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南端の水の都-サウザンポート-
10話 諸行無常
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入道雲が天にいらっしゃる頃だった。
雲の峰が白く輝くこの時期になると、空気はジトジトして、陽射しの強さとあいまって清涼感は皆無だった。
それでも、今日は清々しい日だ。
何故なら今日は、メアの退院日だからだ。
「メア! 退院おめでとう!」
「メアちゃん! おめでとう!」
「きゅるる!」
「ウルティオラ! アリシア! ジーク!」
病院のロビーで待っていると階段から現れたメア。
砂に塗れていた肌はうるおいを取り戻し、ぼさぼさだった髪は引っ掛かりが無いほど艶やかだった。
控えめに言って、見違えた。
綺麗になったとか言うとまたアリシアの機嫌が悪くなるかもしれないから口にはしないけど。
「メア、もう悪い所はないかい?」
「ん!」
むしろ、体が鈍って気持ち悪いくらいだ。
そう言わんばかりにメアは体を動かした。
目は口程に物を言うとは聞くが、彼女の場合ボディランゲージの方がうるさそうだ。
「よし、じゃあ行こうか」
「行く? どこに?」
「秘密」
俺はニッと笑い、メアの手を取った。
「メアを案内したい場所があるんだ」
*
「ウルティオラ。こっちは」
「そう、闘技場があった場所だ」
闘技場の利権は放棄された。
そういう施設だからとはいえ、多くの血が流れた不浄の地でもある。その土地は事故物件のようになっており、割安で売り飛ばされていた。
そこで、俺はある知人に手紙を出したのだ。
勇者時代に知り合った、とある富豪にだ。
「……行きたくない」
メアの足が、ピタリと止まった。
それだけのトラウマを抱いているという事だろう。
「メア。どうしても嫌かい?」
「……」
「ここで引き返すことも、今ならできる。でもそうすると、一生闘技場という呪縛に囚われるよ。俺は、早いうちに断ち切っておくべきだと思う」
「……」
「もう一度だけ、聞かせてくれるかい? どうしても、闘技場の跡地に立ち寄りたくないかい?」
メアはきょろきょろと目を泳がせた。
それから一度瞑目し、息を吐いた。
「ううん。やっぱり、この目で見る」
「……そうか」
「ん。見届けるのも、私の使命」
そう言って俺たちは、また歩き出した。
街はワイワイと賑わっている。
「ウルティオラ。街、賑やか」
「お? 気づいたか」
実はあれから、していたことがある。
それが大規模事業による、景気回復だ。
まず、建築業者を雇う。
雇った業者は近場の宿や料亭を利用し、その店主がまた別の店でお金を使う。いわゆる巻き直し政策と呼ばれるものを行っていたのだ。
これは先ほどの手紙相手からの入れ知恵だ。
おかげでこの数ヶ月で、物価は大いに安定した。
因みに最初の業者を雇うお金は文通相手に払ってもらった。富豪だからね。
「この街も、復興の一途を辿ってるってこった」
「ウルティオラ達の、おかげ?」
「違うわよ、メアちゃん。これは、みんなの力。私たちだけじゃどうしようもできないもの」
「そうなんだ」
そうなんだ。
資力も権力も財力もない。
そんな人たちでも力を合わせれば大きなことができる。今回の件で改めてそう思った。
「と、ほら、そろそろ見えてきたぞ」
暫くすると、闘技場があった場所が見えてきた。
とはいえ、すごく分かりづらいが。
もともと円筒状だった、コロシアムのような闘技場は、取り壊されて今はもう見る影もない。その代わりに立つ建物は、周りの建物同様に白い壁で出来た直方体で、ところどころに色付きレンガをアクセントに差してある、そんな建物だった。
「ウルティオラ。これは?」
その建物を見て、メアが聞いた。
俺が知人を頼りに、生まれ変わらせたその場所は。
「呉服屋だよ。ずっと、メアに見せたかった」
メアと会った日から、ずっと思っていた。
素材は綺麗なのに、無頓着なのがもったいないと。
彼女が嫌がるならそうはしなかった。
でもあの日、花飾りを彼女に送った日。
メアは顔をほころばせてありがとうと言った。
メアは知らないだけなんだ。
自分の美しさも、世界の美しさも。
