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44話 アイギス=フルールとソロモンの指輪
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イギリス、岬に立った屋敷。
その一室で月光に照らされている女性がいた。
一目で心を奪われる金糸のように輝く髪。
吸い込まれてしまうような深い青を宿した瞳。
彼女、アイギス=フルールは首に掛けたチェーンの先に繋いだ指輪を手慰みにしながら思案に耽っていた。
(天使が指輪に応えなくなってしばらく経つ)
ソロモンの指輪とは古代遺物である。
旧約聖書に登場するそれは大天使からソロモンなる人物に授けられた物で、悪魔だけでなく天使も使役できた。
しかしこの冬、突然彼女の呼びかけに天使が反応しなくなった。そんなこと、ソロモンが指輪を賜って以来初めてだ。
と、その時。
彼女の近くの空間が歪み、異形が顕現した。
大きな牙、天に背くように歪曲した二本の角。
正気度チェックが入るような化け物だ。
だが、フルールはサファイアブルーの瞳でそれを蔑視し、高慢に問いかけた。
「ボティス。いい加減、咎人の正体は掴めたわね?」
物の怪の名はボティス。
ソロモン72柱の1柱――つまりフルールが使役する悪魔の一体である。
ボティスは恭しく頭を垂れると口を開いた。
彼が持ち込んだ知識は、まさしくフルールが待ち望んだ情報だった。
「……へぇ? 極東ね。ご苦労様。もういいわ、下がりなさい」
彼女はボティスを影送りにすると、椅子から立ち上がり、獰猛に笑った。
彼女らソロモンの血を引く者にとって、アスモデウスは苦い思い出の対象だ。一度は指輪を盗まれ、その上どういうわけか今なお指輪の支配を逃れ続ける存在。
「今度こそ、指輪のコレクションに加えてあげるわ。待ってなさい、色欲の大悪魔」
*
アスモデウスと決着をつけた翌日だった。
「た、大変です!」
「おー、雪女? どうした」
「そ、空から女性が!」
「は?」
落ち着け。とりあえず大変なことは分かったから、一から順を追って説明しろ。
うんうん、何々?
中国妖怪とのネットワークで、日本にものすごい勢いで飛んでくる女性がいるだって? そんな馬鹿な。
「ソロモン、だね」
「知っているのかアスモデウス!?」
「うん、ソロモンだって言ってるよね?」
ちなみにアスモデウスのご主人様好き好きモードの話し方は元に戻してもらった。なんというか、このそっけない感じじゃないとどうにも調子が狂う。
その全てを達観したような態度に懐かしさを感じながら、俺はアスモデウスが苦々しそうに親指を犬歯で噛んでいるのを見た。
(やっぱり、ソロモンの指輪の一件を解決しないと、アスモデウスは幸せになんてなれやしない)
一人得心し、彼女の肩を抱き寄せる。
「大丈夫だ、アスモデウス。契約しただろ? お前の幸せは、俺がもたらしてやる」
「……奏夜」
アスモデウスはすぐに指を離すと、闇夜に浮かぶ三日月のような笑みを浮かべた。その笑みはどこか煽情的で、瞳は熱っぽかった。
「は、はれ? お二人は一体いつの間にそのような間柄に……!?」
「あーはいはい。また色々片が付いたら相手してやるから今は妖怪のもとに帰っておきな」
「むぅ、約束ですよ?」
雪女を帰省させ、俺とアスモデウスは二人で影の世界に渡る。相手が悪魔と悪魔使いというのなら、こっちの世界こそ決戦の場に相応しい。
*
ほどなくして、雪女が言った通り女性が空からやって来た。蛇のような尻尾の生えた屈強な騎手に抱えられて。なぁにこれぇ。
白馬王子ならぬ青馬の騎士から、一人の女性が飛び降りた。優雅さと気品を携えた彼女は、金髪青眼の美女だった。
「ご苦労様、バティン。下がりなさい」
