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初秋の再会(1)
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狩猟祭当日、カルナスが行った試射の儀は、それは見事なものだった。主だった貴族やその侍従たち、それに騎士や兵士が狩猟祭に出かけるため空になった王都の警護役としてノルダ・ロウとともに王都の残留役であるモーランには見せられなかったことを、シルヴァリエは残念に思った。
デュロワ伯爵夫人曰く、試射の儀に使われる大弓のうち、騎士団長だけが扱うひときわ立派なそれは試射の儀でしか使われない王家の家宝だ。見た目の大きさは一般的な大弓のそれだが、弦が鉄のように固い。その分引くことができれば放たれた矢は太陽を射抜くほどに速く高く飛ぶと言われている。王家の家宝であるという理由から事前の練習などできず、引けるかどうかはぶっつけ本番、という事情も相まって、歴代の騎士団団長のなかでもこの弓を引いたものは少ない。ほとんどの騎士団長は弦の強さが通常のそれを変わらないレプリカの大弓を使うのだという。もっとも、体面上それは一部のものしか知らないことで、そもそも矢が飛ぶも飛ばぬも参列者は盛大な拍手を送るのが習わしだ。
平均的な騎士たちに比べて少し小柄なカルナスが放った矢は、隣のグランビーズや他の隊長たちのそれとはまるで別次元の武器のように、太陽まで到達しそうに高く、速く、空に吸い込まれていった。参列者が送った拍手は明らかに儀礼的なそれではなく、シルヴァリエもまた両手を叩きながら、内心であることを決意していた。
「見事ねえ」
そんなシルヴァリエの気も知らず、狩猟祭に使われるシーロム宮のテラスから、試射の儀を見下ろしながらそう呟いたのはデュロワ伯爵夫人だ。
「やっぱりあの子只者じゃないわ。正式にサロンに招きたいわね」
「手を出してはいけませんよ」
デュロワ伯爵夫人の視線に含まれる熱いものに気づいたシルヴァリエは、デュロワ伯爵夫人にだけ聞こえるよう低い声で早口に言った。
「あなたときたらいつもそうだ」
「シルヴァリエったらまた騎士団モード? 今日は接待役として役目を果たしてもらわないと」
「わかっています。ですが、とにかく、カルナス団長はそういう方ではありませんので。あなたの数ある愛人のひとりに加えようなどとは、ゆめゆめお考えにならないよう」
「騎士団のシルヴァリエは怖いのね。この間も思ったのだけど随分と彼に心酔しているのじゃない、シルヴァリエ? あなたにしては、珍しく」
「……そういうわけではありません」
そう言いながらもシルヴァリエは、女王陛下および国賓席に向かって騎士の最敬礼を捧げるカルナスから目を離せないでいた。
今日のシルヴァリエの役目は騎士団の副団長ではない。大公爵家の跡取りとして、国賓の接待を務める。各国の要人と近すぎず遠すぎない距離で愛想を振りまき、狩猟祭に気持ちよく臨席してもらうのが仕事だ。
デュロワ伯爵夫人の手配により、接待役ごとに主な担当国家が決められている。今日のシルヴァリエはラトゥールにとって重要度最高ランクの国のひとつ、ヴォルネシアのメインホストを務めることになっていた。
ラトゥールから見ると他の大国を二つ三つまたいだ場所にあるヴォルネシアは、資源豊かな国土に恵まれていたがそれだけに周辺国からの横槍も多く政情が不安定で、ラトゥールとしてもこれまでははっきりとした友好関係を築くことは控えていた。しかし近年即位した若き王が相当な武闘派でちょっかいをかけてくる周辺国を逆に併合し次々に領土を拡張しているとかで、いきなり外交上の最重要国家としてマークされている。
そのヴォルネシアの招待客との顔合わせで、シルヴァリエは、やはりな、と思った。
「……思っていたより驚かれませんのね」
「ええ。事前に拝見した資料に絵姿はありませんでしたが、名前が同じでしたから」
「ありふれた名前ですわ」
「ありふれた娘に隠れ家を貸すほど、僕の父は親切ではありませんので」
「隠れ家?」
「あなたが滞在していたあの館のことですよ。アンドリアーノ公爵、ゴルディアス・アンドリアーノのものだと聞いていませんか?」
「ええ、確かにそれは……」
「僕の父です。父はいかな豪商相手でも、あそこまでの便宜を図ったりはしませんから。王族や大貴族でもなければ……」
「……それでは、あの時から気づいていたんですの? わたくしの正体に」
「薄々は。もっとも、あの時は随分と父好みの館だなと思っただけで、確信を持ったのは最近あれが確かに父の持ち物であることを確認してからです。あの時おかしいなと思っていたのは、あなたのことですよ」
「わたくしが……?」
「商家の娘と名乗っていたでしょう。そんなはずはない、と」
「どこがおかしかったのでしょう? わたくしったら世間知らずで……」