だからこれから知ってほしい。
と、いう旨を知人に送ったわけだ。
その知人は呉服のすばらしさを世界に広めようと日夜活動している富豪だった。
この南端の港町に安い土地があると知るとすぐに開店準備をしてくれた。
血の流れた土地でも、聖女が浄化したのだから問題ない。寧ろ繁盛する気がするとも言っていた。
実際、この呉服屋は驚くほどの売り上げを記録していて、瞬く間にこの街のシンボルになった。
「ごふく……?」
メアが呟いて首をかしげる。
知らない動物を名前から連想しているようだった。
俺は苦笑いして、また、メアの手を取った。
「おいで、メア」
「ウルさん! 私の手も取ってください!」
「もちろん。分かってるよ」
「えへへ」
両手に花とはこのことか。
ジークは少しおろおろして、それから背中に乗っかった。知らないうちに結構重くなっていた。
「いらっしゃいませ!」
店に入ると、店員さんが迎え入れてくれた。
壁一面に広がる着物。あるいは巻物のように丸められた絹織物の布。要するに、東洋の衣装を取りそろえた店だった。
広がる光景にメアは、言葉を失ったように呆然としている。
だが、かつては濁っていた瞳がキラキラしていた。
「ウルティオラ。本当に、闘技場?」
「そう、闘技場がこうなったんだ」
「不可解」
キョロキョロとあたりを見渡すメア。
闘技場の面影を探しているようにも見える。
俺はメアを呼んで、とある場所に立たせた。
被せていた布を取り払えば、大きな姿見が現れる。
メアは驚いて、鏡に手を伸ばした。
それから、こう呟いた。
「これが、私?」
「そうさ。言っただろ? お前の容姿は武器だって」
「本当に?」
「納得できるまで確かめるといいさ」
そういうとメアは、色々なポーズを取った。
そのほとんどが武の型だった。
どうやらそれが、メアにとって一番の確実らしい。
「むぅ。私」
「納得したか?」
「しぶしぶ」
「そうか」
ぽんぽんと、メアの頭を撫でる。
「な? ちょっとしたきっかけで人ってのはこんなに見違えるんだ。闘技場だって同じさ。メアが入院している間に、たっくさんの人の手で生まれ変わったんだ」
「……理解した」
「よし! じゃあ本題だ」
店員さんを一人呼んだ。
そして告げる。
「この子に合った着物を一着。お願いします」
雲の峰が白く輝くこの時期になると、空気はジトジトして、陽射しの強さとあいまって清涼感は皆無だった。
それでも、今日は清々しい日だ。
何故なら今日は、メアの退院日だからだ。
「メア! 退院おめでとう!」
「メアちゃん! おめでとう!」
「きゅるる!」
「ウルティオラ! アリシア! ジーク!」
病院のロビーで待っていると階段から現れたメア。
砂に塗れていた肌はうるおいを取り戻し、ぼさぼさだった髪は引っ掛かりが無いほど艶やかだった。
控えめに言って、見違えた。
綺麗になったとか言うとまたアリシアの機嫌が悪くなるかもしれないから口にはしないけど。
「メア、もう悪い所はないかい?」
「ん!」
むしろ、体が鈍って気持ち悪いくらいだ。
そう言わんばかりにメアは体を動かした。
目は口程に物を言うとは聞くが、彼女の場合ボディランゲージの方がうるさそうだ。
「よし、じゃあ行こうか」
「行く? どこに?」
「秘密」
俺はニッと笑い、メアの手を取った。
「メアを案内したい場所があるんだ」
*
「ウルティオラ。こっちは」
「そう、闘技場があった場所だ」
闘技場の利権は放棄された。
そういう施設だからとはいえ、多くの血が流れた不浄の地でもある。その土地は事故物件のようになっており、割安で売り飛ばされていた。
そこで、俺はある知人に手紙を出したのだ。
勇者時代に知り合った、とある富豪にだ。
「……行きたくない」
メアの足が、ピタリと止まった。
それだけのトラウマを抱いているという事だろう。
「メア。どうしても嫌かい?」
「……」
「ここで引き返すことも、今ならできる。でもそうすると、一生闘技場という呪縛に囚われるよ。俺は、早いうちに断ち切っておくべきだと思う」
「……」
「もう一度だけ、聞かせてくれるかい? どうしても、闘技場の跡地に立ち寄りたくないかい?」
メアはきょろきょろと目を泳がせた。
それから一度瞑目し、息を吐いた。
