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 マイロ様に手を引かれて奥様のお部屋まで案内された。


途中誰にも会うことなく来れたからよかったけれど結界を張っていなかった。
マイロ様と私と三毛猫さんとで奥様のお部屋に入る。

薄暗い部屋の中、奥様の側へ行くと……寝ている……寝ているんだよね? 思わず呼吸をしているのかとジッと見つめてしまう。

「トーカ、どうですか? お母様はよくなりますか?」

マイロ様が私の手をギュッと握りながら不安そうに小さな声で聞いてくる。

「大丈夫、少し離れていてね」

私も奥様を起こさないように小さな声で答えるとマイロ様は手を離して後ろに下がる。

少しずつ食べられる量を増やして体力を回復できるように…………ヒール……

ガチャッ

「お父様……」

「マイロ……ここで何をしている」

「お父様、女神様がお母様を治して……」

ドアが開いた瞬間、反射的に結界を張ったから私の姿はもう見えていない……
お父様ということはまだご挨拶できていない旦那様……

「マイロ……」

ため息をつきながら近づいてくる旦那様の顔がはっきりと見えてきて……思わず声を出しそうになる。

あの時の……柵から落ちそうな私をキャッチしてくれた逞しくてカッコいいあの男性だった。
なんてこと、旦那様にはもうお会いしていたなんて……挨拶もせずにいろいろと失礼な感じだったような……

「……夢でも見たのか?」

「お父様、女神様がいたのです。黒い髪と黒い瞳の……お母様を治してくれると……」

「マイロッ……さぁ……もう遅いから部屋へ戻りなさい」

「……はい……お父様……」

ごめんなさい、マイロ様……お部屋を出る前に振り返り、明日も待っています、と小さく呟くマイロ様の小さな背中を見送ると部屋には奥様と旦那様と三毛猫さんと私……

「……オリビア……あぁ……神様……どうか……」

奥様の手を握り旦那様が祈る……旦那様も怖いのだ。

旦那様がお部屋を出てから奥様のお部屋に結界を張りながらゲートを作り山の家に戻ってお粥を作る。
明日の朝もスープを出されるだろうけれど、少しずつお粥も出してみようと思う。