どこまでも透き通る声で彼女が言うと、バティンと呼ばれた変態さんは影に溶けるようにして姿を消した。彼女はその様子を見届けると、俺達に向き直る。
「さて、はじめまして。色欲の大悪魔? そちらにいるのは……あなたの契約者かしら?」
「やぁ、はじめまして? 質問の答えは、そうだねぇ……『当代の継承者が、彼のここにいる意味すら察せないほどまで没落しているとは思わなかったよ』かな?」
「黙りなさい劣等種。この指輪が目に入らないのかしら?」
明らかに外国の相手なのに言葉を理解できるのは、念話の仕組みを利用した、いわゆる悪魔言語でやり取りしているからだ。
言葉のドッヂボールののち、イギリス人形のようなお嬢さんは首飾りを見せつけた。ペンダントトップには、六芒星の刻印された指輪が飾られている。
「ソロモンの指輪、ねぇ」
「ええそうよ。これがある限り、あなたは私に逆らえない」
「あはは、冗談。私が何の算段も無しにボティスに情報を掴ませたとでも思っているのかい? だとしたらやはり当代の後継者はやはりおつむが弱い」
「ふん、いきがりが。……そっちの人間、死にたくなければ失せなさい。退けば命は見逃してあげるわ」
彼女はアスモデウスに悪態を吐くと、今度は俺を一瞥した。お? いいのか? そんな迂闊に目を合わせて。
「あー、ソロモン王女殿下? 女王陛下? まあいいや、とりあえず【指輪を渡せ】」
俺は彼女に催眠を掛けてみた。
だが、帰ってきたのは弾かれた感触。
「精神への干渉を、拒絶された……?」
「悪魔を統べる女王たる私が、悪魔の力への対策を怠るはずがないでしょう。さて人間、私は忠告しました。覚悟はできていますね?」
彼女は親指と人差し指で掴んだ指輪をアスモデウスに翳すと、こう告げた。
「さあアスモデウス、王の名の下に命ずわ。その人間を殺しなさい」
そう言って、彼女は笑った。
その笑みは勝ちを確信したもの。
王の血を引く彼女の言葉を前に、色欲の悪魔は――
「いやだけど?」
「……はい?」
――普通に断った。
「え、いや、どうして!?」
「どうしても何も、悪魔にだって意思はある。嫌いな奴の言葉なんて誰が聞くと思うんだい?」
「ちがっ、そうじゃない! だって、あなたたちソロモン72柱は、指輪の権能に逆らえな……」
そこで彼女はハッと気づく。
先ほどまで首にかけていたはずのネックレスがどこにも無いことに。
悪魔を統べる女王も、指輪が無ければただの女。
大悪魔たるアスモデウスが従うはずもない。
狼狽する彼女に、俺はそれを見せつける。
「よう、探し物はこれかよ?」
「な……っ、私のソロモンの指輪! 人間、いつの間に!!」
俺がジャラリとぶら下げたネックレス。
それは彼女が先ほどまでかけていたもので、ソロモンの指輪が付いたものだった。
あっけなく指輪を取られた女を、色欲の大悪魔は楽しそうに嘲笑う。
「あははっ! ソロモンの末裔よ!! 君さ、やっぱりバカなんじゃないの? バティンを下がらせた挙句、指輪の所在まで明かすなんてさぁ、盗んでくれと言ってるようなものじゃないか! 一度は罠かと思ったよ!」
「なっ、私が悪魔に、ましてただの人間に後れを取るわけがありませんわ!」
「ただの人間……ねぇ」
アスモデウスが流し目でこちらを見た。
視線が合うと彼女はフッと笑い、次の瞬間にはまた指輪の後継者に向き直る。
「奏夜がただの人間だったなら、私も楽だったんだけどね」
「な、なにを言って……」
発狂寸前の彼女にネタ晴らしをしてあげる。
おれは完全に時間を停止させることができ、彼女がアスモデウスへの命令を下し終える前に指輪を盗んだのだ。結果、指輪は効能を発揮する前に手元から離れたために命令は無効。
「時間停止……? そんなことが可能な悪魔なんて、まして色欲の悪魔の眷属にできるわけが……」
