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高原の狩猟(1)

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 ことを終えたカルナスは手早く衣服を整えると、

「世話になった。礼を言う」

 と、およそ肌を交わした直後の会話とは思われないよそよそしい言葉とともに、シルヴァリエを自分の部屋から帰した。

 体良く追い払われたとしか思われない状況だったが、そこで食い下がるのはシルヴァリエのプライドが許さなかった。もやもやしたものを抱えながらも自室に戻り一人寝のベッドに入ったシルヴァリエを、翌朝早々叩き起こしたのは、第三小隊の隊長、モーラン・ザハスが部屋扉をノックする音だった。

「おはようございます、シルヴァリエ副団長」
「おはようモーラン。いい朝だね」

 半開きのドアの隙間からモーランを出迎えたシルヴァリエは、欠伸をこらえながら挨拶を返した。朝といっても空はまだ白み始めたばかりで、シルヴァリエの感覚としてはまだまだ夜の延長タイムというところである。

「本日、シルヴァリエ副団長は我が第三小隊と同道していただくことになりまして、恐悦至極に存じます。なにとぞご指導ご鞭撻のほどを……」
「同道?」
「はい。本日の野外騎馬訓練の。すでに馬にも鞍をつけ、あとはシルヴァリエ様がいらしていただければいつでも出発できる状態です」
「ああ、そんな話をしていたか、そういえば」

 昨日、シルヴァリエ用の騎馬を提供するというモーランの申し出を受けたのは、そうすればカルナスがいる厩舎に近づく口実ができると思ってのことだ。首尾よくことに及んだ今となっては、正直あまりやる気が起きない。まして、事後のカルナスの冷淡さも記憶に新しい今は、宮廷の女たちの無責任だが惜しみない愛と、絹と香水に包まれた柔らかい胸が無性に恋しかった。綿のシャツの奥の筋肉質なカルナスの胸などでは断じてなく。

「そうだな……しかし至らない身で申し訳ないが、昨晩から少し体調がすぐれなくてね……副団長としての務めを果たしたいのはやまやまだが、この体調ではむしろ控えたほうが団のためだと――」

 今日は昼まで寝て、そのあとは久しぶりに愛人たちに向けて恋文でも書こうか、それとも奇数隊が不在で監視の目が緩んでいる宿舎を抜け出して宮廷に顔を出そうか――シルヴァリエはそんなことを考えながら、呼吸するよりもなお気楽に適当な言い訳を口にしていると、モーランが目を丸くした。

「体調のこと――団長もご存知だったのですか?」
「え?」
「副団長の体調がすぐれないようなら無理に参加する必要はない、と、ことづかっております」
「カルナス団長から?」
「はい。団長はすでに第一、第七、第九隊を率いて出発しております。第三、第五隊は副団長の指示に従うようにとのことでしたが、無理であれば副団長の代わりに私が二隊を率いて後から合流するように、と」
「ふぅん……」

 シルヴァリエの脳裏には、昨晩自分の下で声を噛み殺しながら背をのけぞらせ吐精したカルナスの姿が浮かんでいた。

「……もっと苛めてやればよかったかな」

 あまり経験がなさそうだったので翌日に無理が出ないよう優しくしてやったつもりだったが――むしろシルヴァリエのほうが心配されているとは、どうやら杞憂だったようだ。

「え?」
「なんでもない。体調がすぐれないのはたしかだが、話をしていたら少しましになってきた気がする。行くよ。準備をするからもう少し待っててもらえるかな」
「は、はい! もちろん、です、とも」

 モーランは複雑な表情で返事をする。

 そのもーランに詳しく尋ねてみると騎馬訓練というくらいだから参加する騎士たちはみな実戦用の鎧を身につけているが、おかざり副団長であるシルヴァリエが持っているのは儀礼用の鎧だけだ。

 さらに、儀礼用とはいえそこそこの重量がある鎧を身につけて初めて乗る馬を操るのはどうにも不安がある。モーラン曰く、稀に同行する文官などと同様でよいのではないか、ということで、シルヴァリエは結局遠出用のマントに騎士団の紋章が刻印された留め具をつけ、腰に短剣を差しただけの略装で、モーランが用意した馬に騎乗した。

「副団長、いかがですか、その馬の乗り心地は」
「悪くない。力強いがおとなしくて従順。いい馬だ」
「気に入っていただけて光栄です」
「では出発しよう。モーラン、先導はお前にまかせる。僕は皆の後ろをついていくとするよ」
「あ、いえ、シルヴァリエ様……シルヴァリエ副団長は皆の前で。私の横にぜひ」

 モーランが慌てたように言った。外でひとりにしておくと危ないから用心棒というところか、子供じゃあるまいし、と、シルヴァリエは内心肩をすくめたが、もちろん表面上はにこやかにモーランの申し出を受け入れた。
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