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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199905《氷の刃》

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   紫煙を見慣れた天井に吐きつける。
   昼間のニュースは、埼玉県警の功績を称えていた。

   乗り込んだ暴徒を捜査中の刑事が見事に鎮圧し怪我人はなし。
   そんな見出しが画面いっぱいに広がっている。暁はテレビを一瞥すると聞いてられなくなりそっと消した。

   今回の功績を称えて、与えられた2週間の休暇の中日。
   休暇と言っているが所詮は今回の事を功績とした場合の言い訳で本当は身勝手な捜査の謹慎処分だった。

   風の噂でわ本郷と班も同じ様に突然の休暇を言い渡されたらしいとの事だった。

   一応、管理官や署長に説明を求めてみたがどうも相当上からの命令らしくちゃんとした内容の説明はされることは、無かった。

   そっとサッシから見える外に目を向ける。
   何処までも澄んだ綺麗な青空が広がり、小さな雲達が優雅に泳いでいた。

   もうすぐ夏が来る。

   そんな事を思いながら小腹の空いた暁はゆっくりと立ち上がり冷蔵庫を覗いたが、生憎何も入ってなかった。
   溜息を漏らしながら立ち上がると出前を頼もうかと悩みながら結局、近所のスーパーに買い物に行く事にした。

   部屋を後にして直ぐに後悔をした。
   煌々と世界を照らす太陽は強い熱を放ち、身体中にまとわりつき、歩をいつもよりも何処か重くした。

   スーパーは家から300mと比較的に近い場所にある。
   その道中、暁の頭の中にあったのはあの夜に起きた出来事だった。
   あれは、一体何だったのか…あの痛みとあの重みは、間違いなくあった。

   だけど、その痕跡はどこにも無く、あるとすれば感じた時の記憶だけだった。

   馬鹿らしい。
   暁は、頭を搔くと溜息を漏らしながら頭を空っぽにして歩き出した。
   スーパーに入るとヒンヤリとした風が頬を切り、その風に安堵と居心地の良さを感じながら生鮮売り場からゆっくりと回り始めた。

「随分と無防備だな」

   カゴを持ち鮮魚コーナーで酒のツマミになりそうなのを物色していると真横から声を掛けられた。
   誰かが自分を見ているのは知っていた。
   だから無駄に外に出たくなかったのだが、この男が自分の前に現れるなんて暁は、夢にも思ってなかった。

   相変わらず隙のない身嗜みに似合わない不遜な表情。2年振りに見るその顔はあの時より少し老けた印象を持たせる。

「崇央(たかひさ)」

   その名前を口にして改めて久しぶりなのだと何処かで実感した。

   鷲野 崇央(わしの たかひさ)、大学の後輩で今は警視庁の公安部に所属しているのが暁の最後の崇央の記録だった。

「これはこれは、本社のギフト係のエース様が俺なんかに何か御用で?わざわざ来られなくても呼んでいただければこちらから出向きましたのに」

「なにそれ?嫌味?」

「じゃなかったら、へりくだり」

   暁がそう言うと鷲野は、盛大な溜息を漏らした。

「暁先輩さぁ~俺になんか恨みでもあんの?」

「あらぁ~そんな事もわかないなら、何しに来た?この唐変木?」

「伊澄の事なら責めるのお門違いでしょ?」

「だけど、あの死に方を病死で片付けるか?」

「じゃあ、どうするの?死因不明で遺族達に余計なモノだけおっ被せるつもり?」

「少なくともアルファを捕まえる事は出来たはずだ」

「無理でしょ、それこそ物証も少ないし、目撃者だって教団に言われて黙ってんだから、八方塞がりだったでしょ、あの件」

   どうしようもない過去の問答の末に暁は諦めて溜息をつくと適当な切り身のパックをカゴに放り込むと崇央をスルーして精肉コーナーに向かった。
   後に崇央が付いてくる。

「何の用だよ?高校の一件なら話ついてんだろ?」

「まぁね、三本の奴等、上手い事ウチの上層部黙らせたみたいだしね」

「三本?」

   暁がそう聞き返すと崇央は、ニッコリと笑いながら首を傾けた。

   かまってると溜息だげが増える気がする。
   そう思いながら暁は鷲野から視線を外し、並ばれる肉を見た。

「来月ある話が舞い込む、それについてどう思うか聞きに来た」

「ある話?」

「出向の話」

   その言葉に暁は、崇央を一瞥した。

「何処に出向って話だ?」

「警察庁警備局公安課、それも転籍出向」

「はぁ!?」

   その内容に暁は、余りにも驚き、取り繕っていた体裁を忘れて大きな声を出してしまった。
   転籍出向とは、簡単に言えば暁に埼玉県警を辞めて警察庁へ行けという命令になるのだ。
   それも、国家公務員が働く警察庁。かたや暁は地方公務員であり、そんな所に転籍出向になるのは、類を見ない出世とも言えた。

「俺地方公務員なんだけど?」

「だから、転籍出向なんだろ」

「今更国家公務員のテストでも受けろと?」

「まさか、先輩大卒の準キャリアだろ?それで大丈夫さ」

   話が見えない、何故そんな事を上はする気なのか。
   暁は困惑していた。余りにも意味がわからなさ過ぎる美味い話にも聞こえるがこういうのには、大抵嫌なデメリットが付いてくるモノだ。

「狙いは何だよ」

   暁がそう聞くと崇央は、ゆっくりと肩を竦めた。

「今回、暁先輩が絡んだのって、相当の深部の案件なのさ、公安というか警察全体でも一部の人間しか知らないレベルの奴でね」

「それでも今状態を回せてるんだから問題は無いだろ」

「回せてないから問題あるんだよ、圧倒的な人員不足、大体この手の話をまともに対処出来る人間なんてそんなに多くないだろ?」

   崇央にそう言われて暁は何処かで確かにっと納得してしまった。

「それに、ついこの間脱落者も出たしね」

「脱落者?」

「林だよ、高校の一件を聞いて、ビビって異動願いを出してきやがった」

「異動させれるのか?」

「アイツだって馬鹿じゃない、こんな話を証拠無しに言ったところで精々オカルトマニア系がざわつくだけだとわかってる。まぁ念には念を入れて記憶は上書きさせて貰うけど」

   記憶の上書き…そう言えばあの髑髏の仮面の男も似た様なことを言っていた。果たしてそんな事が出来るのか…恐らく出来るのだろう、あれだけ言い切るんだから、なら逆に彼はどこまでそんなことが出来るのか?
   そんな疑問が暁の頭の中にフッと湧いたがそれを口にする事は、なかった。
   崇央に聞いてもきっとまともな情報を応える事が無いよく分かっている。

   コイツは誰よりも自分の仕事を理解している。だからこそ対応力と取捨選択は、速さと正確さは高い。

「とりあえず、俺は暁先輩が来てくれると楽だから助かるけど、嫌なら断っても大丈夫だからって事だけは伝えておこうかと思ってね」

「ちょい待った。もしその話受けたらもしかして俺お前の部下になるのか?」

   暁がそう聞くと崇央は、ニンマリと笑いながら肩を竦めながらスーパーから出ていった。

    その背中は大学生の頃から変わらず颯爽としていて何処か悲しさも背負っている様にも見えた。

    崇央は、生の感情を表に出すことは、無い。
    それを多分警察の中で自分が理解しているのかもしれないと暁は思っていた。

「それでも、お前の部下はなぁ~」

   暁は消えた背中にそっと呟いた。

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