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第13話 半分の気持ち
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「ポールに、レイモンだね……」
宿の女主人はまず見知った顔と挨拶を交わす。その後、私たちに気づいて言う。
「女連れだなんて初めて……一緒なら、もっといい所に行けばいいのに」
ポールは首を横に振る。
「ここが最善の場所。僕は道案内。今日の部屋は別で、彼女たちは二階、僕たちは離れ」
「あら、それはつまらないことだね」
女主人は大げさに残念がり、ポールが苦笑いをする。
続いて彼女はローラと私に向き直る。たくましい手を差し出されたので私は握手をする。
これはきっと商売人たちの挨拶のやり方だ。
「私はシルヴィだよ。何でも、困ったことがあったら言ってちょうだいよ、部屋のことでも、」
ここでシルヴィはわざと声をひそめる。
「……あんたの連れのことでもね、何でもね。大丈夫だった? 不愉快なことはない?」
「聞こえてるよ、シルヴィ」
「おや、私は何も言ってないよ」
女主人は豪快に笑う。ポールが困ったように私を見るので私も彼に目線を返す。
それからシルヴィに言う。
「私はミルテです。彼女は女中のローラ」
「一晩ご厄介になります」
ローラはいったんお辞儀をして、それからやっぱり女主人と握手をする。
「ミルテとローラね、よろしくね!」
ローラと私が通されたのは二階の個室。王侯貴族の部屋と同じいうわけにはいかないけれど、落ち着いて休むには十分。
女主人はにやにやしながら私の顔色をうかがった。
「で、どうなの? あいつらが……レイモンは、ないね、……ポールがあんたの部屋に入ろうとしたら、追い出した方がいい? それとも黙って通そうか?」
「そんなことは起きないと思いますけど……」
「けど?」
シルヴィはどうしても、はっきりとした私の答えを聞きたがっている。仕方なく私は言う。
「追い返してください、お願いします」
「了解だよ、お嬢さん。まかせとき!」
女主人はぽんと自分の腕を叩いた。
***
宿の使用人が呼びに来て私たちは階下の食堂に降りる。すでにテーブルにはポールとレイモンがいる。
私たちがテーブルにつくとポールが聞いた。
「少しは休めた?」
「大丈夫。ローラも。ありがとう」
パンと熱いスープが何よりのごちそう。それにゆでた豆のサラダと焼肉が出された。
レイモンは麦酒に心地よく酔っている。
到着した時とは打って変わって食堂内は大賑わい。男も女も、老いも若いも、ここにいるほとんどは街や村を移動する商人たちに違いない。
大きなテーブルが並び、ベンチには人々がくっつくようにして座る。立って歩いてテーブルを回る者もいる。
とにかく皆、声が大きい。よく飲み、食べ、しゃべる。テーブルの向いにいる私たちも大声を張り上げなければ会話が聞こえない。
明日の出発について私たちが話していると、誰かが両取っ手のついた酒壺を持って私たちのテーブルにやって来た。ひげをはやした、中年くらいの男。すこし酔いが回っているようだ。
「よう、ポール、景気はどうだい……」
ひげの男は言って、ポールの隣に身体をねじ込む。すでにベンチは混み合っていると言うのに、無理やりそこに座った。
「土地を買って領主になったそうじゃないか、商売をやめて腰を落ち着ける気か? あ? まだ若いのに……」
そこまで言って私と目が合う。男は目を丸くした。
「おや、こんな所にポールの連れのお嬢さんが。あんたの名前、何て言うの?」
「僕が彼女の道案内」
ポールが割って入って先に答える。
「ただの道案内?」
「そうだよ」
男は一瞬口を閉じてから、わざとらしくポールと私との顔を見比べる。今度は私に話しかける。
「お嬢さん、こいつが最近土地を買ったものだからね、奴は近く結婚するつもりだって、仲間内じゃあ皆そう言ってる……」
「それは、ない」
ポールは即座に否定する。なおも何かを言おうとする男の腕を引っ張り上げ、二人でベンチから立ち上がる。
ポールは男に言う。
「一杯おごるから、あっちに行こう」
「ぜひ、そうされたいものだ」
二人は連れ立って歩き出す。去り際にポールはちらりと私の方を見る。
「すまない、また明日」
別のテーブルに向かっていくと、気づいた人々が場所をあけてポールを座らせる。彼を取り囲んで矢継ぎ早に話しかける。
酒壺がいくつも運ばれてくる。入れ替わり立ち代わり、人がポールの横に座っては酒杯を空ける。ひっきりなしに人が来ては彼と話したがる。
「おい、ミルテ」
レイモンに呼び掛けられて、私はふと我に返った。
