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200 冬華 イシュマ
しおりを挟むーー 冬華 ーー
うっすらと目を開けてボンヤリと天井を見つめる。
イシュマさんが運んでくれたのかな……戻って来てしまった。
三毛猫さん…………
湖で洗った時に気がついた……黒髪に戻っていた……ということは三毛猫さんの結界も……
ジワリと涙がにじむ。
額に乗せてくれていたタオルで両目を覆う。
しばらくそうしていると部屋の外で話し声が聞こえた気がしたけれど……気のせいかな……
夢か現実かよく分からなくなっている……
少しすると今度は二階から物音……?
やっぱりイシュマさんの部屋は二階だったのかな。
額に手を当てると……熱が少し引いてきた気がする。
喉が乾いた……サイドテーブルを見ると水差しが無くなっている。
身体は……ふらつくけれど動ける。
キッチンまで行って水をもらおう。
ベッドから立ち上がり部屋を出て、壁づたいにフラフラとキッチンへ向かい廊下を歩く。
イシュマさんに謝らないと……余計な手間を取らせてしまった。
二度も……湖からここまで意識のない私を運ぶのは大変だったと思う。申し訳ない……
それ以外にもいろいろと……三毛猫さんも探してくれていた。
……考えてみると私……挨拶もしていない。髪と目の色も戻ってしまって……こんな得たいの知れない私にここまでしてくれているのに……
また……泣きそうになる。泣いても仕方がないのに……
魔法がないとこんなに何もできなくて……余裕が無くなってしまうなんて……
まずはきちんと挨拶をして力を貸してもらおう。
そう決めてリビングへ行くと……
「……イシュマ……さん」
イシュマさんが三人いる。熱のせい……?
違う……そっくりだけれど違う。
何となくそれぞれの雰囲気が違うのがわかる。
イシュマさんは三つ子なのか……みんなここに住んでいるのかな……
それよりもタイミングが悪かったかも……三人とも驚いている……けれど出てきてしまったものは仕方がない……
「イシュマさん……すみませんが……お水を……」
真っ直ぐイシュマさんをみてお願いする。
イシュマさんはすぐに駆け寄ってきて私を抱き上げてソファーに座らせてくれた。
お水を持ってきてくれている間にまだ驚いている様子の他の二人にペコリと挨拶をする。
「初めまして……あの……こんな格好で申し訳ありません……」
こんな格好……? 自分で言葉にしてハッとする……なんて格好だ……イシュマさんのシャツ一枚……これはまずい。
絶対誤解される。
「あ、あの……湖で……イシュマさんには湖で助けていただいて……それから熱が……あの……」
上手く説明できていないし声も掠れている……
「どういうことだ?」
二人のうちのどちらかが口を開く。
「お前は何者だ、どうやってここへ来た」
もう一人も口を開く。
「その髪と瞳の色は何だ」
一度に疑問を投げ掛けられ、あの……と口ごもる私にお水と膝掛けを持ってきてくれたイシュマさんが
「兄上落ち着いて、彼女熱があるんだ。休ませないと」
お水を飲み少し落ち着くと今度は涙が込み上げてくる。
ポロポロと泣き出す私に二人は黙り、イシュマさんは大丈夫だから、と優しく頭を撫でる。
そうされると今度は眠気が襲ってきて……イシュマさんが私を抱き上げる。
きっとベッドまで運んでくれるのだろう……
「……ありがとう……」
ようやく言えた……微笑んで……上手く笑えたかはわからないけれど……私はベッドに着く前に眠りについた……
※※※※※※※※※※※※
ーー イシュマ ーー
彼女を抱えベッドへ寝かせる。
安心したように僕の腕の中で眠りについた彼女……
本当なら僕もベッドに入りこのまま一緒に寝てしまいたい。
それにしても困ったな……兄上達に知られてしまった。
あんな格好の彼女を兄上達には見せたくなかった……
