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闇夜の作法(1)
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カルナスが去ったあと充分と思われる時間を空けて、厩舎を出て自分の部屋に戻ったシルヴァリエは、部屋に備え付けのバスルームで石鹸を三回も使って入念に体を磨いた。
プラチナブロンドの頭髪が乾くのを待ちながらシルヴァリエ用に調合させた香料を垂らしたオイルで全身を手入れし、特に指先は丹念に磨く。
さて、それでは何を着て行こうかとバスローブを脱いで鏡をみると、見たこともないほど浮かれた表情をしている自分と目が合い、シルヴァリエは自嘲気味に笑った。
「――向こうはただの淫紋対策、性欲を解消したいだけだ」
シルヴァリエが鏡のなかの自分に向かってわざとらしく傲然とした態度でそう言い放つと、鏡の中のシルヴァリエもシルヴァリエに向かって同じように語りかける。
「こっちだってほとんど興味だけ。男はあまり経験がないし、なにより最近少し溜まってた。お互いちょうどいいから。そうだろ? それ以外の理由がなにかあるかな?」
鏡への問いかけに、答えるものは誰もいない。シルヴァリエは結局、普段着ているのと同じ、騎士団支給の簡素な襟付きのシャツとズボンを履き、それを腰布で軽く留めた。
気がつけば時刻はすでに深夜を回っており、細い月が夜空にくっきりと浮かんでいる。
シルヴァリエは香料を垂らす前のオイル瓶を胸ポケットに入れ、公爵家から持ち込んだとっておきの年代物のワインを片手に、カルナスの部屋に向かう。宿舎の出入り口から外は日替わりの警備担当が厳しい目を光らせているが、なかは静かなものだ。シルヴァリエは誰とも会わないままカルナスの部屋の前につくと、ドアを軽くノックした。
返事がないのでもう一度ノックしようかと片手をあげたところで、扉がゆっくりと開く。
「……早く入れ」
ドアの向こうのカルナスは早口にそう言って、シルヴァリエを部屋のなかに招き入れた。
中はずいぶんと暗い。カーテンは隙間なく閉められ、部屋の隅に置かれたスタンド式のランプが唯一の光源だ。シルヴァリエが移動中足元を照らすために手にしていた蝋燭も、カルナスが首を伸ばして、ふっ、と吹き消した。
「少し暗すぎませんか」
「念のための用心だ。カーテンは閉めているが、今夜は外も暗い」
カルナスがベッドに腰掛けながらそう答える。
「ああ」
シルヴァリエは思わず小さく喉を鳴らす。
「ばれたくないんですもんね。じゃあ、まあ、さっさとはじめましょうか」
シルヴァリエはワインをそこらのテーブルの上に置くと、ベッドに向かって歩み寄った。カルナスが座る横に膝をついて、上からカルナスの顔を伺う。カルナスの体に緊張が走るのが伝わってくる。顔を近づけると、カルナスの体臭が混ざり合った香りがシルヴァリエの鼻腔をふんわりとくすぐり、髪の湿った感触が鼻先を撫でた。
「シャワー、浴びてたんですね、カルナス団長」
「ああ」
「いい匂いがします」
「……お前は……ん……」
耳もとにかかるシルヴァリエの吐息に、カルナスはくすぐったそうに身じろぎした。
「なにか言いました?」
「……なんでもない」
「シャワーの後、裸で待っていてくれてもよかったのに」
「お前以外の誰かが来たらどうする」
呆れたように返すカルナスの言葉に満足を覚えたシルヴァリエは、指先でカルナスの顎を上向かせると、唇の横に軽く口付けた。
カルナスが少し身を引こうとするので、シルヴァリエは一度口を放し耳たぶを甘噛みしながら尋ねる。
「キス、嫌いなんですか?」
「嫌い……ではない」
カルナスがうつむいて答える。
「ただ……」
「ただ?」
「これは、必要なことのか?」
「必要?」
「淫紋を……鎮めるために」
カルナスの質問は、少しばかりシルヴァリエを傷つけた。
これまで、自分とキスしてその必要性を尋ねてくる相手などいなかった、と。思わずそう口にしそうになったが、他ならぬそう尋ねて来た相手に対しなんとも情けない言い分であることに気づいて、
「必要ですよ」
と答える。
覚えず苛立ちの感情を隠しきれない言い方になってしまったことに、シルヴァリエは内心慌てた。