翌朝、またしても旦那様とは会うこともなく奥様のお部屋に食事を運ぶ。
奥様のお部屋に入りまだ寝ていることを確認してからゲートで山の家からお粥を持ってくる。

カーテンを開けると

「おはよう、ノア」

と奥様から挨拶をしてくれた。今日は目覚めがいいみたい。

「おはようございます、奥様。朝食をお持ちしました」

奥様が起き上がるのを手伝う。

「ありがとう、ノア。今日はなんだか気分がいいわ」

そう言って微笑む奥様。
スープに口を付けるとゆっくりだけれど全て飲んでくれた。それからお粥も食べ始めて

「美味しいわ……」

そう言ってポロポロと涙を溢す……

「ごめんなさい、おかしいわよね。でも久しぶりに美味しいと感じたの」

お粥もゆっくりと時間をかけて完食してくれた。
よかった。美味しいと感じたのならこれから食べる量も少しずつ増やしていけそう。

「それは良かったです」

ノックがしてマイロ様がお部屋へ入ってくる。

「お母様、おはようございます」

ノアもおはようございます、と挨拶をする可愛いマイロ様。

「お母様、なんだか今朝は顔色がいいですね」

マイロ様が嬉しそうに言う。

「フフフッ、今朝はご飯を全部食べられたのよ」

パァッとマイロ様の表情が明るくなる。

「本当ですか!? お母様! すごいです! 女神様が治してくれたんだ!」

マイロ様が興奮している。

「女神様……? マイロが言っていた黒髪黒目の?」

「そうです! 昨日は名前も教えてくれました。女神様はトーカと言うそうです」

「そうなの……お母様も会えるかしら?」

興奮気味のマイロ様をみて優しく微笑む。

「昨日はトーカと一緒にお母様のお部屋へ来たのですがお父様がお部屋に入ると姿を消してしまったので……」

そう……と奥様がマイロ様の頭を撫でる。
ノックがしてルシェナ様もやってきた。

「お母様、おはようございます。マイロ、またここに来ていたの……」

チラリとルシェナ様が奥様のお皿を見る。

「お母様……今朝は食事を……?」

「えぇ、全て頂いたわ」

ルシェナ様が泣きそう……だけれど堪えている。

「お母様……よかったですわ……さぁ、マイロ、お母様にはゆっくり休んでいただきましょう」

ノア、お願いしますね、そう言ってお二人はお部屋を出ていった。


「貴方はどう思う? マイロが言う女神様は本当にいるのかしら……それともマイロが……夫も言っていたの。マイロがおかしなことを言うと……」

不安そうに呟く奥様に……います、ここに。とは言えないので曖昧に微笑む。

「女神様のお力なのかはわかりませんがお二人とも奥様が食事を全て食べられたことを喜んでいましたね」

そう言ってからもうお休みください、とウトウトし始めた奥様を寝かせる。
身体が必死に栄養を吸収しようとしているのかもしれない。

昨夜に続きまたヒールをかける。
スヤスヤと眠る奥様を見つめる……
どうしよう……マイロ様がおかしくなったと思われてしまう……


という訳で、日中のお仕事も頑張ったその日の夜、私はマイロ様のお部屋へは行かずに真っ直ぐ奥様のお部屋へ。
今夜は月が雲に隠れていていつもよりもお屋敷が暗く感じる……

奥様が寝ていたら無理に起こすようなことはしないけれど、もし起きていたり目を覚ましたりしたら私の姿を見られても構わないと思っている。

そっとドアを開ける。奥様は夕食も全て食べてくれて気持ち良さそうに眠っている。

食事がとれるようになったから徐々に体力も回復してベッドからも出られるようになると思う。

「よかった……」

これでマイロ様の熱が出ることもなくなるよね……
よしよし、と頷いていると

「誰だっ、そこで何をしている」

突然男性の声が聞こえて驚く……ドアが開いたのに気が付かなかった……
タイミングよく月明かりがさし込みお互いの姿が見える。

……旦那様……が目を見開く。

「その髪の色……それに瞳も……」

ニコリと微笑み頷く。

「ん……あなた……?」

おっと……奥様が起きてしまった。
ボンヤリと私を見て

「あら……? 貴方は……」

首をかしげる奥様。

「マイロが言っていた……女神様ね」

そう言ってフフッ、と微笑む奥様は旦那様とは対照的に落ち着いている。

「そんな……まさか……」

まだご挨拶もできていない旦那様、その節はお世話になりました、と言いたいところを我慢する。

「女神様、私はオリビアと申します。……こんな姿でお話しすることをお許しください。マイロを助けていただいてありがとうございます」

奥様が起き上がろうとするのを見て旦那様が駆け寄り奥様を助ける。

「私はオリビアの夫のフレディと申します……マイロが言っていたことは本当だった……のか……?」

私に挨拶をしてくれたけれどまだ半信半疑の様子。

「マイロが言っていた通り綺麗な髪と瞳だわ」

奥様が微笑む。

「マイロが言っていた通り…………」

旦那様がハッとする。

「貴方がマイロの言っていた女神様だというのならっ……妻を……オリビアを治して……くれない……だろうか……」

途中から自分は何を言っているのだ、と思っているよう……
何度も期待しては叶わなかったこれまでを思い出したかのようだ……

「はい、治します」

というかもう治しています。

「「えっ?」」

お二人の息がピッタリで思わずフフフッと笑ってしまう。

「なぜ……救ってくださるのですか……」

少しだけ不安そう……それもそうか……ただより怖いものはないっていうものね。
でもなぜ……と言われると……私だって全ての人を救えるわけではない。

たまたま近くにいたから……縁があったからとしか……

でも、もしかしたら……私よりもたくさんの人を侯爵家という立場なら救えるのかもしれない。
今回のことで長い間辛い思いをしたと思う。

「この先、あなた方が多くの人々のことを考えてくれると期待しています」


これだけ身分の高い貴族がこの経験から医療のことをいろいろと考えてくれたら……救える命も増えるかもしれないと思い、そう伝えた……


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