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第5話
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――9月21日。
――断罪と称して、処刑される。
――行年 15歳。
あれからおよそ2年。
アイリス・ヴィ・イザナリア14歳。
私はたびたび運命に抗った。
だけど、歴史は一定の流れから大きく外れませんでした。
ただ徒に、終わりの日だけが近づいてくる。
『お嬢様、花束とメッセージカードが届いております』
爺やからそんな言葉を聞いたのが今朝のこと。
メッセージカードの中身を知ったのが、1週間前のこと。
破滅に繋がる未来日記は、一言一句違えることなく、手紙の中身を記していました。
『王宮のバラ園が最盛期を迎えるから見に来てほしい』
一輪のバラとともに、要約するとそのような内容の手紙が届けられました。
「やあ、よく来てくれたね。アイリス嬢」
「この度はご招待いただき、誠にありがとうございます。アルフレッド第一王子殿下」
差出人はアルフレッド第一王子殿下。殿下から誘われてしまえば、私に断る選択肢など無いに等しいです。
「さて、君はアイリス嬢の侍女だね。少し彼女と二人で話がしたい。下がってくれるかな?」
彼の言い分に、私は歯噛みしました。
公爵邸ならいざ知れず、ここは王宮です。
彼の発言力には重みがあります。
仕えるべき相手と、より強い権力を持つ相手。
板挟みになった、まだ若い侍女が泣き出しそうな目で私に縋ります。
「……殿下の仰る通りにしてください」
「かしこまりました」
心底助かったと言った様子でその場を離れる侍女に、なんだか裏切られたような気がしました。
所詮、私と彼女の間柄なんてそんなもの。
いえ、そもそも私に、どれだけの価値が。
「バラ園を見せたいとは、ただの口実だったのですか?」
「ははっ、それもまぎれもない本心だよ。でも今日は、それ以上に、君に伝えたいことがあるんだ」
案内するよ。
殿下はそういうと、私をバラ園に連れ出しました。
「君は前に言ったね。もし君より無垢な令嬢が現れれば、私は君を捨てるのかと。その答えをずっと、考えていた」
彼は私に向き直りました。
瞳に闘志を燃やしながら。
「手放さない。私は君を手放さない」
彼は言いました。彼は続けました。
「君と会ってからの2年間。私はいつも君を目で追っていた。そのたびに君は、いろいろな面を私に見せてくれた」
小さな体の内に秘めたお転婆な一面。
難解な本と向き合う時の真剣な表情。
人に本をお勧めするときの熱量。
パンケーキを食べているときの幸せそうな顔に、ピクルスをつまんできゅっと口を結ぶ様子。
「そのどれもが、脳裏に焼き付いて離れない」
だから、と。
彼は騎士の礼を私に捧げました。
首を差し出すその構えを、王族は好みません。
あえてそれを選んだ理由は明白でした。
「私と婚約してほしい。私の隣を歩いてほしい。これからずっと、死が二人を分かつまで」
気持ちに嘘偽りがないことの意思表示。
この言葉が本心なんだという主張。
そして、この告白に対する思いの丈。
――嘘つき。
口をついて出そうになった言葉を飲み込みました。
現時点における彼の言葉は真実なのでしょう。
それが翻るのは、おそらく少し先のこと。
(……どうして、こうなるのよ)
散々抗った私が、どうやっても変えられなかった歴史のターニングポイント。
その一つが、殿下との婚約です。
形は私への嘆願ですが、相手が王族である以上、その強制力は言うまでもありません。
愛のある結婚ができるだなんて夢は見ていませんでした。政略結婚の道具に使われることも想定の内でした。
ですが、ですが。
これはあんまりにも、あんまりではないですか。
「……殿下は、卑怯者ですね」
「恋と戦争においてはいかなる手段も許される。誰に後ろ指さされようと、君を手放すつもりはないよ」
煮え切らない私に、殿下は言葉の追い打ちを掛けます。やめてください、私が聞きたいのは、そんな言葉じゃないのに。
「一生かけて、君を守る。だから」
どうせ私を捨てるくせに。
「私のそばで私を支えてくれ。アイリス・ヴィ・イザナリア」
