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2 舞踏会
2-7 翌朝
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朝になった。山荘全体が静かだった。夜明けまで続いた舞踏会のために、主人も客人もそれぞれの部屋に引き取って休んでいた。
結局アナイスとジュリーは舞踏会を中座し、真夜中を待たない時間にぐうぐう寝てしまった。山荘に滞在する客人の中では、二人だけが午前中から起きていた。
明るい日の光を浴びると前向きな気持ちになった。早起きしたアナイスは、いつものようにのジュリーを起こしに行ったた。二人だけで部屋で朝食をとった。親友の変わりない様子にジュリーはほっとした。
昼過ぎには山荘の客人たちが揃った。二人も身なりを整えて食堂に行き、昼食をとった。その後で部屋に戻ると執事がやって来た。
執事は手に持っていた扇をさしだした。
「アナイスお嬢様の扇でございます」
アナイスはあっと叫んだ。扇のことなど、すっかり忘れていた。
「先日の舞踏会でお忘れになったとか。軸の部分に不具合がみられましたので勝手ながら調整いたしました」
「ありがとうございます、修繕までしていただいたなんて」
アナイスは受け取った扇をいったん開き、また閉じた。問題はなかった。
「まだ不具合がありましたらいつでもお申し付けください」
執事は一礼した。アナイスもお辞儀をしてお礼を言った。
「いいえ、大丈夫です。失くしたと思っていました、助かります」
「見つけてくださったのは、どなた?」
とジュリーが訊いた。
質問に、執事は首を傾げた。
「さあ、わたくしも言付かっただけですので。お探しした方がよろしいでしょうか?」
アナイスとジュリーは顔を見合わせた。アナイスが言った。
「いえ、結構です。ありがとうございました」
執事は去っていった。
「親切な人がいるものね」
ジュリーはささやき、アナイスは同意した。
「本当に、そうね」
夕方近くになって、アナイスはラグランジュ伯爵夫人から直々に呼び出された。ジュリーも一緒だった。
しばらく待ってから伯爵夫人は現れた。夫人のドレスは最新の流行を取り入れ、顔は入念に化粧をし、頭飾りは専属の職人に毎日新調させた帽子で飾っていた。
「よく来て下さったわね、かわいらしいお嬢さんたち」
ラグランジュ伯爵夫人はまずアナイスに呼びかけた。先日の舞踏会で給仕が起こした事故を詫び、汚れたドレスに代わって新しいドレスを提供すると申し出た。
「ごめんなさいね。私からのお詫びの気持ちをお受け取りになってね」
「そんな、奥様、お心遣いをいただくだけで結構です」
「いいえ」
ラグランジュ伯爵夫人は譲らなかった。
「私には娘がないから……一度若い人にね、ドレスをデザインするのをやってみたかったのよ」
ラグランジュ伯爵夫人は本音を言った。彼女はいつも自分自身は入念な装いを凝らし、流行をけん引しているとの自負があった。それを年の離れたアナイスでも実践するつもりだった。
ラグランジュ伯爵夫人の専属で、天才縫製士と名高いカロラがアナイスの寸法を測った。夫人はカロラに言った。
「大急ぎで仕上げたら、音楽夜会には間に合うわね?」
「もちろんですとも奥様」
カロラはアナイスにも言った。
「明日は仮合わせを」
通常なら三日かかるところを、明日と言われてアナイスは驚いた。しかし伯爵夫人もカロラも当然のような顔をしていた。
アナイスは断り切れなかった。それに、新しいドレスは必要だった。
次に伯爵夫人はジュリーを抱きしめて言った。
「あなたね、私の甥と最初に踊ってくださったのは」
「あの……」
夫人が大変感激した様子だったのでジュリーはとまどった。
「セドリックが誰かと踊る気があるのか、踊るなら誰と踊るのか心配していたところだったの」
彼女のは四人の息子は全員結婚し、独立した所領を持っていた。子供たちが片付いたところで、次は独身の甥の世話を焼く番なのだった。
「甥はあなたのことが気に入ったみたいだし、あなたもそう思ってくださるとうれしいわ」
夫人は明るく言った。
