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 暖かい……温かい……?


なんだろう……心地よい温かさ……また小鳥やリスが集まって来たのかな?
フフフッ、これじゃぁまだ動けないなぁ……もう少しこのままでいよう……


フワァー……とあくびをする。木の枝って意外と寝心地がいいみたい。枝といってもこれだけの大木になるとかなり太いものになるからか、背中もお尻も痛くない。

むしろ心地よくて……木というよりまるで人の膝の上に……いる……よう……な……

いるっ!! だ、誰かいるっ!

眠気も覚めて頭もハッキリしてきたけれど、どうしよう……目を開けるのが怖いっ……

寝ぼけているふりをして離れようか……
そんな私の緊張を感じとったのか

「トウカ? 起きたのか?」

この声は……ノバルト?

「ノバルト……?」

目を開けると日の光とノバルトの整った顔が目に入り眩しいっ!

よし、一旦目を閉じて落ち着こう。
ゆっくりと目を開けるとやっぱりノバルトが微笑んでいる。

「こんなところで寝ていたら危ないよ」

大きな木の上で結構な高さだ……確かに危ない。

いつの間にか座ったまま横抱きにされてノバルトの胸にもたれて寝ていたのか……どのくらい寝ていた……?

「ご、ごめん、ノバルト。重いよね、足とか背中痛いんじゃ……」

ヨダレの確認をするために口元を拭いながら慌てる私を見てクスクスと笑うノバルト。

「気持ちよく眠れたか?」

それはもう……心地いいし安心する。なんて恥ずかしくて言えないからコクリ、と頷く。

「それは良かった」

優しく頭を撫でられる。
それにしてもノバルトはどうして……

「どうしてここに……?」

どうしてだろうね? と微笑むノバルト……

「トウカがここにいるからかな」

そう言って優しく抱き締められると……私の胸も締めつけられる。この気持ち……

いろいろな事を考えずにこの気持ちをノバルトに伝えてしまいたい衝動に駆られる。
口を開きかけるとノバルトが先に耳元で囁く。

「トウカ、あそこを見て」

……何? ノバルトの指差す方を見る。

日が陰り湿った空気が流れてくる。さっきまで天気がよかったのに……

遠くに黒いものが見える。

「……魔獣……」

魔獣化してしまったらしい動物が……一体。

「……ノシュカトを連れてきた方がいい?」

研究は進んでいるはずだけれど……

「まだその段階ではないよ」

無駄に苦しませてしまうだけだ、と。
それなら……

「私、行ってくる」

そう言って立ち上がろうとすると手をとられ抱き上げられて

「一緒に行く」

と、ついさっきまでこの胸を借りて寝ていたけれど……鼓動が早くなる……
熱くなった私の頬に雨が当たる。雨が降りだしてきた……

「ノバルト……あの……」

下ろしてもらおうと声を掛けたけれど優しく見つめられて……と、とりあえず、

「あ、雨に濡れないように結界を張るね」

ありがとう、と微笑んでから私を横抱きにしたままフワリと浮かび魔獣の元へ向かうノバルト。

魔獣化してしまったコは長い間彷徨っていたのかボロボロだ……元はキツネだったのか。
私の知っているキツネよりも大きいけれど片耳がなく尻尾も途中で千切れている。
皮膚も所々剥がれていて……他にも……痛々しい……

ノバルトにお礼を言い地面に下ろしてもらう。

山の家に遊びに来るキツネさん親子を思い出す。
子キツネさんがかかった罠は古いもので密猟者に連れて行かれることはなかったかもしれないけれどノシュカトが助けなければ死んでしまっていたかもしれない。

