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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199905《氷の刃》

断片の重み 2

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   才田とは、同じ中学の出身だが。

   フランクに話す様になったのは、高校に入学して同じクラスになり席替えで隣同士になったここ1ヶ月ぐらいの話だ。

   話す様になってから思ったのは何ともフワフワしている様で何故か印象に残る不思議な男だと思った。

   特別何か嫌な事も良い事もしないが時折見せる優しさや気遣いが香樹実は、気持ちをこちら側へと残してくれる存在な気がした。

「ところで旦那と喧嘩でもしてんの?視線が痛いんだが?」

   才田が肩を竦めながらチラチラと香樹実の背後を覗き見しながら聞いて来た。

「旦那じゃない」

   香樹実は、それだけ応え、ゆっくりと振り返ると少し離れた席に座る和之が怪訝な表情でこちらを見ていた。

「でも、お前ら中学から付き合ってたろ?」

「まぁね、でも、もう違うから」

   そう言うと、才田はそれ以上踏み込む事無く「ふーん」っと言いながら口を閉ざした。

「それより、才田、今日の放課後忘れて無いよね?」

   香樹実がそう言うと才田は、素っ頓狂な表情をしながら首を横に傾ける。
   この男は…
   香樹実は、そう思いながらあからさまなため息を漏らした。

「図書委員、放課後の業務忘れて無いよね?」

   そう言われると才田は、目を丸々と広げながら「あぁ~」っと間の抜けた返事をし、香樹実はより深いため息を漏らした。

   才田と香樹実は、このクラスの図書委員で図書委員は、1ヶ月に2度回程、昼休みと放課後に貸出業務をする決まりになっていた。
   以前、業務の際に才田がうっかり忘れて帰路についてしまい慌てて帰ってくるといことがあったのだ。

「大丈夫、今日はバイト休みだから」

   才田は何故かそう自信満々に応え、香樹実は小さなため息を漏らしそうなのを苦笑いで誤魔化した。

   才田と居ると気が抜けるのは、恐らく才田が気が抜けているのだろう。

   香樹実は何故かそう思ってしまった。

   残り2時限の授業は、滞りなく終わり。 
   最後の時限のラスト10分前には、隣から才田の寝息が聞こえてしまうぐらいに穏やかな授業だった。

   帰りのHRを終えると香樹実は才田を連れて教育棟の最上階にある図書館に向かった。
   公立の中では、結構な書籍数を有する白硝子高校の図書館は、放課後でも多くの生徒が利用していた。

   今日の放課後の貸出の当番は香樹実のクラスと2年生のクラスの2クラスで計4人の図書委員と図書館司書の都並(つなみ)である。

   おたふく顔のおっとりした中年の女性なのだがその風貌とは、違い、シャキシャキとした明るい性格だった。

「才田く~ん、これよろしく」

   都並が才田を呼び、本が積まれたカートを差し出し、才田はどこかげんなりした表情を見せながら本棚の間に消えていった。
   一方の香樹実は、カウンターでの貸出対応をこなしていた。
  15時から17時までの2時間の業務があと数分と迫った頃に本をしまい終わった才田がカウンターにやってくるなり香樹実の肩を叩いた。

   どうした?っと言う様に首を傾げると才田は視線を本棚の方へ向けながら顎を動かした。 
   香樹実が体を浮かせて少し覗くと本棚の間に立つ頭に包帯を巻いた女子高生が見えた。

