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4(男女描写あり)

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初遭遇の翌日、引っ越しの挨拶品を片手にインターホンを鳴らしてきた和泉に対しては、頭から毛布をかぶってお気に入りのアニメをつけたまま、居留守を使った。
しばらくチャイムを鳴らし続けたあとで諦めたらしい和泉がドアノブにかけていった紙バッグには、有名ブランドの包装紙につつまれた、薄く焼いたクッキーにクリームを挟んだお菓子の詰め合わせが入っていて、なんとも悔しいことにそれは敬太がこれまでの人生で食べたなかで一番おいしいクッキーだった。
しかし、だからといって、白昼堂々人に見えるところであんな破廉恥な所業に及んでいる男を、好きになれるわけもない。

その上、その後和泉の部屋からは、三日と空けず女のあえぎ声やら、淫語やら、ドスンドスンという激しい物音やらが聞こえてくるようになったのである。

童貞の敬太にはなかなか刺激の強すぎるその環境に、窓を締め切ったり、いい耳栓を買ってみたり、あるいはクラシックやら演歌やらコミックソングやら萎えそうな音楽を片っぱしからかけてみたりしたのだが、すべて徒労に終わった。

それどころか――爆音で音楽をかけるのは、和泉に対する効果はどうあれ矯正が音楽にかき消されて聞こえなくなったのはよかったのだが「マンションのほかの部屋の住民から、騒音についての苦情が出ている」と、マンションの管理会社から敬太のほうに注意の電話がきたのである。

(なんで俺のほうが怒られるんだよ……!)

普段は喋るのが苦手な敬太もその時はさすがに

「俺だって困ってるんです。隣の部屋のひとがいつもうるさくて」

と、電話口の管理会社の人に強気の口調で訴えてみたのだが、

『お隣ですか? 703か706か……』
「706号室の人です。七原さんとかいう」
『そちらに関する苦情は入っていないですね』
「でもうるさいんです! 隣の人が引っ越してきてから、しょっちゅう騒音がするので、気の休まる時がなくて」
『なるほど……騒音というのは、具体的にどういった音なんでしょうか?』
「え」
『音楽を大音量でかけているようだとか、楽器を演奏しているとか、なにかの機械を使っているみたいだとか……あるいは、ペットの鳴き声だとか』
「え……と……」


――女を連れ込んでセックスに耽っている物音やあえぎ声です、ということを、口下手で童貞の敬太にはとてもとても言えず――

「いや、まあ……それは色々と」
『集合住宅はある程度周囲の家の音がしちゃいますからねえ。多少はしかたないところもありますよ』
「……周囲の家が、ってレベルじゃなく聞こえるんですよ」
『705号室と706号室はちょっと特殊な構成ですしね』
「え?」
『705号室と706号室ってもともとマンションオーナーが住むためのだか一つの大きな部屋だったらしいんですけど、その後そこまで広い部屋は必要ないってことになって、後付けで仕切りを設けて705号室のほうはワンルームの部屋として独立させたみたいなんですよね。なので、その仕切りがちょっと薄いのかもしれないですね』
「えぇ? そんな……」
『でも、そこ、好立地の最上階にしては家賃が安いでしょ?』
「それはまあ……ハイ」
「それにはそういう理由もあるからだと思いますよ。多少はしかたないと思ってください。一応、こちらから706のかたにもそういう声が入っている旨はご連絡しておきますから』
「……わかりました」

しぶしぶ引き下がった敬太だったが、その後も和泉の部屋から聞こえてくる嬌声は収まるどころかますますひどくなるいっぽうだった。ひどい時には、二人以上はいると思われる女の嬌声が合唱のように同時に響いてきたことすらある。

しかし、ここ数ヶ月は――幸いというかなんというか、外出自粛だのソーシャルディスタンスだのが声高に叫ばれるようになって以降、さすがに女をとっかえひっかえ連れ込むことが難しくなったらしく、そういう妖しい物音が聞こえてくることはなくなり、敬太は久しぶりに平穏な生活を取り戻していた。
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