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幼年の記憶(5)
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「す、スナメリオ隊長……!」
「スナメリオ叔父さん……」
レオとシルヴァリエからそれぞれ名前を呼ばれたスナメリオは、明らかにこれまでとは様子が異なっていた。目は血走り鼻の先は真っ赤で、頰から下は歳月で苔むした岩石さながらびっしりと無精髭が生えている。シルク製らしいシャツとズボン、それにフード付きの起毛地のマントを身にまとっているが、どれも皺が寄り、薄汚れていた。
「聞いてたぞ、シルヴァリエ……やはりお前はあの売女の息子だな」
「え?」
「目の前にいる相手なら誰かれ構わず誘惑しやがって。男でも女でも、ガキでもジジイでも、お構いなしだ」
スナメリオが吐き捨てるように言った。
「売女というのは……母上のことですか?」
「売女の息子がお前なら、売女はお前の母親だろう? まったくお前は頭が悪くて困る。そのお綺麗な金髪に包まれた頭のなかにはエロいことしか詰まっていないんだろうなあ!」
「――うるさい! 僕の母だぞ! お前なんかに、売女呼ばわりされる筋合いはない!!」
「なんだ、叔父さん叔父さんて慕って来たくせに、都合が悪くなるといきなりお前呼ばわりか……はは! ははははははははははははは!!」
スナメリオが突然狂ったように笑い出した。思わぬ反応にシルヴァリエが硬直していると、レオが自分に体を寄せて来たのが分かった。その表情を見る限り、レオもシルヴァリエと同様、あるいはそれ以上に、怯えているようだ。
「ああ、アディーリア! アディーリア!! お前も、お前もこう、こうだった! 俺に色目をつかってきて、あなたほど好きになった相手はいないとベッドの中で甘く囁いて……それがどうだ! ゴルディアスのジジイに引き合わせたその晩には、ジジイのベッドで腰を振ってやがった! それはそれはお上品な公爵家のベッドにのっかり、それはそれは下品な声で、アンアンアン、アンアンアン……あげくに、あなたとはもう終わった、あれは一夜の恋だった、もう自分に近づくな、だと?! クソが……クソ、クソ、クソ女が! クソ、クソ、クソ、クソ!!!」
スナメリオが自分の頭をばりばり掻きむしる。レオが、縛られたままのシルヴァリエの体に腕を回した。怖くてすがりついているのか、それともシルヴァリエを守ろうとしているのかはわからないが、その重みを感じたシルヴァリエは少しだけ自分の気持ちが落ち着くのが分かった。
「……それで僕を誘拐したんですか、スナメリオ叔父さん。母への恨みで?」
シルヴァリエに問われ、スナメリオがぴたりと静止し、顔をあげた。
「恨み?」
ガラス玉のような目で、スナメリオは不思議そうにシルヴァリエを見た。
「お前に恨みなどあるものか。これはお祝いだよ、ルー」
「祝い……?」
「宮廷の悪い流儀に染まり始めているようだね、ルー。噂は聞いているよ……すでに何人かの貴婦人と大人の楽しみを享受しているそうじゃないか。悔しいよ。お前の初めては私がもらおうと思っていたのに……」
シルヴァリエは背筋におぞけが走るのを感じた。
「スナメリオ叔父さん、僕は」
「でも大丈夫。まだ間に合うよ。アディーリアは、もう手遅れだった。宮廷の作法とやらが骨の髄まで染み込んで、見た目はお綺麗でも中身はただの薄汚い娼婦だった。ルー、お前は大丈夫だ。お前はアディーリアのようにはさせない。狩猟の神の愛し子ルー。神の子から人の子になるお前に最高の祝福を。生涯私一人を愛するようにしてあげよう」
「ありえない……」
自分に近づいてくるスナメリオを睨みつけながら、シルヴァリエは体を起こした。頭の奥には霞がかかったまま、体は鉛のように重く、両手は縛られている。しかし、幸い足は自由なようだ。近づいて来たところで思い切り体当たりをして、ひるんだところで逃げ出そう。そう考えていたのに、気がつけばシルヴァリエはスナメリオに腹を蹴られ、絨毯の上をのたうちまわっていた。
「あ……ぁ……」