バラ園には、真っ赤なバラが咲き乱れている。
――断罪と称して、処刑される。
――行年 15歳。
あれからおよそ2年。
アイリス・ヴィ・イザナリア14歳。
私はたびたび運命に抗った。
だけど、歴史は一定の流れから大きく外れませんでした。
ただ徒に、終わりの日だけが近づいてくる。
『お嬢様、花束とメッセージカードが届いております』
爺やからそんな言葉を聞いたのが今朝のこと。
メッセージカードの中身を知ったのが、1週間前のこと。
破滅に繋がる未来日記は、一言一句違えることなく、手紙の中身を記していました。
『王宮のバラ園が最盛期を迎えるから見に来てほしい』
一輪のバラとともに、要約するとそのような内容の手紙が届けられました。
「やあ、よく来てくれたね。アイリス嬢」
「この度はご招待いただき、誠にありがとうございます。アルフレッド第一王子殿下」
差出人はアルフレッド第一王子殿下。殿下から誘われてしまえば、私に断る選択肢など無いに等しいです。
「さて、君はアイリス嬢の侍女だね。少し彼女と二人で話がしたい。下がってくれるかな?」
彼の言い分に、私は歯噛みしました。
公爵邸ならいざ知れず、ここは王宮です。
彼の発言力には重みがあります。
仕えるべき相手と、より強い権力を持つ相手。
板挟みになった、まだ若い侍女が泣き出しそうな目で私に縋ります。
「……殿下の仰る通りにしてください」
「かしこまりました」
心底助かったと言った様子でその場を離れる侍女に、なんだか裏切られたような気がしました。
所詮、私と彼女の間柄なんてそんなもの。
いえ、そもそも私に、どれだけの価値が。
「バラ園を見せたいとは、ただの口実だったのですか?」
「ははっ、それもまぎれもない本心だよ。でも今日は、それ以上に、君に伝えたいことがあるんだ」
案内するよ。
殿下はそういうと、私をバラ園に連れ出しました。
「君は前に言ったね。もし君より無垢な令嬢が現れれば、私は君を捨てるのかと。その答えをずっと、考えていた」
彼は私に向き直りました。
瞳に闘志を燃やしながら。
「手放さない。私は君を手放さない」
彼は言いました。彼は続けました。
「君と会ってからの2年間。私はいつも君を目で追っていた。そのたびに君は、いろいろな面を私に見せてくれた」
小さな体の内に秘めたお転婆な一面。
難解な本と向き合う時の真剣な表情。
人に本をお勧めするときの熱量。
パンケーキを食べているときの幸せそうな顔に、ピクルスをつまんできゅっと口を結ぶ様子。
「そのどれもが、脳裏に焼き付いて離れない」
だから、と。
彼は騎士の礼を私に捧げました。
首を差し出すその構えを、王族は好みません。
あえてそれを選んだ理由は明白でした。
「私と婚約してほしい。私の隣を歩いてほしい。これからずっと、死が二人を分かつまで」
気持ちに嘘偽りがないことの意思表示。
この言葉が本心なんだという主張。
そして、この告白に対する思いの丈。
――嘘つき。
口をついて出そうになった言葉を飲み込みました。
現時点における彼の言葉は真実なのでしょう。
それが翻るのは、おそらく少し先のこと。
(……どうして、こうなるのよ)
散々抗った私が、どうやっても変えられなかった歴史のターニングポイント。
その一つが、殿下との婚約です。
形は私への嘆願ですが、相手が王族である以上、その強制力は言うまでもありません。
愛のある結婚ができるだなんて夢は見ていませんでした。政略結婚の道具に使われることも想定の内でした。
ですが、ですが。
これはあんまりにも、あんまりではないですか。
「……殿下は、卑怯者ですね」
「恋と戦争においてはいかなる手段も許される。誰に後ろ指さされようと、君を手放すつもりはないよ」
煮え切らない私に、殿下は言葉の追い打ちを掛けます。やめてください、私が聞きたいのは、そんな言葉じゃないのに。
「一生かけて、君を守る。だから」
どうせ私を捨てるくせに。
「私のそばで私を支えてくれ。アイリス・ヴィ・イザナリア」
バラ園には、真っ赤なバラが咲き乱れている。
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