リビングに戻ったらいろいろ聞かれるだろうけれど僕だって彼女については知らないことだらけだ。
でも戻らないと兄上達がこの部屋へきてしまう。
仕方がないのでリビングに戻ると
「説明してもらおうか」
ソファーに座っている兄上達に睨まれる。
小さくため息をつき
「数日前に湖で…………」
と説明をする。彼女が現れた時のキラキラとした光の粒のことと、髪の色が変わったこと、ミケネコサンという猫のことは何となく黙っておいた。
「……なるほど、湖で溺れていた彼女を助けてここへ連れ帰り話を聞こうとしたが熱を出して寝込んでいると……ではまだ何も聞けていないのだな」
ジョシュア兄上が確認をする。
「うん、だから彼女のことは誰にも言わないで欲しいんだ。話ができるようになるまでここで」
「そんな訳にはいかないだろう。だいたいイシュマに女性の世話なんかできるのか? さっきだってあんな格好で……っ」
ヨシュア兄上の顔がうっすら赤い……怒っているのかな……
でもここには女性用の服なんてない……
「まぁ、仕方がないだろう。ここには女性のものなど一つもないのだから。尚更私達に任せてもらいたいところだが…………」
ジョシュア兄上がそう言って何か考えている。
「ここはもう少しイシュマに任せてみよう」
……良かった……彼女のことは譲らないつもりだったから……
「何で!?」
ヨシュア兄上は納得できないようだけれど……
「ただし、私達も様子を見に来るよ。これまで以上にここへくるからね」
彼女を連れていかれるよりはましだ。
「とりあえずまた明日、必要なものを持ってくるよ」
ジョシュア兄上がそう言って、何となくまだ納得していなさそうなヨシュア兄上を連れて帰っていった。
リビングに一人になり……知られてしまった……と改めて思う。
兄上達は彼女の格好に……髪や瞳の色にも驚いていた……
僕もまだ知らないことだらけだから余計に誰にも知られたくなかった。
彼女がリビングに現れて僕達を見たとき一瞬混乱しているようだったけれど真っ直ぐ……確かに僕をみて話していた。
兄上達は気づいただろうか……気づいていれば余計に興味を持たれてしまうかもしれない。
偶然だったかもしれないけれど……それが嬉しかった。
僕だけをみて水が欲しいと……そうだ、水差しとコップを彼女の部屋へ持っていかなければ。
眠ってしまう前にありがとう、と確かに僕の目をみて微笑んでくれた。弱々しいその笑顔がすごく可愛くて……
思い出すと頬が緩む。
部屋に入ると彼女は眠っていた。
兄上達に質問責めにされて……可哀想なことをした。
そっと美しい黒髪に触れる。
三人……いることを知られてしまった……きっと誰が三番目か分からなかったのだろう。
僕が黙っていてもきっと兄上達から聞くことになると思う……そしたら……
どうなるかはわからないけれど、僕は彼女の事が知りたい。明日の朝には目覚めてくれるだろうか。
兄上達がくる前に話がしたい。
彼女について兄上達に話したことと、話さなかったことを伝えておきたいし彼女の名前も知りたい。
聞きたいことはたくさんあるけれど無理はさせられない。
もし明日何もきけないようなら兄上達の前では寝たふりをしてもらった方がいいかもしれない。
聞きたいことも話したいこともたくさんある。
夕食を済ませてお風呂に入ってからもう一度彼女の部屋へ向かう。
「おいしかったよ、ありがとう」
夕食に彼女の作った料理を食べたから小さな声でお礼を言う。
寝ている彼女の頬や唇を指でなぞる。
そのままベッドに入り彼女を抱きしめる。
湖で身体を洗っていたけれど……どんなに汗をかこうが不思議なことに彼女からは花の香りと森の匂いがした。
彼女を抱きしめるとよく眠れる気がする。
今夜も安心する香りに包まれて……僕は眠りについた。
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