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「――鶴見さんて、なんのお仕事されてるんですか?」

敬太の三段下の階段に足をかけながら、和泉が尋ねて来た。

「……WEBデザイナー……みたいなものを……」
「やっぱり! そういう雰囲気のかただなーと思ってたんですよ。クリエイティブな雰囲気があるっていうか」
「…………いや……はい……どうも……」

敬太は肩で息をしつつ、どうにか答えた。
運動不足の体に、最上階までの階段は少々こたえた。息苦しいのでマスクはとうにはずして、ポケットにつっこんである。
いっぽう和泉はまるで平気な様子で、口もとを布製のマスクでおおったまま、敬太の三段下をぴったりとついてきた。

「あの……七原さん、お先に……」
「あ、大丈夫です。そんなに急ぎってわけじゃないので、鶴見さん、お先にどうぞ」

非常階段は広くはないが、大人ふたりが余裕でふたり並んで歩けるほどの幅はある。追い越しができないわけではない。敬太は和泉と一緒にいるのがいやで先に行ってもらおうと何度か促したのだが、いっぽう和泉は上まで敬太と一緒にあがるき満々のようで、敬太の後ろを昇りながら、マイペースに話しつづけた。

「僕は広告関係の仕事をしているんですけど、デザイナーさんにはお世話になってて。いつもすごいなーって尊敬してるんですよ」
「そんな大したものじゃ……」
「いやほんとにすごいですよ! 僕ときたら口先ばっかりうまくて、そういうクリエイティブなほうには全然才能ないんですよね。そういえば、鶴見さんておいくつですか?」
「にじゅう……ろくです」
「同い年じゃないですか! 隣り同士で同い年なんて、偶然ですね。じゃあ”さん”付けだとおかしいかな。下の名前なんでしたっけ?」
「敬太……」
「じゃあ、敬太くん、でいい?」
「……どうぞ」
「僕のことは、和泉、って呼んでください」
「…………はぁ」

誰に対しても距離のあるコミュニケーションをとりがちの敬太からしたら、同じ年で"さん"付けで呼び合うことのなにがおかしいのかまったくわからなかった。しかし、疲れで頭が朦朧としているうえ、自信満々にそう語る爽やかイケメンに反論できる気がしなくて、適当に相槌を打つ。

「ふぅ……っ」

5階に通じる扉を超え、6階へと続く階段の踊り場まであと一段というところで敬太が思わず大きく息を吐くと、

「敬太くん。顔、真っ赤だね。ちょっと座る?」
「え?」

三段下にいると思っていたら、いつの間にか隣まで昇って来ていた和泉が、ひょいと敬太の顔を覗き込できた。
驚いた拍子に、次の段を踏み外す。転びそうになった敬太の体を、和泉が抱きかかえるように支えた。
甘いようで甘くない、深く濃い匂いが、敬太の鼻をくすぐる。イケメンは匂いまでイケメンなんだな、と、敬太は思った。

「危ないよ。ちょっと休んでいこう」

和泉に腕を引っ張られ、半ば強引に、敬太は階段に座らされた。その隣に和泉がさも当たり前のように、ひょいっと腰掛けてくる。

「いやあ、なかなか運動になるねえ」
「……ですね」
「そういえば、敬太くんには迷惑をかけてたみたいで」
「え……」
「ごめんね? そんなにうるさかった?」
「――――っ」

敬太は、一瞬自分の心臓が止まったかと思った。
思わず和泉のほうを見ると、マスクをつけたままの和泉が、探るような目で敬太を見ていた。
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