   黒いセミロングの髪がゆらりと揺らしながら女子高生は、本を読みふけっていた。

「あれって、もしかしてこの前襲われたって先輩か?」

「そうね、確か藤先輩だったかな」

   才田問いに香樹実は、すんなりと応えると才田は、「ふーん」っと言いながらカウンターの中へ入ってきた。

「なに?気になるの?もしかして好みなの?」

   普段見ない才田の反応に香樹実のイタズラ心が疼いて聞いてみるが才田の反応は、それと違い、どこか煮え切らない態度で肩を竦めるだけだった。

「いや、何か普通だなぁって思ってさ」

「はっ?まぁ普通でしょ?」

   才田が何を言いたいのかわからないまま香樹実は、素直に返すと才田は、鼻をひとつ鳴らした。

「そういやさ、星見ってアンネの日記とかよく読んでるよな?」

   唐突に変わった内容に香樹実は、少しついていけないが頷いた。

「俺はそういうの苦手なんだよね、その人達がどれだけ辛い思いをして記したって考えると正直キツいんだよね」

   そこまで言われて香樹実は、ハッとした。

   そして、再び本棚の間に目を向けたがもうそこには、本に読みふけっていた藤の姿は、なかった。

「相当図太い神経してる豪快な人なんかね、見た目には、わからんな」

   才田はそう言いながら帰り支度を始め、それが合図だったかの様に都並が奥の控え室から現れると図書館を閉める時刻になった事を広報し始めた。

   程なくして、図書館に居た生徒達を出し、香樹実達も整理を終えると図書館を後にした。

「才田!」

   才田は、整理を終えるとさっさと軽い挨拶を済ませ図書館を後にするを見かけた香樹実は、慌てて自分も整理を済ませるとその後ろを追い階段で漸く声を掛けることが出来た。

「ん?どした?」

   才田は、素っ頓狂な表情で振り返るとその下からの物音に気づき視線を香樹実から階段下へ向けた。

「香樹実、ちょっと良いか?」

   才田の行動に釣られる様に香樹実の視線もまた階段下へ向かい、そこにいる和之を見て辟易とした気持ちになったが和之はそんな香樹実にお構い無しに声をかけてきた。

「ごめん、少しあとにしてもらっていい?才田と話したいんだけど?」

   香樹実が悪態に近い物言いをすると和之は少しだけ眉を釣り上げて才田を睨み、才田はその視線に降参というかの様に両手を上げた。

「いや、俺は何も用ないよ?」

「あたしがあるの」

   香樹実がそう言うと才田は、眉間に皺を寄せて首を横に振った。

「明日でもいいじゃん?夫婦喧嘩は、勘弁よ?」

   才田がそういうと和之が何かを言いそうになるのを香樹実が手を上げて制止させた。

「…わかった。なら後でピッチ(PHS)にかけるから何時なら大丈夫?」

「あぁ~今日バイトないから~飯くいわ終わった8時ぐらいから夜中にならなければ何時でも大丈夫よ?」

   才田は、そう言いながら両手を上げてゆっくりと階段を降り切ると和之を避けながら昇降口へと向かった。

   香樹実は、最後まで才田に向かいゴメンと言いながらその背中を見送ると次に黙って才田の背中を睨みつける和之に向かい溜息を漏らした。

「それでなに?」

   香樹実のその問いに和之はゆっくりと振り返った。

「為永さんとみんなが待ってる、化学準備室に来てくれって」

   今日の報告会だ。
   確かにみんなチームなのだから情報の共有は、大事なのだが何故、わざわざ自分を呼ぶのを和之にするのか正直、香樹実には不満でしょうがなかった。

   化学準備室は、渡り廊下を渡った先の別棟の2階ある。香樹実と和之は無言のまま向かった。

「ニャー」

   猫の鳴き声ぎ聞こえた気がして香樹実の足が止まった。

   17時を過ぎるといつもの廊下は少しだけ違う顔を見せる。

   橙色の黄昏時、それはどこか切なく、香樹実はあの日をフト思い出してしまった。
   小さいあの手からゆっくりと消えていく温かみ。
   呼吸を終えようとする肺の動きが少しづつ消えていくあの時の焦燥。

   無邪気な声で自分を呼んでいた声がもう二度と聞けないという暗く狭い闇という絶望に落とされた現実。

「香樹実?」

   気づくと香樹実は、渡り廊下の窓から沈む夕日を見ていた。

   そんな香樹実の異変に気づいた和之が声を掛けて来たが香樹実は返事も何もすること無く和幸を無視して窓から視線を外し廊下に向き直すと化学準備室へ向かおうとし再び足を止めた。

「あ…」

   なんて間抜けだったのだろう。
   こんな分かりやすい応えはなかったであろう。
   映像の応えは目の前にあった。
   こんな事にも気づけなかった自分に苛立ちを覚えながら香樹実は廊下を走り出した。


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