「分からない? 本当に愚鈍だなぁ。彼は、大悪魔たる私が主と認めた傑物ということさ」
「……っ!」
そこから彼女の行動は迅速だった。
「おっと、逃げれるとでも思ったのか?」
速度は目測40ヤード4.2秒。
人間の限界に迫る速さだ。
ああ、疾いね。
でも、遅い。
俺は時間を止めて彼女の背後を取ると、片手で彼女の両腕を掴み、もう一方の手で彼女の頭を地面に押さえつけた。
なお、ステータス改竄により俺の身体能力は人間の理論値を遥かに上回っているため、彼女がどれだけ鍛えていたとしても俺からは逃げられない。
「くっ、殺せ!」
時間を解除すると、彼女はすぐさま現状を理解し、先のように声を荒げた。
「あーうん。そのつもりだった、というか、指輪を奪ったら、悪魔を呼び出してけしかけるつもりだったんだけどね。予想外に君が可愛らしいから、俺のメス奴隷にする事にしたよ」
俺が宣言すると、彼女はぎりぎりと歯を噛んだ。
「この、煩悩に脳を犯された外道どもが」
「これから子宮を犯される人に言われても……」
「くっ、覚えておきなさい。高貴な私は淫乱だけが取り柄の貴様らとは違う。性欲なんかに屈したりしない!」
おーおー。
イきっちゃって。
とりあえずあいさつ代わりだ。
彼女の首から上だけを残して残りの時間軸を切り取る。この間体に蓄積された快楽は、時間停止解除と共に彼女の脳を犯しつくす。出雲を相手にした時と同じようなトリックだな。さて、どんな声で鳴いてくれるのか愉しみだな。
「お……ご……ぁ!? なにっ、なにこりぇ!? あっ♥あっ♥あ゛ッ♥♥イッグウウウゥゥゥゥゥゥ!?」
「あっはっは! つい2秒前の威勢はどうした!」
「ひぐっ♥ああぁぁぁあぁぁ♥♥止めてぇぇぇ!! こんなの耐えられないぃぃぃ♥♥」
「止めてほしいか? だったら件の悪魔への対抗策ってのを解除しろ」
「いやぁぁぁぁぁ!! おか、犯されるぅぅ!!」
「嫌なの? ならもう一回絶頂しよっか」
「待っ――」
はーい時間停止しまーす。
その間におっぱいもおまんこも散々弄ると。
蓄積された快楽のお代わりを召し上がれ。
「――っでぇぇぇぇ!? っ♥っ♥んほぉぉぉぉ!?」
「おいおい、汚い鳴き声だな。高貴が聞いてあきれるぜ」
「しらっしらないっ♥こんな気持ちいいなんて聞いてないぃぃぃ♥♥しんじゃ、死んじゃうっ♥♥」
「死にたくなかったら、言うことがあるだろ」
「ごめんなさぃぃぃぃぃ♥♥」
「違うだろォォォ!!」
おっと、俺の中の議員が出てきてしまった。
二度の蓄積快楽絶頂を受けてなお、彼女は学んでいないらしい。良かろうもん。どっちが先に折れるかの根比べだ。
「ひっぐぅぅぅぅぅ!! イグッイグッ♥♥イっぢゃうのおおぉぉぉぉ♥♥」
「おら、三度目のチャンスだ。悪魔への対策ってのを取り下げな。今壊れるよりマシだろう?」
「ひぃっ! わ、分かりました、承知しましたからっ、この快楽を止めてぇぇぇぇ!!」
「本当だな? よし、一時的に止めてやる」
ということで、彼女の快楽中枢だけを残して時間を停止する。快楽の波は収まったわけではないが、少なくともこの停止した世界で彼女は快楽に苛まれる事は無い。
そして、時間を停止した瞬間だった。
「はぁ、はぁ……死ねぇッ!!」
怨嗟の籠った声で、彼女は俺に手刀を繰り出した。
「はぁ、愚かな」
俺は黙って、時間停止を解除する。
瞬間、鳴りを潜めていた快楽は彼女に牙を剥き、彼女は白目を向いて潮を吹いた。
「ぴぎゃぁぁぁぁ!! またイっちゃうぅぅぅ♥♥」
「いい加減学べよ。お前はもう悪魔を統べる者じゃない。抗う術を失った、ただの女に過ぎないってことをさ」
「んあぁぁぁあっあぁぁっ♥♥やぁ♥」
彼女はイヤイヤと首を振った。
ガクガクと腰を振りながら。
(奏夜……それくらいにしておきなよ。出雲ちゃんみたいに心停止したら困るだろう?)
