上 下
16 / 29
第二章 再会

2-8 宮中神殿

しおりを挟む
 王都の城壁の内。董星とうせいが今後の自分の居館となる宮にたどり着くと、ほどなくして王太子の遣いが現れた。
 遣いの男の案内で、董星は馬車で宮中神殿に向かった。高人こうじんも董星に付き従った。
 高人は肩を負傷し手当てを終えたばかりだった。高人は宮に留まるようにと言われたが、彼はそれを断って同行することを選んだ。


 馬車で宮中神殿の門をくぐった後、遣いの男と高人は神殿に上がる階段の下で頭を伏した。神殿に上がることを許されるのは、王族と神官の位を持つ者だけだった。
「ここからは董星殿下おひとりでお進みください」
 董星はうなずいた。
 神殿は、かつて董星が両親とともに王都で暮らしていたころ、頻繁に訪れた場所だ。勝手はよく知っている。
 その当時、董星の父は王太子で母はその妃、董星はその間に生まれた唯一の王子、彼らの住まいは東宮とうぐうだった。


 この日はすでに夕暮れが近く、神殿の中は薄暗かった。祭壇の間に進みながら、董星は次第に昔の記憶がよみがえってくるのを感じた。

 最奥部にあるのはこの国の守護神を祀った祭壇。
 祭壇の前で母が守護神に呼びかけている間、父と子は一歩後ろに下がってそれを聞いていた。力のある母の声を、董星はよく覚えている。母は祭祀をとりしきる女神官でもあったのだ。

 董星が七歳の時に母が亡くなった。母の死に際して、王宮の長老たちは父を「しきたりをやぶったからだ」と責め立てた。詳しい事情は分からないが宮中は異様な雰囲気に包まれた。
 父は国の有力者の娘を公に愛妾とし、やがて国王に即位した。
 愛妾には既に壮宇そううという息子があり、董星より二歳年上の彼が王太子になった。
 この頃、董星は山中の離宮へと隠され、王宮の表舞台から完全に姿を消した。

 夏の間だけ、愛妾とその息子は山中で過ごすことを好んだ。彼女たちが新たに建てた宮殿は、董星が暮らす離宮から山を少し下ったところだった。
 すでに離宮のある場所の、目と鼻の先に新宮を作るとは。離宮とそこにいる董星は存在しないも同然、彼女たちの権力を示しているように思えた。

 董星は新宮に滞在している王子たちと接触することを禁じらた。それでも年の近い董星と壮宇の二人の王子はお互いを意識せずにはいられなかった。
 うっかり近づいてしまった時には、董星は慌てて身を潜めた。壮宇は董星が逃げるのを面白がって追い回すこともあった。
 そうやって暮らしているうちに、四年前の董星が十二歳の時、央華おうかと出会い、別れたのだった。


 祭壇には先客があった。
 ここに入れるのは王族か神官。壮宇が来ているのか? 董星を呼びつけたのは彼だ。
 いや、違う。祈祷をしているのは女だ。彼女は……。

 董星は思わず走り寄ってささやいた。
「央華!」
「董星ね!」
 央華も振り返った。二人は祭壇の脇で身をひそめるようにしゃがみこんで向き合った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

もう一度だけ。

しらす
恋愛
私の一番の願いは、貴方の幸せ。 最期に、うまく笑えたかな。 **タグご注意下さい。 ***ギャグが上手く書けなくてシリアスを書きたくなったので書きました。 ****ありきたりなお話です。 *****小説家になろう様にても掲載しています。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

機姫想杼織相愛 ~機織り姫は、想いを杼に、相愛を織る~

若松だんご
恋愛
――最高の布を織るためには、機織り女は、男を知ってはならない。 師匠でもある亡き祖母から、強く言われて育った里珠。 その言葉通り、十八になるまで、男も知らず、ただひたすらに機織りに熱中していたのだけど。 ある日、里珠の家の庭に落ちてきた男。如飛。 刑吏に追われていた彼に口づけられ、激しいめまいのような、嵐のような情動に襲われる。 けれど、それは一瞬のことで。もう永遠に彼には会わないと思ってたのに。 ――面を上げよ。 いきなり連れてこられた皇宮で。里珠を待っていたのは、如飛。 彼は、この国の新しい皇帝で。自分を支えてくれる〝陰陽の乙女〟を捜していた。 代々皇帝の一族は、庶民にはない魔力を持って国を治めていて。その膨大な魔力を維持するためには、身の内にある陰陽を整えなくてはいけなくて。乙女は、皇族と交わることで、陰陽の均衡を保つ存在。 ゆえに、乙女なしに、皇帝には即位できず、如飛は、自らの乙女を必要としていた。 「別に、お前をどうこうしようとは思っていない。ただこの後宮で暮らしてくれればよい」 そう、如飛は言ってくれて、里珠のために、新しい機と糸を用意してくれるけど。 (本当に、それだけでいいの?) 戸惑う里珠に、重ねて如飛が言う。 「愛してもないのに交わるのは、互いに不幸になるだけだ。俺は、国のためだけに誰かを不幸にしたくない」 里珠を想うからこそ出た言葉。過去にいた、悲しい乙女を知っているからこそ、如飛は里珠を不幸にしたくなかった。 それらすべてを知った里珠は、如飛の危機に駆けつけて――? 街の機織り女と力を操る皇帝の、真っ直ぐ一途な恋物語。

処理中です...