上 下
181 / 251

181

しおりを挟む


 マイロ様に手を引かれて奥様のお部屋まで案内された。


途中誰にも会うことなく来れたからよかったけれど結界を張っていなかった。
マイロ様と私と三毛猫さんとで奥様のお部屋に入る。

薄暗い部屋の中、奥様の側へ行くと……寝ている……寝ているんだよね? 思わず呼吸をしているのかとジッと見つめてしまう。

「トーカ、どうですか? お母様はよくなりますか?」

マイロ様が私の手をギュッと握りながら不安そうに小さな声で聞いてくる。

「大丈夫、少し離れていてね」

私も奥様を起こさないように小さな声で答えるとマイロ様は手を離して後ろに下がる。

少しずつ食べられる量を増やして体力を回復できるように…………ヒール……

ガチャッ

「お父様……」

「マイロ……ここで何をしている」

「お父様、女神様がお母様を治して……」

ドアが開いた瞬間、反射的に結界を張ったから私の姿はもう見えていない……
お父様ということはまだご挨拶できていない旦那様……

「マイロ……」

ため息をつきながら近づいてくる旦那様の顔がはっきりと見えてきて……思わず声を出しそうになる。

あの時の……柵から落ちそうな私をキャッチしてくれた逞しくてカッコいいあの男性だった。
なんてこと、旦那様にはもうお会いしていたなんて……挨拶もせずにいろいろと失礼な感じだったような……

「……夢でも見たのか?」

「お父様、女神様がいたのです。黒い髪と黒い瞳の……お母様を治してくれると……」

「マイロッ……さぁ……もう遅いから部屋へ戻りなさい」

「……はい……お父様……」

ごめんなさい、マイロ様……お部屋を出る前に振り返り、明日も待っています、と小さく呟くマイロ様の小さな背中を見送ると部屋には奥様と旦那様と三毛猫さんと私……

「……オリビア……あぁ……神様……どうか……」

奥様の手を握り旦那様が祈る……旦那様も怖いのだ。

旦那様がお部屋を出てから奥様のお部屋に結界を張りながらゲートを作り山の家に戻ってお粥を作る。
明日の朝もスープを出されるだろうけれど、少しずつお粥も出してみようと思う。


翌朝、またしても旦那様とは会うこともなく奥様のお部屋に食事を運ぶ。
奥様のお部屋に入りまだ寝ていることを確認してからゲートで山の家からお粥を持ってくる。

カーテンを開けると

「おはよう、ノア」

と奥様から挨拶をしてくれた。今日は目覚めがいいみたい。

「おはようございます、奥様。朝食をお持ちしました」

奥様が起き上がるのを手伝う。

「ありがとう、ノア。今日はなんだか気分がいいわ」

そう言って微笑む奥様。
スープに口を付けるとゆっくりだけれど全て飲んでくれた。それからお粥も食べ始めて

「美味しいわ……」

そう言ってポロポロと涙を溢す……

「ごめんなさい、おかしいわよね。でも久しぶりに美味しいと感じたの」

お粥もゆっくりと時間をかけて完食してくれた。
よかった。美味しいと感じたのならこれから食べる量も少しずつ増やしていけそう。

「それは良かったです」

ノックがしてマイロ様がお部屋へ入ってくる。

「お母様、おはようございます」

ノアもおはようございます、と挨拶をする可愛いマイロ様。

「お母様、なんだか今朝は顔色がいいですね」

マイロ様が嬉しそうに言う。

「フフフッ、今朝はご飯を全部食べられたのよ」

パァッとマイロ様の表情が明るくなる。

「本当ですか!? お母様! すごいです! 女神様が治してくれたんだ!」

マイロ様が興奮している。

「女神様……? マイロが言っていた黒髪黒目の?」

「そうです! 昨日は名前も教えてくれました。女神様はトーカと言うそうです」

「そうなの……お母様も会えるかしら?」

興奮気味のマイロ様をみて優しく微笑む。

「昨日はトーカと一緒にお母様のお部屋へ来たのですがお父様がお部屋に入ると姿を消してしまったので……」

そう……と奥様がマイロ様の頭を撫でる。
ノックがしてルシェナ様もやってきた。

「お母様、おはようございます。マイロ、またここに来ていたの……」

チラリとルシェナ様が奥様のお皿を見る。

「お母様……今朝は食事を……?」

「えぇ、全て頂いたわ」

ルシェナ様が泣きそう……だけれど堪えている。

「お母様……よかったですわ……さぁ、マイロ、お母様にはゆっくり休んでいただきましょう」

ノア、お願いしますね、そう言ってお二人はお部屋を出ていった。


「貴方はどう思う? マイロが言う女神様は本当にいるのかしら……それともマイロが……夫も言っていたの。マイロがおかしなことを言うと……」

不安そうに呟く奥様に……います、ここに。とは言えないので曖昧に微笑む。

「女神様のお力なのかはわかりませんがお二人とも奥様が食事を全て食べられたことを喜んでいましたね」

そう言ってからもうお休みください、とウトウトし始めた奥様を寝かせる。
身体が必死に栄養を吸収しようとしているのかもしれない。

昨夜に続きまたヒールをかける。
スヤスヤと眠る奥様を見つめる……
どうしよう……マイロ様がおかしくなったと思われてしまう……


という訳で、日中のお仕事も頑張ったその日の夜、私はマイロ様のお部屋へは行かずに真っ直ぐ奥様のお部屋へ。
今夜は月が雲に隠れていていつもよりもお屋敷が暗く感じる……