確かに。あの時は催眠で無理やり心臓を動かしたけど、こいつの場合レジストしてそのままぽっくりいっちまいそうだもんな。
(アスモデウス、なんかいい策は無いか?)
(奏夜に思いつかないなら私にも思いつかないさ……と、言いたいところだけどね。手はあるよ)
(本当か! 助かる)
(いいかい?)
アスモデウスの作戦はこうだった。
(まず、ソロモンの指輪を使って序列11番のグシオンを呼び出すんだ。彼は召喚した者の様々な質問に答えられる能力者でね。彼ならこの小娘がめぐらせている悪魔への対抗策も教えてくれるはずさ)
(え、ソロモンの指輪って俺にも使えるの?)
(使えないなら、使えるような能力を生み出せばいいだろう?)
……なるほど。
アスモデウスを攻略したことで成長した悪魔としての才覚を使用し、新能力を開発する。
そういうことだな。だったら。
「【肉人形】」
「えぇ……、今の会話からそこに繋がるのかい?」
何もない空間に、精巧なデッサン人形のようなものが現れた。俺にとっては想像通りなのだが、アスモデウスからはドン引きされた。解せぬ。
「まあ見てろって」
俺は指輪の継承者のもとまで行くと、髪の毛を一本プツリと抜いた。それを持ち帰ると今度はデッサン人形の頭部に埋め込む。
すると、デッサン人形は見る見るうちに瑞々しい肉感を得て、ソロモンの末裔の彼女そっくりの見た目に変貌した。
「なにそれ……」
「埋め込まれたDNAを読み取り、変化するラブドールだ。血も通っているし、声も出せる。な?」
生みだされた肉人形は「はい」と声に出してこくりと頷いた。俺は彼女に指輪を持たせて指示を出す。
「【肉人形】、ソロモンの指輪で序列11番のグシオンを呼び出してくれ」
「承知、いたしました」
その一室で月光に照らされている女性がいた。
一目で心を奪われる金糸のように輝く髪。
吸い込まれてしまうような深い青を宿した瞳。
彼女、アイギス=フルールは首に掛けたチェーンの先に繋いだ指輪を手慰みにしながら思案に耽っていた。
(天使が指輪に応えなくなってしばらく経つ)
ソロモンの指輪とは古代遺物である。
旧約聖書に登場するそれは大天使からソロモンなる人物に授けられた物で、悪魔だけでなく天使も使役できた。
しかしこの冬、突然彼女の呼びかけに天使が反応しなくなった。そんなこと、ソロモンが指輪を賜って以来初めてだ。
と、その時。
彼女の近くの空間が歪み、異形が顕現した。
大きな牙、天に背くように歪曲した二本の角。
正気度チェックが入るような化け物だ。
だが、フルールはサファイアブルーの瞳でそれを蔑視し、高慢に問いかけた。
「ボティス。いい加減、咎人の正体は掴めたわね?」
物の怪の名はボティス。
ソロモン72柱の1柱――つまりフルールが使役する悪魔の一体である。
ボティスは恭しく頭を垂れると口を開いた。
彼が持ち込んだ知識は、まさしくフルールが待ち望んだ情報だった。
「……へぇ? 極東ね。ご苦労様。もういいわ、下がりなさい」
彼女はボティスを影送りにすると、椅子から立ち上がり、獰猛に笑った。
彼女らソロモンの血を引く者にとって、アスモデウスは苦い思い出の対象だ。一度は指輪を盗まれ、その上どういうわけか今なお指輪の支配を逃れ続ける存在。
「今度こそ、指輪のコレクションに加えてあげるわ。待ってなさい、色欲の大悪魔」
*
アスモデウスと決着をつけた翌日だった。
「た、大変です!」
「おー、雪女? どうした」
「そ、空から女性が!」
「は?」
落ち着け。とりあえず大変なことは分かったから、一から順を追って説明しろ。
うんうん、何々?