「ううん。やっぱり、この目で見る」
「……そうか」
「ん。見届けるのも、私の使命」
そう言って俺たちは、また歩き出した。
街はワイワイと賑わっている。
「ウルティオラ。街、賑やか」
「お? 気づいたか」
実はあれから、していたことがある。
それが大規模事業による、景気回復だ。
まず、建築業者を雇う。
雇った業者は近場の宿や料亭を利用し、その店主がまた別の店でお金を使う。いわゆる巻き直し政策と呼ばれるものを行っていたのだ。
これは先ほどの手紙相手からの入れ知恵だ。
おかげでこの数ヶ月で、物価は大いに安定した。
因みに最初の業者を雇うお金は文通相手に払ってもらった。富豪だからね。
「この街も、復興の一途を辿ってるってこった」
「ウルティオラ達の、おかげ?」
「違うわよ、メアちゃん。これは、みんなの力。私たちだけじゃどうしようもできないもの」
「そうなんだ」
そうなんだ。
資力も権力も財力もない。
そんな人たちでも力を合わせれば大きなことができる。今回の件で改めてそう思った。
「と、ほら、そろそろ見えてきたぞ」
暫くすると、闘技場があった場所が見えてきた。
とはいえ、すごく分かりづらいが。
もともと円筒状だった、コロシアムのような闘技場は、取り壊されて今はもう見る影もない。その代わりに立つ建物は、周りの建物同様に白い壁で出来た直方体で、ところどころに色付きレンガをアクセントに差してある、そんな建物だった。
「ウルティオラ。これは?」
その建物を見て、メアが聞いた。
俺が知人を頼りに、生まれ変わらせたその場所は。
「呉服屋だよ。ずっと、メアに見せたかった」
メアと会った日から、ずっと思っていた。
素材は綺麗なのに、無頓着なのがもったいないと。
彼女が嫌がるならそうはしなかった。
でもあの日、花飾りを彼女に送った日。
メアは顔をほころばせてありがとうと言った。
メアは知らないだけなんだ。
自分の美しさも、世界の美しさも。
だからこれから知ってほしい。
と、いう旨を知人に送ったわけだ。
その知人は呉服のすばらしさを世界に広めようと日夜活動している富豪だった。
この南端の港町に安い土地があると知るとすぐに開店準備をしてくれた。
血の流れた土地でも、聖女が浄化したのだから問題ない。寧ろ繁盛する気がするとも言っていた。
実際、この呉服屋は驚くほどの売り上げを記録していて、瞬く間にこの街のシンボルになった。
「ごふく……?」
メアが呟いて首をかしげる。
知らない動物を名前から連想しているようだった。
俺は苦笑いして、また、メアの手を取った。
「おいで、メア」
「ウルさん! 私の手も取ってください!」
「もちろん。分かってるよ」
「えへへ」
両手に花とはこのことか。
ジークは少しおろおろして、それから背中に乗っかった。知らないうちに結構重くなっていた。
「いらっしゃいませ!」
店に入ると、店員さんが迎え入れてくれた。
壁一面に広がる着物。あるいは巻物のように丸められた絹織物の布。要するに、東洋の衣装を取りそろえた店だった。
広がる光景にメアは、言葉を失ったように呆然としている。
だが、かつては濁っていた瞳がキラキラしていた。
「ウルティオラ。本当に、闘技場?」
「そう、闘技場がこうなったんだ」
「不可解」
キョロキョロとあたりを見渡すメア。
闘技場の面影を探しているようにも見える。
俺はメアを呼んで、とある場所に立たせた。
被せていた布を取り払えば、大きな姿見が現れる。
メアは驚いて、鏡に手を伸ばした。
それから、こう呟いた。
「これが、私?」
「そうさ。言っただろ? お前の容姿は武器だって」
「本当に?」
「納得できるまで確かめるといいさ」
そういうとメアは、色々なポーズを取った。
そのほとんどが武の型だった。
どうやらそれが、メアにとって一番の確実らしい。
「むぅ。私」
「納得したか?」
「しぶしぶ」
「そうか」
ぽんぽんと、メアの頭を撫でる。
「な? ちょっとしたきっかけで人ってのはこんなに見違えるんだ。闘技場だって同じさ。メアが入院している間に、たっくさんの人の手で生まれ変わったんだ」
「……理解した」
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