかもしれませんね」
ふざけるな。
何が「話し合えば分かり合える」だ。
言葉の自由さえ奪っておいて、何が対話だ!
「皆様! これこそがこの悪女の本性です!! この罪人に罰を下すことに異議がある方はいらっしゃいませんね!?」
大仰な身振りと手振りで演説をする彼女に、観衆のボルテージが上がっていく。狂うように熱を帯びた歓声は、もはやなんと言っているか聞き分けられない。
女がその場を離れていく。
はるか高みから見下ろす口元はほくそ笑んでいた。
待って、まだ、死ねない。
死ぬわけには、いかないの。
そう願った次の瞬間、世界が縦に輪転した。
鮮血をばらまきながら揺れる視界。
この目に映ったのは、振り下ろされたギロチンと、首と手の無い、私だった人体の成れの果て。
……ああ。
何の意味もない、無価値な人生だったなぁ。
ねえ、こんな「もしも」を考えたことはある?
もし1周分の知識をもって人生をやり直せたら。
今度こそ、うまく生きていけるのに、と。
私は、考えたことが無かった。
何故って――
「おお、生まれたか! 性別は……女か。ならばアイーシャと名づけよう。アイーシャ・ロウ・モノグラム。モノグラム家として恥じないように育つのじゃぞ」
――それが、自分自身に起こる未来だなんて、想像もしていなかったのだから。
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