ジュリーはぎょっとした。アナイスは目をそらした。
大変なことになったと感じた。
事態が自分たちの手の届かないところに動き出している。そんな風に思った。
結局アナイスとジュリーは舞踏会を中座し、真夜中を待たない時間にぐうぐう寝てしまった。山荘に滞在する客人の中では、二人だけが午前中から起きていた。
明るい日の光を浴びると前向きな気持ちになった。早起きしたアナイスは、いつものようにのジュリーを起こしに行ったた。二人だけで部屋で朝食をとった。親友の変わりない様子にジュリーはほっとした。
昼過ぎには山荘の客人たちが揃った。二人も身なりを整えて食堂に行き、昼食をとった。その後で部屋に戻ると執事がやって来た。
執事は手に持っていた扇をさしだした。
「アナイスお嬢様の扇でございます」
アナイスはあっと叫んだ。扇のことなど、すっかり忘れていた。
「先日の舞踏会でお忘れになったとか。軸の部分に不具合がみられましたので勝手ながら調整いたしました」
「ありがとうございます、修繕までしていただいたなんて」
アナイスは受け取った扇をいったん開き、また閉じた。問題はなかった。
「まだ不具合がありましたらいつでもお申し付けください」
執事は一礼した。アナイスもお辞儀をしてお礼を言った。
「いいえ、大丈夫です。失くしたと思っていました、助かります」
「見つけてくださったのは、どなた?」
とジュリーが訊いた。
質問に、執事は首を傾げた。
「さあ、わたくしも言付かっただけですので。お探しした方がよろしいでしょうか?」
アナイスとジュリーは顔を見合わせた。アナイスが言った。
「いえ、結構です。ありがとうございました」
執事は去っていった。
「親切な人がいるものね」
ジュリーはささやき、アナイスは同意した。
「本当に、そうね」
夕方近くになって、アナイスはラグランジュ伯爵夫人から直々に呼び出された。ジュリーも一緒だった。
しばらく待ってから伯爵夫人は現れた。夫人のドレスは最新の流行を取り入れ、顔は入念に化粧をし、頭飾りは専属の職人に毎日新調させた帽子で飾っていた。
「よく来て下さったわね、かわいらしいお嬢さんたち」
ラグランジュ伯爵夫人はまずアナイスに呼びかけた。先日の舞踏会で給仕が起こした事故を詫び、汚れたドレスに代わって新しいドレスを提供すると申し出た。
「ごめんなさいね。私からのお詫びの気持ちをお受け取りになってね」
「そんな、奥様、お心遣いをいただくだけで結構です」
「いいえ」
ラグランジュ伯爵夫人は譲らなかった。
「私には娘がないから……一度若い人にね、ドレスをデザインするのをやってみたかったのよ」
ラグランジュ伯爵夫人は本音を言った。彼女はいつも自分自身は入念な装いを凝らし、流行をけん引しているとの自負があった。それを年の離れたアナイスでも実践するつもりだった。
ラグランジュ伯爵夫人の専属で、天才縫製士と名高いカロラがアナイスの寸法を測った。夫人はカロラに言った。
「大急ぎで仕上げたら、音楽夜会には間に合うわね?」
「もちろんですとも奥様」
カロラはアナイスにも言った。
「明日は仮合わせを」
通常なら三日かかるところを、明日と言われてアナイスは驚いた。しかし伯爵夫人もカロラも当然のような顔をしていた。
アナイスは断り切れなかった。それに、新しいドレスは必要だった。
次に伯爵夫人はジュリーを抱きしめて言った。
「あなたね、私の甥と最初に踊ってくださったのは」
「あの……」
夫人が大変感激した様子だったのでジュリーはとまどった。
「セドリックが誰かと踊る気があるのか、踊るなら誰と踊るのか心配していたところだったの」
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「甥はあなたのことが気に入ったみたいだし、あなたもそう思ってくださるとうれしいわ」
夫人は明るく言った。
ジュリーはぎょっとした。アナイスは目をそらした。
大変なことになったと感じた。
事態が自分たちの手の届かないところに動き出している。そんな風に思った。
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