奥様が寝ていたら無理に起こすようなことはしないけれど、もし起きていたり目を覚ましたりしたら私の姿を見られても構わないと思っている。

そっとドアを開ける。奥様は夕食も全て食べてくれて気持ち良さそうに眠っている。

食事がとれるようになったから徐々に体力も回復してベッドからも出られるようになると思う。

「よかった……」

これでマイロ様の熱が出ることもなくなるよね……
よしよし、と頷いていると

「誰だっ、そこで何をしている」

突然男性の声が聞こえて驚く……ドアが開いたのに気が付かなかった……
タイミングよく月明かりがさし込みお互いの姿が見える。

……旦那様……が目を見開く。

「その髪の色……それに瞳も……」

ニコリと微笑み頷く。

「ん……あなた……?」

おっと……奥様が起きてしまった。
ボンヤリと私を見て

「あら……? 貴方は……」

首をかしげる奥様。

「マイロが言っていた……女神様ね」

そう言ってフフッ、と微笑む奥様は旦那様とは対照的に落ち着いている。

「そんな……まさか……」

まだご挨拶もできていない旦那様、その節はお世話になりました、と言いたいところを我慢する。

「女神様、私はオリビアと申します。……こんな姿でお話しすることをお許しください。マイロを助けていただいてありがとうございます」

奥様が起き上がろうとするのを見て旦那様が駆け寄り奥様を助ける。

「私はオリビアの夫のフレディと申します……マイロが言っていたことは本当だった……のか……?」

私に挨拶をしてくれたけれどまだ半信半疑の様子。

「マイロが言っていた通り綺麗な髪と瞳だわ」

奥様が微笑む。

「マイロが言っていた通り…………」

旦那様がハッとする。

「貴方がマイロの言っていた女神様だというのならっ……妻を……オリビアを治して……くれない……だろうか……」

途中から自分は何を言っているのだ、と思っているよう……
何度も期待しては叶わなかったこれまでを思い出したかのようだ……

「はい、治します」

というかもう治しています。

「「えっ?」」

お二人の息がピッタリで思わずフフフッと笑ってしまう。

「なぜ……救ってくださるのですか……」

少しだけ不安そう……それもそうか……ただより怖いものはないっていうものね。
でもなぜ……と言われると……私だって全ての人を救えるわけではない。

たまたま近くにいたから……縁があったからとしか……

でも、もしかしたら……私よりもたくさんの人を侯爵家という立場なら救えるのかもしれない。
今回のことで長い間辛い思いをしたと思う。

「この先、あなた方が多くの人々のことを考えてくれると期待しています」


これだけ身分の高い貴族がこの経験から医療のことをいろいろと考えてくれたら……救える命も増えるかもしれないと思い、そう伝えた……


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

俺のスキル『性行為』がセクハラ扱いで追放されたけど、実は最強の魔王対策でした

宮富タマジ
ファンタジー
アレンのスキルはたった一つ、『性行為』。職業は『愛の剣士』で、勇者パーティの中で唯一の男性だった。 聖都ラヴィリス王国から新たな魔王討伐任務を受けたパーティは、女勇者イリスを中心に数々の魔物を倒してきたが、突如アレンのスキル名が原因で不穏な空気が漂い始める。 「アレン、あなたのスキル『性行為』について、少し話したいことがあるの」 イリスが深刻な顔で切り出した。イリスはラベンダー色の髪を少し掻き上げ、他の女性メンバーに視線を向ける。彼女たちは皆、少なからず戸惑った表情を浮かべていた。 「……どうしたんだ、イリス?」 アレンのスキル『性行為』は、女性の愛の力を取り込み、戦闘中の力として変えることができるものだった。 だがその名の通り、スキル発動には女性の『愛』、それもかなりの性的な刺激が必要で、アレンのスキルをフルに発揮するためには、女性たちとの特別な愛の共有が必要だった。 そんなアレンが周りから違和感を抱かれることは、本人も薄々感じてはいた。 「あなたのスキル、なんだか、少し不快感を覚えるようになってきたのよ」 女勇者イリスが口にした言葉に、アレンの眉がぴくりと動く。

処理中です...