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第一章 出会い
1-6 木の下
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夕方からは本当に雨になった。
翌朝には晴れて、央華は董星を神殿の外へ行こうと誘った。
「キノコ狩り?」
「雨の後だから、よく出てるの」
二人はカゴを背負った。
閉ざされた山門の前に立ち、董星は緊張して門を見上げた。
央華が進み出て片手で門扉を押すと、重そうな扉は外側に向かって開いた。
あまりにもあっけなく開いたので董星は拍子抜けしてつぶやいた。
「ずいぶん簡単に開くんだ」
「そうよ。出たいと思えばいつでも開くんだって」
蓉杏が言っていたのと同じことを央華も言った。そして実際にその通りだった。
周辺の木の根元や茂みを探って、キノコを拾い集めながら二人は歩いた。
思いがけなく大量だった。知らない種類の物もあったが、
「とにかく持っていけば蓉杏が教えてくれるよ」
と央華が言った。
「毒はない?」
「毒キノコは、この辺には生えてないって言ってたよ」
二人でキノコ採りに熱中し、足元ばかりを見つめて歩いていると、いつのまにか見覚えのある木の下に来ていた。
董星は木を見て、しまった、と思った。
あの日、董星は人を避けてこの木に登り、落ちて、気を失った。
この木のそばで、会ってはいけないあいつと遭遇しそうになってしまったのだ。
もしかしたらまた、あいつがこの周辺にまで来ているかもしれない。
一方で董星は、自分の知っている場所に出たことに安堵してもいた。紫煙殿の場所も大体分かった。
案外遠くない。山を下っていけばこの木に、もっと下れば自分の宮にまで帰り着く。
このまま走ったら帰れる。帰ろうか?
立ち止まってじっと木を見上げていると、央華も側までやって来て足を止めた。
央華は細い声で言った。
「この木の下で、あなたを見つけたのよ。何か思い出した?」
「いや……まだ……」
董星はとっさにごまかして答えた。
「わ……私を見つけた時、央華は何をしていたの?」
「コケを採っていたの、蓉杏も一緒に」
「コケ?」
「お茶にするんだって、蓉杏が言ってた」
「それって、もしかして、『物忘れのお茶』?」
「うん。男にだけ効くんだって。飲むと紫煙殿のことを綺麗さっぱり忘れるの。菫星も飲んでみる? 花みたいないい香りがして美味しいよ」
「いや、やめとくよ」
菫星は即答した。央華は無邪気に聞き返した。
「なんで?」
「えーと、貴重なお茶なんじゃないのかな。もったいない」
「そっか、そうかもね」
央華が納得してくれたようなのでは董星はほっとした。
本当は、君ともう少し一緒にいたいんだ。忘れたくないよ。菫星は思った。
翌朝には晴れて、央華は董星を神殿の外へ行こうと誘った。
「キノコ狩り?」
「雨の後だから、よく出てるの」
二人はカゴを背負った。
閉ざされた山門の前に立ち、董星は緊張して門を見上げた。
央華が進み出て片手で門扉を押すと、重そうな扉は外側に向かって開いた。
あまりにもあっけなく開いたので董星は拍子抜けしてつぶやいた。
「ずいぶん簡単に開くんだ」
「そうよ。出たいと思えばいつでも開くんだって」
蓉杏が言っていたのと同じことを央華も言った。そして実際にその通りだった。
周辺の木の根元や茂みを探って、キノコを拾い集めながら二人は歩いた。
思いがけなく大量だった。知らない種類の物もあったが、
「とにかく持っていけば蓉杏が教えてくれるよ」
と央華が言った。
「毒はない?」
「毒キノコは、この辺には生えてないって言ってたよ」
二人でキノコ採りに熱中し、足元ばかりを見つめて歩いていると、いつのまにか見覚えのある木の下に来ていた。
董星は木を見て、しまった、と思った。
あの日、董星は人を避けてこの木に登り、落ちて、気を失った。
この木のそばで、会ってはいけないあいつと遭遇しそうになってしまったのだ。
もしかしたらまた、あいつがこの周辺にまで来ているかもしれない。
一方で董星は、自分の知っている場所に出たことに安堵してもいた。紫煙殿の場所も大体分かった。
案外遠くない。山を下っていけばこの木に、もっと下れば自分の宮にまで帰り着く。
このまま走ったら帰れる。帰ろうか?
立ち止まってじっと木を見上げていると、央華も側までやって来て足を止めた。
央華は細い声で言った。
「この木の下で、あなたを見つけたのよ。何か思い出した?」
「いや……まだ……」
董星はとっさにごまかして答えた。
「わ……私を見つけた時、央華は何をしていたの?」
「コケを採っていたの、蓉杏も一緒に」
「コケ?」
「お茶にするんだって、蓉杏が言ってた」
「それって、もしかして、『物忘れのお茶』?」
「うん。男にだけ効くんだって。飲むと紫煙殿のことを綺麗さっぱり忘れるの。菫星も飲んでみる? 花みたいないい香りがして美味しいよ」
「いや、やめとくよ」
菫星は即答した。央華は無邪気に聞き返した。
「なんで?」
「えーと、貴重なお茶なんじゃないのかな。もったいない」
「そっか、そうかもね」
央華が納得してくれたようなのでは董星はほっとした。
本当は、君ともう少し一緒にいたいんだ。忘れたくないよ。菫星は思った。
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