「奴ばかり見るな。ポールじゃなくて俺を見てくれ」
レイモンが不満そうに焼肉にかじりついている。
「別に私……」
「ポールが気になるんだろう?」
「……」
私は黙り込む。何と答えたものか、自分でも分からない。
「いいさ、こうなることは想定済みだ。奴だって、あんたのおかげでずいぶんと恩恵をここう被ったことだしな」
「恩恵?」
「そうそう、新しい土地に来てさ、すんなり領主として受け入れられるってのは、本当に幸運なんだ」
確かに、私たちの村で、彼はすっかり領主として馴染んでいる。彼の人柄と、領主としてのやり方が歓迎されたから。
「それが私のせい?」
「ほら、初めて会った時さ、あんたの素性が分からないからって、奴は必死になって探してて、そしたら皆が妙に親切にしてくれたっけ」
「……ポールは土地の秘密を探しに来たとも言ってたわよ。それで人々とよく話す機会があったんじゃないかしら」
「ああ、でもそれは、取っ掛かりができた後の、次の話だな……」
私が『取っ掛かり』?
私が村でポールと会ったのは、二度目の人生のおかげだ。一度目のときには領主館に出掛けなかったし、彼が領主と知らなかった。
あの時は私も領地の皆も、新しい領主のお手並み拝見と、どこか冷めた目で遠巻きにしていたかもしれない。
私が思いを馳せている間に、酔っぱらったレイモンはローラにからんだ。
「そういえば、ローラ、あんたの出してくれたお茶はすごかったなあ。眠い朝もいっぺんで目が覚めたよ」
それを聞いて、ローラは黙ってふふふと笑うだけ。それについては、私も気になっていたので尋ねた。
「ローラ、何のお茶を出していたの?」
「薬草茶ですよ。よくお仕事がはかどりますようにという、老婆心でございますね……」
なるほど、確かに屋敷の中で一番苦いお茶だ。
薬草茶は、私は嫌いだけし、フィリップも飲まない。だけど、身体にいいと信じてローラは毎日飲んでいる。
飲み始めはものすごく苦く、でも、慣れてくるとそれがおいしく感じるのだと、彼女は言っていた。
ローラはふう、とため息をついて話を続ける。
「でも、残念なことには、作り置きを切らしてしまって、あのお茶は、おふた方のおいでになった初日しかお出しできなかったのです。他の日は普通のお茶を濃い目でお出ししたんですけど……」
私は横目でレイモンを見る。彼はばつが悪そうに言う。
「初日で懲りて、俺はもう飲まなかったんだ。ポールは飲んでたみたいだけど」
「……」
話がつながった。
ローラはちゃんと私の言いつけを守って苦いお茶を出していたのだし、ポールの言っていたことも嘘ではなかった。
ローラはさらにうれしそうにレイモンに言う。
「あのお茶でしたら、今は持ち合わせがあります。明日朝、お出ししましょうか」
「いやいや、結構、あれだけは勘弁願います」
「飲まず嫌いではございませんか? ぜひ一杯」
「いやいやいや、本当に、飲んだからこそ言うんです」
ローラの申し出からレイモンは必死に逃げる。断られてローラは笑う。
シルヴィが食堂に現れる。手を打って、「お開き、お開き」とテーブルの間を叫んで回る。
それを合図に客たちが一斉に引き上げていく。一人の例外もない。商人たちは明日の仕事を大事にしているのだ。
レイモンもポールと連れ立って出口の方へ向かう。私が心配していると思ったのか、シルヴィがやって来て言った。
「泊まるのは、男たちは離れの建物。女子供と家族連れは二階。もちろん例外もあるけどね」
その原則に従って、私たちの部屋は二階。ポールたちは隣の建物へ移動した。
「あんたも、もう私たちの仲間さ。さっきポールが、全員に飲み物をおごったから、間違いない」
「全員に?」
「そう。どういう関係なのか知らないけど、あんた、彼に大事に思われてるよ」
「……」
「なにも心配ないよ。朝までぐっすりおやすみ」
目の前にいるのはシルヴィだけど。
「ありがとう。おやすみなさい」
宿の女主人に向かって言いながら、私の気持ちの半分はポールの方へ。
宿の女主人はまず見知った顔と挨拶を交わす。その後、私たちに気づいて言う。
「女連れだなんて初めて……一緒なら、もっといい所に行けばいいのに」
ポールは首を横に振る。
「ここが最善の場所。僕は道案内。今日の部屋は別で、彼女たちは二階、僕たちは離れ」
「あら、それはつまらないことだね」
女主人は大げさに残念がり、ポールが苦笑いをする。
続いて彼女はローラと私に向き直る。たくましい手を差し出されたので私は握手をする。
これはきっと商売人たちの挨拶のやり方だ。
「私はシルヴィだよ。何でも、困ったことがあったら言ってちょうだいよ、部屋のことでも、」
ここでシルヴィはわざと声をひそめる。