「市井の娘にしては気品がありすぎるということです、ルイーズ」
「まあ……」
ヴォルガネットからの賓客、現王が溺愛しているという実の妹――ルイーズは恥ずかしそうに俯いた。
デュロワ伯爵夫人曰く、試射の儀に使われる大弓のうち、騎士団長だけが扱うひときわ立派なそれは試射の儀でしか使われない王家の家宝だ。見た目の大きさは一般的な大弓のそれだが、弦が鉄のように固い。その分引くことができれば放たれた矢は太陽を射抜くほどに速く高く飛ぶと言われている。王家の家宝であるという理由から事前の練習などできず、引けるかどうかはぶっつけ本番、という事情も相まって、歴代の騎士団団長のなかでもこの弓を引いたものは少ない。ほとんどの騎士団長は弦の強さが通常のそれを変わらないレプリカの大弓を使うのだという。もっとも、体面上それは一部のものしか知らないことで、そもそも矢が飛ぶも飛ばぬも参列者は盛大な拍手を送るのが習わしだ。
平均的な騎士たちに比べて少し小柄なカルナスが放った矢は、隣のグランビーズや他の隊長たちのそれとはまるで別次元の武器のように、太陽まで到達しそうに高く、速く、空に吸い込まれていった。参列者が送った拍手は明らかに儀礼的なそれではなく、シルヴァリエもまた両手を叩きながら、内心であることを決意していた。
「見事ねえ」
そんなシルヴァリエの気も知らず、狩猟祭に使われるシーロム宮のテラスから、試射の儀を見下ろしながらそう呟いたのはデュロワ伯爵夫人だ。
「やっぱりあの子只者じゃないわ。正式にサロンに招きたいわね」
「手を出してはいけませんよ」
デュロワ伯爵夫人の視線に含まれる熱いものに気づいたシルヴァリエは、デュロワ伯爵夫人にだけ聞こえるよう低い声で早口に言った。
「あなたときたらいつもそうだ」
「シルヴァリエったらまた騎士団モード? 今日は接待役として役目を果たしてもらわないと」
「わかっています。ですが、とにかく、カルナス団長はそういう方ではありませんので。あなたの数ある愛人のひとりに加えようなどとは、ゆめゆめお考えにならないよう」
「騎士団のシルヴァリエは怖いのね。この間も思ったのだけど随分と彼に心酔しているのじゃない、シルヴァリエ? あなたにしては、珍しく」
「……そういうわけではありません」
そう言いながらもシルヴァリエは、女王陛下および国賓席に向かって騎士の最敬礼を捧げるカルナスから目を離せないでいた。
今日のシルヴァリエの役目は騎士団の副団長ではない。大公爵家の跡取りとして、国賓の接待を務める。各国の要人と近すぎず遠すぎない距離で愛想を振りまき、狩猟祭に気持ちよく臨席してもらうのが仕事だ。
デュロワ伯爵夫人の手配により、接待役ごとに主な担当国家が決められている。今日のシルヴァリエはラトゥールにとって重要度最高ランクの国のひとつ、ヴォルネシアのメインホストを務めることになっていた。
ラトゥールから見ると他の大国を二つ三つまたいだ場所にあるヴォルネシアは、資源豊かな国土に恵まれていたがそれだけに周辺国からの横槍も多く政情が不安定で、ラトゥールとしてもこれまでははっきりとした友好関係を築くことは控えていた。しかし近年即位した若き王が相当な武闘派でちょっかいをかけてくる周辺国を逆に併合し次々に領土を拡張しているとかで、いきなり外交上の最重要国家としてマークされている。
そのヴォルネシアの招待客との顔合わせで、シルヴァリエは、やはりな、と思った。
「……思っていたより驚かれませんのね」
「ええ。事前に拝見した資料に絵姿はありませんでしたが、名前が同じでしたから」
「ありふれた名前ですわ」
「ありふれた娘に隠れ家を貸すほど、僕の父は親切ではありませんので」
「隠れ家?」
「あなたが滞在していたあの館のことですよ。アンドリアーノ公爵、ゴルディアス・アンドリアーノのものだと聞いていませんか?」
「ええ、確かにそれは……」
「僕の父です。父はいかな豪商相手でも、あそこまでの便宜を図ったりはしませんから。王族や大貴族でもなければ……」
「……それでは、あの時から気づいていたんですの? わたくしの正体に」
「薄々は。もっとも、あの時は随分と父好みの館だなと思っただけで、確信を持ったのは最近あれが確かに父の持ち物であることを確認してからです。あの時おかしいなと思っていたのは、あなたのことですよ」
「わたくしが……?」
「商家の娘と名乗っていたでしょう。そんなはずはない、と」
「どこがおかしかったのでしょう? わたくしったら世間知らずで……」
「市井の娘にしては気品がありすぎるということです、ルイーズ」
「まあ……」
ヴォルガネットからの賓客、現王が溺愛しているという実の妹――ルイーズは恥ずかしそうに俯いた。
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