中国妖怪とのネットワークで、日本にものすごい勢いで飛んでくる女性がいるだって? そんな馬鹿な。
「ソロモン、だね」
「知っているのかアスモデウス!?」
「うん、ソロモンだって言ってるよね?」
ちなみにアスモデウスのご主人様好き好きモードの話し方は元に戻してもらった。なんというか、このそっけない感じじゃないとどうにも調子が狂う。
その全てを達観したような態度に懐かしさを感じながら、俺はアスモデウスが苦々しそうに親指を犬歯で噛んでいるのを見た。
(やっぱり、ソロモンの指輪の一件を解決しないと、アスモデウスは幸せになんてなれやしない)
一人得心し、彼女の肩を抱き寄せる。
「大丈夫だ、アスモデウス。契約しただろ? お前の幸せは、俺がもたらしてやる」
「……奏夜」
アスモデウスはすぐに指を離すと、闇夜に浮かぶ三日月のような笑みを浮かべた。その笑みはどこか煽情的で、瞳は熱っぽかった。
「は、はれ? お二人は一体いつの間にそのような間柄に……!?」
「あーはいはい。また色々片が付いたら相手してやるから今は妖怪のもとに帰っておきな」
「むぅ、約束ですよ?」
雪女を帰省させ、俺とアスモデウスは二人で影の世界に渡る。相手が悪魔と悪魔使いというのなら、こっちの世界こそ決戦の場に相応しい。
*
ほどなくして、雪女が言った通り女性が空からやって来た。蛇のような尻尾の生えた屈強な騎手に抱えられて。なぁにこれぇ。
白馬王子ならぬ青馬の騎士から、一人の女性が飛び降りた。優雅さと気品を携えた彼女は、金髪青眼の美女だった。
「ご苦労様、バティン。下がりなさい」
どこまでも透き通る声で彼女が言うと、バティンと呼ばれた変態さんは影に溶けるようにして姿を消した。彼女はその様子を見届けると、俺達に向き直る。
「さて、はじめまして。色欲の大悪魔? そちらにいるのは……あなたの契約者かしら?」
「やぁ、はじめまして? 質問の答えは、そうだねぇ……『当代の継承者が、彼のここにいる意味すら察せないほどまで没落しているとは思わなかったよ』かな?」
「黙りなさい劣等種。この指輪が目に入らないのかしら?」
明らかに外国の相手なのに言葉を理解できるのは、念話の仕組みを利用した、いわゆる悪魔言語でやり取りしているからだ。
言葉のドッヂボールののち、イギリス人形のようなお嬢さんは首飾りを見せつけた。ペンダントトップには、六芒星の刻印された指輪が飾られている。
「ソロモンの指輪、ねぇ」
「ええそうよ。これがある限り、あなたは私に逆らえない」
「あはは、冗談。私が何の算段も無しにボティスに情報を掴ませたとでも思っているのかい? だとしたらやはり当代の後継者はやはりおつむが弱い」
「ふん、いきがりが。……そっちの人間、死にたくなければ失せなさい。退けば命は見逃してあげるわ」
彼女はアスモデウスに悪態を吐くと、今度は俺を一瞥した。お? いいのか? そんな迂闊に目を合わせて。
「あー、ソロモン王女殿下? 女王陛下? まあいいや、とりあえず【指輪を渡せ】」
俺は彼女に催眠を掛けてみた。
だが、帰ってきたのは弾かれた感触。
「精神への干渉を、拒絶された……?」
「悪魔を統べる女王たる私が、悪魔の力への対策を怠るはずがないでしょう。さて人間、私は忠告しました。覚悟はできていますね?」
彼女は親指と人差し指で掴んだ指輪をアスモデウスに翳すと、こう告げた。
「さあアスモデウス、王の名の下に命ずわ。その人間を殺しなさい」
そう言って、彼女は笑った。
その笑みは勝ちを確信したもの。
王の血を引く彼女の言葉を前に、色欲の悪魔は――
「いやだけど?」
「……はい?」
――普通に断った。
「え、いや、どうして!?」
「どうしても何も、悪魔にだって意思はある。嫌いな奴の言葉なんて誰が聞くと思うんだい?」
