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4 新たな客
4-4 昼餐
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正餐のテーブルの中央にはラグランジュ伯爵夫人。
夫人の右側には男が三人、グラモン侯爵、リュミニー子爵セドリック、エヴァン。
左側には女が三人で、ベルシー女公爵、公爵令嬢、そしてジュリー。
これで昼餐の出席者は全員だった。
昼餐の出席者の男は三人、ジュリーはアナイスと考えたときに三人目の名前がどうしても思い浮かばなかった。けれど、昼餐に来てみれば、それはセドリックの友人のエヴァンだと分かった。
ジュリーはエヴァンをよく知らない。彼がどういう地位にあるのか、どんな理由でこの場に呼ばれているのか知らない。
もしエヴァンが、セドリックの友人だからという理由だけで昼餐に呼ばれたのなら、自分の友人のアナイスも、この場にいてくれたらよかったのに、とジュリーは思った。
昼餐は主賓の健康を祝して乾杯から始まった。
食事と会話がが進むうち、テーブルについている全員がごく親しい関係にあるということがジュリーにも分かって来た。伯爵夫人と女公爵については爵位の称号で呼ぶが、公爵令嬢のことは皆がエリザベットと敬称なしで呼んでいるし、セドリックとエヴァンについてもそうだった。そしてお互いに、かなり遠慮のない口調で話をしている。
ジュリーが戸惑っているとセドリックが教えてくれた。
「私たちは、子どもの頃から付き合いがあって、会うとすぐにこんな風になってしまうんです」
「うらやましいことですわ」
ジュリーは微笑み、セドリックも微笑を返した。
グラモン侯爵は本人の名前ではなく、ただ「グラモン」と呼ばれていたが、それについては侯爵本人が次のように説明してくれた。
「私の名前は正しくはジャン・ピエール・アレクサンドル・フランソワというのです。不仲だった私の両親と親戚一同が、思いついた名前を全部付けたもので、全部を呼ぶには長すぎるし、一部の名前で呼ぶと角が立つ。というわけで、親しい内では、私は家の名前をとってグラモンと呼ばれるに至ったのです」
グラモン侯爵が大真面目に言い切ったところで、エリザベットがくすくすと笑った。
「『グラモン』は私が最初に呼び始めた、あだ名なの。わかりやすくて便利でしょう?」
そして当然のようにジュリーも敬称なしで呼ばれることになった。エリザベットはジュリーに言った。
「あなたのことはジュリーとお呼びしていいかしら?」
「光栄です」
「どこのジュリー?」
「ロッティルド家です。レーヌ地方の出身です。私の兄が、ラグランジュ夫人の従妹のご息女の夫になっています」
前にセドリックに同じ質問をされた時、ジュリーは答えなかったのだが、今回は逃げられなかった。ジュリーの答えを聞いて公爵令嬢は結論をまとめた。
「それはラグランジュ伯爵夫人の遠縁ということね。でも、セドリックの友達なら、あなたは私の友達よ」
ひとしきりラグランジュ夫人の山荘を褒めたところで、話題はベルシー女公爵と令嬢の旅行の話に移った。二人は周辺諸国を巡る一年あまりの旅行から、最近戻ったばかりだった。
伯爵夫人が女公爵に話しかけた。
「フォーグル国では国王夫妻を表敬訪問なさったのと聞いたわ」
「ええ。国王ご夫妻はエリザベットとも年が近いから、すっかり打ち解けてられて。最後はご夫妻だけの前でエリザベットが演奏して、大変お褒めをいただいたのよ」
ベルシー女公爵は誇らしげだった。女公爵とその令嬢は音楽愛好家で後援者だったが、令嬢のピアノ演奏の腕前もかなりの域に達していた。
「この後はずっと王都に?」
「王都の邸宅のことは娘に任せて、私は領地に戻ります」
「まあ、じゃあ、あなたの音楽サロンはどうなさるの? 私も再会を楽しみにしていましたのに」
ベルシー女公爵の邸宅は音楽家が集う場所で、いつ訪れても誰かしら著名な音楽家の演奏があった。伯爵夫人はそのサロンに音楽を聴きに行く常連客の一人だった。邸宅の女主人が旅行に出る前までは毎日のように音楽の夕べが開かれ、時には本格的な音楽会があって大勢の客が訪れていた。
女公爵が所領に戻るということはそれらの主催者がいなくなるということで、伯爵夫人は大げさに残念がった。
ベルシー女公爵は娘の方を横目で見た。心得て、エリザベットが伯爵夫人に答えた。
「音楽サロンは、私が引き継ぐことにいたしました」
「あなたが?」
「せっかくの機会ですから顔ぶれも一新しようと思いまして。私の年齢と同じくらいの、若い音楽家を発掘して世に送り出すつもりです」
「それはご立派なお考えね」
伯爵夫人は二度うなずいた。
「それで、お手紙でお願いしたことなんですけどね……」
「もちろん。そのピアノなら喜んで差し上げますわ。新たなサロンのお祝いにぴったりだわ」
「ピアノ?」
と、今まで寡黙だったグラモン侯爵が口をはさんだ。エリザベットは得意げに説明した。
「名職人レヴィエが作った装飾ピアノよ。レヴィエは、装飾ピアノは二台しか作らなかったの。私がフォーグル国の宮殿で見たのは琥珀色に塗られた素敵なピアノでね、彫刻も見事で本当に芸術品。化粧台みたいに見えて実はアップライトピアノ。素敵ですねと褒めたら、もう一台は我が国に、しかもラグランジュ伯爵の所にあるはずだというのよ」