このコには……何があったのだろう……

「何があったのだろうね」

ノバルトも同じことを……

私の気配を感じてここまで来てくれたのだろうか。足が小刻みに震えている。きっともうすぐ歩けなくなる……

グルグルと喉を鳴らしながらじっとこちらを見つめている。
手を伸ばして……そっと触れる。

ノバルトが後ろから私を抱きしめてこのコの悲しみと悔しさと怒りを一緒に受け止めてくれる……

キラキラと光に包まれたキツネは一瞬元の可愛い姿に戻り……消えていく。

このコにも大切に思う存在がいて大切に思われてもいたのだろう……
いつまでも癒されない気持ちと共にどれくらい彷徨っていたのか……胸が苦しくなる。

ポロポロと涙が溢れる。泣きたくはないけれど溢れてくる。

ノバルトに気づかれないように……見られないように気をつけていたのにノバルトは後ろから抱きしめていた腕をほどいて私の前に来て再び抱きしめる。

厚い胸板に広い肩幅……背も高くてすっぽりと私を包んでくれる感覚に安心する…………

温かい胸からノバルトの心臓の音を聞いていると強ばった身体の力が抜けて落ち着いてくる……

「少し……雨に濡れてしまったね」

私の髪に触れながら静かに呟くノバルト……

「ノバルトの服は……私の涙で濡れている」

お互い眉を下げて微笑みあい……

「城へ戻ろうか」

ノバルトがそう言いまた私を抱き上げる。
飛んで帰るのだから抱き上げなくても……と思ったけれど安心するこの温かさに身を預けることにした。

雨が強くなってきた……フワリと浮かびお城へ向かう間、ノバルトの温かい腕の中私は再び目を閉じた…………


目を覚ますと……ベッドに寝ていた。私が起きた気配に気が付いた三毛猫さんが近づいてくる。
三毛猫さんがいるということは私の部屋……ノバルトが運んでくれたのか……

着替えもしている……これはメイドさんがしてくれたんだよね……

雨が降り続いているみたい。広い部屋に雨音が響いている……雨の音って不思議と落ち着く。

お茶をする約束をしていたけれどもう夕食時かな……?
一度クリーンをかけてさっぱりしてから

「三毛猫さん」

三毛猫さんが膝の上に乗る。
天気がよくなったら一緒にフロラの木を見に行こうね、と撫でているとノックの音が聞こえた。
どうぞ、と返事をするとメイドさんが

「お目覚めですか? もうすぐお食事の用意が整います」

今夜は皆さん揃っての食事らしい……国王様と王妃様も一緒……ちょっと緊張するな。

用意してくれたドレスの着替えをメイドさんが手伝ってくれてメイクと髪のセットもしてくれた。

ノックがしてメイドさんがドアを開けると

「クロエ、準備はできたかしら」

一緒に行きましょう、とローズ様。
廊下を歩きながらローズ様と別れた後は何をしていたか聞かれたから歩き回っていたら皆さんに会ってご挨拶をしたことを話した。

最初は誰も私だと気が付かなかったのよ、とメイドさんに聞こえないようにこっそり言うとクスクスと笑うローズ様。

そういえば……ノバルトはどうだったのだろう? 起きた時はすでに……ダメだ……思い出すと顔が熱くなる……

食堂へ入りローズ様が隣の席を勧めてくれたので着席する。
ロイク殿下とセルジュ殿下、リアザイアとザイダイバの王族とリュカ様はすでに席に着いている。
国王と王妃様が席に着き全員揃うと食事が始まる。

「クロエさんはどちらのお国からの留学生だったかしら」

不意に王妃様から聞かれて細かい設定を聞いていなかったことに気が付く……私……どこから来たのだろう……

「リアザイアからですよ」

ニコリと微笑みノバルトが答えてくれる。
本当のことだ。

「まぁ、そうでしたの? 留学生は優秀な方ばかりだからローズとも仲良くしてくれて嬉しいわ」

本当は留学生ではないから優秀かどうかはさておき、こちらこそ仲良くしてくれて感謝です。

「そうなの! お母様、クロエは私が思いつかないような事を教えてくれるからお話をしていてとても楽しいわ」

私が思いついたことではないのだけれど……絵を描いただけというか……そこからいろいろと考えているのはローズ様だし……

周りを見るとレクラスの王族はそうかそうかと感心していて、ノバルトはリアザイアでもいろいろと貢献してくれています、とうちのコ自慢みたいな感じになっているし……

私の複雑な表情を見てセオドアは肩を震わせているし……
ノシュカトはなんか私以上に複雑な表情……どういうこと?

リュカ様は興味無し、という感じで食事を続けている……ブレないな。それはそれで安心する。


ノバルトが上手に話をそらしていってくれたお陰でその後は楽しく食事をすることができた。

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