「ちがっ、そうじゃない! だって、あなたたちソロモン72柱は、指輪の権能に逆らえな……」
そこで彼女はハッと気づく。
先ほどまで首にかけていたはずのネックレスがどこにも無いことに。
悪魔を統べる女王も、指輪が無ければただの女。
大悪魔たるアスモデウスが従うはずもない。
狼狽する彼女に、俺はそれを見せつける。
「よう、探し物はこれかよ?」
「な……っ、私のソロモンの指輪! 人間、いつの間に!!」
俺がジャラリとぶら下げたネックレス。
それは彼女が先ほどまでかけていたもので、ソロモンの指輪が付いたものだった。
あっけなく指輪を取られた女を、色欲の大悪魔は楽しそうに嘲笑う。
「あははっ! ソロモンの末裔よ!! 君さ、やっぱりバカなんじゃないの? バティンを下がらせた挙句、指輪の所在まで明かすなんてさぁ、盗んでくれと言ってるようなものじゃないか! 一度は罠かと思ったよ!」
「なっ、私が悪魔に、ましてただの人間に後れを取るわけがありませんわ!」
「ただの人間……ねぇ」
アスモデウスが流し目でこちらを見た。
視線が合うと彼女はフッと笑い、次の瞬間にはまた指輪の後継者に向き直る。
「奏夜がただの人間だったなら、私も楽だったんだけどね」
「な、なにを言って……」
発狂寸前の彼女にネタ晴らしをしてあげる。
おれは完全に時間を停止させることができ、彼女がアスモデウスへの命令を下し終える前に指輪を盗んだのだ。結果、指輪は効能を発揮する前に手元から離れたために命令は無効。
「時間停止……? そんなことが可能な悪魔なんて、まして色欲の悪魔の眷属にできるわけが……」
「分からない? 本当に愚鈍だなぁ。彼は、大悪魔たる私が主と認めた傑物ということさ」
「……っ!」
そこから彼女の行動は迅速だった。
「おっと、逃げれるとでも思ったのか?」
速度は目測40ヤード4.2秒。
人間の限界に迫る速さだ。
ああ、疾いね。
でも、遅い。
俺は時間を止めて彼女の背後を取ると、片手で彼女の両腕を掴み、もう一方の手で彼女の頭を地面に押さえつけた。
なお、ステータス改竄により俺の身体能力は人間の理論値を遥かに上回っているため、彼女がどれだけ鍛えていたとしても俺からは逃げられない。
「くっ、殺せ!」
時間を解除すると、彼女はすぐさま現状を理解し、先のように声を荒げた。
「あーうん。そのつもりだった、というか、指輪を奪ったら、悪魔を呼び出してけしかけるつもりだったんだけどね。予想外に君が可愛らしいから、俺のメス奴隷にする事にしたよ」
俺が宣言すると、彼女はぎりぎりと歯を噛んだ。
「この、煩悩に脳を犯された外道どもが」
「これから子宮を犯される人に言われても……」
「くっ、覚えておきなさい。高貴な私は淫乱だけが取り柄の貴様らとは違う。性欲なんかに屈したりしない!」
おーおー。
イきっちゃって。
とりあえずあいさつ代わりだ。
彼女の首から上だけを残して残りの時間軸を切り取る。この間体に蓄積された快楽は、時間停止解除と共に彼女の脳を犯しつくす。出雲を相手にした時と同じようなトリックだな。さて、どんな声で鳴いてくれるのか愉しみだな。
「お……ご……ぁ!? なにっ、なにこりぇ!? あっ♥あっ♥あ゛ッ♥♥イッグウウウゥゥゥゥゥゥ!?」
「あっはっは! つい2秒前の威勢はどうした!」
「ひぐっ♥ああぁぁぁあぁぁ♥♥止めてぇぇぇ!! こんなの耐えられないぃぃぃ♥♥」
「止めてほしいか? だったら件の悪魔への対抗策ってのを解除しろ」
「いやぁぁぁぁぁ!! おか、犯されるぅぅ!!」
「嫌なの? ならもう一回絶頂しよっか」
「待っ――」
はーい時間停止しまーす。
その間におっぱいもおまんこも散々弄ると。
蓄積された快楽のお代わりを召し上がれ。
「――っでぇぇぇぇ!? っ♥っ♥んほぉぉぉぉ!?」