夫人の右側には男が三人、グラモン侯爵、リュミニー子爵セドリック、エヴァン。
左側には女が三人で、ベルシー女公爵、公爵令嬢、そしてジュリー。
これで昼餐の出席者は全員だった。
昼餐の出席者の男は三人、ジュリーはアナイスと考えたときに三人目の名前がどうしても思い浮かばなかった。けれど、昼餐に来てみれば、それはセドリックの友人のエヴァンだと分かった。
ジュリーはエヴァンをよく知らない。彼がどういう地位にあるのか、どんな理由でこの場に呼ばれているのか知らない。
もしエヴァンが、セドリックの友人だからという理由だけで昼餐に呼ばれたのなら、自分の友人のアナイスも、この場にいてくれたらよかったのに、とジュリーは思った。
昼餐は主賓の健康を祝して乾杯から始まった。
食事と会話がが進むうち、テーブルについている全員がごく親しい関係にあるということがジュリーにも分かって来た。伯爵夫人と女公爵については爵位の称号で呼ぶが、公爵令嬢のことは皆がエリザベットと敬称なしで呼んでいるし、セドリックとエヴァンについてもそうだった。そしてお互いに、かなり遠慮のない口調で話をしている。
ジュリーが戸惑っているとセドリックが教えてくれた。
「私たちは、子どもの頃から付き合いがあって、会うとすぐにこんな風になってしまうんです」
「うらやましいことですわ」
ジュリーは微笑み、セドリックも微笑を返した。
グラモン侯爵は本人の名前ではなく、ただ「グラモン」と呼ばれていたが、それについては侯爵本人が次のように説明してくれた。
「私の名前は正しくはジャン・ピエール・アレクサンドル・フランソワというのです。不仲だった私の両親と親戚一同が、思いついた名前を全部付けたもので、全部を呼ぶには長すぎるし、一部の名前で呼ぶと角が立つ。というわけで、親しい内では、私は家の名前をとってグラモンと呼ばれるに至ったのです」
グラモン侯爵が大真面目に言い切ったところで、エリザベットがくすくすと笑った。
「『グラモン』は私が最初に呼び始めた、あだ名なの。わかりやすくて便利でしょう?」
そして当然のようにジュリーも敬称なしで呼ばれることになった。エリザベットはジュリーに言った。
「あなたのことはジュリーとお呼びしていいかしら?」
「光栄です」
「どこのジュリー?」
「ロッティルド家です。レーヌ地方の出身です。私の兄が、ラグランジュ夫人の従妹のご息女の夫になっています」
前にセドリックに同じ質問をされた時、ジュリーは答えなかったのだが、今回は逃げられなかった。ジュリーの答えを聞いて公爵令嬢は結論をまとめた。
「それはラグランジュ伯爵夫人の遠縁ということね。でも、セドリックの友達なら、あなたは私の友達よ」
ひとしきりラグランジュ夫人の山荘を褒めたところで、話題はベルシー女公爵と令嬢の旅行の話に移った。二人は周辺諸国を巡る一年あまりの旅行から、最近戻ったばかりだった。
伯爵夫人が女公爵に話しかけた。
「フォーグル国では国王夫妻を表敬訪問なさったのと聞いたわ」
「ええ。国王ご夫妻はエリザベットとも年が近いから、すっかり打ち解けてられて。最後はご夫妻だけの前でエリザベットが演奏して、大変お褒めをいただいたのよ」
ベルシー女公爵は誇らしげだった。女公爵とその令嬢は音楽愛好家で後援者だったが、令嬢のピアノ演奏の腕前もかなりの域に達していた。
「この後はずっと王都に?」
「王都の邸宅のことは娘に任せて、私は領地に戻ります」
「まあ、じゃあ、あなたの音楽サロンはどうなさるの? 私も再会を楽しみにしていましたのに」
ベルシー女公爵の邸宅は音楽家が集う場所で、いつ訪れても誰かしら著名な音楽家の演奏があった。伯爵夫人はそのサロンに音楽を聴きに行く常連客の一人だった。邸宅の女主人が旅行に出る前までは毎日のように音楽の夕べが開かれ、時には本格的な音楽会があって大勢の客が訪れていた。
女公爵が所領に戻るということはそれらの主催者がいなくなるということで、伯爵夫人は大げさに残念がった。
ベルシー女公爵は娘の方を横目で見た。心得て、エリザベットが伯爵夫人に答えた。
「音楽サロンは、私が引き継ぐことにいたしました」
「あなたが?」
「せっかくの機会ですから顔ぶれも一新しようと思いまして。私の年齢と同じくらいの、若い音楽家を発掘して世に送り出すつもりです」
「それはご立派なお考えね」
伯爵夫人は二度うなずいた。
「それで、お手紙でお願いしたことなんですけどね……」
「もちろん。そのピアノなら喜んで差し上げますわ。新たなサロンのお祝いにぴったりだわ」
「ピアノ?」
と、今まで寡黙だったグラモン侯爵が口をはさんだ。エリザベットは得意げに説明した。
「名職人レヴィエが作った装飾ピアノよ。レヴィエは、装飾ピアノは二台しか作らなかったの。私がフォーグル国の宮殿で見たのは琥珀色に塗られた素敵なピアノでね、彫刻も見事で本当に芸術品。化粧台みたいに見えて実はアップライトピアノ。素敵ですねと褒めたら、もう一台は我が国に、しかもラグランジュ伯爵の所にあるはずだというのよ」
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