「みえみえだよ、ルー。私に体当たりをしようとしていたんだろ? 頭の悪い動物相手ならともかく、修練を積んだ騎士相手にそんな子供騙しの企みは通じない。そう思わないか、カルナス?」
スナメリオが口にしたのはシルヴァリエの知らない名だったが、その時のシルヴァリエにはそれを気にとめる余裕もなかった。
「わ――私たちが日々鍛えているのは女王陛下を、ひいてはラトゥールという国そのものをお護りするためであって……いたずらに人を傷つけるためではない!」
シルヴァリエをかばうようにしながら、レオが叫んだ。
「王立騎士団のメンバーとしては百点満点の答えだな。もっとも、騎士団以外に居場所のないお前にはそうと言う他ないだろうが。自分の名前すらまともに覚えてくれない相手に律儀なものだ」
「な、名前とか、そんなことはどうでもいいっ!」
「私は違う。国などより大切なものを見つけたのだ。それは愛、圧倒的な愛だ。アディーリア、アディーリア、今からお前の息子が私のものになるぞ……ははは、はははははは!」
「スナメリオ隊長、あなたという人は……」
「さあ、そこをどくんだ、”レオ”? それともふたりの愛の行為に、お前も加わりたいのかい? お前もまた、ルーには随分と魅せられていたようだからね」
「……私にそういう気持ちはありません。だいたい、愛などと言っているのはあなたの願望に過ぎないのではないですか、スナメリオ隊長」
「お前はまだ子供だな。そもそも愛というのは常に個人的な願望から始まるものだ。互いのそれが一致しなければ恋に過ぎず、一致すれば愛となる」
「一致してない。ルーは嫌がっている」
「お前はまだ子供だからわからないかもしれないね。今のルーには私が必要だ、そうだろう、ルー?」
スナメリオとレオの視線を受けながら、シルヴァリエはなにも答えられないでいた。
下半身が、ひどく疼いていた。
「ぁ……う……」
「ルー……?」
股間をかばうようにしながら両足をもじもじさせているシルヴァリエを、レオが不思議そうな目で見る。
スナメリオはそんなふたりを嗜虐心に満ちた表情で見下ろしていた。
「ルー、早く私を受け入れないと、淫紋の効果はこれからどんどん強くなるぞ」
「淫紋?」
レオが訝しげな目でスナメリオを見あげる。
「スナメリオ叔父さん……」
レオとシルヴァリエからそれぞれ名前を呼ばれたスナメリオは、明らかにこれまでとは様子が異なっていた。目は血走り鼻の先は真っ赤で、頰から下は歳月で苔むした岩石さながらびっしりと無精髭が生えている。シルク製らしいシャツとズボン、それにフード付きの起毛地のマントを身にまとっているが、どれも皺が寄り、薄汚れていた。
「聞いてたぞ、シルヴァリエ……やはりお前はあの売女の息子だな」
「え?」
「目の前にいる相手なら誰かれ構わず誘惑しやがって。男でも女でも、ガキでもジジイでも、お構いなしだ」
スナメリオが吐き捨てるように言った。
「売女というのは……母上のことですか?」
「売女の息子がお前なら、売女はお前の母親だろう? まったくお前は頭が悪くて困る。そのお綺麗な金髪に包まれた頭のなかにはエロいことしか詰まっていないんだろうなあ!」
「――うるさい! 僕の母だぞ! お前なんかに、売女呼ばわりされる筋合いはない!!」
「なんだ、叔父さん叔父さんて慕って来たくせに、都合が悪くなるといきなりお前呼ばわりか……はは! ははははははははははははは!!」
スナメリオが突然狂ったように笑い出した。思わぬ反応にシルヴァリエが硬直していると、レオが自分に体を寄せて来たのが分かった。その表情を見る限り、レオもシルヴァリエと同様、あるいはそれ以上に、怯えているようだ。
「ああ、アディーリア! アディーリア!! お前も、お前もこう、こうだった! 俺に色目をつかってきて、あなたほど好きになった相手はいないとベッドの中で甘く囁いて……それがどうだ! ゴルディアスのジジイに引き合わせたその晩には、ジジイのベッドで腰を振ってやがった! それはそれはお上品な公爵家のベッドにのっかり、それはそれは下品な声で、アンアンアン、アンアンアン……あげくに、あなたとはもう終わった、あれは一夜の恋だった、もう自分に近づくな、だと?! クソが……クソ、クソ、クソ女が! クソ、クソ、クソ、クソ!!!」