「……あんたの連れのことでもね、何でもね。大丈夫だった? 不愉快なことはない?」
「聞こえてるよ、シルヴィ」
「おや、私は何も言ってないよ」
女主人は豪快に笑う。ポールが困ったように私を見るので私も彼に目線を返す。
それからシルヴィに言う。
「私はミルテです。彼女は女中のローラ」
「一晩ご厄介になります」
ローラはいったんお辞儀をして、それからやっぱり女主人と握手をする。
「ミルテとローラね、よろしくね!」
ローラと私が通されたのは二階の個室。王侯貴族の部屋と同じいうわけにはいかないけれど、落ち着いて休むには十分。
女主人はにやにやしながら私の顔色をうかがった。
「で、どうなの? あいつらが……レイモンは、ないね、……ポールがあんたの部屋に入ろうとしたら、追い出した方がいい? それとも黙って通そうか?」
「そんなことは起きないと思いますけど……」
「けど?」
シルヴィはどうしても、はっきりとした私の答えを聞きたがっている。仕方なく私は言う。
「追い返してください、お願いします」
「了解だよ、お嬢さん。まかせとき!」
女主人はぽんと自分の腕を叩いた。
***
宿の使用人が呼びに来て私たちは階下の食堂に降りる。すでにテーブルにはポールとレイモンがいる。
私たちがテーブルにつくとポールが聞いた。
「少しは休めた?」
「大丈夫。ローラも。ありがとう」
パンと熱いスープが何よりのごちそう。それにゆでた豆のサラダと焼肉が出された。
レイモンは麦酒に心地よく酔っている。
到着した時とは打って変わって食堂内は大賑わい。男も女も、老いも若いも、ここにいるほとんどは街や村を移動する商人たちに違いない。
大きなテーブルが並び、ベンチには人々がくっつくようにして座る。立って歩いてテーブルを回る者もいる。
とにかく皆、声が大きい。よく飲み、食べ、しゃべる。テーブルの向いにいる私たちも大声を張り上げなければ会話が聞こえない。
明日の出発について私たちが話していると、誰かが両取っ手のついた酒壺を持って私たちのテーブルにやって来た。ひげをはやした、中年くらいの男。すこし酔いが回っているようだ。
「よう、ポール、景気はどうだい……」
ひげの男は言って、ポールの隣に身体をねじ込む。すでにベンチは混み合っていると言うのに、無理やりそこに座った。
「土地を買って領主になったそうじゃないか、商売をやめて腰を落ち着ける気か? あ? まだ若いのに……」
そこまで言って私と目が合う。男は目を丸くした。
「おや、こんな所にポールの連れのお嬢さんが。あんたの名前、何て言うの?」
「僕が彼女の道案内」
ポールが割って入って先に答える。
「ただの道案内?」
「そうだよ」
男は一瞬口を閉じてから、わざとらしくポールと私との顔を見比べる。今度は私に話しかける。
「お嬢さん、こいつが最近土地を買ったものだからね、奴は近く結婚するつもりだって、仲間内じゃあ皆そう言ってる……」
「それは、ない」
ポールは即座に否定する。なおも何かを言おうとする男の腕を引っ張り上げ、二人でベンチから立ち上がる。
ポールは男に言う。
「一杯おごるから、あっちに行こう」
「ぜひ、そうされたいものだ」
二人は連れ立って歩き出す。去り際にポールはちらりと私の方を見る。
「すまない、また明日」
別のテーブルに向かっていくと、気づいた人々が場所をあけてポールを座らせる。彼を取り囲んで矢継ぎ早に話しかける。
酒壺がいくつも運ばれてくる。入れ替わり立ち代わり、人がポールの横に座っては酒杯を空ける。ひっきりなしに人が来ては彼と話したがる。
「おい、ミルテ」
レイモンに呼び掛けられて、私はふと我に返った。
「奴ばかり見るな。ポールじゃなくて俺を見てくれ」
レイモンが不満そうに焼肉にかじりついている。
「別に私……」
「ポールが気になるんだろう?」
「……」
私は黙り込む。何と答えたものか、自分でも分からない。
「いいさ、こうなることは想定済みだ。奴だって、あんたのおかげでずいぶんと恩恵をここう被ったことだしな」
「恩恵?」
「そうそう、新しい土地に来てさ、すんなり領主として受け入れられるってのは、本当に幸運なんだ」
確かに、私たちの村で、彼はすっかり領主として馴染んでいる。彼の人柄と、領主としてのやり方が歓迎されたから。
「それが私のせい?」
「ほら、初めて会った時さ、あんたの素性が分からないからって、奴は必死になって探してて、そしたら皆が妙に親切にしてくれたっけ」
「……ポールは土地の秘密を探しに来たとも言ってたわよ。それで人々とよく話す機会があったんじゃないかしら」
「ああ、でもそれは、取っ掛かりができた後の、次の話だな……」
私が『取っ掛かり』?