「おいおい、汚い鳴き声だな。高貴が聞いてあきれるぜ」
「しらっしらないっ♥こんな気持ちいいなんて聞いてないぃぃぃ♥♥しんじゃ、死んじゃうっ♥♥」
「死にたくなかったら、言うことがあるだろ」
「ごめんなさぃぃぃぃぃ♥♥」
「違うだろォォォ!!」
おっと、俺の中の議員が出てきてしまった。
二度の蓄積快楽絶頂を受けてなお、彼女は学んでいないらしい。良かろうもん。どっちが先に折れるかの根比べだ。
「ひっぐぅぅぅぅぅ!! イグッイグッ♥♥イっぢゃうのおおぉぉぉぉ♥♥」
「おら、三度目のチャンスだ。悪魔への対策ってのを取り下げな。今壊れるよりマシだろう?」
「ひぃっ! わ、分かりました、承知しましたからっ、この快楽を止めてぇぇぇぇ!!」
「本当だな? よし、一時的に止めてやる」
ということで、彼女の快楽中枢だけを残して時間を停止する。快楽の波は収まったわけではないが、少なくともこの停止した世界で彼女は快楽に苛まれる事は無い。
そして、時間を停止した瞬間だった。
「はぁ、はぁ……死ねぇッ!!」
怨嗟の籠った声で、彼女は俺に手刀を繰り出した。
「はぁ、愚かな」
俺は黙って、時間停止を解除する。
瞬間、鳴りを潜めていた快楽は彼女に牙を剥き、彼女は白目を向いて潮を吹いた。
「ぴぎゃぁぁぁぁ!! またイっちゃうぅぅぅ♥♥」
「いい加減学べよ。お前はもう悪魔を統べる者じゃない。抗う術を失った、ただの女に過ぎないってことをさ」
「んあぁぁぁあっあぁぁっ♥♥やぁ♥」
彼女はイヤイヤと首を振った。
ガクガクと腰を振りながら。
(奏夜……それくらいにしておきなよ。出雲ちゃんみたいに心停止したら困るだろう?)
確かに。あの時は催眠で無理やり心臓を動かしたけど、こいつの場合レジストしてそのままぽっくりいっちまいそうだもんな。
(アスモデウス、なんかいい策は無いか?)
(奏夜に思いつかないなら私にも思いつかないさ……と、言いたいところだけどね。手はあるよ)
(本当か! 助かる)
(いいかい?)
アスモデウスの作戦はこうだった。
(まず、ソロモンの指輪を使って序列11番のグシオンを呼び出すんだ。彼は召喚した者の様々な質問に答えられる能力者でね。彼ならこの小娘がめぐらせている悪魔への対抗策も教えてくれるはずさ)
(え、ソロモンの指輪って俺にも使えるの?)
(使えないなら、使えるような能力を生み出せばいいだろう?)
……なるほど。
アスモデウスを攻略したことで成長した悪魔としての才覚を使用し、新能力を開発する。
そういうことだな。だったら。
「【肉人形】」
「えぇ……、今の会話からそこに繋がるのかい?」
何もない空間に、精巧なデッサン人形のようなものが現れた。俺にとっては想像通りなのだが、アスモデウスからはドン引きされた。解せぬ。
「まあ見てろって」
俺は指輪の継承者のもとまで行くと、髪の毛を一本プツリと抜いた。それを持ち帰ると今度はデッサン人形の頭部に埋め込む。
すると、デッサン人形は見る見るうちに瑞々しい肉感を得て、ソロモンの末裔の彼女そっくりの見た目に変貌した。
「なにそれ……」
「埋め込まれたDNAを読み取り、変化するラブドールだ。血も通っているし、声も出せる。な?」
生みだされた肉人形は「はい」と声に出してこくりと頷いた。俺は彼女に指輪を持たせて指示を出す。
「【肉人形】、ソロモンの指輪で序列11番のグシオンを呼び出してくれ」
「承知、いたしました」
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ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
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