スナメリオが自分の頭をばりばり掻きむしる。レオが、縛られたままのシルヴァリエの体に腕を回した。怖くてすがりついているのか、それともシルヴァリエを守ろうとしているのかはわからないが、その重みを感じたシルヴァリエは少しだけ自分の気持ちが落ち着くのが分かった。
「……それで僕を誘拐したんですか、スナメリオ叔父さん。母への恨みで?」
シルヴァリエに問われ、スナメリオがぴたりと静止し、顔をあげた。
「恨み?」
ガラス玉のような目で、スナメリオは不思議そうにシルヴァリエを見た。
「お前に恨みなどあるものか。これはお祝いだよ、ルー」
「祝い……?」
「宮廷の悪い流儀に染まり始めているようだね、ルー。噂は聞いているよ……すでに何人かの貴婦人と大人の楽しみを享受しているそうじゃないか。悔しいよ。お前の初めては私がもらおうと思っていたのに……」
シルヴァリエは背筋におぞけが走るのを感じた。
「スナメリオ叔父さん、僕は」
「でも大丈夫。まだ間に合うよ。アディーリアは、もう手遅れだった。宮廷の作法とやらが骨の髄まで染み込んで、見た目はお綺麗でも中身はただの薄汚い娼婦だった。ルー、お前は大丈夫だ。お前はアディーリアのようにはさせない。狩猟の神の愛し子ルー。神の子から人の子になるお前に最高の祝福を。生涯私一人を愛するようにしてあげよう」
「ありえない……」
自分に近づいてくるスナメリオを睨みつけながら、シルヴァリエは体を起こした。頭の奥には霞がかかったまま、体は鉛のように重く、両手は縛られている。しかし、幸い足は自由なようだ。近づいて来たところで思い切り体当たりをして、ひるんだところで逃げ出そう。そう考えていたのに、気がつけばシルヴァリエはスナメリオに腹を蹴られ、絨毯の上をのたうちまわっていた。
「あ……ぁ……」
「みえみえだよ、ルー。私に体当たりをしようとしていたんだろ? 頭の悪い動物相手ならともかく、修練を積んだ騎士相手にそんな子供騙しの企みは通じない。そう思わないか、カルナス?」
スナメリオが口にしたのはシルヴァリエの知らない名だったが、その時のシルヴァリエにはそれを気にとめる余裕もなかった。
「わ――私たちが日々鍛えているのは女王陛下を、ひいてはラトゥールという国そのものをお護りするためであって……いたずらに人を傷つけるためではない!」
シルヴァリエをかばうようにしながら、レオが叫んだ。
「王立騎士団のメンバーとしては百点満点の答えだな。もっとも、騎士団以外に居場所のないお前にはそうと言う他ないだろうが。自分の名前すらまともに覚えてくれない相手に律儀なものだ」
「な、名前とか、そんなことはどうでもいいっ!」
「私は違う。国などより大切なものを見つけたのだ。それは愛、圧倒的な愛だ。アディーリア、アディーリア、今からお前の息子が私のものになるぞ……ははは、はははははは!」
「スナメリオ隊長、あなたという人は……」
「さあ、そこをどくんだ、”レオ”? それともふたりの愛の行為に、お前も加わりたいのかい? お前もまた、ルーには随分と魅せられていたようだからね」
「……私にそういう気持ちはありません。だいたい、愛などと言っているのはあなたの願望に過ぎないのではないですか、スナメリオ隊長」
「お前はまだ子供だな。そもそも愛というのは常に個人的な願望から始まるものだ。互いのそれが一致しなければ恋に過ぎず、一致すれば愛となる」
「一致してない。ルーは嫌がっている」
「お前はまだ子供だからわからないかもしれないね。今のルーには私が必要だ、そうだろう、ルー?」
スナメリオとレオの視線を受けながら、シルヴァリエはなにも答えられないでいた。
下半身が、ひどく疼いていた。
「ぁ……う……」
「ルー……?」
股間をかばうようにしながら両足をもじもじさせているシルヴァリエを、レオが不思議そうな目で見る。
スナメリオはそんなふたりを嗜虐心に満ちた表情で見下ろしていた。
「ルー、早く私を受け入れないと、淫紋の効果はこれからどんどん強くなるぞ」
「淫紋?」
レオが訝しげな目でスナメリオを見あげる。
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