しかしカルナスはそれに対し「そうか」とだけ言うと、今度は自分のほうからシルヴァリエの唇に自分のそれを押し当てた。
プラチナブロンドの頭髪が乾くのを待ちながらシルヴァリエ用に調合させた香料を垂らしたオイルで全身を手入れし、特に指先は丹念に磨く。
さて、それでは何を着て行こうかとバスローブを脱いで鏡をみると、見たこともないほど浮かれた表情をしている自分と目が合い、シルヴァリエは自嘲気味に笑った。
「――向こうはただの淫紋対策、性欲を解消したいだけだ」
シルヴァリエが鏡のなかの自分に向かってわざとらしく傲然とした態度でそう言い放つと、鏡の中のシルヴァリエもシルヴァリエに向かって同じように語りかける。
「こっちだってほとんど興味だけ。男はあまり経験がないし、なにより最近少し溜まってた。お互いちょうどいいから。そうだろ? それ以外の理由がなにかあるかな?」
鏡への問いかけに、答えるものは誰もいない。シルヴァリエは結局、普段着ているのと同じ、騎士団支給の簡素な襟付きのシャツとズボンを履き、それを腰布で軽く留めた。
気がつけば時刻はすでに深夜を回っており、細い月が夜空にくっきりと浮かんでいる。
シルヴァリエは香料を垂らす前のオイル瓶を胸ポケットに入れ、公爵家から持ち込んだとっておきの年代物のワインを片手に、カルナスの部屋に向かう。宿舎の出入り口から外は日替わりの警備担当が厳しい目を光らせているが、なかは静かなものだ。シルヴァリエは誰とも会わないままカルナスの部屋の前につくと、ドアを軽くノックした。
返事がないのでもう一度ノックしようかと片手をあげたところで、扉がゆっくりと開く。
「……早く入れ」
ドアの向こうのカルナスは早口にそう言って、シルヴァリエを部屋のなかに招き入れた。
中はずいぶんと暗い。カーテンは隙間なく閉められ、部屋の隅に置かれたスタンド式のランプが唯一の光源だ。シルヴァリエが移動中足元を照らすために手にしていた蝋燭も、カルナスが首を伸ばして、ふっ、と吹き消した。
「少し暗すぎませんか」
「念のための用心だ。カーテンは閉めているが、今夜は外も暗い」
カルナスがベッドに腰掛けながらそう答える。
「ああ」
シルヴァリエは思わず小さく喉を鳴らす。
「ばれたくないんですもんね。じゃあ、まあ、さっさとはじめましょうか」
シルヴァリエはワインをそこらのテーブルの上に置くと、ベッドに向かって歩み寄った。カルナスが座る横に膝をついて、上からカルナスの顔を伺う。カルナスの体に緊張が走るのが伝わってくる。顔を近づけると、カルナスの体臭が混ざり合った香りがシルヴァリエの鼻腔をふんわりとくすぐり、髪の湿った感触が鼻先を撫でた。
「シャワー、浴びてたんですね、カルナス団長」
「ああ」
「いい匂いがします」
「……お前は……ん……」
耳もとにかかるシルヴァリエの吐息に、カルナスはくすぐったそうに身じろぎした。
「なにか言いました?」
「……なんでもない」
「シャワーの後、裸で待っていてくれてもよかったのに」
「お前以外の誰かが来たらどうする」
呆れたように返すカルナスの言葉に満足を覚えたシルヴァリエは、指先でカルナスの顎を上向かせると、唇の横に軽く口付けた。
カルナスが少し身を引こうとするので、シルヴァリエは一度口を放し耳たぶを甘噛みしながら尋ねる。
「キス、嫌いなんですか?」
「嫌い……ではない」
カルナスがうつむいて答える。
「ただ……」
「ただ?」
「これは、必要なことのか?」
「必要?」
「淫紋を……鎮めるために」
カルナスの質問は、少しばかりシルヴァリエを傷つけた。
これまで、自分とキスしてその必要性を尋ねてくる相手などいなかった、と。思わずそう口にしそうになったが、他ならぬそう尋ねて来た相手に対しなんとも情けない言い分であることに気づいて、
「必要ですよ」
と答える。
覚えず苛立ちの感情を隠しきれない言い方になってしまったことに、シルヴァリエは内心慌てた。
しかしカルナスはそれに対し「そうか」とだけ言うと、今度は自分のほうからシルヴァリエの唇に自分のそれを押し当てた。
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