私が村でポールと会ったのは、二度目の人生のおかげだ。一度目のときには領主館に出掛けなかったし、彼が領主と知らなかった。
あの時は私も領地の皆も、新しい領主のお手並み拝見と、どこか冷めた目で遠巻きにしていたかもしれない。
私が思いを馳せている間に、酔っぱらったレイモンはローラにからんだ。
「そういえば、ローラ、あんたの出してくれたお茶はすごかったなあ。眠い朝もいっぺんで目が覚めたよ」
それを聞いて、ローラは黙ってふふふと笑うだけ。それについては、私も気になっていたので尋ねた。
「ローラ、何のお茶を出していたの?」
「薬草茶ですよ。よくお仕事がはかどりますようにという、老婆心でございますね……」
なるほど、確かに屋敷の中で一番苦いお茶だ。
薬草茶は、私は嫌いだけし、フィリップも飲まない。だけど、身体にいいと信じてローラは毎日飲んでいる。
飲み始めはものすごく苦く、でも、慣れてくるとそれがおいしく感じるのだと、彼女は言っていた。
ローラはふう、とため息をついて話を続ける。
「でも、残念なことには、作り置きを切らしてしまって、あのお茶は、おふた方のおいでになった初日しかお出しできなかったのです。他の日は普通のお茶を濃い目でお出ししたんですけど……」
私は横目でレイモンを見る。彼はばつが悪そうに言う。
「初日で懲りて、俺はもう飲まなかったんだ。ポールは飲んでたみたいだけど」
「……」
話がつながった。
ローラはちゃんと私の言いつけを守って苦いお茶を出していたのだし、ポールの言っていたことも嘘ではなかった。
ローラはさらにうれしそうにレイモンに言う。
「あのお茶でしたら、今は持ち合わせがあります。明日朝、お出ししましょうか」
「いやいや、結構、あれだけは勘弁願います」
「飲まず嫌いではございませんか? ぜひ一杯」
「いやいやいや、本当に、飲んだからこそ言うんです」
ローラの申し出からレイモンは必死に逃げる。断られてローラは笑う。
シルヴィが食堂に現れる。手を打って、「お開き、お開き」とテーブルの間を叫んで回る。
それを合図に客たちが一斉に引き上げていく。一人の例外もない。商人たちは明日の仕事を大事にしているのだ。
レイモンもポールと連れ立って出口の方へ向かう。私が心配していると思ったのか、シルヴィがやって来て言った。
「泊まるのは、男たちは離れの建物。女子供と家族連れは二階。もちろん例外もあるけどね」
その原則に従って、私たちの部屋は二階。ポールたちは隣の建物へ移動した。
「あんたも、もう私たちの仲間さ。さっきポールが、全員に飲み物をおごったから、間違いない」
「全員に?」
「そう。どういう関係なのか知らないけど、あんた、彼に大事に思われてるよ」
「……」
「なにも心配ないよ。朝までぐっすりおやすみ」
目の前にいるのはシルヴィだけど。
「ありがとう。おやすみなさい」
宿の女主人に向かって言いながら、私の気持ちの半分はポールの方へ。
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